第26話

あまりにも解決があっさりしすぎていたので、先程までのことは全て幻覚だったのではと思ってしまうが、溢れたカクテルや海水や雨でドロドロのワンピースだけは本当だった。


 船員さんたちはひとまず状況を立て直すためにそれぞれの持ち場へ戻り、詳しい話は翌日とのことで私たちもひとまず自室へ帰る事にする。


 エドガー様は船長さんの前では普通にしていたが、私からすると気分が落ち込んでいるように思えた。先程の猫さんの暴言が尾を引いているのだろうか。


「どうして猫さんにあんなに嫌われてしまったんでしょうね?」

「私がフィオナを聖女宮から連れ出したから、ヤキモチを焼いているんだろう」


 エドガー様は彼の正体についてあたりがついているらしい。王宮で暮らしている精霊たちのうちの一体なのだろうか?


「大丈夫ですか?」


 顔を覗き込んだが、そっぽをむかれてしまった。


「暴言を吐かれるのは慣れている」


 エドガー様、私がいないところで一体どのような扱いを受けているのか心配である。いいや、もしかして男の世界では日常的にあのような暴言が飛び交っているのかもしれない。


「疲れましたね」

「そうだな」


 ドアを開けると部屋の中も揺れのせいかめちゃくちゃになっており、花瓶や荷物がひっくり返っていたが、私がお風呂に入っている間にエドガー様がすっかり片付けた。もったいないので折れてしまった花はお風呂に浮かべた。


 しばらくして、食べ損ねたケーキが運ばれてきた。労働の対価なのか、特等船室の客だからなのかはわからない。


 ソファーに腰掛け、夜中のケーキをいただく。エドガー様は私の隣で安眠効果のあるハーブティーを飲んでいる。


「なんだかよくわかりませんが、解決してよかったですね」

「私はでしゃばっただけで何もできなかったが……」


 やはり、エドガー様は落ち込んでいるのだ。竜が出てきて対処できる人なんていないし、私こそついて行って驚くだけの役回りだったのだが、やっぱり多少なりとも他の魔力に優れた王族に対する劣等感があるのかもしれない。


 しかし、これは好機! 落ち込んでいる時に優しくすると仲が急接近すると何かで読んだ。


 素早く飛びかかり、エドガー様を捕獲する。首をがっしりと掴み、自分に引き寄せて抱きしめる。


「な、何を……むぐっ」


 やっぱりだ。自分から来いと行っても無駄だけど、私が強引に何かをする分には抵抗するほどでもないのだ。エドガー様はすっぽり私の腕の中に収まった。


「そんなことないですよ」

「……」

「必要ないって言われたの気にしてますか?」


 猫さんあっての説得、そして新たなる情報だが、それを呼び出したのはエドガー様だし、もしかして猫さんの言葉がなくても私が行動することによって、乗客の安全は守られたのかもしれない。


 しかし、そうすると私の新婚旅行も、新婚生活も失われてしまったかもしれない。何も失わずに済んだのは、エドガー様が行動した結果なのだから。


「威勢よくなんでもやってやると啖呵を切ったものの、やっぱり、私は身の程知らずな事を……」

「私にはエドガー様が必要なんです。求めているのは強さとかお金ではないので。わかってくれているから、いつも私のして欲しい事をしてくれたんじゃないですか」


 仕事相手は誰でもいいかもしれないし、魔物に対抗する力も……ないのかもしれないけれど、私にはこの人が必要なのだ。


 エドガー様は私の胸に顔を埋める形になっているので、表情は読み取れない。つむじに顔を埋めると、洗髪剤のいい匂いがする。


 一つ気が付いたことがある。エドガー様は私のことがどうでもいいのではなく、もしかしてもしかしなくても気を使っているのではないか? そこの気遣いは全然いらないのはさておき……。


 エドガー様はもぞもぞと動き、眼鏡を外しテーブルの上に置いた。おっ、これはまんざらでもない雰囲気。だって嫌だったら起き上がるものね。存分に甘えていいんですよ、その代わり私も甘えさせてもらいますけれど。


「そんな後ろ向きな事を考えるぐらいなら、今後の家族計画についてちゃんと考えてください」


 頭を撫でても無反応だ。正気だったら「今の言葉、絶対に人前では言うな!」ぐらいのことは言うはずなので。


 エドガー様の弱っているところを見られるなんて、これはやはり怪我の巧妙、不幸中の幸いと表現すべきか。


 ありがとう、竜さん。めちゃくちゃ迷惑だったけど、結果的に私たちの愛は深まったのでどうかお元気で。

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