第2395話
「……うーん……」
深紅の魔力にその身を包まれたレイの口から、戸惑ったような声が上がる。
当然だろう。女王の攻撃を受けて、炎帝の紅鎧で防げるかどうかを試そうしていたのだが、遠くに見える女王が攻撃してくることがないのだ。
最初こそある程度緊張と……そして若干だが炎帝の紅鎧の防御力がどれくらいなのかを楽しみにしていたのだが、二十分程歩き続けても攻撃される様子がないと、当然のように飽きてくる。
レイから離れた場所を進むセトとヴィヘラも、最初こそ緊張感はあったが、今は全く攻撃される様子もないということで、力も抜けていた。
「女王は一体、何を考えてるんだ? 今の状況は、攻撃するなら絶好の機会だろうに」
レイは不満そうに呟く。
女王に向かって歩いているレイだったが、二十分程歩いてもその距離はあまり近付いた気はしない。
それだけ女王のいる場所は遠いというのもあるが、近付かない最大の理由はレイが意図的にゆっくりと歩いているからだろう。
あくまでもレイの目的は女王の攻撃を炎帝の紅鎧で防げるかどうかを確認することにある。
だが、向こうはそれを理解しているのかいないのか、その理由はともあれ一切攻撃をしてくる様子はない。
(これは……あるいは、もしかして精霊魔法を使うのに何らかの条件でもあるのか?)
その条件があるからこそ、そう簡単に自分に向かって攻撃が出来ないのではないか。
少し前にそんなことを考えはしたのだが、女王という存在から、すぐにその考えは否定したのだが、もしかしたらそれが合っていたのではないかと、そうレイには思えた。
そのまま、更に十分程歩き続け……それでも何も起こらないのを見て、レイは決断する。
「ヴィヘラ、セト、このままゆっくりと歩いているだけだと、女王に危機感を抱かせるような真似は出来ない。だからこそ、攻撃をしてこない……という可能性がある。だから、一気に女王との距離を詰めようと思うけど、問題はないか?」
「距離を? それは構わないけど……大丈夫なの?」
「まぁ、多分だけどな。炎帝の紅鎧がどれだけ凄いのかは、しっかりと理解しているし。さっきの土の槍のような攻撃なら、十分に防げると思う」
自信満々……といった様子ではなかったが、それでも恐らく問題はないだろうと告げるレイに、ヴィヘラは少し考えた後で頷く。
セトもまた、レイとヴィヘラの様子を見て了承するように喉を鳴らす。
そんな一人と一匹の様子を見て、レイは遠くに見える女王に意識を集中し……やがて、走り出す。
レイの身体はゼパイル一門が持つ技術の粋を込めて作られている。
だからこそ、素の状態であっても走る速度は人間離れしているのだが……その上で、今のレイは炎帝の紅鎧を発動して身体能力が増強されていた。
だからこそ、レイの走る速度はケンタウロスが全速力で走っても追いつけない程の速度になっており……そんなレイから少し離れた場所を、背中にヴィヘラを乗せたセトがあっさりと追ってくる。
レイから離れてはいるが、それでも一定の距離を保ってそれ以上離れないのは、セトもまた炎帝の紅鎧を使ったレイと同等の身体能力を持っている証だろう。
(さて、どう出る?)
自分から少し離れた場所を走っているセトを一瞥しながらも、レイは視線の先に存在する巨大な肉の塊たる女王がどのような行動に出るのかを窺う。
レイとセトの走る速度は、先程レイが女王の攻撃を誘う為、意図的にゆっくりと歩いていた時とは比べものにならないくらいに速い。
そうである以上、先程までのようにレイに攻撃をしないで待ち構えているような真似をすれば、そう遠くないうちに女王のすぐ側まで辿り着くのは確実だった。
だからこそ、レイが到着するよりも前に、何らかの行動を取らなければならなかった。
その何らかの行動というのは、当然のようにレイを近づけないようにするか……もしくは、近付いてくるレイそのものを何とかするか。
そのどちらを選ぶにしても、女王が何らかの行動を起こすしかない。
そう思っていたのだが……次の瞬間には、半ば反射的に自分を覆っている深紅の魔力を横薙ぎに振るう。
その一撃は極めて強力で、上空から降ってきた相手をあっさりと砕く。
(砕く? 幾ら何でも、柔らかすぎないか?)
