第2話 最初の躓きは後の糧になる




 さてさて、前回出来なかった自己紹介でもしておこうか? いや、俺が誰で何者かなんて別にどうでも良い事だとは思うけど。ってか、ぶっちゃけただの学生で、名乗る程の者でも無いんだけれど。

 名前は八崎恭輔はざききょうすけ、某有名私立進学校に通う高校2年生だ。


 成績はまぁ良い方で、可愛い妹が2人いる。両親はいなくて、この事実が将来設計に大いに影を落としてもいる。つまりは2人の妹の将来も、俺に責任が付いて回ると言う。

 それがマイナスだとは思っていないが、高校生には重い負荷なのは当然だと思う。俺の成績が良いのも、半ば以上は学費免除を狙っての結果だ。

 幸い、ウチの高校にはそう言う制度があるって訳だ。


 両親の残した遺産……と言うか保険の額は、俺達兄妹3人が成人するまで余裕を持って、と言うには残念ながら心許ない。だから、俺は高校を出たら働くつもりでいる。

 大学も学費免除とか奨学金とか、色々と考えてみたのだけれど。奨学金と言うのは、ハッキリ言って『働き出したら返還する借金』以外の何物でも無い。

 自分だけならともかく、家族を背負って借金生活ってのは自分はパスだ。


 そんな俺の人生設計に待ったを掛けたのが、幼馴染の琴音だった。どうやら彼女は、夢の様な大学キャンパスライフを俺と過ごす計画を、ずっと脳内で形成していたらしく。

 子供の頃からの付き合いなので、そう言った将来の進路なんかは相手にほぼ筒抜けである。なにしろ琴音の両親が、俺達兄妹の後継人的な立場だったりもするので。

 近所のよしみと言うか、生前の親同士の付き合い的にそうなった次第である。


 遠方の親戚より近くの知り合いと言うか、俺達もそれに頼ってしまっていて。幸い、家事の分担は自然に兄妹3人で振り分けられていて、それほど琴音の家に頼りっぱなしではない。

 そうは言っても、やはり世話になっている家族の一人娘の言動である。完全に頭から無視する訳にもいかず、ってか兄妹同然の幼馴染だもんね。

 彼女の溢れ出る妄想にも、多少は我慢しつつ付き合う義理はあると言うか。


 何を一体話しているんだと、思っている人も多いと思うけど。つまりはこれ、俺がこの『ミックスブラッドオンライン』を始めたきっかけだったりする。

 えっ、と思う人も恐らく一定数存在するとも思うけれども。つまりはそこが、このゲーム(の特別限定イベント)の特殊性と言うか。……いや、ゲームでは無くその会社を乗っ取った新社長の意向だろうか。

 詳しくは知らないが、その新社長はこのゲームのクリアに多額の賞金を懸けたのだ!!


 何とも奇特な人物だが、この行動が世間に与えた衝撃は大きかった。賭博性の高いゲームへの締め付け法律など、当の昔に破棄されて存在などしていない。

 時代が既に、それどころでは無い感じだったりするのだろう。今や日本にも大小様々なカジノは存在するし、それが結構な一大事業へと育ち切っているし。

 さらにネットを通じての外貨獲得、これを逃す手は無いって事だろうか。


 そう、ネットを使えば旅費もパスポートも不要で、ちょっとしたバカンスを堪能出来る時代なのだ。日本はその分野で、そこそこ頑張っているのだと琴音は熱弁をふるっていたけど。

 つまりはこの手のゲームを始めとする、VRMMO系のタイトルの充実具合とか? ゲーム製作会社は、面白くて熱中出来るバーチャ世界を全世界に向けて提供する。

 世界中のゲーマーは、それにインしてお金を落として行く。


 そう言う貨幣流通の構図が、今では当然の様に出来上がっているみたいだ。思えば一部の人間の熱中する株やら仮想通貨やらのマネーゲームと、大した変りは無いのかも知れない。

 俺に関しては、このゲームが最初のバーチャ世界なので、まだ何とも言えないけれど。子供の頃に祖父母の実家の田舎で鍛えられていた経験もあって、サバイバル的な要素には燃えるモノがあったり無かったり。

