第2428話
異世界との繋がりがそのまま残るというのに、当然ダスカーは興味を持った。
しかし、だからといってその一件はまだ確実に成功すると決まった訳ではない。
結局のところ、グリムがドラゴニアスの死体を使って向こうの世界とエルジィンを繋げるマジックアイテムが作れるかどうかに掛かっているのだ。
……正確には、そのようなマジックアイテムがなくても、グリムがいれば繋がりは維持出来るのだが、レイもそこまでの無理をグリムに言うことは出来ない。
そういう意味では、やはりまだ不確実ではあるが……と言っておいた方がよかった。
あるいは、マジックアイテムがしっかりと完成して、世界間の繋がりを維持出来るようになってからダスカーに報告をしてもよかったのだが、そうなると時間が掛かりすぎてダスカーが向こうの世界のことを切り捨てるという可能性もあったので、レイが直接口に出したのだ。
ケンタウロス達の世界のことを抜きにしても、現在のダスカーはとんでもなく忙しい。
ギルムの増築工事やトレントの森の諸々の騒動、そこに更に妖精の一件が関わってきたのだ。
それを考えれば、取りあえず喫緊の問題だったアナスタシア達を助け出した現状において、ケンタウロスのいる世界については取りあえずスルーしてもおかしくはない。
そんな訳でダスカーとの諸々の打ち合わせを終えたレイ達は、昼食をご馳走になった後で領主の館から出る。
レイ達が領主の館から出たのを察知したのか、セトと二頭の鹿もレイ達の側までやって来ていた。
「さて、これからどうするか。……夕方まではもう少し時間があるけど」
ミスティリングから懐中時計を取り出して時間を確認すると、現在は午後二時くらい。
夏真っ盛りの現在、夕方まではまだ結構な時間がある。
「私はトレントの森に戻るわ。……この子達がいるから、ウィスプのいる場所まで移動するのにもセトに頼らなくてもよくなったし」
そう告げ、アナスタシアは鹿を撫でる。
巨大な角が生えており、見た目は間違いなく厳つく……それこそその辺の低ランクモンスター程度なら、容易く殺せるだけの実力を持っている鹿だったが、アナスタシアに撫でられると嬉しそうな鳴き声を上げる。
(あれ? 今更だけど、これってもしかして失敗したんじゃ?)
自分で思っているように、本当に今更の話だったが、レイはアナスタシアが鹿という存在を手に入れたことに対して、そのように思う。
好奇心が強い……いや、好奇心で生きていると言ってもいいアナスタシアだけに、鹿という高い移動力を持つ存在がいると、それこそ好奇心の赴くままどこまででも行ってしまうのではないかと。
アナスタシアの性格を考えると、それは間違いなく致命的なように思えた。
「アナスタシア、俺が言うまでもないと思うけど、ここは辺境だ。場合によってはドラゴニアスよりも凶悪なモンスターがいたりする。セトじゃなくて鹿に乗って移動していると、場合によっては致命的なことになるぞ」
アナスタシアは、精霊魔法使いとして腕利きだ。
だが、それはあくまでも一般的に見た腕利きであり、例えばマリーナのような超一流と比べると、どうしてもアナスタシアの技量は劣ってしまう。
ドラゴニアスを相手にしても、アナスタシアは精霊魔法使いであるが故に近接されると対処するのが難しい。
だからこそ、アナスタシアにとって辺境のモンスターというのは、どのような強さのモンスターが出て来るか分からない分、対応が難しくなるのは間違いなかった。
一見すると弱そうなモンスターであっても、実際には強力なモンスターという可能性があるし、それとは逆に強そうに見えても実際には弱いモンスターというのも存在する。
そういう意味で、精霊魔法が使えるとはいえ、本職は結局のところ研究者のアナスタシアにとっては辺境のモンスターと戦うのが厳しいのは間違いなかった。
アナスタシアもそれが分かっているのか、不承不承といった様子ではあったが、レイの言葉に頷く。
「分かってるわ。ただ、レイもセトも色々と忙しいでしょう? 妖精の件以外にも、色々とやるべきことはあるんだろうし」
「それは……まぁ」
一応、レイはダスカーから基本的にはトレントの森で伐採した木の運搬と妖精の捜索を頼まれている。
