第60話 巨大キメラ行脚




 目の前を悠然と歩く巨大死霊キメラ“殲滅せんめつする者”の姿は、昨日倒した奴よりもう一回り大きかった。幸い酷い臭いは漂って来ないので、それだけは有り難い。

 その巨体の大半は、俺の渡した生肉で出来上がっているらしい。全体的なフォルムは、黒い皮膜で覆われた蝙蝠の翼を持った竜頭の巨人である。

 迫力は充分あるが、やっぱり動きは凄く鈍い。


 それもその筈、コイツもやはり昼間の行動に制限が付いているらしい。今は雨の降りしきる森の中、派手な破壊活動を行いながらの移動中で。

 俺は少し離れて、それを追いながら時々攻撃を仕掛けている。弓矢での攻撃が当たってもこちらにタゲが向かないのは、まぁ色々と理由が存在するのだが。

 ざっくり言えば、あの巨体キメラの殲滅優先順位が関係している。


 妖魔ミフェルの命じた優先順位だけど、1位は騎士団の殲滅、2位は前に立ちはだかって邪魔する者の排除と実に単純である。要するに、自分を攻撃する者の排除命令がすっぽりと抜け落ちているのだ。

 これに気付いた俺は、それを最大限利用する事にして。


 こうやってかなり離れた後方から、ちまちまと攻撃を仕掛けている訳だ。ちなみにコイツの主人の妖魔っ娘は、既にこの森から旅立っていて不在である。

 どうもこの巨大キメラが暴れた揚句、森の主に怒られるのが嫌だったらしい。早めにとんずらこいた模様……俺だって、ラマウカーンに合わす顔が無いんですけど?

 何しろこの巨大キメラ、環境破壊もなんのそのって感じで。


 倒した樹木の数もかなりの数に、俺に何も出来ないのは辛い所だけど。しかし最後に妙なフラグが立ったのには参った、妖魔っ娘の手下になどなる気は現状全くない。

 まぁ、今気にしても仕方が無い、ファーとネムもようやく寛いでくれてるし。いや、あの巨大キメラの所業は先ほどから気になってはいるようなのだが。

 どうし様も無い事って、この世には幾らでもあるモノ。


 一緒に移動しながら、破壊された周囲の状況を気に病んでいるのは俺としても心が痛む。マップは既に南へと差し掛かっている様子、動きはノロいけどあの巨体である。

 予想より、割と移動速度は出ている感じだ。


 いい感じに未踏破のマップも埋まっていて、どうやらもう少し先がゴブリンの集落になるらしい。師匠から虹色の果実があると聞いてはいたが、ゴブリンの集落にソロで突入は自殺行為と諦めていたのだ。

 ひょっとしたら、ドサマギで収集出来るかも知れない。あまり期待せずに、ゆっくり着いて行ってチェックだけはしようか。

 しかし大きいな、さすがにエリアボスだけはある。


 そう、この“殲滅する者”なのだが、何とエリアボスの朱色ネームだったりする。昨日のボーンキメラは普通にUMだったのに、この違いは一体どこから来たのだろう?

