軍規通り
フェルナに翼人族族長の父が守ってきたこの地を軽々しく渡すという選択肢はないだろう。
翼人族も、この地に残った黒鴉氏族は、前族長の娘であるフェルナへの忠義のためにここにいる。
まぁ、それでも魔王であった頃の俺を知っている者たちが大半だ……グレゴールを始め、半数程度は"裏切れない"だけといった雰囲気だが。
しかしフェルナは、俺を肯定しない残り半数の心境を代弁するように口を開いた。
「でも、ディルグちゃんが魔領を統一するなんて……できっこないよ」
「なんだと?」
「だってディルグちゃんは、エーテルを取り込めない『旧世代』でしょ。よわよわな旧世代なんて、どうせすぐ死んじゃうんだから! そしたら、パパから受け継いだキュールグラードだってめちゃくちゃになっちゃうもん!」
「貴様……あれだけの無様を晒しておいて、よくも言えたものだな。貴様とて岩鎧竜には」
「私……見たもん! 昔、すっごく強かったパパですら光の矢に撃ち落とされて、死んじゃうところ! 旧世代なんて、あんな風に簡単に死んじゃうの! だから、すっごく強い『新世代』の私が統治してあげてるの!!」
――言われて察した。
フェルナが死の恐怖を克服できた理由は、おそらくこれだ。
パパ……つまり、かつてこのキュールグラードを守護していた翼人族族長ファルコ。
奴は過去、『神弓』と呼ばれる使徒に狙撃され死んでいる。
その瞬間は、戦場で俺も見ていた。
「……そうか、アレを見たのか」
誰もが頼る防衛指揮官であり、フェルナにとっては実の父親。
その頭が吹き飛んだその瞬間は、きっと鮮烈にフェルナの頭に残っているに違いない。
「それにディルグちゃんが他の旧世代と比べてちょ~~っとだけ強いのはわかったけど、それでも今の魔領を統治している新世代の子たちとの力の差は圧倒的なんだから! どうやったって、ディルグちゃんなんかじゃ勝てっこない! 絶対、すぐやられちゃうんだから!!」
そう言い切って、まだ嗚咽を漏らすニニルに複雑そうな目を向けるフェルナ。
しかしすぐに表情を隠すように背を向けると、空へ飛んでいく。
「どこへ行く」
「もう監視塔は取り返したでしょ! 私疲れたからもう帰る! グレゴール、後のことは任せたからね!」
……岩鎧竜に地中から攻撃されたことが、少しトラウマになったのかもしれない。
フェルナは豆粒大になるまでしっかり高度を上げてから、キュールグラードに帰っていった。
☆
「お前たちはフェルナ様を追い、キュールグラード到着まで護衛しろ。完了後、ことの次第をシャルミア様へ報告するように。……半数は戻れ。内地とはいえ、長く持ち場をあけるわけにもいかん」
フェルナが立ち去った後、グレゴールは部下に指示を出す。
それから、俺に向かって振り返った。
「魔王様……いえ、今後はディルグ様と呼ぶべきですね。フェルナ様の御命令ですので、この場は我らが引継がせていただきます。……よろしいですか?」
「俺はガキのお守りに来ただけだ。今はキュールグラードの軍に所属しているわけでもない。好きにするがいい」
「……ディルグ様。配下として加わることは叶いませんが、岩鎧竜からフェルナ様を救ってくださったこと、改めて黒鴉氏族を代表して深く感謝いたします」
「魔族の命を守るのは、魔王として当然のことだ。……それがクソガキだろうとな」
フェルナがめんどくさがりながらも魔獣討伐をするのは、父である翼人族長ファルコがこの地を守っていたからだと思ったが……先ほどの話しぶりからして、旧世代をすぐに死ぬ弱者だと思い込んでいるからだ。
俺にとってフェルナを含めたあらゆる魔族が魔王として庇護の対象であることと同様に、フェルナにとっては旧世代全てが弱者であり魔王としての庇護の対象。
そしてまだ技量の未熟なフェルナにとって、守る方法というのはつまり自分一人で敵を倒すこと、というわけである。
