魔獣討伐(サキュバスのターン)
フェルナは重力魔法で加速すると、無防備に監視塔の方へ近づいていく。
「フェルナ、迂闊に距離を詰めるな! オークには知性があると言ったのを忘れたか! 最悪、バリスタが飛んでくるぞ!」
塔の上に設置されているバリスタはワイバーン迎撃用に作られているだけあって、先ほどの投石以上の威力を備えている。
バリスタは照準を合わせるのに時間がかかるし、練度もクソもないようなオークでは空を縦横無尽に移動するフェルナを偏差狙撃するような芸当はできないだろうが、それでも脅威は脅威。
死のリスクがそこに存在することに変わりはない。
しかしフェルナは、警告を無視して一直線に監視塔へと飛んでいく。
「チッ……世話の焼ける」
監視塔を見ると、こちらに気づいたオークが騒ぎ出していた。
空から近づくフェルナを迎撃するためか、屋上にもその数が増えている。
バリスタに取りついているオークや弓兵だけでなく、メイジもいるようだ。
ただの弓や魔法でも、身体強化を使えないフェルナには危険だろう。
「――『防御障壁』」
塔へ近づくフェルナに、追随する魔法の障壁を展開した。
これで少なくとも、弓矢やオークの使う程度の弱い魔法なら弾けるはずだ。
自分を取り巻く防御障壁に気づいたのか、塔にだいぶ近づいたフェルナがこちらを見て手を振っている。
そして……そのまま空中でピタりと静止した。
「なっ……なにをしているんだ、アイツは!」
飛び道具を使う敵の前で停止するなど、的にしてくれと言っているようなものだ。
『防御障壁』のせいかまだ弓矢や魔法による負傷はしていないようだが、俺の張った『防御障壁』は、さすがにワイバーンを撃ち落とすために作られたバリスタを相殺できるほどの硬度ではない。
――まずい。
最悪の想像の通り、バリスタに取りついているオークがいる。
そのオークを狙おうかとも思ったが、屋上にせり出した凸凹とした監視塔の外壁が、射線を塞いでいた。
オークが刻々とバリスタの照準をフェルナに合わせているのが、『感知』でわかる。
魔王として、目の前で魔族をみすみす死なせるわけにはいかない。
別の対抗手段を講じようとして……ふと気づいた。
「……矢が、空中で止まっている?」
オークの放った弓矢が、フェルナの方向に真っすぐ向いたまま、空中で静止している。
『防御障壁』によって弓矢が弾かれたのであれば、ああはならない。
弓矢は慣性を失い、そのまま地上へ落下するのが正しい挙動のはずだ。
……重力魔法か。
そういえば、フェルナは魔法は重力魔法しか使えないと言っていたが、その重力魔法を飛行や攻撃にしか使えないとは言っていなかった。
感じられる魔力から察するに、重力魔法に指向性を持たせた『力場』のようなものを、フェルナは周囲に展開しているようだった。
「ディルグちゃーん、ちゃんと見ててねー!」
フェルナが大きな声で、こちらに声をかけた。
それからバリスタで自分を狙うオークを見て、魔力を高める。
……フェルナの周辺に発生している『力場』が、数秒かけて強力になっていく。
フェルナの『力場』が最高潮になった頃、ようやく射角の調節を終えたオークが、バリスタをフェルナに発射した。
「わっ、すごいですフェルナちゃん。バリスタの矢……止めちゃいました」
「重力魔法でバリスタを受け止める……か」
発射されたバリスタの矢は、フェルナから数メートルの位置で完全に静止している。
「んふふ~、止めるだけじゃないよ♡」
フェルナがそう言うと同時に、バリスタの矢を含めた複数の矢が、ゆっくりと動き始める。
反転――弓矢のそのことごとくが、監視塔の屋上にいるオークたちの方を向いた。
そしてそれは、発射時以上の威力でもって、オークへと勢いよく射出されていく。
「プギュッ! プギィイイ!!!」
オークの断末魔が上がった。
「どう? どうだったディルグちゃん。私すごい? すごいでしょーーー♡」
監視塔の屋上に出ていたオークを殲滅したフェルナは、こちらに近づくと満面の笑みを浮かべる。
……確かに凄まじい。
練度の低さからくる発動速度の遅さや、重力では防げないタイプの攻撃を弾けない等、ケチをつけようと思えばいくらでもつけられる。
だが空中で触れずにバリスタを受け止めるなどということは、魔王たる俺でもできはしない。
……筋力に任せた手掴みなら止められるが。
「これが、今の時代の魔王のチカラだよ♡ ディルグちゃんのあんな投石じゃ、私の『重力魔法』は抜けないもんねー♡」
どうやら、俺に見せつけるためにあえてバリスタを受けたようだ。
……本当に腹立たしい性格をしている。
「……言っていろ。貴様の認識の訂正は後回しだ。オークの討伐はまだ終わっていないからな」
監視塔の方を見れば、塔の内部にいたオークたちが、地上を走って森へ逃げようとしていた。
圧倒的な力量差に、撤退を選択したらしい。
「『感知』に反応があった。森へ逃げているオークの他に、森の奥にまだ十体ほどいるようだ。おそらく別動隊だろう……合流される前に撃破するぞ」
「ふーん、その別動隊ってどのあたりにいるの?」
「ちょうど、オークが逃げている方向の森の中だが……それがどうした?」
「あのへんね、……んー、えいっ!!」
――強大な魔力の発露を感じた。
パキ……パキペキバキバキ。
木の枝が折れるような乾いた音が、遠くから聞こえる。
いや、違う。
枝なんていう軽いものではない。
「……は?」
バキバキバキ、ミシミシミシ。
これは木が……いや『森』が、へし折れる音だ。
それは数秒をかけて連続した轟音となり、地響きと共に広がっていく。
「はい、オーク討伐おーわり♡」
――森の一部が、円形に潰れていた。
そこに逃げ込もうとしていたオークも、森の中にいた別動隊のオークも、『感知』に生命反応は伝わってこない。
フェルナは重力魔法で、地形ごとオークを潰してしまったらしい。
「……森が削れちゃいました」
「フェルナ、貴様なにをやっているっ!!」
「えー? やっぱり私すごい? ディルグちゃんのこと、流石にこれでわからせちゃったかなぁ~~~♡」
「馬鹿がっ!! そうではない!!」
あまりのことに一瞬呆然としてしまったが、それはフェルナが地形を変化させるほどの力を行使したことに驚いたからではない。
フェルナがそれだけの力を持っていることは、これまでのことでわかっている。
変化させた地形の『場所』が問題なのだ。
「ここはただの森ではない、竜峰麓の森なのだぞ! 貴様、それがわかっているのか!!」
「……え?」
オークが逃げ込もうとしていた竜峰麓の森は、その名の通り竜峰の麓にある広大な森である。
竜峰に住まう上位竜種は、基本的にその生のほとんどの時間を眠りに費やし、縄張りである竜峰を動かない。
……だが、それは絶対のルールではない。
竜峰麓の森では、常に一定数、少数ではあるが起きている上位竜種が餌である魔獣を喰らっている。
この麓の森は、『竜の餌場』なのである。
そしてあれだけの轟音を立て、さらに餌場である森を破壊すれば……どうなるかは火を見るより明らかだ。
「グルォオオオオオオッ!!!!!!!」
――地を揺るがすような、怒りの咆哮。
それが、森の奥から響き渡った。
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