 妖魔っ娘が気合を入れたせいか、はたまた使った媒体素材の差だったりするのか。良く分からないが、日光による体力の減りは昨日の奴よりかなり穏やかに感じる。

 雨のせいで、陽光が遮られているのも一つの要因かも知れないけど。


 ちょっと不味いな、出来れば騎士団のキャンプに辿り着く前に自滅して欲しかったんだけど。不味いと言えば、妖魔っ娘に妙に気に入られたのも決してよろしくは無かった。

 血を欲しがられたり、手下に勧誘されたりと冒険者って大変だと改めて認識した次第。話術ではどうにもならない事もあるんだな、覚えておこうっと。

 ほぼ冒険者の理屈で対応してしまったが、今後絡む事があるかどうか。


 もしあるのなら、珍しい骨素材は売らずに取っておくのが吉かも知れないな。ご機嫌取りと言う訳では無いが、なるべく敵対したくない相手には違いないので。

 その辺は対応を誤らないようにしたいのは当然だ、そしてこの巨大キメラに対してもそれは同じ事。さじ加減を間違ってタゲられでもしたら、間違いなく数発で潰されてしまう。

 大きいってのは、それだけで対処に困る強大な武器なのだ。



 周囲の森は相変わらず、木の幹が折られたり動物が慌てて逃げ出したりと、悲惨な状況が続いている。その根源の巨大キメラは、依然まったりと歩を進めている。

 恐らくは受けた命令を遂行するまで、止まる事は無いのだろう。さすが一国に災害認定された妖魔っ娘の召喚生物だ、はた迷惑な事この上ない。

 その歩みが突然止まったのは、雨が一段と強くなってすぐの事。


 どしゃ降りに参って、俺は予備のマントで簡易雨具を作成していたのだが。ファーとネムも一緒に雨宿りしつつ、破壊された森林を追従していたら。

 突然の進軍ストップと、何やら喧騒がここまで伝わってきた。豪雨の音に負けないこの騒動音は、どうやら巨大キメラに何者かが戦いを挑んでいるらしい。

 命知らずだな、一体どこの連中だ?


 一旦木陰で相棒達にここにいるよう指示を出して、ちょっとだけ様子を見に行く事に。十中八九ゴブリンだろうが、彼らの奮闘振りがどの程度か気に掛かる。

 慎重に見付からないようにと、どしゃ降りの森の木立沿いに喧騒の元へと近付いていくと。派手な魔法の炸裂音や、獣の唸り声が前方から聞こえて来た。

 意外と近い、ふと上を見上げたら巨大キメラも近かった。


「クルヴァ……ッ!!」

「うおっ、何だっ……!?」


 豪雨で不便な視界の端から、突然に襲撃を受けて俺は大慌てで回避行動を取る。今は短槍に手甲の防御重視装備、獣の唸り声に敏感に反応したのは良いが。

 頭上ではそれと同時に異変が起きていた、ってか“殲滅する者”の特殊技が発動したらしい。人より大きな肌の黒い有翼の獣が、雨と共にボトボトと落ちて来て。

 周囲は途端に、阿鼻叫喚の地獄絵図へと突入。


 不覚にもそれに巻き込まれてしまった俺は、大慌てで事態の確認を行っている際中。どうやら絡んで来たのは“ゴブリンライダー”と言う戦闘種らしく。

 茶色の毛並みの巨大な肉食獣の上に、小柄なゴブリンが搭乗している。迫力はあるが、今はそれどころではない。何しろこちらにも、キメラの従者が2体ほど接近中なのだ。

 そして、再び悠然と進み始める巨大キメラ。


 どれが味方で誰が敵なのやら、いや全員敵には違いないんだけどね? 一番ブチ切れているのは、当然ながら突然に集落を蹂躙じゅうりんされたゴブリンだったりする。

 それは俺とは直接関係ないんだけど、向こうも御託ごたくを聞く耳は持っていない様子。降りしきる雨の中、奴らは二度目の接近戦を挑んで来た。

 それに釣られるように、有翼の闇キメラもこちらに接近。


 嫌なコンボだな、取り敢えずは反撃の突きを肉食獣に喰らわせながら、近くの大木を背に呪文の詠唱に入る。しまったな、強化魔法くらいは掛けて来るんだった。

 棚ボタで獲物にあずかろうとして来た有翼キメラに、光魔法の《ライトアロー》をお見舞いする。もう1体もこれを見て怯んでくれれば良いが、生憎キメラにそんな感情は無い様子。

 しかしここで助っ人登場、相棒コンビが乱入して来てくれた。


 思いっ切り助かった、3体同時なんてこちらには荷が重過ぎる。短く礼を述べると、ネムが勇ましくブレスを放って応えてくれた。それが光系で、巻き込まれたキメラに大ダメージ。

