第22話
「ふふふ……」
私は薄暗いカフェテラスで、薬草茶を啜りながら朝日が昇ってくるのを眺めている。
周りでは何人かが、読書をしたり簡単な朝食を摂ったりしている。もぞもぞそわそわして全く眠れなかったので、こうして一人風にあたっていると言うわけだ。
「帰ろ……」
寝不足のままフラフラと自室に戻ると、エドガー様は朝日を浴びながらすやすやと眠っていた。人の気も知らないで……。
私は本当にこの人とやっていけるのだろうかと思う。
結婚してから気がついたのだが……エドガー様は、怪しいのだ、ものすごく。
何かが怪しい。嘘がつけなさそうな顔をして、実はとてつもなく面の皮が厚い時がある。身分証を偽造したり、手紙を隠したり、企みがあるのを黙って眺めていたり、補佐官の秘密を握って脅したり……。
「実はワルだったりしますか?」
エドガー様はコンスタンティン殿下を味方につけるために、私を自由にするために、何をしたのだろう?
朝日が眩しいので布団に潜りこむ。エドガー様の温もりが伝わってきて、眠りに吸い込まれていった。
『フィオナ、フィオナ』
私に話しかけてくる声がある。これは精霊様の声だ。夢なのか、それとも……。
『はい。なんでしょう』
『幸せ?』
『はい』
『そうなの? きみは前より、怒ったり、悲しんだりしているようだけど』
確かにそうかもしれないけれど、多分私は感情を手に入れたのだと思う。
『ぼくがあいつにちゃんとするように言ってあげようか』
『大丈夫ですよ』
焦れることはあるけれど、なんだかんだと楽しいのだ。そう答えると、声は遠くなっていった。
「フィオナ、フィオナ。起きなさい」
肩を揺すられ、目が覚めるとすっかり太陽は高くなっていた。
エドガー様はすっかり身支度をととのえて、準備万端といった風情だ。これでは、まるで私の方がお寝坊さんだ。
「朝ごはん、食べ損ねちゃいましたか?」
「いつでも食事をとれる場所はある」
ぼけっとしていると、給仕の人がやってきて冷たい飲み物を持ってきてくれた。どうやら先に頼んでいてくれたらしい。
「食事も持ってきてもらうこともできるが」
「いえ、せっかくなので食堂に行きましょう」
髪の毛を結ぼうと思ったけれど、そのままでいいのではないか、とエドガー様は言う。
確かに、髪の毛を縛らない方が大人っぽく見えるかもしれない。この前買ってもらったバレッタを留めて、おろしたてのワンピースに袖を通す。
船の中には大きな食堂があり、たくさんの料理が並べられている。めいめいこれを好きに取って、勝手な席に座って食べるというものらしい。
「なんでもいいんですか?」
「残さなければ」
オムレツを焼いている人がいる。細かい具材が用意されていて、好きなものを混ぜ込んで作ってもらえるそうだ。
しかし、オムレツを食べるとお腹がいっぱいになって他のものを食べられなくなってしまう可能性がある。
「うーん」
「食べないのか?」
エドガー様は私がオムレツに飛びつくと思っていたらしく、何が気になるのかと私の肩越しに調理場を覗き込んだ。
「食べたいんですけれど、これを食べるとお腹がいっぱいになってしまう気がして」
聖女の教えその百何十条だか……食べ物は残すべからず。戒律は破りまくっているが、少なくともそれは守ろうと思っている。
「それなら私が半分いただこう」
嬉しくなって、オムレツにたくさん具を入れてもらう。私は炒り卵しか作ることができないのだ。技を盗もうとじっと手元を見てみるが、どうすれば焦げ目がつかず、ふんわりとろとろに仕上がるのかはわからずじまいだった。
「美味しい……」
オムレツは格別の味だった。満足し、腹ごなしに船内の残りを散策することとする。
船の上では、何やら暇潰しの催しが連日行われている様子で、初日の見学だけではまだまだこの船の全貌を把握できていないのだ。
「ど……どこに行きますか?」
「フィオナの好きな所に」
そんなことを言われても、思考がぐるぐるしてしまってまとまらない。
ふと、小さめのサロンが目に入る。午後からダンスレッスン教室が開催されると書かれている。
「ダンス!」
式典の時に舞を踊ることはあるが、いわゆる男女の踊りはやったことがない。
「ダンス!」
「却下」
エドガー様は私を腕にぶら下げたまま、前に進んでそこから離れようとした。
「どこでもいいって言ったじゃないですか!」
「行くと行っただけでやるとは言ってない」
それは屁理屈と言うものですと反論したが、エドガー様は断固拒否の姿勢を崩さない。なんでもするとか、どこでも行くとか言いながら、実際はなんでもダメダメ、ダメではないか。
「ああ、あんなところに聖堂があるぞ」
信心深い人たちは、旅先でも祈りを忘れない。せっかくだから行ってみようかと提案される。話を逸らしましたね。まあ、ついていきますが。
木の扉を開けると、中は薄暗かった。普通の教会と違ってステンドグラスを設置していないからだろう。代わりに午前中から明かりが灯されている。
祭壇の近くに小さな女の子がおり、そっと近づくと何やら目を閉じて祈りの文言を呟いているようだった。
しかし若干間違っていたので小さな声で正しいものを呟くと、彼女がそれを復唱する。
祈りを終えた少女は顔を上げて私を見た。その瞬間、茶色い瞳は驚きに見開かれる。
「お姉さん、聖女さま?」
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