第20話
旅行初日ははしゃぎすぎて疲れてしまったので、ゆっくり部屋で食事を取ることにした。
……しかしメニューはどうでもよく。問題は、夜なのである。
普段は寝室は別。しかし今日は同室。泣いてもわめいても、部屋はここしかない。しかも新婚旅行だ。大きな寝台が一つ。
流石にこれは、今日こそ添い寝できるだろう!
「はい、どうぞ!」
ベッドを半分空け、威勢よく枕を叩きエドガー様を呼ぶ。
「……私はあちらで寝る。疲れているだろうから、ゆっくりしなさい」
ソファで寝かせるなんてそんな可哀想なことは……と思ったけれど、なんと奥の部屋はもう一つの寝室だったのだ!! なるほど、家族で泊まる人たち用の部屋でもあったのですね。エドガー様はそちらで寝ると言い張って聞かない。
「せっかくですから、一緒に寝ましょうよ!!!!」
「わ……私は一人じゃないと眠れないんだ」
「それは嘘ですよね?」
私はこの人が昼休憩中に資料室でお昼寝をしていたのを知っている。なぜ知っているのかって、それはまあ乙女の秘密と言うことで。という訳でこれはあからさまな嘘なのである。エドガー様はどこでもいつでも寝ることができる人なのだ。
「最近はそうなんだ!」
この無理やりな言い訳。この場に誰かがいたならば『この男、どう思います?』と聞いてまわっている所だ。
問答の上、妥協案として寝室のドアを開けっぱなしにしておくことになった。つまらない。折角イチャイチャできると思ったのに……。
明かりが消えても眠れるはずもなく。窓の外は灯りもなく、空と海の区別もつかないほどに真っ暗だ。
そっと寝室の前にしのび寄り、中を窺う。
「エドガー様、起きてますか?」
「……」
「起きてますよね!?」
「今……目が覚めた」
エドガー様はそんなことを言って、のろのろと体を起こした。
「どうして嘘ばっかりつくんですか。エドガー様は……私の事をどう思ってるんですか?」
こんなの結婚しているとは言えない。私はただ、保護されているだけだ。教会で愛を誓ったのは、やっぱり仕事のためなんじゃないかと思ってしまう。
「結婚式までは冷静にお互いを見つめ直す期間としてだな……」
「それってエドガー様が勝手に決めたことじゃないですか」
「そっちに行ってもいいですか?」
「それは……ちょっと待ってくれ」
この状況、どう考えても男女が逆だ。既成事実とは一体、なんなのだ。既成事実があると言い張ったのなら、それを実行するぐらいなんてことないじゃないの──と思う。
「エドガー様は、私が欲しいんじゃなくて、ただ単に他の王子にやり返したいだけなんじゃないですか」
薄々、思っていたことを口にしてしまう。
「それは違う。俺はだな……」
あ、また『俺』って言った。エドガー様はたまに「俺」と言うのだ。それはつまり、私の前では素ではないことを意味している。
エドガー様は短く息を吸い、冷静さを取り戻そうとしているようだった。
「私のことはさておき……君はもっと……色々なことに触れるべきだと思う。それからでも遅くない」
「それって、私が世間知らず過ぎて子供にしか思えないって遠回しに言ってます?」
「違う。なんだ、その……申し訳なさがあると言うか、自分は……その、ふさわしくないと……」
「意味わかんないです」
私はずいぶん怒りっぽくなってしまったな、と思う。そのまま、微妙な……いや、我々が出会ってかつてないほどの重苦しい空気が流れる。
「……仕方がない!」
エドガー様はガバリと起き上がり、私の方に近寄ってきた──とときめいたのも束の間。彼は私の横をすり抜けて、壁際の棚を開けた。
中にはお酒の瓶が並んでいる。
「えっ、そこ、食料庫だったんですか!?」
「そうだ」
そんな説明は聞いていない。何やら部屋には飲み物が設置されていて、普段はそこから飲んだ分のお金を取られるのだが、特等船室は飲み物の料金が含まれているらしかった。
「どうして教えてくれなかったんですか!」
「伝えると意味もなく開けたり閉めたり、もったいないから全部飲もうと言い出すだろう」
それは否定できない。私は間違いなくそうするだろう……が。
「わかったようなこと言わないでくださいよ」
不貞腐れてそっぽをむく。エドガー様は私のことをわかっている風を吹かせるけれど、私は何から何までこの人のことがわからない。
よく本で『恋愛と結婚は違うのよ』と書かれているが、こういうことなんだろうか……。
言葉少なめでかっこいいと思っていたのが、結婚生活では言葉足らずでどういうつもりなのかとモヤモヤすることがある。
エドガー様はちゃきちゃきと棚からグラスなどを出していく。
「飲むぞ! 飲みなさい!」
「いいんですか?」
「君が飲まないなら私が全部飲むぞ!」
そんな事できるわけないのに、どうしてエドガー様って、変な所だけ勢いがいいのだろう……。
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