 いいね、多人数戦闘では混乱は波紋のように拡がるから大歓迎だ。自身がそれに巻き込まれなければの話だが、それを利用出来れば時間的余裕が生まれるのも確か。

 さてさて、その余裕をネムの手助けに使うか、はたまた攻勢に打って出るべきか。


 しばしの逡巡の後、向こうは上手くやっている感じなので。こちらに2匹のタゲが向かってるのを確認して、それならと攻勢に打って出る事に。

 余裕を得た時間で、自身に《硬化》を付与するのを忘れない。防御を重視したのは、相手の数が多いのと敵の攻撃パターンが未知数だったから。

 強さも不明だし、攻撃手段はこちらも揃ってるしね。


 次の襲撃も、やはり操られた肉食獣だった。巧みに操ってるな、騎乗しているゴブリンめ。叩き落としたいけど、向こうもそんなヘマな位置取りはしてくれない。

 次いで有翼キメラが、雨を物ともせずに頭上から飛び掛かって来た。態勢が整わず、かぎ爪攻撃を喰らってしまったものの。その場で反撃、浅くない傷を負わせる。

 そこに飛来した爆裂玉、破砕はさいの音でひっくり返る俺。


 どうやら搭乗ゴブリンの投擲とうてき技みたいだ、なるほど実質は3対1だったりする訳か。油断した訳ではないが、向こうに波が行ったのは確かみたいで。

 無防備な所に何度か攻撃を喰らってしまった、《硬化》を掛けてて良かったよ本当に。爆裂玉のダメージも、実はそんなに大した事は無かった。

 アレは音と衝撃ダメージがメインなのかも、良く分からないが。


 傷付いた有翼キメラだが、コイツの攻撃パターンは割と単純明快で。頭上からの襲撃の後、かぎ爪の振り回しを行った後、再び宙へと逃げ去る感じだ。

 魔法生物独特の、痛覚も感情もない動きは慣れると正直パターン読みし易くて助かる。そんな有翼キメラの襲撃後、俺はくらくらする頭を叱咤してキメラの太腿に捕まる。

 それを無視して、再び飛び立とうとする魔法生物。


 特に考えがあった訳では無い、このまま地上にいたら3方向からの乱打を防げないと感じての逃亡行為だ。自分の身長を超えて飛び上がった感覚に、ちょっと怖くなって下を窺うと。

 丁度良さげな場所に、偶然ゴブリンライダーが駆け去ろうとしていた模様。思わず手を離して、無謀な落下しながらの魔法詠唱だったけど。

 何とか詠唱中断は免れたようで、ゴブの背中越しに《Bタッチ》のブチ噛まし!


 その威力に、案の定革の鞍から吹き飛ばされる小柄な搭乗ゴブリン。敵の優位性を1つ剥がしてやった、そのテンションのまま落下衝撃に咽込せきこむ俺。

 さらにそんな不利な姿勢目掛けて、再び落下して来る有翼キメラ。忙しいな、さすがに次の詠唱は間に合いそうにない。ただし武器スキルならSPも貯まってるし全然オッケーだ。

 そんな訳で、カウンター気味に《四段突き》が炸裂して。


 哀れな有翼キメラは、左の翼をほぼ全壊されて墜落して行く破目に。こちらも少なくない被害を受けたが、未だに落獣の衝撃から立ち直れないゴブから《Dタッチ》でのHP吸収。

 暗闇状態もしっかり効いた様子、後の残りで元気なのは、搭乗者を失った肉食獣のみ。ただしこうなると、向こうもお得意のヒット&アウェーをして来なくなり。

 殴り合いの末の連続スキルで、敢え無く没の憂き目に。


 やっぱり作戦って大事だな、そして数が減ると途端に楽になる戦況もいつもの事。ネムの方も空中戦に全く引けを取らずに奮闘している様子。

 多少傷付いてはいるが、戦闘の優位は揺るがないようで。ついに相手を、墜落にまで追い込んでいた。こうなればもう勝負はついたも同然、一方的に優位な頭上からタコ殴りしている。