だが、レイにしてみれば現在のギルムの状況を考えると、それ以外にも色々と仕事をする必要があるだろうというのは予想出来た。
……また、そんな義務感以外にも、単純に増築工事によって自分の拠点となるギルムが大きくなっていくのが、見ていて楽しいという理由もあった。
そのようなことでもなければ、幾ら報酬が出るからとはいえレイがここまで積極的に増築工事に参加するといったことはなかった。
「取りあえず、俺は家に戻るけど……アナスタシアはどうする?」
「そうね。……レイは今日は生誕の塔にはいかないの?」
「ああ。今日くらいはこっちで休みたい」
本来なら、生誕の塔に行ってリザードマンやその護衛をしている者達に妖精のことを聞きたい。
だが、当然ながらダスカーから妖精の件については可能な限り他人に喋るなと、そう言われている。
何だか随分と他人に言えないことが増えていくな。
そう思うレイだったが、もし妖精のことが広まれば、間違いなく多くの者が妖精を獲ろうとしてトレントの森に侵入しようとするだろう。
勿論ダスカーもトレントの森に妖精がいる可能性がある以上、取り締まりは厳しくすると言っていたが、トレントの森の広さを考えると、誰も中に通さないといったような真似は到底出来ない。
(あ、でもマリーナの精霊魔法なら……いや、幾ら何でも範囲が広すぎるか)
貴族街にあるマリーナの家は、精霊魔法による防犯システムが完備されている。
悪意のある者が侵入しようとすればそれを防ぎ、場合によっては攻撃することすらある。
トレントの森にもそのようなことが出来ればと、一瞬だけそう思ったレイだったが、トレントの森の広さを考えれば、すぐにそんなことは出来ないと納得してしまう。
「レイ?」
「ああ、悪い。妖精の件をリザードマンやその護衛の冒険者達に話すことが出来ない以上、今すぐ向こうに行く必要はないしな。……ある程度の情報は入手出来るかもしれないけど」
馬鹿正直に妖精を見なかったか? と聞かなくても、何か異変がなかったかといったことを聞けば、ある程度は情報が集まるだろう。
もっとも、生誕の塔の側にはリザードマン達とは別の世界から転移してきた湖がある以上、その湖から何かが出てくるといったようなことはあるかもしれないが。
「そうなると、困ったわね。今の状況で宿を取るのは難しいでしょうし」
その言葉に、レイは納得したように頷く。
増築工事ということで、現在ギルムには多くの者達が集まっている。
その為、元からあった宿の数だけでは足りずに増築工事をしている現場の側には掘っ立て小屋のような簡易的なものであるが、寝泊まり出来る場所を作ってもいた。
それ以外にも、ギルムに家を持っている者に空いている部屋を宿として提供して貰うといったようなことすらも行っているが、それでも数は足りない。
そのような状況である以上、今日ギルムに戻ってきたアナスタシアが、宿に泊まりたいと言ってすぐに分かりましたという宿は……絶対にない訳ではないだろうが、それでも可能性としてはかなり低いだろう。
「ダスカー様の……あ、いや。ちょっと待った」
ダスカーがアナスタシアに恩を感じているのは間違いないのから、領主の館に泊まらせて貰ったらどうか。
そう言おうとしたレイだったが、不意に自分が定宿にしている夕暮れの小麦亭のことを思い出す。
先程、家に帰るという言葉を口にしたレイだったが、この場合の家は夕暮れの小麦亭ではなく、貴族街にあるマリーナの家だ。
ギルムにある宿の中では高級宿に入る夕暮れの小麦亭だが、レイはギルムにいる時はマリーナの家で寝泊まりしているにも関わらず、未だに自分の部屋を借り続けている。
宿屋がない者達にいてみれば贅沢なことだが、レイにとって夕暮れの小麦亭はギルムに来た時からの定宿である以上、そう簡単にチェックアウトをするつもりにはなれなかった。
勿論、泊まっていなくても部屋を借りているということは、当然のようにギルムの中でも高級宿に入るだけの宿泊料が発生するのだが……レイの場合は、金に困るといったことは全くないので問題にならなかった。
そういう意味で、アナスタシアに部屋を紹介することが出来る。