 ……ってな訳で、ゲームの話に戻ろうか。





 しばらく安全な中立地帯を堪能していたら、不意にアラーム音が脳内に響き渡った。一瞬驚いた俺だが、外世界からの接触だと電子的な音声の告知が続いて。

 同じ室内にる琴音の仕業だなと、大体の見当はついたのだけど。何しろさっきから、向こうが送って来るメールの類いを無視し続けていたのだ。

 何故って、せっかくのファンタジー世界をとことん堪能したかったから。


 当然の権利に思えるのだけど、向こうはそんな事はお構い無しらしい。まぁ、向こうがこの筐体のオーナーなのだし、それをまるっと無視するのも悪かったかも。

 そんな訳で納得出来ないまま、一度ログアウトする事態となった訳だが。どうやら半ログアウトってのも選択出来るらしく、試しにそっちを選んでみる事に。

 ちょっと奇妙な感覚、何だか幽体離脱を経験しているような?


「ちょっと恭ちゃん、何で私の送ったメール無視してるのよっ!? フレンド申請しておかないと、通信とかいろんな機能が使い辛いじゃないのっ!」

「いや、ちょっと進む方向をミスって、つい今しがた安全地帯に辿り着いたばかりなんだ……ってか、ゲームに馴染むのに時間くれよ……」

「だから始める前に、何度も言ってたでしょ! このイベントは一度死んだら1週間はログイン不可能なんだから、相談し合いながら慎重に進もうって……何でそれ無視して、勝手に迷子になってんのっ……ちゃんとしてっ!?」


 迷子になるのも許可がいるのかとか、最初はソロ模様なんだから相談もへったくれもないだろうとか。色々と思う事はあったけど、それは言わぬが華なのだろう。

 ってか、このゲームって一度死んだらキャラロストじゃ無かったのね。何かどこかで勘違いしていたらしい、まぁライバルと競ってゴールを目指すのに1週間の遅延は致命的っぽいけど。

 何にしろ、琴音はこのゲームに関してはベテランプレーヤーなのだ。


 変に逆らって怒らせるのもアレだし、少々うるさいのは元からなのだし。あしらい方も慣れたモノ、確かにそうだねと相槌を打っておいて。

 それから話題転換に、自分の作ったキャラの不具合点の相談など。割と切実なので、頼りにしてます感は我ながら満載だった……筈なのだけれど。

 長い付き合いなので、こちらの計略は全部相手にはバレていた模様。


「それより恭ちゃん……半ログアウト取り止めて、一旦ログアウトして! イン時間が消費されてて、このままじゃ時間が勿体無いから!!」

「お、おう……」


 怒られた、どうやら半ログアウトは一日の制限時間に食い込んでしまうらしい。この時間制限も割と重大な要素で、琴音によるとベテラン勢は遥か先を進んでいるそうだ。

 何しろその差は1週間程度、つまりはこの賞金付きの限定イベントが始まってからの換算で。何でこんなに差がついたかと言えば、ひとえに俺がゲーム参加を渋っていたからだ。

 そんな訳の分からない賭け事で、時間を潰したくなど無いよと。


 真っ当な理由だと思うんだけど、彼女の言い分はその真逆だった。宝くじだって買わなきゃ当たらないし、この賞金は宝くじを当てる確率より何倍も高いのだと。

 それはまぁ、その通りではある。何しろ俺が今使わせて貰ってるこの筐体、それなりにお高い値段な上、この“高額賞金付き限定イベント”のせいでプレミアが付き始めているとの噂が。

 つまりは、後続で参加する人数が増えにくいと言う現象が。


 現在のイベント参加者は、推測されているところで5万人程度らしい。宝くじの当選確率より、余程現実的だと琴音は自信満々にのたまうのだけれど。

 こっちは始めたばかりの初心者だと言う事実を、完全に忘れ去っている気も。推定5万人の参加者の中には、当然ながら『ミックスブラッド』本編ゲームのベテラン勢も多数いる。

 そんな圧倒的多数を相手に、勝ち名乗りを上げる自信など全く無い。


 そこは幼馴染の絶大なサポートが、力を発揮すると琴音は考えているのかも。彼女は俺の参加を何度も誘いつつ、俺と同じく『始まりの森』から始めてくれている。

 つまりスタートダッシュからは綺麗に外れていて、この森の情報もほとんど知らないそうな。飽くまで初心者の俺と歩調を合わせて、この限定イベントを楽しむ心積もりらしい。

 それでも風の噂では、この“賞金付き”限定サーバは荒れ模様なのだそう。


「最初の武器を弓矢にしちゃったかぁ……武器の扱いはオート補正が付くとは言え、あんまり日常とかけ離れた動作はさすがに慣れるまでに時間が掛かるよ?