グレゴールを邪魔に思うわけだ。
フェルナは何かにつけて、俺を配下に勧誘していた。
共に戦うことのできる、強力な配下が欲しい――それは、かつて戦乱を生き延びた俺自身、口に出さずとも何度も思ったことだ。
フェルナにとっての俺は、ようやく見つけた共に戦えそうな魔族……だったのかもしれない。
共に戦うどころか、既に宣戦布告したのだが。
そんなことを考えていると、グレゴールが岩鎧竜の死骸を見て呟く。
「しかしアレは……本城から増援が来るまで運ぶことはできないでしょうね……」
上位竜種の素材は肉や鱗、骨や血までどれも高く売れる。
だが、大きさが大きさだけに、ここにいる翼人族程度の人数で運ぶことは難しい。
俺もあんな巨大なものを背負子にくくりつけて運ぶことはしたくない、というか背負子が壊れるから無理である。
ふと思いついたことがあり、ニニルに視線を向ける。
「わたしの転移魔法でも、あの大きさは無理かもしれません……」
俺が考えていたことを察したのか、ニニルが答えた。
……まだ目が赤いが、どうやら泣き止んだらしい。
「運べる大きさに上限があるのか」
「はい。前にかなり大きめの地竜を運ぼうとしたら、転移魔法自体が発動しなかったんです。……たぶん、一度に使えるエーテルの量の問題なんだと思います。普通の大きさの地竜ぐらいまでが限界みたいです」
ニニルはワイバーンだけでなく地竜もモリモリ食べていたようだ。
なんでもないことのようにサラッと言うから聞き流しそうになるが。
……もしかすると、嘘をついていたストレスを、食べることで発散していたのかもしれない。
「?」
視線の意図がわからないのか、首をかしげるニニル。
……まぁそれはともかく、転移魔法が無理ならば人を集めて運ぶしかない。
既に時刻は夕方、キュールグラードへの運び込みは明日以降になるはずだ。
「本城から増援が到着した後に、岩鎧竜はキュールグラード本城へ運び込まれるでしょう。ディルグ様は現在キュールグラード軍に所属していない外部の魔族となりますので……軍規定によれば査定額から軍側の取り分と手数料を引いた額を受け取ることができるはずです。私の方から言付けをしておきますので、後日、詰所でお受け取りください」
岩鎧竜の今後について凡その当たりをつけていると、グレゴールがそう言った。
主であるフェルナから魔王の座を奪い取ると言ったばかりなのだが、そこには敵意らしい敵意を感じない。
「オークの素材の方はどういたしますか? 換金性の高い部位を集めさせ、そちらの背負子に積めるだけ積むこともできますが……」
先ほど言っていた、感謝しているという言葉は嘘ではないのだろう。
だが、これはいくらなんでも敵対する魔族に対する態度ではない。
「俺は貴様の主に宣戦布告したのだぞ。そんな魔族に、ここまでしていいのか?」
「勘違いはなさらないでください。フェルナ様から何も命令を受けていない以上、今の我らはディルグ様の敵でも味方でもありません。ただ、軍規通りに対応しているまでです」
軍規通りと言うには丁寧にすぎると思うが、まぁあくまでグレゴールの表向きのスタンス、ということなのだろう。
「それにディルグ様には、可能であればこの地に居続けていただきたいのです。ディルグ様がいらっしゃれば、シャルミアに指揮権を握られてしまっている今よりも、フェルナ様の身は安全になるでしょうから」
そしてこっちが裏、正直な考えなのだろう。
内地の防衛に回され、守るべきフェルナから引き離されている黒鴉氏族は、シャルミアに不信感を抱いているようだ。
……戻った時には、シャルミアから事情を聞く必要がありそうだ。
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