新世代はただのガキ

 ――たかが荷物持ち。

 だがそれが俺への侮りから来ている以上、受け入れるわけにはいかない。

 そういった些細な綻びが、魔王への失望を招くことになるからだ。


「貴様のために荷物を持てば、俺が貴様の配下に成り下がったかのように見えるではないか! 重力魔法でも使って自分で運ぶのだな!」


「やーだー♡ 重力魔法って、集中力が要るから結構疲れるんだよ? 長時間はムリだもーん♡」


「ムリだもーんじゃない! それなら身体強化で運べばいいだろうが!」


 身体強化は、魔法の基礎中の基礎。

 エーテルという無尽蔵に近い魔力を使えるのだから、ただの身体強化で疲れることもないだろう。

 必要とする集中力も重力魔法と比べれば断然軽いはずだ。


「身体強化? 私、身体強化なんて使えないよ?」


「フン、誤魔化して俺に持たせようとしてもそうはいかんぞ! 基礎魔法である身体強化すら使えずに魔王を名乗る魔族などいるわけがないだろう!」


「はーい、ここにいまーす♡ 使えないものは使えないもーん」


 適当なことを言うフェルナ。

 だが、流石に信じられない。

 身体強化といえば魔領において最も普及している魔法である。

 強化度合いの強い弱いはあっても、全く使えない魔族などほとんどいない。

 いくらなんでも身体強化すら使えずに魔獣を狩りに行くなど、常識からしてありえないのだ。


 そんなことを考えていると、ニニルが横から話しかけてくる。


「ディルグ様、ディルグ様に雑用をさせるわけにはいきません。こういったことは、わたしに任せてください」


「……しかし、ニニルに運ばせるというのもな」


 たしかに投擲でワイバーンを撃ち落とすニニルであれば、この背負子を運ぶ程度簡単な仕事だろう。

 だが、ニニルは俺の配下だ。

 フェルナに言われてニニルに持たせるのは、半分フェルナに負けたようなものである。


 けれど、ニニルは俺の反応を待たずに、背負子に手を伸ばす。


「ディルグ様、持ちますね」


「……ん?」


 ――そのニニルの様子に、違和感を感じた。


 背負子に両手を伸ばしているのに、片方の腕の位置が明らかに低い。

 こういう動きをする兵士は何度も戦場で見た。

 怪我人の動きである。

 庇っているのは……まぁ見たところ明らかに右肩だ。


「ニニル、右肩を見せてみろ」


「あっ……ディ、ディルグ様。大丈夫です。大丈夫ですから」


 ニニルは大丈夫と言っているが、俺に負傷を悟られる時点で大丈夫ではない。

 服を少しだけはだけさせて、肩を見た。

 ……やはり、赤く腫れている。

 二日三日放っておけば治りそうな程度だが、どうやら筋肉に軽い内出血が起きているようだ。


「あの、ちょっとだけ赤くなっちゃってますけど、大丈夫です。動けますし、その背負子を持つぐらいなら全然平気です」


「いつからだ?」


「……その……多分、身体強化を使ってワイバーンを落とした時です」


 あの時か。


「ディルグ様に見られてたから、ちょっとだけ張り切りすぎちゃったみたいで……さっきまでは大丈夫だったんですけど、時間がたって、腫れてきちゃいました……」


「わっ、いたそ~~。でも、身体強化なんて危ない魔法使うからだよ」


「ディルグ様が好んで使われる魔法だから、私も使いたくて……」


 眉をしかめたフェルナが、ニニルの腫れた肩を見て口を挟んでくる。

 しかし、その会話の中に聞き逃せない言葉があった。


「……身体強化が、危ない魔法だと?」


「うん。だってそうでしょ? エーテルで強化すると、身体の方がついていかないもん。魔力がぜんぜんない旧世代はしらないけど」


 ニニルがワイバーンを墜落させた、尋常ではない威力の投石を思い返す。


「……そういうことか」


 どうやらフェルナの言っていた身体強化が使えないという話は、嘘ではなかったようだ。

 身体強化魔法は、もともと持っている力を倍まで強化することができればまぁまぁ優秀だと言われている。

 しかしエーテルを使ったニニルの身体強化は、倍どころか十倍でも納まらないないだろう。

 投擲のような負荷の軽い動きですらダメージを受けるのならば、もしその状態で何かを殴って反動を直に受ければ、腕が肩から千切れ飛んでもおかしくない。

 ニニルのような新世代では、身体強化魔法が危険だというのも納得できる話だ。


 ……だがそれは、あくまで一般的な身体強化魔法の話。

 使う身体強化が『軍用』ではない、という場合だ。


「はぁ……つまりお前たちは、まだ訓練も何も受けていない全くの素人というわけか。……エーテルという凄まじい力を使う割に、魔王軍ならば一般兵士でも知っていることを知らんとは」


