第6話 イラストレーターが全てを背負った時代 (後編)

 このエッセイのシリーズは時系列を過去から未来へ進む形にしているつもりですが、いきなりそれをぶった切って、2010年あたりまで時間を進めてみようと思います。

 2000年からの10年は、ライトノベルはいくつかの幸運に恵まれて、それが後述の「涼宮ハルヒ」であり、「アクセル・ワールド」、「ソードアート・オンライン」であるわけですが、それと同時にイラストを採用するという点で極端な困難に直面したのではないか、と思います。

 それは、イラストをつけない、という選択肢が逆説的に発生したと思われるからです。

 先の章で書いた通り、ゼロ年代半ばからはイラストレーターの力がピークを迎え、イラストの質の向上もあって、ライトノベルとイラストは完全に融合したわけですが、10年台に達してみると、イラストをほとんど使用しない作品が、ライトノベルではなく、一般文芸において出現する。内容がライトノベルなのに、ということです。

 僕の中で印象深いのは、伊藤計劃さんで、「虐殺器官」、「ハーモニー」は、ソフトカバー版では表紙がイラストですが、文庫ではイラストは一切、使われない。この二作品はいずれ漫画にもアニメにもなるわけで、内容的にはライトノベルにかなり近いと、少なくとも僕は見ています。

 他にすぐに浮かぶのは、月村了衛さんの「機龍警察」シリーズは、明らかにライトノベルに近い要素が散見されます。ロボットというかパワードスーツというかが登場しますし、登場人物もライトノベルに近い造形がされる。しかしこれはイラストはほんの一枚も存在しないまま長く刊行されていました。最近、コミカライズされました。

 普通に考えれば、この作品は登場人物はもとより、主人公たちが乗る三機の特殊なロボットなんて、イラストにした方が読みやすいというか、想像しやすい。にも関わらず、イラストは使わないという選択をしたわけです。

 出版社、編集者、もしくは作家の方針かもしれませんが、少なくとも、この時点では一般文芸の一部に、ライトノベルの要素だけが移植され、形だけ見れば「イラストを切り離す」という動きがあったのは間違いないことです。そもそも一般文芸はイラストがないということもあったかもしれません。

 ゼロ年代において、僕が小説を「ライトノベル」と「一般文芸」で分離する基準は、はっきり言って、表紙がイラストかどうか、でした。一般文芸をほとんどチェックしなかったわけですが、この判断基準で西尾維新さんの「クビキリサイクル」もライトノベルなら、桜庭一樹さんの「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」もライトノベルでした。逆に米澤穂信さんの「氷菓」は一般文芸だった。

 このイラストとライトノベル、一般文芸の釣り合いは、10年代になってほとんど融合するのに近い形になり、内容がライトノベルでもイラストを使わないものがある一方で、逆にライト文芸と呼ばれる分野で、一般文芸に近い内容にイラストをわずかに用意する、というように見受けられる事態が起こったように思えるのです。

 一般文芸において、森見登美彦さんが登場した時、「四畳半神話体系」がテレビアニメになる前後で、装丁、表紙が変わるということもありましたね。

 これは小説を形だけでも広く読むと不思議に感じることですが、後述されていく「キャラクター小説」とか「ミステリ」とか、そういう小説的要素は、一般文芸でも幅広く成立する向きがあるように感じます。例えば北方謙三さんの「水滸伝」は明らかにキャラクター小説に近いし、読んでいてもライトノベルと大差はないです。森博嗣さんの「すべてがFになる」はミステリですが、キャラクター小説としても読めるから、やはりライトノベルに近い。

 僕から見ると、ライトノベルは最初こそイラストによって際立っていたものの、その要素が広まったり、あるいは調整されることで、ゼロ年代に十代を過ごした人は、10年代で二十歳を超えたときに、まだ読書する気力があるとすれば自然とこの手の、「イラストがない一般文芸の皮を被ったライトノベル」、に移行できたのではないか、と思います。

 逆に考えると、10年代に十代としてライトノベルに初めて触れた世代こそが、現時点におけるネット小説の爆発の原動力なのではないか、とも言えるかと思います。

 ゼロ年代においてはイラストこそが作品の評価に影響していたイメージは、不思議とその後の10年で弱まっていくわけですが、ライトノベルは明らかにその10年で役割を変えていったのではないか、と思います。ライト文芸の揺りかごであり、ネット小説の揺りかごとしての役割が、ゼロ年代後半から10年台前半には、ライトノベルにあったように感じます。



(続く)

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