第2430話

 結局マリーナから特に情報らしい情報を得られなかったレイ達は、その後二十分程話したところで、怪我人が来たと診療所からマリーナを呼びに来たことで、お茶会は終わりになった。

 クッキーのような焼き菓子を持ち帰りで購入して喫茶店から出ると、マリーナは診療所に行く前に笑みを浮かべる。


「今夜はレイ達が帰ってきたお祝いよ。忘れないでね」

「ああ、分かった。マリーナも治療を頑張れよ」


 そう言葉を交わすと、マリーナは呼びに来た女と一緒に診療所に向かって走り出す。

 本来なら、パーティドレスを着て走るというのはそれなりに難易度が高いのだが、マリーナの場合は戦いの最中や冒険者として依頼を受けている最中もパーティドレスを着ている為か、こんな街中であってもパーティドレスを着て走るのになんの苦労もしていないように見えた。


「さて、もしかしたら何らかの情報があるかもと思ったけど、マリーナが何の情報も持っていなかったというのは痛いな。つまり、それはギルドにも妖精についての情報はないってことだろうし」

「あら、でもマリーナもギルドにある情報全てを知ってるとは限らないんじゃない? それこそ、マリーナが知らないところに妖精の情報があるという可能性は決して否定出来ないけど……」

「本気で言ってるのか?」

「まさか。でも、可能性として実際に否定出来ないでしょ? あるいは、マリーナがギルドマスターを辞めてからそれなりに時間が経っているんだし。その間に何らかの妖精の情報が来てる可能性はある。……違う?」

「いやまぁ、それはそうだけど……何か、ヴィヘラは俺をギルドに連れて行こうとしてないか?」


 そんな風に話している二人に、少し離れた場所で待機していたセトが近付いてくる。

 喫茶店で購入した焼き菓子をセトに与えながら、レイはヴィヘラの言動に疑問を抱く。


「そう? まぁ、久しぶりにギルムに帰ってきたんだから、ギルドに顔を出した方がいいとは思ってるけど」


 そう告げるヴィヘラの様子は、特に何かを企んでいる様子はない。

 ……実際には、ケニーがレイを好きなのは知っておりレノラもまた恋ではなく友情、もしくは弟に対するようなものだが、レイに好意を抱いてるのは事実だ。

 そうである以上、暫く顔を見せていない以上は、一度ギルドに顔を出した方がいいと、そう判断するのは当然だろう。

 同じ男を愛し、恋する女として、ヴィヘラはそう思う。

 ……それ以外にも、レイが戻ってきたというのは増築工事をしている多くの者にとっての朗報なのだから、それを知らせたいという思いがあるのも事実だった。

 その後もヴィヘラは説得を続け……レイはギルドに行くことを了承する。

 そもそもの話、レイも別にギルドに行くのを……レノラやケニーに会うのを、嫌っている訳ではない。

 自分に好意的な相手なだけに、その二人と接するのはレイにとっても悪くない話なのだ。

 そうしてギルドに向かうと……当然の話だが、冒険者の数が多くなる。

 ギルムの冒険者で、レイやセト、ヴィヘラといった存在を知らない者は、モグリ以外のなにものでもない。

 レイの名前がそこまで広まっていない以前は、レイの外見から絡んでくるような者も多かったのだが、幸いにして今はそのようなことはほぼなくなっていた。

 ……ほぼということは、絶対という訳でもないのだが。

 中にはその手の情報に詳しくなく、レイの外見から絡んでセトやヴィヘラを手に入れようと考えるような者もいたが、幸いにしてそのような者達は他の冒険者達に止められている。

 それは、面倒なことに巻き込まれたくないレイ達にとっても、そしてレイ達に絡んで本来ならしなくてもいい怪我をせずにすんだ冒険者達にとっても、双方共に幸運だったのだろう。