 一般的な魔族が使う身体強化は、出力のみを底上げする言わば出力強化。

 だが俺が言う身体強化というのは、近接戦闘においては魔領最高峰の強さを誇った牛鬼族が編み出した、牛鬼族流の軍用身体強化だ。

 俺が魔王軍内へと広めたこの身体強化は、別名で魔闘術とも呼ばれ、肉体の強度を上げる術も含まれている。

 出力を強化しすぎて肉体が持たないならば、同時に強度も上げればいいだけの話である。


「……わたしの使ってた身体強化、どこか間違ってたんですか?」


「間違ってはいないが、足りていない。いわゆる素人の身体強化だな」


「し、素人っ……」


 ニニルは両頬に手を当て、ショックを受けたような表情で固まっている。

 どうやら自分の戦闘能力に、多少の自信はあったらしい。


「ニニルには、五年前に教えておけばよかったか。いや、だが、あの頃は本当に幼かったからな……」


 兵士ですらなかったニニルに、俺は軍用身体強化を教えたことはなかった。

 年齢的に軍の訓練に混ざることもできなかったはずだから、おそらくは独学の見様見真似で身体強化を覚えたのだろう。

 ……よくこれまで五体満足でいたものだ。

 まぁ、危うさを自覚していたからこそ、投石のような直接負荷がかからない戦い方をしていたのかもしれないが。


「フェルナ、貴様は軍用身体強化を教えて貰う機会はなかったのか」


「私? 軍用っていうのはよくわかんないけど、私は魔法って重力魔法だけしか使えないよ? 走るより飛んだ方が早いもん♡」


「き、貴様よくそれで魔王を名乗る気になったな……軍用ではないにしろ、ただの労働者すら使える者が多いのだぞ」


「重力魔法だけで誰にも負けないもーん♡」


 そういえばサキュバスは、種族の全体的な気質としてあまり勤勉な方ではない。

 訓練するよりかわいく着飾る。

 魔法を覚えるより男をからかって遊ぶ。

 サキュバスという種族の性質を考えれば当然のことなのだろうが、兵士としての素質は皆無に等しい。


 ……本当に、なぜこんな小娘をシャルミアは魔王と仰いでいるんだろうか。

 頭が痛くなってくる。


「……もういい。ニニル、それを渡すんだ」


「あっ……」


 ニニルがまだ手に持っている背負子を引き寄せる。

 『自分の仕事だ』という雰囲気の抵抗を僅かに感じたが、流石に怪我人に持たせるものではない。

 構わない、という意味で頭を軽くなでると、抵抗はなくなった。


「やーん、ディルグちゃんやっぱり持ってくれるの? やさし~、好きになっちゃうかも~♡」


「いいか、俺は配下であるニニルを庇うためにこれを運ぶのであって、貴様に言われて運ぶわけではないからな」


「あ、私ソレ知ってるー。ツンデレってやつ! 最近流行ってる小説によく出てくるんだよ。やーいディルグちゃんの女騎士~♡」


「意味がわからん」


 サキュバスの中での流行りなぞさっぱり知らない。

 おそらく、市井に流れている官能小説か何かの話だろう。

 興味もない。


「ごめんなさい、ディルグ様。わたしが運べれば……」


「構わん、怪我をしているのだからな。この背負子に座っていけ」


「で、でもディルグ様、流石にそれは……」


「負傷した配下を背負って魔王の威厳が陰ることはない。帰りはニニルの転移魔法に頼ることになるのだ。遠慮はするな」


「……は、はい!」


 ニニルを背負子に座らせ、オークのいる森へと出発する。


 そしてフェルナとニニル、二人の新世代のことを考え、小さくため息をついた。

 エーテルを使いこなす新世代には、とてつもない力がある。

 ……だが、話してみれば力の使い方も知らない上に、中身は年相応のただのガキだ。


 戦場では、ふとしたことで命を落とすこともある。

 特に身体強化のような防御のための術を持っていないとすれば、なおのことリスクは高いだろう。


 ……どうやら気を抜くことはできないようだ。

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