魔術師ベルベットと【秩序・悪】の忍者ハトリ

天坂 クリオ

第1話 【秩序・悪】の忍者 ハトリ


「おいハトリ。お前クビだ。もう来んな」


依頼を終えてユルガンドール市の冒険者ギルドへ向かっている途中に、いきなり言われた。


発言したのは戦士のロンべルト。筋骨隆々の戦士であり、パーティーのリーダーでもある。

身長は俺より頭一つ分高く、高くから見下ろす視線に迫力があった。


弱気な人間だったら逃げ出したくなるような圧力を放っているが、あいにく俺はそういうストレスに耐性がある。

なので肩をすくめて、冷静に返事をした。


「何言ってんだよ。契約を一方的に破棄するとかバカか?社会常識とか知らないのか?ゴリラには人間の社会は難しかったか?ならせめて頭の良い代理人を雇うとかしろよ。そいつに通訳とか全部やらせて、自分は棍棒を振り回していればいい。その方が効率的だ」


言葉を尽くして悪い所を指摘したが、どうやら理解されなかったようだ。


「わけわかんねえこと言って、俺様をだますつもりか?そういうところもふくめて、お前は信用ならねえんだよ。荷物を置いて、さっさとここから出ていきやがれ」


羽虫でもたたき落とすように太い腕を振るが、そんな遅い攻撃が当たるわけがない。

指の風圧がカスる位置まで下がってよけると、後ろにいた誰かとぶつかってしまった。


「きゃっ、痛いじゃないの!いきなり何をするのよ」


相手は同じパーティーの一人、女魔術師のクリスティーナだった。


後ろを確認せずに下がったのは俺が悪かったが、ついさっきまでもっと離れた位置にいたはずだった。それを憶えていたからこそ、後ろに下がったのだ。

俺たちの話に参加するつもりで近づいて来たのなら、もっと前から声をかけてくるはずだ。それに何より、俺の荷物袋に指がかかっていた。

コイツは、後ろから俺の荷物をかすめ取ろうとしていたのか。


「お前ら、二人して俺から何もかも取り上げるつもりかよ。協力して依頼をこなしてきた仲間にすることじゃないだろ。どういう思考回路してるんだ?」


クリスティーナを強く睨み付けると、ロンベルトの後ろに隠れた。


「協力して依頼をこなしただ?ハトリよ、お前が仕事で役に立ったことがあったかよ。敵にも罠にも気づかない。宝箱も開けそこなってダメにする。盗賊らしい仕事が何一つできちゃいないじゃねえか」


「俺は盗賊じゃなくて忍者だ。索敵も鍵開けも、盗賊より成功率は低いって契約する前に言ってあるだろ。それに代わりに戦闘で貢献している。今日の魔物狩りだって、俺がいたから楽に終わっただろうが」


今日の依頼は森の中で増えていた狼の魔物の討伐だった。

狼の魔物は仲間同士で連携してくるので、格下であっても油断ができない。

俺がその連携を妨害することにより、攻撃の命中率も回避率も格段に上がっていたはずだった。

だが、ロンドベルトはそのことに気付いていないようだった。


「ふん、あんな犬っころども、お前がいなくても楽に狩れてたぜ。むしろお前がちょこまか動きまくっていたせいで、余計な時間をくったくらいだ。俺様が一番活躍しているんだから、取り分は一番多い。そして全く活躍してないお前の取り分は無し。それが当然だろ」


勝ち誇るロンベルトが頭悪すぎてため息が出る。


「そんな勝手が許されるわけないだろ。そもそも契約の時点で、俺の取り分の比率は決めてある。それを変えるには、立会人の承認が必要だ」


「それだよそれ!お前のそういうところがムカつくんだ。わけのわからねえしち面倒くせえことしやがって。俺様のことをバカにしてるんだろ。契約だの立会人だの、そんな無駄なことをする必要がどこにあるってんだ!俺様のすることの邪魔になるだけだろ」


「俺の身を守るために必要なんだよ。現に今、お前の横暴を阻止する役に立っているだろ」


そう指摘すると、ロンベルトは剣を鞘ごと地面に突き刺した。


「やっぱメチャクチャムカつくぜ。これ以上話してたらテメエをぶっころしちまいそうだ。今は見逃してやるから、二度とそのツラ見せるんじゃねえぞ。わかったな」


こちらを強く睨んできたので、半目でにらみ返してやる。すると数秒もしないうちに、後ろを向いて行ってしまった。


アレで今までよく生きて来れたものだ。

おそらく腕っぷしが強いから見逃されてきただけで、敵意を持っているやつは相当いるだろう。

今回のことも、俺があいつに従わないとわかったからクビにして遠ざけようとしたのだろう。

下らないと思いつつも、ムカつきが収まらない。

俺をお前の思い通りにさせるわけがないだろ。誰かに怯えながら生きていく気はさらさらないんだから。


「あの・・・」


深呼吸をくり返して自分をなだめようとしていると、おずおずと声をかけられた。

顔を向けると、パーティーメンバーの最後のひとりである、神官のヨブが申し訳なさそうな顔をしていた。


「すいません、その、ロンベルトさんを止められなくて。ハトリさんに悪いと思ったんですが、僕の話をちっとも聞いてくれなくて」


ヨブは男なのだが、なよなよしててとても頼りない。

ロンベルトが暴れまわって魔物をなぎたおし、その受けた傷をヨブが癒やすというのが彼らの戦い方だった。


そもそも流れ者の俺が雇われたのは、それまで一緒のパーティーだった盗賊が死んでしまったので一時的にでも補充したいからということだったはずだ。

何人か新人候補が見つかったということは聞いていたので、そろそろお役御免になるとは思っていた。だがこんな形になるとは……、実は可能性の一つとして考えてはいた。


「ロンベルトは、自分の利益しか考えていないんだ。周りが割を食うことなんて、気にしちゃいないのさ。だから、ヨブが気にするだけ無駄さ。というかそっちこそ、あいつから搾取されてるんじゃないか?飯とかろくに食えてないだろ」


ヨブは男にしてはいささか体が細すぎる。

分け前が少なすぎて、筋肉をつけるために必要な栄養が足りていないのではないだろうか。


「そんなことないですよ、大丈夫です。今はロンベルトさんの家に格安で住まわせてもらってますから。日割りで考えると宿より安いですし、それに今日はたぶん宴会をするはずです。僕もそのおこぼれをもらえますから……」


冒険者ギルドは格安で賃貸住宅を提供している。それを利用するためにある程度の実績が必要である。

だから稼いでいるぞと見栄を張る必要があり、そのために使われているのが、


「俺の金ってことか」


「えっ、何がです?」


思わずもれたつぶやきに反応された時、ふと悪いことを思いついた。


「なあちょっと、耳をかしてくれよ」


道の端に移動して、ヨブの肩を強引に引き寄せる。


「頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれないか?」


ヨブは困った顔をしていたが、腕を振り払うことはしなかった。

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