第3話:突然の孤独

龍也が5歳になったときのことだった。母親が職場に復帰をしてから1年が経ち、母親もかなり忙しくなってきて仕事の感覚が戻ってきたときにまさかの事態が起きた。


 それは、母親が新規採用社員の研修を担当することになり、研修準備や実地指導などが入る関係で翌月の出勤が多くなってしまったのだ。そして、父親の会社では所属部署で休職者が出たため、その人の後任者が出勤するまでその人の役職を兼任することになった。そのため、平日であっても早く帰れない可能性があったのだ。そのため、子供たちを平日はおばあちゃんに来てもらい家で待っていてもらい、休日は電車で20分の所に住んでいる朱実の妹の家で預かってもらうことにした。


 そして、新年度が始まり、両親と過ごせる日が減っていったことでお兄ちゃんと妹と3人で過ごさなくてはいけない時間が増えていった。もちろん、おばあちゃんやおばちゃんは一緒に過ごしてくれたが、龍也と佳菜実はお父さんとお母さんがいなくなったと思って不安なのか、毎日のように機嫌が悪くなっていった。そのため、おばあちゃんもお母さんの妹もどうやってあやすべきなのか分からなかったのだ。


 実は龍也の今の姿はお父さんの小さいときとそっくりなのだ。というのは、龍也のおじいちゃんは当時大手貿易商社の主任として勤務していて、毎日家に帰ってくるのは夜中でお父さんが起きたときにはすでに父親が出勤しているというすれ違いの時間が続いた。そのため、休日に父親と遊んだ記憶がほとんどなく、母親と出かけた記憶はあったが、母親もまた忙しかったため、いきなり出かけられなくなることが多かった。そこで、学校のある日は学校が終わってから近所の児童館に向かい、5時半頃に仕事が終わる親戚のおばちゃんが迎えに来るのを待っていたのだ。


 今は近所に児童館はなく、幸也が通っている学校の放課後児童クラブはあるが、最大で夜6時までしか預かってもらえないのだ。そして、龍也も幼稚園の延長保育はあったが、こちらも最長で夜6時までに保護者が迎えに行かないといけないため、断念せざるを得なかった。


 そのため、子供たちに寂しい思いをさせないようにするために親戚や兄弟と一緒にいてもらい、何かあったときに連絡をすぐにもらえるように隣の県に住んでいる孝一の母親や孝一の妹、連休の時は朱実の妹にも来てもらい、子供たちの面倒を見てもらっていた。


 母親は残業2時間程度で帰宅できていたが、父親は夜遅くならないと帰ってこない日が何日も続いていた。


 そして、子供達が夏休みになり、8月は子供達がみんな家にいることになるのだ。そのため、母親は子供達だけで試しに過ごさせてみることにしたのだ。


 理由として、幸也は小学生になり、龍也も来年からは小学生になる。そのため、お互いに妹の面倒を見ながら過ごせるようにすることでお兄ちゃんとして自覚持ってもらい、妹が保育園に通った時に家で一緒にお留守番が出来るようになるのではないか?と思ったのだ。


 実は幸也も龍也もお留守番をしたことは一度もないし、1人でお買い物に行ったこともない。そのため、2人とも“誰かがやってくれるだろう”という自主性がほとんどなかったのだ。そこで、お母さんは大きくなってから困ることがないように家のことを自分たちでやらせないといけないと決心したのだった。


 そして、幸也が小学校2年生なって初めての夏休みを迎え、龍也も幼稚園から帰ってくるとお兄ちゃんと2人で過ごすことが出来るようになった。今まで2人で何かをすることはなかったが、この時初めて2人で話し合っていろいろな事に挑戦するようになったのだ。


 そして、お母さんが帰ってきたときに幸也も龍也もいろいろ話してくれることが多くなった。この事が母親である朱実には嬉しかった。なぜなら、これまで幸也・龍也のそれぞれから明るい話題が出てこなかったし、毎日何をするわけでもなくただ過ごしていて両親は不安に思っていた。しかし、彼がなぜこれまで明るい話題が出てこなかったかという疑問を考えるとある心当たりがあった。


 それは、幸也が入学したばかりの頃に他の幼稚園から来た子にいじめられていた。しかし、幸也は両親に心配させたくない、誰かに行って茶化されたくないという気持ちからいじめられたことを誰にも話さず、何もなかったかのように振る舞っていたのだ。


 そのため、1年生の終わりにはいじめられたことを担任も知らず、そのまま2学年の担任に引き継がれていた。


 ある日、先生が幸也の異変に気がついた。その時は彼らのクラスは体育の授業をしていて、彼がウォーミングアップの時に1人で周回していた姿を見て、先生は最初“幸也くんは疲れているのかな・・・”と思ったが、準備運動をするときも、縄跳びをするときもみんなの輪の中に入ることなく1人でこなしていたのだ。


 そして、授業が終わった時に幸也くんに声をかけたところ“実はみんなと一緒に何かをするのは嫌だ”という気持ちを先生に対して打ち明けたのだ。


 この事実を知った先生は両親に報告するかを悩んだ。なぜなら、以前に高学年を担任した時に救急車騒ぎのいじめが発生したことがあった。その時は先生が担任していた5年生の男子児童と6年生の女子児童が一緒に帰ろうとしていたときに6年生のリーダー格の男子児童から“お前らお似合いだな”と言われたことで“ありがとうございます”と言った事がきっかけで5年生の男子児童が6年生の女子児童と別れたあとで公園に連れて行かれていろいろと詰問されたのち暴力を受けたという事例が発生したのだ。


この時は先生にとって高学年は初めてだったこともあり、このような事例が発生したときに報告までは出来たが、今のいじめの状態を把握すること、起きた状況を聴取することは容易ではなかったのだ。なぜなら、いじめの状態が低学年よりも進行が早かったこともあるが、高学年ともなると事実を隠す子やいじめに対して加担をしたくない子など1つの事例を報告することは容易ではないのだ。そして、今回は2年生のいじめの事例だが、相手が誰なのか、何をされたのかを幸也に聞いても何も話してもらえず、キャリアがある先生でも頭を抱えてしまったのだ。

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