 それより恭ちゃん、ちゃんと人間種族にしてくれた?」

「ああ、そうなのか……人種はちゃんと、言われた通りに人間メインにしたよ。これにしなきゃ、最初の街で合流出来なくなるんだろ?」

「うん、そう。最初のスタートの街は、種族ごとに4つに別れてるから……人間種族は私のサーバではあんまり人気無かったけど、それでも混雑するだろうなぁ」


 そうらしい、向こうは合流してからの心配をしてるっぽいが、こちらはそこまで辿り着けるかが物凄く不安である。とにかく琴音の言う理由で、メインサーバでも弓矢の使い手は極々僅かしかいないとの事。

 ついでに補正しておくと、4つの種族とは『人間』族と『妖精』族、それから『獣人』族と『魔』族である。それぞれメインのスタート地点となる街は違っていて、別々の種族を選択すると最初の街で合流出来ないと言う悲劇が起こる。

 それを最初に、琴音から注意されていたと言う次第だ。


 幼馴染の戦略では、不人気の『人間』種族を選んで初期の混雑を避ける予定だったみたいだけど。当ては外れそうな上に、多額の賞金に理性のタガが外れた連中が湧いているそうで。

 ライバルを蹴落とそうと、PKプレーヤーキルに走る不届きモノも暗躍し始めているとの噂が。変な空気が街中に流れている始末で、琴音も少々不安そうである。

 そうは言っても、ゲーム初心者の俺に何が出来る訳でも無く。


「まぁ、慌てて行動して、死んじゃったら元も子もないし……最初は特に、振るい落としのソロ仕様が酷いみたいだから。だから恭ちゃんは、自分のペースでアバターを育てていいよ?

 他に何か、聞きたい事ってある?」

「むうっ……このゲームって、運とか魅力値があるのな? 何か行動に関係して来んの?」


 ちなみに俺のアバター(キャラって呼んだら、琴音に怒られた)は、運は高いが魅力が著しく低い。種族の混血具合を弄れる最初の画面で、その結果はある程度受け入れていたのだが。

 今後の指針として、この数値が今後どう影響して来るのか聞いておきたい。例えば体力や敏捷、器用や腕力値はゲームの経験のほぼ皆無な自分にも理解は可能なんだけど。

 運は分かるが魅力値ってのは、今ひとつピンと来ない。


 琴音の説明によると、運が高いとNMとの遭遇率やドロップ運が良くなるらしい。ゲーム内ガチャの確率も良くなるとの噂もあるらしいが、はっきりとは分からないそうだ。

 それから魅力値だが、これが低いとやっぱり苦労するそうだ。NPCに冷たくされたりサービスが悪かったり、街の衛兵に目をつけられたりとアウトロー的な扱いを受けるみたいで。

 この数値は、混血具合が多くなるほど上がるらしく。


「えっ、恭ちゃん……よりによって、4種類の混血選んじゃったのっ!? うわぁ、それって割と茨の道だよ……?」

「マジか、何か面白そうだったから……ってか、意味不明の5種族目の血が混ざったキャラが偶然に出来ちゃってな!