「今日はあまり人がいないみたいね。……まぁ、この日差しだと仕方がないけど」


 ギルドに近付くにつれ、冒険者の数は多くなってくる。

 だが、その数はいつもと――あくまでもレイ達が向こうの世界に行く前とだが――比べて、少なくなっているのは間違いない。

 その原因として、ヴィヘラは空を見る。

 雲一つなく、どこまでも広がっている青空。

 そんな青空には太陽が我が物顔で浮かんでおり、地面に向かって強烈な日光を降り注がせている。

 冷たい果実水が売っている屋台があれば、すぐにでも寄りたくなるような……そんな天気。

 実際、レイ達は領主の館に行く前にシェイクのような少し変わり種の果実水を購入している。


「この天気なら、人が少なくなっても当然か」


 勿論、人が少ないのは天気以外に時間も関係している。

 現在は午後で、仕事が終わるまでは結構な時間がある。

 つまり、多くの者は今のところまだ仕事中なのだ。

 これで夕方になれば、それぞれ仕事を終えた者達が集まってきて、それこそ移動するのも難しいくらいに人が集まってもおかしくはない。


「グルルゥ」

「ああ、悪いなセト。多分、誰かが構ってくれるだろうから、そこで待っててくれ」


 レイが何も言わずとも、セトは短く鳴き声を上げてからギルドの近くにある、馬車用のスペースで寝転がる。

 そしてレイとヴィヘラがギルドに入っていくと、早速といったようにセト好きの者達がセトに集まってきた。

 セト好きの面々にしてみれば、暫くの間セトがいなかったので、こうしてセトと接するのは久しぶりなのだ。

 もしこの場にセト好きの代表格……セトファンクラブの会長と副会長とも言うべきミレイヌやヨハンナといった面々がいれば、一体どうなっていたか。

 その二人がここにいないのは、より多くの者がセトと接することが出来るという意味で幸運であった。






「レイさん!?」

「え? ……レイ君!?」


 ギルドに入ってきたレイ――とヴィヘラ――を見て、レノラは驚きから思わず叫び、それに続いて隣で書類の整理をしていたケニーも嬉しさと驚きを伴った叫びを上げる。

 当然、ギルドの中にはそれなりに人がいて、突然の叫び声に一体何だ? と冒険者やギルド職員達の視線がレイとヴィヘラに集まるが、その視線の先にいる相手を見て納得の表情を浮かべた。

