第2396話

 レイが透明の鱗のドラゴニアスの襲撃を吹き飛ばしてから、一時間程……そのくらいの時間になって、ようやくレイ達は女王のすぐ側まで戻ってきた。

 ……もっとも、すぐ側と言っても、まだ女王までの距離は百m程もあるのだが。

 だが、この地下空間の巨大さから考えれば、百mという距離はすぐ側と言ってもいい。


「攻撃してこないな」


 ここまで近づくと、レイの視線の先にあるのは肉の塊……いや、肉の壁とでも呼ぶべき存在となっていた。

 だからこそ、今の状況にレイは意外な感じがする。

 敵の攻撃がいつ来てもおかしくはないのだが、結局のところ女王が攻撃をしてきたのは、土の槍を使ってきたのと、透明の鱗のドラゴニアスの攻撃だけだ。

 それ以外に新たに産み出されたと思しきドラゴニアスは、女王の側に待機している。

 その数、約百匹。

 ただし、レイが見たところではそこに知性を持つ指揮官級のドラゴニアスの姿はない。

 金、銀、銅、斑、透明、白、黒、七色。

 今までレイが見てきた知性を持つドラゴニアスはそのような者達だったが、視線の先にいるのは、赤、青、黄色、緑……といったような、知性を持たない普通のドラゴニアスだけだ。


(それでも飢えに支配されて襲ってこないのは……女王からの指示か? それとも、他にも知性のある指揮官級のドラゴニアスがいるのか? ……どうせなら、すぐに襲い掛かってくればいいのに)


 これから、レイは……いや、レイだけではなくヴィヘラとセトも、女王との戦いを行う。

 その時に、普通のドラゴニアスが邪魔をしてくるといったようなことになったら、それこそ存分に戦うような真似は出来ない。

 であれば、女王と戦うよりも前に他のドラゴニスを倒してしまった方が……そうレイが考えた瞬間、それに反応するかのように、女王が鳴く。


「ギイイイイイイイイイイイイイイィ!」


 その声と同時に、頭の中に黒板を爪で引っ掻いたような……いや、以前の不快感よりも数倍は増したかのような、そんな不快感が頭の中に浮かぶ。


『憎悪……怒り……憤怒……子……』


 そして不快感と同時に頭の中に浮かび、響く声。

 単語が連なる言葉だったが、その単語の意味を考えれば、女王が何を言っているのかは、何となく想像出来た。


(つまり、自分の子供達……産み出したドラゴニアス達が大量に俺達に殺されたから、それが許容出来ないってことなんだろうな。……戦いである以上、当然の結果だろうに)


 戦いを仕掛けてきたのに、自分の子供達が大勢死んだからそれを恨む。

 そのようなことはレイにも理解出来た。

 出来たが……だからといって、それを許容出来るかと言えばその答えは否でしかない。

 それによって、自然と黒板を爪で引っ掻くような音も大きくなったのだろう。

 正直なところ、土の精霊魔法よりも脳内に響く音の方が厄介な存在なのは間違いない。


(物理的に外から攻撃してくるんじゃなくて、頭の中に直接送ってくるからな。炎帝の紅鎧であっても、これを防ぐのは不可能だ)


 土の精霊魔法……もしくは、それ以外の攻撃を炎帝の紅鎧で防げるかどうかというのは、レイが試してみたいことの一つだった。

 だが、炎帝の紅鎧も何の効果もなしに、直接頭の中に向かって攻撃してくれば、それは防がない。


(つまり、洗脳とかそういうのは、炎帝の紅鎧でも防げないのか? もしくは、炎帝の紅鎧がこれを攻撃ではないと認識しているから、防げないのか。それが分かっただけでも、儲けものだな)


 レイも、炎帝の紅鎧は強力な……強力すぎるスキルであるとは思っていたが、それでも絶対無敵と呼べる程のスキルではないだろうという思いもあった。

 そんなレイの予想が当たった……可能性もあるのだから、それだけでも大きな収穫だったのは間違いないだろう。


「お前が何を考えてるのかは、何となくしか分からない。分からないが……だが、お前は俺達と敵対した。そしてここまで来てしまった以上、もうお互いに退くことは出来ない筈だ。なら、やるべきことは一つだけだ」


