第6話


 夕方になり、祖父に夕日を見に行こうと誘われ、水平線が望める高台に来た。

 遠くに見える水平線は視界の両端が少し丸みを帯びて見える。両端が緩やかなカーブなのを見ると、


 地球は本当に丸いんだなぁ


と、感じる事が出来る。

 陽が沈む時間になっても盛夏の今はちっとも涼しくない。時折り吹く風が、海の香りを運んで来る。波の音と合わさり、今だけ、現実から切り離された様な錯覚を受ける。

 

 幼い頃、両親とこの景色を見た事をふと思い出した。あの時は多分、冬だったのだと思う。父に抱き上げられ、父のコートの中に入れて貰っていた。父に抱っこされてるのが嬉しいのと、コートの中が暖かかったのを覚えている。

 沈んで行く夕日を見ながら、父が


「綺麗だね。」


と、言い。母が


「綺麗だね。世界には綺麗な物が沢山あるから、一緒に沢山見ようね。」


そう言って、微笑みかけてくれた。

 優しい思い出。思い出したら、涙が出てきた。夕日と空の美しさに心震えたせいかも知れない。自然の色のコントラストは本当に綺麗。絶妙な茜の空から宵の青へのグラデーション。夕映えで、光に縁取りされた様な雲の輝き。自然の美しさにイヤな事も忘れられそうだった。


 幼い頃はあの水平線の向こうは滝になっていて、滝の落ちる先には別の世界が広がっているのだと思っていた。

 今はそうじゃない事をちゃんと知ってる。

それでも水平線を見ると幼い頃にそう思っていた事を思い出す。

 学校で、歴史を学ぶと、昔の人達も水平線の向こうは滝だと思ってた時代があったらしいから。人種は関係無く、大いなる自然を前にすると、人は似た様な事を思うのかも知れない。

 綺麗な夕焼けを見れて、声や湧泉に見えたモノに対する疑問が無くなりはしないが、気分は良くなっていた。



 その日の夜、夢を見た。

 私は背の高い人に手を引かれて歩いていた。そこはとても明るい場所で広い道の両側にはポプラのような背の高い、真っ直ぐに伸びた街路樹が並んでいる。

 背の高い人は小さな私の歩く速度に合わせて、ゆっくりと歩いてくれている。

 大きな家、家というより宮殿、西洋風の宮殿という風情の建物。その門の前に着く。

 背の高い人は私を見て


「ここなら大丈夫だ。」


と、声を掛け、私だけを門の中に入れる。

 私が門の中に居るのを見て、安心した様に微笑んで去ってしまう。

 その背を見送る私は悲しくなったが、追い掛ける事は出来ずに、


 必ず迎えに来てくれる!

印を付けたのだから


と、思いお腹に両手を当てる。咬まれた跡が残っている場所を撫でながら、去って行く背を見送っていた。



 目が覚めて、思わず、お腹をさする。

私のお腹に噛み跡なんて無い。臍の横に生まれつきのアザならあるけれど。その痣は半月状で白抜きの痣。痣と言えば、素肌より色が濃ゆいのが普通だと思うのだけれど、私の臍の横にある痣は素肌よりも白いのだ。白いから、浮き出ている様に見える。

 夢の中で話し掛けて来た人の声は私の大好きな声だった。低くて、深い、聞くと安心出来る声。顔も分かれば良かったけれど、顔ははっきりしなかった。

 

 まぁ、夢だから?仕方ないかな


 外を見ると、まだ夜明けには時間がある様で、星が出ている。朝の早い祖父母もまだ休んでいる時間。寝直そうと、ベッドに横になる。


 湧泉の中に宮城らしきモノを見てから、夜毎、目覚めても忘れない夢を見るようになった。

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