今の一撃、レイは半ば反射的に繰り出したものだったので、特に手加減の類はしていない。
だが、それでも今まで戦ってきた透明の鱗のドラゴニアスであれば、吹き飛ばされたり骨が折れたりといったようなことはあっても、命中した場所が砕けるといったことはまずなかった。
だというのに、何故今の透明の鱗のドラゴニアスはそこまで弱かったのか。
(そもそも、今までどこに……いや……)
何となく、レイは先程の透明の鱗のドラゴニアスの正体を理解した。
最初に女王と会った時、女王は新たなドラゴニアスを何匹も産み出そうとしていた。
つまり、今の透明の鱗のドラゴニアスは産まれたばかりなのだろう。
(ソフトシェルクラブ……だったか? あんな感じなのか? 食う訳じゃないけど)
日本にいた時に、漫画で見た知識が思い出される。
ソフトシェルクラブ。それは、脱皮した直後のカニの事だ。
基本的に、カニというのはその殻が非常に硬いのだが、脱皮したばかりのカニの殻は非常に柔らかく、唐揚げのような料理にした場合、殻を含めて丸ごと食べられる。
そんなソフトシェルクラブとは少し違うが、産まれたばかりだったからこそ、透明の鱗のドラゴニアスの持つ鱗は本来の頑丈さを発揮することがなかったのではないか。
そうレイが思っても、おかしくはない。
……もっとも、既に透明の鱗のドラゴニアスが死んでしまった今となっては、その辺を考えても意味はないかもしれないが。
(あ、でも……女王が産もうとしていたドラゴニアスは、結構な数がいたな。だとすれば、それが全部産まれて新たな戦力としてこっちに襲い掛かってくる可能性もあるのか。……面倒だな)
面倒であるとは口にしたが、それはあくまでも面倒なだけで、戦えば勝てるという確信がレイにはあった。
実際、ドラゴニアスの中でも頂点に存在する七色の鱗のドラゴニアスは、レイによって四匹殺されているのだ。
そうである以上、七色の鱗のドラゴニアス以上の新種が現れない限り、レイは絶対に勝てるという自信があった。
「女王が新しいドラゴニアスを産み出したみたいだ! けど、産まれたばかりだからか鱗がかなり柔らかい! 簡単に倒せるぞ!」
レイはヴィヘラとセトに向かって叫ぶ。
現在のところ、女王の狙いはレイに絞られているのか、セトとヴィヘラを攻撃する様子はない。
普通に考えれば、ヴィヘラを背に乗せたセトの方が戦いやすい相手だと思うのだが……それでも女王は、自分にとって脅威となるのはレイだと判断しているのか、透明の鱗のドラゴニアスの攻撃の矛先はレイだった。
(いやまぁ、透明の鱗のドラゴニアス一匹だけで、敵の狙いを全て理解するってのは、そもそも不可能な話だけど)
女王によって新たに産み出されただろう、ドラゴニアス達。
それらの攻撃全てがレイに集中すれば、それは女王がレイを最優先で排除しようと考えていてもおかしくはない。
だが……今のところ、レイを襲ってきたドラゴニアスは、ソフトシェルクラブ状態の透明の鱗のドラゴニアスが一匹だけだ。
(いやまぁ、普通のドラゴニアスと知性あるドラゴニアスの比率を考えれば、一度に産まれてくる中で知性を持つ個体が少ないのは分かるけど)
また、知性のある個体であっても、女王とレイ達のいる場所が離れている今、そのような状況で攻撃出来る相手は限られている。
それこそ、遠距離攻撃が出来る斑模様か白の鱗のドラゴニアス、もしくは光学迷彩を使い、非常に高い跳躍力を持っている透明の鱗のドラゴニアスか。
……もちろん、今のレイと女王のいる場所までは、まだ結構な距離がある。
血のレーザーやブレスを放てても、女王のいる場所からレイのいる場所までは、そう簡単に攻撃は届かないだろう。
だからこそ、攻撃してきたのは跳躍にとって一度に長距離を移動出来る、透明の鱗のドラゴニアスだったのかもしれないが。
「それで、どうするの?」
「どうする? 何がだ?」
上半身が粉砕された透明の鱗のドラゴニアスの死体を見ながら考えていたレイに、ヴィヘラがそう尋ねる。
正直なところ、本当に何を思ってヴィヘラが尋ねてきたのか、レイには分からなかった。