 そう告げ、レイは巨大な肉塊に向かってデスサイズと黄昏の槍を構える。

 女王はレイの言葉を理解したのか、もしくは理解するまでもないと思ったのか、ともあれその巨大な肉塊は不意に振動し始めた。

 レイ達が銅の鱗のドラゴニアスに案内されてここにやってきた時は、女王から産まれようとしていた場所には、既に何の姿もない。

 女王の周囲に今いるのが、そこから産まれてきたドラゴニアス達であり……そして今は、新たなドラゴニアスを産もうなどとは全く考えていないのだろう。


「さて……じゃあ、ヴィヘラとセトはどうする? どっちかには、女王じゃなくて周囲にいる他のドラゴニアスをどうにかして欲しいんだけどな」

「セトにお願いして」


 レイが最後まで言い終わるかどうかといったところで、ヴィヘラは即座にそう告げた。

 ヴィヘラにしてみれば、折角女王と戦える機会なのに、それを逃すということは考えられないのだろう。

 あるいは、新しく産まれたドラゴニアスの中に七色の鱗のドラゴニアスでもいれば、もしかしたらその気になったかもしれないが……ヴィヘラにとっては残念なことに、視線の先にいるのは通常の……いわゆる、普通のドラゴニアスだけだ。

 その上、透明の鱗のドラゴニアスを見ても分かるように、産まれたばかりのドラゴニアスは鱗が非常に柔らかい。

 とてもではないが、今のヴィヘラにとって戦って楽しい相手という訳ではなかった。


「グルゥ……」


 ヴィヘラに指名されたセトは、少しだけ女王に興味深い視線を向けてはいたが、それでも誰かが普通のドラゴニアスと戦わなければならないのなら、それは自分の仕事だと判断する。

 何より、ドラゴニアスの数は百匹程度だ。

 これが普通のドラゴニアスなら、勝つことはいつも通り楽に出来るのだろうが、それでも鱗が硬い分、幾らか時間が掛かってしまう。

 だが、産まれたばかりの鱗がまだ柔らかい今なら、それこそ攻撃をすれば楽にその身体を砕くことが出来るのは間違いない。

 ……それどころか、速度を上げて敵に突っ込むような真似をすれば、それだけで多くのドラゴニアスを倒すことが出来るだろう。

 そうやって普通のドラゴニアスを倒したら、その時にまだレイ達が女王と戦っていた場合、援軍に参加すればいいだろうと、そう考える。


「じゃあ、話が決まったところで……行くぞ!」


 そんなレイの言葉に合わせるように、ヴィヘラとセトもすぐに動き始める。

 レイとヴィヘラは、真っ直ぐ視線の先にいる女王に向かって。

 セトは、女王の周囲にいる通常のドラゴニアスに向かって。

 そしてレイが動き出すと、当然の話だが女王達も動き出す。

 ……もっとも、ドラゴニアスの中で最初に動いたのは普通のドラゴニアス達だったが。

 レイ達を女王に近づけまいと、数で攻撃をしようとし……


「グルルルルルルルルルルルルルルルルルゥ!」


 その機先を制するように、動きを止めたセトが雄叫びを上げる。

 それも、ただの雄叫びという訳ではなく、王の威圧のスキルだ。

 自分よりも格下の相手の動きを止めたり、もしくは動けてもかなり行動に阻害が出るという、そのようなスキル。

 飢えという本能に支配されているドラゴニアスに効果があるのかどうか、それは使ってみなければ分からなかったのだが……その効果は絶大だった。

 何しろ、移動しようとしていた全てのドラゴニアスが、その動きを止めたのだから。

 その光景を移動しながら見ていたレイは、恐らく敵がまだ産まれたばかりのドラゴニアスだからこそ、ここまで効果があったのだろうと、そう判断する。

 実際のところ、それが正解かどうかというのは、レイにも分からない。

 だから、恐らくはそうだろうという予想でしかなかったが、それでも取りあえず効果があったのだから、よしとしておく。

 ある程度は動ける個体もいるが、動きが致命的なまでに鈍くなっている現状、レイもヴィヘラも相手にする必要性を感じない。


「ヴィヘラ!」

「分かってるわ! 女王を出来るだけ早く倒すわよ!」


 獰猛な笑みを浮かべ、レイの声に答えるヴィヘラ。

 レイもまたその言葉に頷いて、女王との間合いを詰め……


「ヴィヘラ!」


 女王が……正確には振動していた肉の一部が動いたのを見たレイがヴィヘラに叫ぶ。

 ヴィヘラはレイの声を聞くと即座に走っていた進路を変え、次の瞬間には一瞬前までヴィヘラの身体があった場所を、女王の身体から伸びてきた肉の鞭……いいや、それは触手と呼ぶのが相応しい代物が叩く。

 それもただの触手ではなく、先端が細かく振動しており、不気味な音を周囲に響かせている。


(SFとかでは、そういう武器があったけど……ここはファンタジーの世界だろうに!)


