第2話 「ラノベ三国志」と呼ぶしかない現象

 ライトノベル三国志は、2002年あたりには成立していた状態で、それが際立って、まさしく三レーベルが拮抗したのは期間的には5年ほどではないかな、と思います。

 角川スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫、電撃文庫、という三つなのですが、当時はこの三つが奇妙に並立して、どこが強い、という印象や、頭一つ抜けている、という要素が見当たらなかった。

 僕もおおよそを満遍なく押さえていて、角川スニーカー文庫は「トリニティ・ブラッド」、「ラグナロク」、「ランブルフィッシュ」というあたりで、富士見ファンタジア文庫では「気象精霊記」、「エンジェル・ハウリング」、「ザ・サード」、「E.M.E.」、電撃文庫では「ウィザーズ・ブレイン」、「Missing」、「月と貴女にお花束を」という具合で、本当に全てをチェックしていた。

 これがどの段階で崩れたのかは、実際に密接に接していた割に、なかなか理解が及ばない要素ではある。まだ続いてはいるけれど、形だけに見える。一つだけ言えることは、当時は公募からプロになる作家が多い上に、そのデビュー作がいきなり売れる、という場面が散見された。そこに「涼宮ハルヒの憂鬱」、「とある魔術の禁書目録」辺りがあるし、もっと時間を経れば「アクセル・ワールド」なんかもある。もちろん、そういう大ヒットではなくても、シリーズ化されて五、六冊が刊行される、というのも全く自然だった。そしてそのどれもが、何かしらの目新しさを持っていた。

 この時期にはいろいろなものがライトノベルに導入されて、のちに書いていくことになりますが、SF、キャラクター小説、ミステリ、一般文芸の要素の流入や再整理が発生しますが、とにかく、まだ未開拓のジャンルが多くあった。僕が読んでいた中ですごいと思ったものを思い出すと、壁井ユカコさんの「キーリ」が面白い展開だった。ファンタジーといえばファンタジーだし、世界観も現代とはやや離れているけれど、この作品は明らかに一般文芸の要素が強かった。こういう可能性が時代とともに許容されなくなる、消えていくのが、逆に業界の発展を意味しているのかもしれないですね。つまり、2002年の辺りから、ライト文芸の要素は伏流として存在していて、しかしまだ、ライト文芸がそれだけで成立するほどの読者はいなかったのではないでしょうか。

 この2000年代前半は、しのぎを削るというほどではなく、それぞれのレーベルが独自色というほどではないものの、それぞれの路線をとって並立していた、ユニークな時代です。



(続く)

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