第46話
「新婚旅行も、もうおしまいですか」
「家に着くまでが旅行だ」
翌日は疲労で何もできず、あっと言う間に1日が過ぎ、出航の時間になってしまった。
破壊された宮殿の補修費用は、ギュスタヴが賠償することになった。アーチボルド王は『元々オンボロで建て直しの必要があった』と言ったけれど、竜の鱗や爪はとても希少な資源になるそうで、ギュスタヴはご自慢の鱗をエドガー様によって『ぺりぺり』と剥がされ、売却されてしまったそうだ。
そのうえで精霊との誓いを立て『王と聖女の子孫がこの国を治める限りは手出しをしない』と証文を書かせたらしい。
怪我人はいたけれど、精霊様がなんとか工面して回復してくださったらしい。人間が精霊手づから何かをしてもらうのは、末代までの名誉になるのはどこの国でも共通らしい。
「王アーチボルドと聖女ブリギッテの婚姻は国民にあまねく祝福されました、と」
私とエドガー様の存在は完全に抹消され、二人の愛の物語だけが、確固たる意志を持って拡散されていく。一件落着、雨降って地固まる、かな?
この国での私たちの行動が明らかになってしまったならば、それこそ内政干渉、外患誘致、王家に対する背信行為。有罪、有罪、どう足掻いても有罪。
私たちは何もしていないし、見てもいない。呑気に新婚旅行をしていたら宮殿が壊れた、を貫き通す事とする。
「フィオナ。帰国の前に確認だが……」
帰りの乗船券を手にしたエドガー様が私の所に戻ってきた。
「この件に関しては墓場まで持っていくように」
「お墓に入った後なら語ってもよろしいのですか?」
「まあ、あの世であるならば」
「将来痴呆になったときにうっかり昔語りをしてしまうかもしれません」
「その頃には、私は先に死んでいるだろうからな。時効だろう」
「そんな事言わないで、長生きしてください! 老後が不安になって眠れなくなるじゃないですか」
「平均寿命は男女で差があってだな……」
エドガー様は疲れた顔をしている。あんまり苦労させて早死にしてしまったら辛すぎるので気をつけよう……そうだ、食事に霊薬を混ぜてみるのはどうだろうか? 向こうに戻ったら試してみようか。
そんな事を考えていると、後ろからドタドタと近づいてくる足音がした。振り向くと、すっきり短く刈り込まれた赤い髪の少年が立っていた。
「フィオナ!」
「あれ、ギュスタヴ」
長い髪の毛は鱗に相当する部分らしい。完全なる禿頭にしなかったのはエドガー様なりの温情なのかもしれない。
どうしたの、と尋ねると彼はニヤリと笑った。
「晴れて禊ぎが済んで、儂は自由の身。しかし、ここでうろちょろするのも気まずいのでお前達について行こうと思う」
「ふざけるな。お前は出禁だ。帰れ」
エドガー様はしっしっとギュスタヴを手で追い払った。やはりこの人、恐れを知らない大物なのではないだろうか?
冷静に考えて、ギュスタヴはうちの国には入れないだろう。姿を現そうものならば、あの方とかあの方とかあの方たちが発狂して下々の者に当たり散らすに違いない。
「ふええ……」
「泣いてもダメだ。それに船は満員も満員、密航でもしてみろ。お前の罪がさらに累積するぞ」
「儂も大きな国に行きたい〜!」
「駄目に決まっているだろう」
その時、脳裏にひらめき──もとい、悪い考えがよぎった。
「……エドガー様が身元引受人になってあげればよろしいのでは?」
「は?」
「おっ?」
「コンスタンティン王子は私たちが外に出たなりの成果をお求めになられている。殿下は竜をご覧になった事がないでしょうから、きっとお喜びになるかと」
今の私はきっと、ものすごく悪い顔をしているだろう。
あの嫌味ったらしい王子サマに、目にもの見せてやるのだ。ついでに、もしダリル王子が戻ってきたらギュスタヴをけしかける。それは何だかとても素晴らしいアイディアに思われた。
「さすがは聖女……! 話がわかる! さあ、一緒に行こう! 儂が乗せて行ってやろう」
「声が大きい!!」
エドガー様はギュスタヴの頭をばしんと叩いた。私だってあんな勢いで突っ込まれたことないのに……。
「急な話なんですがこの特等船室をキャンセルで……ええ、全額払い戻しにならないのは承知の上で」
エドガー様はキャンセルの手続きをしたが、幸か不幸かこの数日の騒ぎで港も混乱しているようで、いくらでも乗りたい人はいるからと全額戻ってくることになったらしい。
「女王さま、旅行は楽しかったですか?」
待っていると、後ろから声をかけられる。女王様でもなんでもないのだが、なんとなく自分を呼ばれた気がして振り向くと、見知らぬ少女が微笑んでいた。この近くで働いている地元の女の子のようだ。
「はい、とっても!」
嘘偽りのない本心だ。色々あったけれど、総合的にはとても良い新婚旅行だった。
「よかったです。これ、どうぞ。旅の記念に。チケット代には遠く及びませんけど……」
笑顔とともに差し出された、砂が入った小瓶。よーく見ると、砂つぶがとげとげしていて星のような形になっている。
「では、ありがたくいただきましょう」
私は女王さまなので、鷹揚に答えた。エドガー様はやりとりを見て首を傾げている。
「押し売りの手口じゃないのか?」
「そういうのじゃありません」
私たちはギュスタヴの背中に乗せてもらって国へ帰ることにした。風で吹き飛んでしまうのかと不安だったが、背中の上は快適だった。
ぐるりと島を一巡りして、王宮の上空を旋回する。目を凝らすと、手を振っている二人がいた。
「結婚式には招待するとおっしゃっていましたが」
「その時はまた来よう」
「儂が送ってやるぞ。そうすれば、時間が短縮できる」
次にこの国を訪れた時は、きっと今回の思い出話をするのだろう。
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