第4話 【秩序・悪】の神官 ヨブ

「ご一緒してもいいですか?」


ベルベットが声をかけると、ハトリとヨブは場所を空けた。


「別にかまわないぞ」


「どーぞどーぞ。僕のことは気にしないでください」


ちょうどヨブの前に麦酒のジョッキが運ばれてきて、彼はそれを嬉しそうに受け取った。そのままテーブルに置くことなく、ゴクゴクと一息に飲み干していく。


「ふー、お金の心配なく飲めるって気持ちがいいですね。あ、同じのもう一杯おねがいします」


ヨブの飲みっぷりに言葉を失うが、ハトリは気にしていないようだった。


ベルベットは咳払いをして気を取り直し、ハトリに話しかけた。


「ハトリさん、でしたよね。あなたはあまり飲まないんですね」


ハトリの前に置かれたジョッキには、中身がまだ半分以上残っている。


「俺は食い物の方で売り上げに貢献しているからいいんだよ。それに、夕方からずっとここにいるからな。今日の売り上げの四分の一くらいは俺の金なんじゃないか?」


そううそぶくハトリに、店主が料理を持ってやってきた。


「おめえはもっと注文しろ。それとツケはきかないからな。全額払えよ」


「大丈夫だって。おいヨブ、金を出せよ」


「金?ああ、そうですね。これです、どうぞ」


ヨブはそう言って、硬貨でパンパンに膨らんだ布袋を取り出した。


「オッケー、ご苦労さん。じゃあ約束通り山分けな」


「それと今日の支払いも、お願いしていいんですよね?」


「もちろんだ。気にせず飲め飲め」


ヨブはうれしそうな顔で、さらに酒を注文する。

ハトリは空の布袋を取り出すと、硬貨を半分に分けはじめた。


「あの、ハトリさん。ちょっと聞いてもいいですか?」


「ん?ああ、この金か?ご想像のとおりでもあるが、そもそも俺に支払われるはずの契約金だ。やましいことは何一つ無いね」


先ほどロンベルトが家から盗まれたと主張していた金だと、平然と言い切った。


「ええと、だとしても、いえ、『だとしたら』の方が正しいのかな。だとしたら先ほどのロンベルトさんにまた文句をつけられることになるんじゃないですか?」


「その心配はない。今回のいざこざは、アンタというトラブルシューターが解決したからほじくり返すことはできない。それに、あいつは今ごろは取り立て屋たちへの抵抗で、それどころじゃないだろうさ」


イタズラ小僧のように楽しそうな顔で言った。

横で聞きながらジョッキを空にしたヨブが、うんうん頷いている。


「ロンベルトさんは色んな人に借金してたから、みんな少しでも金を取り返そうと必死だと思いますよ。本当だったらこの金もあちこちへの支払いで散っていくはずだったので、まさに間一髪というやつでしょう」


「そうそう。俺たちは契約分の報酬を受け取る。金貸したちは金になるものを根こそぎ回収できる。ロンベルトは自分のしてきたことのツケを払える。まさに三方一両損で丸く収まったってことだ」


得意げに言っているが、言葉に大きな齟齬があるようにベルベットは感じてしまう。

だが彼らの事情には、彼女が口を挟んでもいいことは何一つないだろう。

だから話題をちょっと変えることにする。


「先ほどの【真偽判定】についてですけど、あなたは嘘をついていなかった。なのにこの金はロンベルトさんから盗ん……取り返したと言っている。これってどういうことですか?」


ベルベットの【真偽判定】を誤魔化すことはできない。少なくとも今までは間違えたことはない。

ならどうやって、本当のことをいいながら、騙すことができたのだろうか。


「うーん。一個ずつ答えるのは面倒だから、俺がやったことについて順番に教えようか」


そう前置きして、ハトリは話し始めた。


「まずは今日、依頼をこなして帰ってきたら、ロンベルトが報酬を支払いもせずにパーティーから追い出しやがったんだ。だから、あいつから同じような損害を受けてるヨブに話を持ちかけたのさ。俺がタイミングを作るから、あいつの金庫から金を盗んで来いってさ」


ハトリの言葉にヨブがうなずく。


「そうそう。怖かったけど、そのことについて誰かに聞かれたら、『ハトリさんにやれって言われた』って言っていいとも言ってくれたから、やることにしたんだ。金庫の隠し場所やパスワードについては、さっきハトリさんが話してたとおりだよ。ロンベルトさんがぶつぶつ言いながら開けてるところを何度も見てたから、しっかり憶えていたよ」


「そんな感じで、実行したのはヨブだった。だから俺はあいつの家に入っていない・・・・・・盗んでいない・・・・・・


「なるほど」


たしかにハトリは本当のことを言っていた。入ったのも盗んだのもヨブの方だった。

ヨブもまた、言われたとおりに答えていた。ただそれを言った相手は、ロンベルトではなくハトリだったが。


「ロンベルトは今日みたいにまとまった金を稼いだ日は、いつも知り合いを集めてパーティーを開いてた。俺も呼ばれたことはあるが、それよりも契約金を払えって言ったらそれ以降は呼ばれなくなったよ。だからあいつの家の場所は知っていた」


ハトリは酒を一口飲んで、唇を湿らせた。


「俺は夕方にはここに来て、酒を飲み始めた。その途中でトイレに行って、そこの窓から外に出てあいつの家の方に向かった。そんで、離れた場所からスリングショットを使って石を投げ込み、アイツの注意を引いたんだ」


「そういえば、店主さんも貴方がトイレに行ったところは見てましたね」


「トイレで長時間粘るヤツもいるから、真偽判定されたとしても問題ない。それで、音にビビったロンベルトに見てこいと言われたヨブが、隠し金庫から金を盗んだんだ。だろ?」


「はい、そうですよ。あの人、客の相手をしなきゃいけないからって、僕を雑用みたく使うんですよ。僕だってもっとお酒飲みたいのに」


「……ってわけだ。あとは、ヨブが窓が割れて隠し金庫が開いていることを報告。すると俺が犯人だと思ったロンベルトが走り回って、やっとここに来たってわけさ」


一通り説明されたベルベットは、言われたことを頭の中で整理する。

首謀者はハトリで実行犯はヨブ。ロンベルトは被害者。

でもロンベルトは彼ら二人に契約金を支払っておらず、二人はそれを回収しただけ。

他人のパーティーの問題については、ベルベットが口を出すことではない。


でも一つだけ、聞かなければいけないことがあった。

ちょうど店主がジョッキを持ってきたので、声をかける。


「あの、すいません。【問題解決屋】(トラブルシューターズ)への出張料金は誰が支払ってくれるんですか?」


「問題を起こしたのはハトリだ。だよな?俺の店で騒ぎを起こしたんだから、ちゃんと責任をとってくれるよな?」


ジョッキをあおっていたハトリはゲホゲホむせて、落ち着いてからうなずいた。


「マジで?仕方ないから払うけどさ。ああ、出費が予想以上にかさんだなあ」


硬貨がつまった布袋をのぞき込みながら、ハトリがため息をついた。


~完~

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魔術師ベルベットと【秩序・悪】の忍者ハトリ 天坂 クリオ @ko-ki_amasaka

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