 操るファーも策士だな、あれこそ搭乗者の役割だ。


 不意に、天空を割って落雷が轟いた。驚いたのは俺だけではなく、魔法生物を除く全員が腰を抜かしそうになっている。ただ雨の勢いは、先ほどより減じている気が。

 二発目を気にして腰を低くしていたが、その隙を有翼キメラに突かれてすっ転びそうになる始末。ここに来て逆転なんて冗談では無い、ぐちょぐちょの地面の中で念入りに止めを刺す。

 こちらは幸い『水中適正』のお陰で、動きに全く支障はない。


 可哀想に、残されたゴブリンはそうではなかった様子。泥濘ぬかるみに足を取られ、その上暗闇状態で逃亡も侭ならない様子。コイツにもしっかり止めを刺して、残ったのはネムの相手のみ。

 これの始末も、たいして時間は取られなかった。ただし、あんなに激しかった巨大キメラの足音も、森の破砕音も既に聞こえては来なくなっていて。

 かなり離されてしまった様子、急いで後を追い掛けないと。


 とは言え、休憩位は取っておいた方が良いだろう。それからついでに、ゴブリンの集落のチェックもしておきたい。ネムに《ヒール》を掛けながら、この後の予定を組み立てる。

 師匠の話だと、このゴブ集落にも虹色の果実がなっているそうだ。今なら集落のゴブリンたちも、エリアボスの突然の襲撃に散り散りになっている筈である。

 火事場泥棒みたいで気が引けるが、果実位なら問題ない筈。




 ほんの数分の休憩をこなして、木々がなぎ倒されて出来た道筋を確認してみる。連中の集落らしき建物は、確かにほんのりと窺えたモノの。

 元がそんなに立派ではなかったみたいで、しかも斜面に洞窟っぽい穴ぼこが彼らの棲み家らしい。有翼キメラが何体湧いたか知らないが、洞窟内に袋のネズミで無い事を祈るのみ。

 生涯の終え方として、それはあまりに無残過ぎる。


 その有翼キメラだが、少し開けた場所に死骸が数体残っているだけだった。ゴブリンの中にも手練れがいたのか、それとも数の暴力にやられてしまったか。

 ゴブリン達の死骸は無いが、そもそもここはバーチャ世界なのである方が不思議かも。そう思っていると、有翼キメラの死骸も粒子となって消えて行ってしまった。

 時間差だったのかな、良く分からないけど。


 ここの地形もなかなかに難儀で、入り口は斜面となっていて細く入り難くなっていて。奥は谷間の様に崖と大きな岩の塊が混在していて、間違ってもここに迷い込みたくなど無い。

 ゴブの密集した集落が、巨大キメラの進行ルートと重なっていたのは、果たして偶然か俺には分からないけど。現状は崖は崩れて岩は割れ、かなり悲惨な状況である。

 それでも幸いにも、虹色の果実の樹は無事だった様子。


 ゴブリン族にとってこの有り様は不幸ではあるけど、その幸運に俺はホッと安堵の吐息。相棒と共にその樹に近付いて、取り敢えずの安全確認を行って。

 さすがに敵が潜んでいたりなどと、くどいパターンは回避されそうで何より。ちなみにさっき倒した有翼キメラとゴブリンライダー、それ程良いアイテムは落とさず仕舞い。

 魔石(微小)や闇の水晶玉、それから爆裂玉×5個と言った所。


 爆裂玉は少しだけ有り難いが、どうやら水晶玉の方がダメージは上な様子である。取り敢えずベルトのポーチにしまっているが、好んで使うかは微妙な感じ。

 それより安全は確保したので、ファーに果実を取って来て貰って。これで8個目となるゲットに、内心で浮かれて有頂天になっていた所。

 不意に背中に殺気を感じて、思わず振り向いてみると。





 ――そこには集落を破壊され、怒り心頭のゴブリンのキングが佇んでいた。





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