 これはネタになるかもって、思わず選んじゃったんだけど」


 ネタにはなるかも知れないけれど、そのフラグを拾ったプレーヤーはメインサーバのベテラン5年選手にもいないそうだ。琴音の説明によると、既に死にフラグとして定着して久しいガラクタ設定で、誰からも忘れ去られてしまった話題らしく。

 そんな設定に嬉々として乗っかってしまった自分は、ひょっとして恥ずかしい人種なのかも。そう思うと赤面の至りだが、知らなかったのだから仕方が無い。

 それはそうと、幼馴染から成長の指針を色々と補充する事には成功して。



 しばらく後に、お互いに再度のログイン。まだまだ時間は、半分以上は残っている。取り敢えず、怒られない様にメールからフレ承認の返事を送るのを忘れずにこなして。

 ……これで良しっと、琴音を本気で怒らせると後が怖いからなぁ。何しろ相手ことねは、ウチの妹達も味方につける術を心得ているから。

 そうなると家内外問わず敵だらけ、毎日が針のムシロ状態である。


 その危険は回避出来たが、こちらのアバター格差は未だに酷いままである。手製の粗末な武器しか持たない俺は、確実に戦闘弱者のカテゴリーに位置する訳で。

 つまりは、この安全地帯で武器屋の類いは発見出来ず終い……もちろん、防具屋や道具屋も右に同じである。ただし、変なNPCは数人姿を見掛ける事には成功して。

 何か動物の着ぐるみっぽい、犬や熊の顔の外見のフォルムが。


 特に動き回る訳でも無く、こちらに話し掛ける訳でも無く佇んでますけど。思い切ってこちらから話し掛けてみたけど、言葉での返答は全く無し。

 声は出せないのかも、こっちの言ってる事は通じてるっぽいけど。まぁ、着ぐるみに流暢に喋られても、ちょっと気持ち悪いとも思うけれど。

 唯一の向こうのリアクションは、丘にそびえる樹木を指差す事のみ。


 何があるんだろうと近寄ってみると、なるほど全てが解決した。いやいや、それは大仰過ぎるか、とにかく発見したのは木の幹にピン止めされた数々の紙切れ。

 何と言うか、クエ依頼書って奴が数枚……それから交換チケットも、数枚混じっている感じ。交換チケットはポーション券だったり、武器装備の修繕券だったりするらしく。

 手に取ると、どの着ぐるみに手渡せば良いか印が表示される親切設計。


 これは便利かも、例えば薬品系はネコの着ぐるみNPCに、武器の修繕はクマの着ぐるみに頼む感じだ。取り敢えずはチケットを使って、俺はポーションと毒消し薬を貰う事に成功。

 これでまぁ、最初の何も持たない状態は改善されたっぽい。


 クエ依頼書は、確認出来ただけで5枚ほど存在した。兎の毛皮を3枚、それと別に肉を4つ集めて来いってな感じの収集系のモノ。戦闘蜂を4匹倒せと言う感じの討伐系のモノ。

 マップの東側を完成させろと言う捜索系、それから……最後の1枚は収集系、虹色の果実を5個集めろと書いてある。この依頼書だけ、何故か上等な紙質の物が使われている。

 つまりこの依頼が、特別だと言う事なのだろう。


 報酬の欄を見てみると、その訳がすぐに分かった。集めた果実をすぐそこの樹木の洞穴に納めると、どうやらこの『始まりの森』をクリア出来るらしい。

 つまりはこのクエ、最終目的って解釈で合ってるのかな? そこから察するに、この『虹色の果実』ってアイテムは、なかなかに希少で集めにくいモノなのだろう。

 それを探しつつ、森の中を探索するのが俺達に課せられた共通目的……っと。


 取り敢えず薬品の補充は出来たし、最終的な目的もハッキリと示された。何よりも安全地帯を発見出来たし、後はレベルを上げたり戦闘に慣れたりして行けば良いだろう。

 もちろんその過程でクエもこなすし、探索地域も増やして行く訳だ。終始無言のNPCも、何かしら冒険者に恩恵を与えてくれる事も確認出来た。

 後はそう、身近なクエをコツコツとこなして行こうじゃないか。


 武器や装備を、もう少しマシなモノに変更出来るかもと言う淡い期待は、きっぱりと忘れ去り。ようやく与えられた行動指針を脳内にインプット、残り時間を有効に使わなくちゃ。

 勇んで冒険者稼業に精を出すつもりも、張り切ってイベントの上位に食い込むつもりも俺には無い。誘ってくれた琴音には申し訳ないが、自分のペースでやって行くつもり。

 この森のクリア方法も分かったし、変な焦りは禁物である。





 ――さてさて、ぼちぼちやりますか。






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