第2話:嬉しい日

龍也は1997年の紅葉が赤く染まり、山々が紅葉一色になった頃に地方の都市部で生まれた。生まれた時は身長45cm、体重が3000g程だったため、両親は少し心配していた。


 特に、父親の孝一は母親である朱実のこと、生まれてきた子供の事などといろいろな事をかなり心配していて、彼にとっては一生をかけた大きなイベントのような状態になっていたのだ。


なぜなら、兄は身長が50 cmで3700gとかなり大きな赤ちゃんで、生まれた時に取り上げてもらった助産師さんや産科医の先生もびっくりしていた。そのため、龍也は幸也に比べると小さく、鳴き声も幸也が生まれたときよりも小さかったのだ。


 その時はかなり心配だったが、保育器に入った彼はそんな心配をよそにぐっすり寝ていた。その姿を見て両親もそれまで不安でいっぱいだったが、次第に不安から解放されていった。


実は彼は兄弟の中で一番下の双子の妹とすぐ下にいる妹の次に身体が小さく、体重も軽かったのだ。龍也には2歳上の兄・幸也と3歳下の妹・佳菜実、5歳下の双子の妹・莉桜と菜桜がいるのだが、子供たちは身長こそほとんど同じだが、体重は双子の妹以外はみんな3000g後半とかなり恰幅がよかったのだ。そのため、下の妹と一緒に撮った写真はどっちが年上なのか分からないくらい体格差があった。


 そして、最近も生まれたばかりの時の話を聞くとお母さんは時折涙を流しながら話し始めた。


 それは龍也をお母さんのお腹に龍也を身ごもったときに最初は信じられない気持ちだったという。なぜなら、幸也を身ごもったときもお母さんは長い間不妊治療を続けていて、同時に低血圧を持っていたこともあり十分な血液が赤ちゃんに届くのか不安だったからだ。そして、朱実はやっと授かった我が子をみて涙を流していたのだという。しかし、龍也を身ごもったときは先生と話し合い、不妊治療を一旦止めていたのだ。その理由として体内のホルモンバランスが正常値まで戻ったことで状態が良くなっていくと判断し、一定期間の経過観察を行って、再び数値が下がるようなことがあった場合には再開するという方針に切り替えた。


 確かに、母親にとっては龍也を何もしないで身ごもれたことが彼女のなかである種の自信に繋がった。そして、彼女は大きな問題もなく、彼が無事に生まれてくれたことも嬉しかったようだ。


 そのため、母親は2人をたくさんの愛情を注いで育てていた。そして、幸也が5歳、龍也が3歳になったときに待望の妹を身ごもったのだが、この時に龍也は“僕は弟が良いな”と言っていた。理由を聞くと“だって、男の子なら一緒にいられるから”というのだ。


 この話を聞いたときに母親は思わず父親と父親の弟と妹4人で談笑していたというのだ。なぜなら、当時父親の兄弟にも子供はいたが、みんな女の子で、男の子よりも女の子がいいという子が多かったのだ。そして、母親の姉と妹にも子供がいたが、男の子と女の子両方いて、姉のところは上から女の子・男の子、妹のところは女の子・女の子・男の子となり、女の子のほうが多いのだ。そのため、妹に男の子が生まれたときは姉からお下がりをもらっていたのだ。そして、姉が現在、子供を身ごもっているが、すでに兄弟の間では“次はどっちが良い”というお互いの主張で言い合いに発展して、しょっちゅう喧嘩をしているというのだ。


 この話を聞いた朱実は子供たちにどのように説明するべきか悩んでいた。なぜなら、幸也も龍也も男の子が良いと言っていたため、妹だと知って機嫌が悪くならないか心配だった。


 そして、母親がふと龍也がお腹にいたときの事を思い出した。それは、彼を身ごもって3ヶ月後の事だった。ある日突然、普通に過ごしていたときに目の前が揺れるような状態になり、一瞬にして目の前が真っ暗になったのだ。そして、少し経って意識を取り戻したが、再びフラフラしていた。なんと母親の血圧が下がり、立てなくなってしまったのだ。外で作業をしていた父親が作業を終えて家の中に入ると朱実が倒れていて、その姿を見た父親が救急車を呼んで、病院に救急搬送されたことで大事には至らなかったが、あと少し遅れると龍也にも影響が出始めるところだったのだ。


 そして、母親はその3ヶ月後も再び同じ症状が出て救急車で病院に救急搬送された。


 この時は父親も覚悟を決めて腹を括っていたという。なぜなら、この時先生が言っていた言葉のなかに“朱実さんの容態は安定し、快方に向かっていますが、お腹の中にいる赤ちゃんの心拍と血中の酸素濃度が思わしくないため、最悪の事態を想定してください”と言われたのだ。


 この言葉を聞いて父親は人目をはばからずに泣いていたというのだ。この時のことを父親に聞くと“この時はそういう話しを聞いた後だからショックで頭が真っ白になっていたし、朱実が頑張って育ててくれていた子供がいなくなるかもしれないと言われて、お父さんはどのように気持ちの整理をするべきか分からなかった”と言っていたのだ。そして、その姿は母親が看護師さんから聞いたという。


 そして、彼が生まれる直前に幸也が母親にこう言っていたのだという。「僕の弟はちゃんと生まれてくるよね?」と何度も確認していたという。


 この話を聞いて彼はやっと自分の名前の意味を知ったのだ。それは“龍のように強い子供に育って欲しい”という両親の願いだった。

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