「夕暮れの小麦亭に部屋があるけど、そっちに泊まるか?」
「え? ……何でそうなるの?」
アナスタシアも、夕暮れの小麦亭の名前は知っていたのだろう。
だが、何故レイが急にそのようなことを言ってくるのかと、そんな疑問を口にする。
「だから、今も言っただろ? 俺が夕暮れの小麦亭に部屋を持ってるからだよ」
そう言い、現在はマリーナの家で生活していて、夕暮れの小麦亭は何かあった時のセカンドハウスといったような扱いであることを説明する。
「贅沢ね」
アナスタシアがそう呟くが、実際その言葉は間違っていないので、レイも何とも言えない。
普通ならセカンドハウスの類を用意するにしても、もっと金の掛からないような場所にするだろう。
少なくても、高級宿をセカンドハウスとするような者はいない……訳ではないだろうが、そう多くないのも事実だ。
とはいえ、夕暮れの小麦亭は高級宿だけあって快適にすごせるマジックアイテムが多数あり、それこそ今のような夏であっても全く暑さを感じずにすごすことが出来る。
……レイの場合は簡易エアコンの性能を持つドラゴンローブがあり、更にはマリーナの家は精霊によって夕暮れの小麦亭以上にすごしやすくなっているのだが。
「色々と事情があるのも事実だしな。……で、どうする?」
「そうね。お願いするわ」
即断即決といった様子のアナスタシアだったが、実際は他に手がないのも事実だ。
レイの提案を断るとなると、それこそ領主の屋敷に泊めて貰うか、もしくは……最悪その辺の道で眠るということにもなりかねない。
だが、アナスタシアはエルフだけあって、顔立ちが整っている。
……同じエルフでも、ダークエルフのマリーナと比べると肉体的な女らしさという点ではかなりスレンダーな部類に入るが、それでも美人と呼ぶのに相応しい顔立ちをしているのは事実だ。
そのようなアナスタシアが道で眠るといったような真似をすれば、それこそ何らかの問題が起きるのは間違いなかった。
「分かった。なら、家に帰る前に夕暮れの小麦亭に寄っていくか」
「ふふ」
「ヴィヘラ?」
何故か不意にヴィヘラが笑ったのが気になったレイが視線を向けるが、ヴィヘラはそれに対して特に何か言うでもなく首を横に振るだけだ。
そんなヴィヘラの様子が気になったのは事実だったが、何でもないというのならこれ以上聞く必要もないだろうと、夕暮れの小麦亭に向かう。
(レイ、貴方は今、自然と自分の帰る場所としてマリーナの家を示したのよ? ……これは、マリーナの作戦勝ちかしら)
マリーナが何を狙ってレイを自分の家に泊めているのかは、当然ヴィヘラも知っている。
いや、寧ろ知っているからこそ嬉々として協力していると言ってもいい。
それはヴィヘラやマリーナだけではなく、エレーナもまた同様だ。
レイという男を愛している以上、一緒にいたいと思うのは当然なのだから。
(とはいえ、私は向こうの世界でずっとレイと一緒だったし……その割には進展がなかったけど。とにかく、暫くはエレーナとマリーナに譲った方がいいわね。ゆっくりと、そして確実に……ね)
エレーナはエンシェント・ドラゴンの魔石を継承し、マリーナはダークエルフで、ヴィヘラはアンブリスという凶悪で強大なモンスターを吸収した。
そしてレイは、ゼパイル一門によって生み出された身体であり……そういう意味では、全員が人間よりも遙かに長い寿命を持っているのは事実なのだ。
そうである以上、レイとの関係も急ぐ必要はない。
少しずつ……だが、確実に進めればいいのだ。
普通の寿命ではないからこそ、出来ることなのだが。
(そういう意味だと、私はアンブリスに感謝しないといけないんでしょうね)
レイ達と共に道を歩きながら、ヴィヘラはしみじみとそう思う。
……もっとも、その少しずつというのが焦れったいと思うことも、ない訳ではなかったが。
「ヴィヘラ、何かあったのか?」
「ううん、何でもないわ」
考えている間にいつの間にかレイ達との距離が広がっていたことに気が付いたヴィヘラは、そう言ってレイ達を追うのだった。
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