第二話 忍び寄る影

 真夏が過ぎ去った後だというのに、城外の訓練場は異様な熱気に包まれていた。

 それもその筈、ギャラリーとなる大勢の一般兵士に見守られながら真剣を交えていたのは、あのランドルと近衛兵キンブリーだからだ。


 「右、左、左、右」


 その言葉には嘘が含まれていたが、ランドルは相手の呼び掛けに惑わされることなく、華麗に剣戟を受け流せていた。


 「お見事です」

 「その言葉も嘘だな。だって上下段の動作は組み込まれていなかったし、最後の一撃に関しては威力を殺せずに受けちまった」


 ランドルの言う通り、よく見てみると剣を構える方の腕が、キンブリーの攻撃を受けた時の衝撃によって小刻みに震えていた。


 キンブリーはその返答に天使のような笑みを浮かべると、それと似つかわしくない。無慈悲な上下段の斬り込みを指摘通りに加え始める。


 両者の攻防戦は命を粗末にしかねる。低俗な見世物であるにも関わらず、何処となく気品に満ち溢れていた。言うなれば、鉄の舞踏ダンス


 「左、左、上、下、突き」


 これらを口頭で述べた順とは逆に繰り出すことで、キンブリーはランドルの感覚を研ぎ澄まそうと考えていたが、それは要らぬ気遣いであった。


 ランドルは剣身を握りしめて、防戦に適切な棒術のように振る舞う。しかもわずかな隙を見て攻勢に転じると、キンブリーを一気に追い詰めた。


 「参りました……」


 怠け者、ランドルがキンブリーを撃ち破る。

 全く予想打にしない出来事が巻き起こり、訓練場で観戦していた者たちがどよめき立つ。

 その後、二人は拍手喝采を浴びながら友好の握手を交わして、密かに会話を行った。


 「悔しいが、兄君の仰られた通りだ」

 「兄さんはおれをなんと?」

 「天賦の才に恵まれた男だと」

 「さすがに大袈裟だな」

 「しかし、良かったのですか。これでランドル様に注目が集まり、昼行灯ではいられませんよ」

 「それが目的だよ。他の護衛にも示しをつけなければ、後のことが成り立たない。遅かれ早かれ、時期に旅へ出るんだ」

 

 ランドルは、もうすぐ十五歳になる。

 かつてイーサンを送り出した頃から六年余りの歳月が流れ、少しばかり建設的に物事を考えられるようになっていた。


 今回の稽古も作戦の一部であり、ランドルは護衛にする予定の一人。キンブリーから協力を経て、わざと表沙汰おもてざたに行うことで、残る兄弟たちの戦意を削ごうとしていた。


 イーサンと文通を重ねていく中で、リガロを筆頭に兄弟間で争う姿勢が見られたことを知り、念のためにと先手を打ったのである。


 「次はここで、マナを練り上げてください」

 「こんな感じでいいか?」


 ランドルの身体から生命の息吹が溢れ出す。まるで華厳の滝のように、留まることを知らない。自然遺産のような風格を醸し出している。


 「素晴らしいマナだ。それを武具に付与すれば木製の剣でも鉄の鎧を裂けますし、皮の鎧だろうと弓矢程度なら弾き返せるかと思います」

 「なるほど、面白い」

 「私の憶測ですがランドル様なら、グランドマウンテンの領主になれるかもしれません」


 キンブリーはランドルの素質を知って、先ほどの稽古から感動し、思わず胸の内を溢す。

 

 「領主になるのは、イーサンだ」


 それが不味かった。

 徐々にマナの質が禍々しく変化していき、邪悪なエゴが顔を覗かせようとしていた。


 「おれに忠誠を誓うということは、その兄にも敬意を払って慎重に話すことだ。然もなくばーー」


 キンブリーは命の危険を察知して、すぐに深々と頭を下げる。


 「大変、申し訳ありませんでした」


 ランドルは不安定に成長していた。

 何しろ、イーサンと続けてきた文通は、二年前のある日を境に途絶えてしまったからだ。

 

 最後の文にはこう記されていた。


 私は兄弟同士の争いを止めたい。だから、リガロに直接会って話をしてくる。


 これまでの期待が心配に変わり、ランドルの練り上げる美しいマナとは対照的に、人をいつ殺してもおかしくないエゴが形成されていた。


 「よかった。分かってもらえて」


 ランドルは両手を打ち鳴らし、あっけらかんと物騒な気配を鎮めていく。だが人混みの中で、その様子を見逃さず、格好と捉える人物がいた。


 「ランドルお兄様は、大穴狙いと言ったところかしら」


 アシュリー・フェニックス 。

 アーカムが儲けた、十二番目の息子である。

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