第3話

 田舎の朝は早い。祖父母の朝が早いだけかも知れないが。夏の朝は早いのに、夏の陽が昇る前から起き出す祖父母に釣られて、私も随分と早く起きた。 

 まだ6時、なのに一仕事終えた祖父がコンテナに朝採りの野菜を入れて戻って来た。これが全て自家用だと言うのだから驚きだ。近所に配ったり、母や他の子供達に送ったりもするが、それでも余る物は直売所に売りに出すそう。それはそうだろう、祖父母2人で食べれる量じゃない。でも、今日のは祖父母が自分達で食べる量らしい。いくら野菜とはいえ祖父は食べ過ぎだと思う。


「とうもろこしば食べるね?」

「食べる!おじいちゃん、おはよう」

「おはよう、とうもろこしは採って、直ぐ茹でんばけんな」


 起き出した私を見て、祖父が声を掛けてくれる。今日も祖父はにこにこしてる。にこにこしながら、採りたてのとうもろこしの皮を剥き、直ぐに茹でてくれる。母が「とうもろこしはお店で買う気がしないわよね。」と言っていたのを思い出しす。もぎたて、茹でたてのとうもろこしはつやつやと色鮮やかで、噛む毎に瑞々しい甘みが口中に広がり美味しい。

 母が野菜の味に煩くなるのも納得の味だ。

 朝食は煮干しで出汁を取った茄子の味噌汁とご飯に胡瓜、茄子の漬物。それに祖父が時間をきっちり測って、半熟の目玉焼きを作ってくれる。

 祖母お手製の油味噌もある。醤油漬けの紫蘇の実と人参の千切りが入ったこの油味噌は香りが良く、これだけで、ご飯が何杯でも食べれる美味しさ。紫蘇の実がとても良い香り。

 紫蘇の実は醤油に漬けて、時間が経つと醤油が甘くなる。味噌も祖母の手作りで、梅干しも祖母作。

 今朝採りのきゅうりに油味噌をのせて食べるだけで、何本でも食べられそう。この油味噌と梅干しは母のリクエストで家にも切らさないように送って貰っている。私も大好き。梅干しは祖母が作った物以外はあまり食べたくないほど。5年物の梅干しはまろやかなしょっぱさと酸味で、ちょっと小ぶりな大きさなのも良い。

 大きい梅の実は梅酒にするそう。小学生の頃、祖父に梅酒の実を貰って食べた事がある。ちょっと甘くて不思議な美味さのそれは食べたら、ふわふわとなんだか楽しい気分になり、楽しい気分のまま歌っていたら、母から祖父がこっ酷く怒られていた。梅酒の実はそれだけで、酔ってしまう。

 それ以来、食べて無い。祖父母宅は他に杏酒や山桃酒もある。ハタチになるのが楽しみになる。きっと、杏も山桃も美味しいハズ。

 

 

 食後、暫くしてから、アキレス腱のストレッチをする。整形外科で指導してもらった方法で、軽く痛むが、我慢出来る程度にアキレス腱をゆっくり伸ばす。怪我していない脚もついでにする。交互に3回。1日2セットだから、朝したら、後は夕方にもう1セット。

 

 

 ストレッチを終えると散歩に出る。今日も暑くなりそうな空だが、緑が多いからか、都会より朝が涼しい気がする。空気が爽やかで吹く風が少し涼しい。祖父母宅の敷地はぐるっと山だが、東側は竹林になっている。そこを目指してゆっくりと歩く。途中、私と同じ背丈ほどの向日葵が咲いていた。背の低い向日葵もある。

 園芸が趣味だった曽祖母が植えた花々が曽祖母の亡くなった後も大切に手入れをされている。

 梅(白梅、紅梅、枝垂れ梅)に始まり、シクラメン、水仙、桃に木蓮、彼岸花、ミモザ、雪柳、沈丁花、チューリップ、シャクナゲ、山吹、アネモネ、桜、ツツジに皐月、コデマリ、モッコウバラ…春だけでもまだまだあるが、すごいのはひと品種につき1本づつではなく、2・3種類づつある事、単や八重、色も数種類づつある。

 曽祖母の遺した趣味の遺産で一年中、冬でも何かの花が咲いている。

 国道沿いには紫陽花が多く植えられていて、土の性質で花の色が変わると言うのに、色々な色の紫陽花が咲き、場所を説明するのに「紫陽花の家」で通るほど。

 夏の今は向日葵と朝顔が咲いている。昼顔もあるらしいが、朝顔との区別は私にはつかない。日陰のある木に小さな白い花をつけてるのもある。何の木かは知らないけれど。

 葉だけになっている枝垂れ梅の前を通り過ぎ、湧泉と溜池を横に見て、竹林の中に入る。

 竹林は適度に間伐されていて、歩きやすい。陽は竹に遮られて、あまり当たらず、地面は湿っているが、歩くと落ち葉でさくさくと音がなる。柔らかい。

 竹林の一角には椎茸栽培用のクヌギの榾木が組まれている。まだ夏だから、椎茸は出ていないが、秋になると肉厚の香り高い椎茸が沢山出る。オーブンで醤油焼きにしても美味しいが、バター焼きも私は好き。菌床栽培の椎茸とは香りが全然違う。母は椎茸も買う物だとは思っていない。



「美結」


 呼ばれて振り返る。誰もいない。キョロキョロと周りを見ても、やっぱり誰もいない。

 昨日も聞こえたのに、今日も、あの不思議な声が聞こえるなんて…続けて呼ばれるのは珍しい。

 キョロキョロと周りを見回し、上を見上げたら、風が吹き、笹が揺れて、さわさわと音を立てる。

 

 ぴちゃん 


 湧泉からは少し距離があるのに、水の跳ねる音が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る