第一話 兄弟

 グランドマウンテンの頂きに立つ男。

 イーサン・フェニックス。その姿を背後から見守るのが、弟のランドルである。

 彼らは十三人いる兄弟の中で、同じ母を持つ間柄から特別な信頼関係を築いていた。


 「兄さん、どうかお元気で」

 「なにを辛気臭い。また会えるさ」


 弟のランドルは、兄であるイーサンを不憫ふびんに思っていた。

 明日になれば十五歳となって、居城スカイハイを退去させられるどころか、危険に満ちた下界へ放り出されるからだ。


 決して何かの罪に問われたわけじゃない。

 ただ恐ろしい家族のモットーが起因する。

 それは『誉れ高く死ね』である。


 フェニックス家の子どもたちは成人の時を迎えたら、自分なりの偉業を達成すべく、大陸中を巡る旅へ出掛けることが決まっていた。

 イーサンが下山させられるのは、そうした名目から生じる。夢・挑戦・達成の試練であり、謂わばフェニックス家の後継者争いでもある。


 父、アーカム・フェニックスは言った。


 「最も優秀な成功を収めた者に家督を譲る」


 さらに「誰一人として、不名誉な死は与えられない」とも言った。


 そんなすずめの涙ほどの親心により、十三人の息子たちは、自らの決定権を持って一人につき、三人までの護衛が許されていた。


 「兄さんは、もう護衛とかって決めたの?」

 「私は武闘派ではないからな。その筋に精通した人物を選ぶことになるだろう」

 「たとえば、メイガスとか?」

 「いいや、彼は念のために辞めておく」


 メイガスとは幾つもの武勇伝ぶゆうでんを持つ。フェニックスの優秀な家来だ。

 それ故にランドルは首を傾げて、イーサンの言葉を不思議そうにしている。

 イーサンはそれに気付いて、周囲をひとしきり警戒すると、声を潜めて話し出した。


 「メイガスは元々、リガロ様の武術指南役ぶじゅつしなんやくに就いていた。それなのに護衛として選ばれず、未だに城内で待機している。どこか、不自然だと思わないか?」

 「それってまさかーー」


 リガロとは、本来なら嫡子ちゃくしに当たる人物。

 イーサンは畏敬いけいの念を込めて、彼を様付けで呼んでいた。これは服従的な関係を意味する。


 この二人のやりとりを見て、他の兄弟がイーサンを情けないと思ったことはない。

 何しろ、リガロの気性の荒さときたら凄まじく、それでいてまったくの容赦がない。


 過去にこんな事例があった。

 四男のスティルが「ねえ、兄上」と呼び付けると、リガロは「俺様に兄弟はいない」と返事をして、なんと締め殺してしまったのだ。


 実際のところ、リガロに兄弟はいない。

 彼の母親は政略結婚で結ばれた名家の出。言うなれば他の兄弟は落とし子に近く、リガロは母を大事にしない父を恨むあまり、他の兄弟へ八つ当たりに走っていた。


 ここにいるランドルを含め、他の兄弟たちはリガロを兄上とも呼べず、ただ目を逸らしてやり過ごすだけの毎日だった。

 それなのに主従関係はあれど、日常的な会話が許されたイーサンは、よほど異質な存在に見えたことだろう。


 「あの人の、その、メイガスはーー」

 「おそらく密命を帯びている。それが何であるのか分からないし、仮に近づいて探ろうとは思えない」


 イーサンは思慮深く、頭の切れる人物だ。

 全ての物事を俯瞰ふかんに捉える癖があり、自分を切り離して現状をかんがみたり、幾分先いくぶんさきの未来さえも予測する。


 「なんか嫌だな」

 「これは継承争いのようなものだからな」

 「そっちじゃないよ。おれも兄さんのように十五になれば、自宅を出ていくのかーってさ」

 「ふふっ、随分と余裕そうだな」

 「メイガスしか残らなかったらどうしよ」


 ランドルの年齢は八歳と幼い。

 まだ新たな門出かどでまで七年もある。故にラッキーセブンだから、それまでに次期当主が決まらないものかと、なんとなく気楽に考えていた。


 「まあその前に兄さんが成し遂げてくれればーー」

 「無理だよ。あの神童しんどうと謳われた。父上だって認められるのに、八年の歳月を要したらしい」


 イーサンは続けて、ランドルの可能性に触れる。


 「私よりもお前の方が確率で言えば、ここの領主になれると思うぞ」

 「いや無理でしょ。おれは痛いの嫌だし、競争とか面倒だから」

 「まったく惜しいな……」


 イーサンは弟と接していく内に、きっと自我を確立できるような動機さえ見つかれば、リガロにも届き得るのではないかと考えた。


 その根拠は一目瞭然いちもくりょうぜん、力ある者なら見て取れる。ランドルは呼吸を重ねるごとに昇華させ、次々と上等なマナを吐き出していた。


 「惜しいって、何が?」

 「そうだなぁ。その木の成長が、もう見届けられないことかな」

 「あぁ、兄さんと育てたこの木。不思議と大きくなったよなぁ」


 ランドルが背もたれにしていた大樹は、二人で苗木の頃から育てたものだった。

 これほどの急成長には、きちんとした理由がある。イーサンはそれを思ったのか、少しばかり悔しそうな顔をした。


 当時、苗木に水遣りをして通ったのはイーサンであり、ランドルは見に来て呼吸するだけの幼子だった。だが、短期間でここまで大きくしたのは、後者の方であるという事実。言うなれば、天賦てんぶの才だ。


 ランドルから排出されて、苗木に還元されたマナが促進剤の役割を果たしていた。

 イーサンがこの事実に気付いたのは、自らのエゴに目覚めて、マナを扱うようになった最近のこと。


 「まあ私が当主になったからと言って、お前が補佐役に就けるとは限らんぞ」

 「いいよ、おれを自由にしてくれたらさ。命よりも大事な誇りとか名誉って、いまいちピンとこないんだよね」

 「まったく、父上が聞いたら極刑モノだぞ」

 「兄さんだから、心のうちを明かせるんだ」

 「かわいい弟め」


 二人は束の間、兄弟水要らずを過ごした。

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