「何がって、このまま女王のいる場所に向かうにしても、それに対してどう対処するのかってのがあるでしょ? ……まぁ、今みたいにあっさりと倒せるドラゴニアスだけが相手なら、その辺を気にしなくてもいいかもしれないけど」
「そう言われてもな。今のところ、歩みを止めるつもりはない。相手が何を考えていても、結局のところ女王の側まで移動して……最終的には倒す必要があるんだし」
女王が精霊の卵を欲しているのは、レイにも分かる。
だが、女王にそれを渡すことが出来ないというのもまた、レイには分かっていたのだ。
だからこそ、今の状況において女王に近付かず……そして、倒さないという選択肢は存在しない。
「そう。なら、いいわ」
ヴィヘラがレイの言葉に満足そうな様子を見せたのは、今の攻撃で女王に対して攻撃を控えて様子を見るのではないかと、そう思ったからなのだろう。
だが、レイにそんな様子は全くなく、このまま女王を攻撃すると明確にした。
それが、ヴィヘラにとっては嬉しかったのだ。
「グルルゥ」
レイの言葉が嬉しかったのは、ヴィへラだけではなくセトも同様だった。
この状況で暫く様子を見るといったことになれば、セトにとってもつまらない時間をすごすことになっていたのだから。
……いや、セトの場合はレイが一緒にいて遊んでくれるのなら、全く問題なかったのかもしれないが。
「女王が新たなドラゴニアスを産むのに、どれくらいの時間がかかるのは分からない。そうである以上、今は少しでも早く女王のいる場所に行って、それに対処するべきだろ」
「そうね。……もっとも、生まれたてのドラゴニアスはそこまで強くなさそうだったけど」
ヴィヘラはレイの言葉に頷きつつも、その言葉に含まれるのは、残念そうな色だ。
今の状況でもし自分がドラゴニアスと戦っても、それこそ浸魔掌を使うまでもなくあっさりとその身体を砕くことが出来ると、そう理解していた為だ。
ソフトシェルクラブのように、殻がまだ柔らかい今のドラゴニアスであれば、それこそケンタウロスであっても容易に倒すことが出来るだろう。
元々ケンタウロスがドラゴニアスを相手にして多数を必要とするのは、ドラゴニアスの鱗を貫くことが出来ないからだ。
だからこそ、関節や眼球、口、耳……といったような、鱗に覆われていない場所を攻撃する必要がある。
単独ではそのような場所をピンポイントで狙う訳にはいかないので、多数で攻撃をして……言い方は悪いが、誰の攻撃でもいいからドラゴニアスにダメージを与えることが出来れば、それでいい。
そんな攻撃を何度か繰り返すことにより、結果としてドラゴニアスは死亡する。
だが……当然の話だが、そのような攻撃をされるドラゴニアスも、黙っている訳ではない。
それどころか、少しでも隙があれば自分が攻撃を受けながらも、相手の肉を喰い千切るといったようなことを平然と行う。
ケンタウロスにとってドラゴニアスという存在は厄介極まりないのだ。
だが……産まれたばかりで鱗が柔らかく、それこそケンタウロスが持つ武器で容易に鱗を貫き、切断し、破壊することが出来るとすればどうか。
そうなれば、当然のようにドラゴニアスという存在は、ケンタウロスでも容易に倒すことが出来る相手となる。
(そういう意味では、時間が経てば経つ程、ドラゴニアスも厄介になるってことなんだろうな。……いや、それは別にドラゴニアスに限らずどんな生き物もそんな感じか)
どのような生き物……モンスターでも動物でも、長く生きればそれだけ経験を積み、賢くなるのは間違いない。
「じゃあ、取りあえず今はまず進むしかないんでしょ? 行きましょう。……このまま時間を掛ければ、女王がまた妙な真似をする可能性も高いし。それに、また新たなドラゴニアスを産み出す可能性もあるわ」
「そうだな。なら、まずは早いところ女王に向かうか。……結局、今の状況でもまだ女王からの攻撃は受けてないし。こうなると、さっきの土の槍を回避してしまったのが、痛かったな」
半ば反射的だったが、それでもレイとしてはあの行動を惜しいと、そう思えた。
とはいえ、やってしまった以上はどうにもならないのだから、今はまず女王との距離を縮める必要があった。
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