第2話 【秩序・中立】の魔術師 ベルベット

「逃げ遅れた……」


魔術師であるベルベットは、自分の間の悪さにため息をついた。

彼女はユルガンドールの街の【問題解決屋】トラブルシューターズに所属している。

冒険者ギルドには依頼しにくい、確かな信頼と実力が必要になる問題がここには持ち込まれてくる。


それは例えば他人に言いづらい物の捜索であったり、あるいは衛兵を呼ぶまでもない――あるいは呼ばれたら困る人たちの――問題の解決だったりした。


今回その要請が届いたのは、陽が落ちて夜光石が街路を照らし始めた時だった。


ベルベットは魔術師でもあるが、それ以前にごく普通のいち市民だ。

平和なことはいいことなのだが、依頼をこなさないと追加報酬がもらえない。

家賃はともかく、趣味であるモルモルの育成のためにはお金があった方がいい。ならばせめて基本報酬を増やすために書類仕事を少しでもこなそうとしていたら、自分以外の社員が帰宅してしまっていた。


「よろしくね」と社長に笑顔で言われては、断ることは難しい。

追加報酬がもらえるんだから、と自分をはげましつつ、指示された場所へと向かった。


住宅街から少し離れた、冒険者がよく利用する通りを進む。

利用者のせいもあり治安がいいとは言えないが、ベルベットも冒険者としての活動実績がある。街中でのいざこざなら、後れを取らないと自負していた。


目的地を通り過ぎてしまったのは、それが小さな脇道の途中にあったからだ。

行きつ戻りつしてやっと見つけたそこは、いわゆる立ち飲み酒場だった。


入り口から中をのぞくと、ギャラリーに囲まれて二人の男が向かい合っていた。

一人は体格のいい戦士。服の上からでもわかるたくましい筋肉をいからせて、相手をいかくしている。

もう一人は、どこにでもいるような一般市民もどきだ。

印象が薄い平たい顔。特徴の無いありきたりの服。腕の太さは相手の半分以下だ。でも猛獣のごとき威嚇を受けて平然としているあたり、この男も只者ではないだろう。


そんな風に二人を観察しているベルベットへ声をかける者があった。


「おい、あんたがトラブルシューターか?なら早いとここの状況をなんとかしてくれ」


彼はこの店の店主で、マルトーと名乗った。

冒険者の通う店を経営しているだけあって、たるんだ贅肉の下にしっかりとした筋肉がついているのがうかがえる。


何が起こったのかを聞けば、ハゲあがった頭に手をやりながら口を開いた。


「あの戦士、ロンベルトっていうんだが、その家から金が盗まれたらしい。それで疑われてるのがもう一人の忍者、ハトリだ」


「忍者?ああ、そういう冒険者職もありましたね。それで、犯人が分かっているのに、何が問題なんですか?」


「それが、ハトリはずっとここにいたんだよ。だから盗めるわけがないんだ」


店主の言葉に、ロンベルトが顔を赤くして噛みついた。


「そんなわけあるか!俺様が庭で宴会を開いている隙に、窓を割ってこいつが入って盗んだんだ。マルトー、あんたもグルなんだろ!違うならコイツを庇う必要なんてないからな」


「落ち着け。オレは誰の味方でもねえよ。本当にコイツはずっとここにいたからそう言ってるだけだ。席を離れたのはトイレに行った時くらいか?なんにしても、お前ん家まで行って盗んで帰ってくる時間なんてなかったぞ」