 レイの存在に驚いたのは、ギルドの外にいた者達と同様だったが、ここで下手にレイにちょっかいを掛けようとする者はいない。

 それをいいことに、レイはヴィヘラと共に自分の担当であるレノラのいる場所に向かう。


「レイさん、ヴィヘラさんも暫く見なかったですが……どこに行ってたんですか?」

「ちょっと仕事でな。ダスカー様からの依頼だから、詳しいことは言えないけど」

「そうですか。……でも、無事でよかったです」

「全くね。レイ君がいきなりギルドに顔を出さなくなったから、何かあったんじゃないかって心配してたのよ?」


 レノラの横から、ケニーがそう言葉を挟む。

 いつもであれば、レノラもそんなケニーに向かって何かを言ったりするだろう。

 だが、実際にレイが来ないことでケニーがどれだけ心配していたのかを理解していた為、取りあえず今はケニーの好きにさせる。


「心配を掛けてしまったみたいだな。悪い」

「い……いいのよ。レイ君が無事だったらそれで……」


 レイに謝られたケニーは、本来ならもう少し何かを言おうとしていた。

 だが、素直に謝られてしまっては、ケニーもこれ以上不満を口にすることが出来ない。

 ……これで、相手がレイでなければ話はまた違ったのだろうが。

 この辺は、やはり惚れた弱みということだろう。

 そんなケニーの様子を微笑ましそうに見ていたレノラだったが、まずはこれからのレイの予定を聞いた方がいいだろうと、レイに向かって尋ねる。


「ダスカー様からの依頼とのことでしたが、それはこれからも続くのでしょうか?」


 レイの担当のレノラとしてみれば、その辺りの事情は是非聞いておきたいところだった。

 これがどこにでもいる、普通の冒険者ならそこまで気にするようなことはない。

 だが、レイの場合はセトという従魔を従え、アイテムボックスを持ち、本人も深紅の異名をつけられるくらいの実力を持つ。

 色々な意味で特殊……いや、正確には非常に汎用性の高い能力を持っている。

 それは、増築工事においてレイがどれだけの役目を果たしているのかを考えれば明らかだろう。

 実際、レイの評判はかなり知られており、レイを名指しで依頼……いわゆる、指名依頼をする者も多い。

 だが、肝心のレイが暫くの間ギルムにいなかったこともあり、レノラとしては……いや、ギルドとしては、その指名依頼を断らざるをえなかった。

 もしレイがギルムに留まるのなら、指名依頼の話をしても……そう思ったレノラの視線の先でレイは頷く。


「ああ。これから暫くは、今までとはまた違ったダスカー様の依頼をこなす必要があるからな」

「……え? そうなんですか? その、ダスカー様の依頼を別の方に頼んだりといったことは……」

「まず、無理だろうな」

「でしょうね」


 レイの言葉に間髪入れずにそう言ったのは、事情を知っているヴィヘラ。

 ダスカーとしては、異世界のこともそうだが、妖精のことはそれ以上に知られたくない筈だった。

 つまり、現在の状況をしっかりと理解している者だけで妖精の件をどうにかして欲しい。

 レイの仲間には喋ってもいいと言われたが、それ以外の面々には可能な限り喋るなと、そう言われている。

 だからこそ、ヴィヘラはレイがダスカーから依頼された仕事を別の者に任せるといったようなことは出来ないと理解していた。

 ……実際に妖精を探すだけなら、それこそ精霊魔法を使えるアナスタシアも向いているのだが……ウィスプの件を任せている以上、妖精の件も同時に任せるといった真似は出来ない。

 それだけではなく、好奇心旺盛なアナスタシアであれば、妖精の一件を任せるとどこまで暴走するのか分からないというのも大きかった。

 その辺の事情を考えると、やはり妖精の件はレイに任せるのが最善の選択なのだ。


「そう、ですか。ダスカー様からの依頼となれば、仕方がないですね。指名依頼が何件かきていたんですが、これはお断りしても構わないでしょうか?」

「指名依頼? 内容は?」

「護衛が三件ですね」

「……護衛?」


 意外そうな言葉を口にするレイ。

 今まで護衛の依頼をこなしたことはあるが、レイにとって護衛の依頼というのはそこまで得意な依頼ではない。

 レイが得意としているのは、やはりその戦闘力を活かした戦闘。他にもミスティリングとセトの速度を活かして荷物の運搬、後はセトの五感の鋭さに頼った特殊な素材の入手といった感じだ。

 だからこそ、護衛が指名依頼としてくるのは予想外だった。

 ……もし指名依頼が、特殊なモンスターの討伐であれば、もしかしたらもう少し前向きだったかもしれないが。


「はい。その……ギルムではあまり有名ではない商会の人達ですが、自分達の地元では大きな影響力を持っているという感じですね」

「つまり、レイというギルムの中でも有名な冒険者を護衛として雇うことで、ギルムでの影響力を増そうと、そういう訳よね?」

「そこまでは……ギルドとしては、そのような指名依頼があったとお伝えするだけしか出来ませんから」


 レイに代わって尋ねるヴィヘラに、レノラはギルド職員らしい言葉を返す。


「私はヴィヘラさんの意見が合ってると思うけどね。実際、レイ君を護衛に出来れば、その影響力はかなり大きいわよ?」


 ケニーのその言葉は、事実を突いてもいた。

 ギルムにおいてレイを護衛にしたと公表すれば、その商会は間違いなく一目置かれることになる。

 増築工事を行うという最初の競争に出遅れた商会にとっては、それは大きな意味を持つ。

 実際には、既に増築工事が始まってから年単位で時間が経っている以上、今更ギルムに来ても……という者が大半なのだろうが。

 とはいえ、この世界において移動方法というのは基本的に馬車だ。

 日本のように、飛行機や電車、車といったような乗り物がない以上、どうしても移動に時間が掛かるのは当然だった。

 ましてや、商会である以上はただ何もせず、真っ直ぐギルムに向かうといったような真似をせず、途中でも何らかの商売をしようと思うのは当然であり……それによって、ギルムの到着まで余計に時間が掛かる。

 ただでさえ、ギルムから遠い場所にある商会には増築工事をしているという知らせが届くのは遅くなり、結局移動中に冬になってそこで足を止めるといったことも珍しくはない。

 ……それなら、最初から遠い場所だから諦めるといったようなことをすればいいのだろうが、ギルムの増築工事というのは、商会にとってそれだけ大きな商機と認識されたのだろう。


「まぁ、色々と事情はあるのかもしれないけど……取りあえず、却下だな。ダスカー様から頼まれた仕事が最優先だし」


 護衛という仕事に興味をなくし、レイはそう告げるのだった。

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