「だったら誰が俺様の金を盗めるっていうんだ。そうだ、お前はトラブルシューターなんだろ。早く俺様の金のありかをコイツに吐かせろ」


威嚇するかのように詰め寄られて、ベルベットは思わず後ずさった。


「わ、私は自白させることなんてできませんよ。ですが……そうですね。なら【真偽判定センスライ】はどうでしょう。これを使えば、証言が嘘か本当か確実にわかります」


「それは魔術か?とにかくなんでもいい。こいつが俺様の金を盗んだ犯人だってことをはっきりさせてくれ」


飛んでくるツバから逃げるように離れ、ロンベルトが指さす先にいる男にも確認をとる。


「ええと、ハトリさんでしたね。貴方もそれでいいですか?これからする質問に、ハイかイイエで答えてください。そうすれば、貴方の潔白が証明されます」


彼が真犯人でないならば、喜んで協力するだろう。もし断るなら、その時点で犯人だと自白するようなものだ。

どう答えるか見ていると、ハトリは涼しい顔でうなずいた。


「いいですよ。喜んで協力しましょう」


「……ありがとうございます。ではまず【真偽判定】を使います」


ベルベットは精神を集中しながら、口の中で呪文をとなえる。

発動体である指輪から出た不可視の魔力がベルベットを包み込む。呪文は問題なく成功し、ベルベットの目は嘘を見抜く力を得た。


「ではハトリさんに質問です。貴方はロンベルトさんのお金を盗みましたか?」


「イイエ、盗んでいません」


「では次に、ロンベルトさんの家に侵入しましたか?」


「イイエ、入っていません」


「では……」


淡々とした問答が納得のいく展開ではなかったのか、ロンベルトがイラついた声を上げる。

しかしそれはすぐに、店主によって制止された。


「おい、嘘をつくな!お前が……!」


「黙ってろ。呪文の効力が切れるだろ」


「でもよ、ハトリの野郎がぬけぬけと嘘ついてるのを、黙って見てろっていうのかよ」


「だからそれが嘘かどうかを判断してるんだろ。【真偽判定】なら間違いなく嘘がわかる。ケンカするならその後でも間に合うだろ」


それを聞いたロンベルトは、不満そうに腕組みをする。


ベルベットが質問を終えると、魔術の結果を伝えるために向き直った。

ロンベルトは一言一句を聞き逃さないために顔を近づける。ベルベットはその圧力に少し引いた。


「ハトリさんは本当のことを言っています。彼は貴方のお金を盗んでいないし、家に侵入してもいません」


「ふざけるな!そんなことあるわけないだろ」


「ですがそれが真実です。彼は盗んでいない。私が言えるのはそれだけです」


ベルベットの言葉を、ロンベルトが奥歯を砕かんばかりに噛みしめる。


「そんなはずがない。じゃあ誰が盗んだって言うんだ。オレの家に入れるヤツはたくさんいたが、カギのかかった金庫を開けられる盗賊みたいなマネできるのなんて、コイツくらいしかいないだろ」


「カギ付きだったんですか?その金庫のカギはどこにありますか?」


「は?金庫って言ったらキーロック方式に決まってるだろ。カギなんて作ったら、複製されて盗まれるだろうが」


初耳である情報を、さも当たり前のように言う。

ベルベットは頭痛の気配を感じながらも、質問を続けた。


「ならば、そのキーロックの暗証番号を知っている人はあなたの他にいますか?」


「俺様の金庫なんだから、俺様だけしか知らないに決まってるだろ」


「それはどうかなあ」


不意に言葉を投げかけてきたハトリを、ロンベルトが睨み付ける。


「最初に言っておくと、俺もお前の家に入れてもらったことがあるけど、客間までしか入ったことがない。それはお前も知っている通りだ。で、ここから本題だけど、お前ってそのカギを開ける時に暗証運号をつぶやいてないか?間違えないようにってさ」


「ぐっ、……それがなんだって言うんだよ。あ、まさかてめえ……」


「だからたった今言ったばっかりだろ。俺は客間までしか入ったことがないって。お前は俺に金庫がある部屋を教えたのか?俺がいる時に暗証番号つぶやきながら開けたか?違うよな。だから俺じゃない」


涼しい顔をしているハトリに対して、ロンベルトは声を荒げる。


「てめえは何が言いたいんだ。俺様をバカにするんじゃねえ!」


「俺が何を言いたいのか、分からないなら言ってやろうか?お前のすぐ近くに、金を欲しがっているヤツがいるだろ。しかも金庫の場所を知っていて、暗証番号も聞けるほどすぐ近くに」


ハトリがギャラリーの方を見る。

その視線の先には、元パーティーメンバーの姿があった。

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