 レイが日本にいる時に楽しんだアニメや漫画、小説、ゲームといったものでは、激しく振動することによって斬れ味を増す武器……といったような物はそこまで珍しくはない。

 だが、それはあくまでも科学の武器であって、このように自力で同じような真似が出来るとは到底思えない。

 もっとも、高度に発展した科学は魔法に見える……というのは、レイも色々なアニメや漫画、ゲーム等で見たことがあった。

 そういう意味では高度な魔法は科学に見えるというのも、そこまでおかしな話ではないのだろう。


(さて、問題は……とにかく、数だな)


 女王の身体……巨大な肉塊から、連続して放たれる触手。

 その数は十や二十ではなく、百すら優に超えている。

 それだけの数の触手全てを自在に操り、その上で触手同士が絡み合うといったようなこともないのは、驚くべきことだったが。

 もしレイが触手と似たような武器……例えば鞭を使うとして、それを両手で一本ずつもって振るっても、それを自由に操れるとは思えない。

 ……もっとも、普通ならデスサイズと黄昏の槍という、明らかに種類の違う二つの長柄の武器をそれを両手に持って、自由自在に使いこなすレイの方が、難易度は高いと主張する者も多いだろうが。

 鞭を両手で持って戦うのは、難しいだろう。

 だが両手に持っているのはどちらも鞭という、全く同じ武器だ。

 それに比べると、槍と大鎌という長柄であるというくらいしか共通性を持たない武器を手に、使いこなすというのは……普通に考えれば、こちらの方が難易度は高いだろう。

 もっとも、槍や大鎌と鞭では色々な面が違うし……何より、女王のように百本単位を同時に使うという時点で、既にレイにとってはろくに考えるようなことも出来なかったが。


(けど……ある意味でチャンスなのは間違いない。結局最初に行われた土の槍では、炎帝の紅鎧の防御力で女王の攻撃を防げるかどうかといったことは、確認出来なかった。なら、ここで……)


 土の精霊魔法と、先端が高速で振動している鞭。

 その二つでは、攻撃という点は同じでも、その種類そのものは大きく違う。

 だからこそ、鞭の攻撃を正面から受けるのは危険だったのだが……それでも、炎帝の紅鎧が女王の攻撃に対して有効かどうかを確認する為には、絶対に試しておくべきことだった。

 今この状況でそれを試さず、もっと切羽詰まった状況でいきなり攻撃を食らうといったようなことになった場合、もし万が一炎帝の紅鎧が女王の攻撃を防げなければ、受けるダメージは致命的になりかねない。

 であれば、今の状況で女王の攻撃を防ぐことが出来るかどうか、確認しておく必要があった。


(もし炎帝の紅鎧を突破してきたら、即座にそれに対応する必要がある。……とはいえ、大丈夫だとは思うんだけど、な!)


 自分に向かって飛んできた触手。

 空中で弧を描きながら、激しく振動している部位が複数レイに向かって降り注いで来る。

 当然の話だが、炎帝の紅鎧の防御力を試すとはいえ、レイもその攻撃の全てを防ぐといったような真似をするつもりはなく、振動している場所に当たるのは一ヶ所だけで十分だった。

 そして……触手の先端の振動している場所が、レイの身体を包んでいる深紅の魔力に触れ、次の瞬間、ギヤリィンといったような聞き苦しい音が周囲に響き渡る。

 もし何かあったら、すぐに後ろに下がって敵の攻撃を回避するつもりだったレイだが、幸いなことに、女王から放たれた触手の一撃は、少なくても一撃だけでは炎帝の紅鎧の防御を突破することはできなかった。

 ……とはいえ、それはあくまでも一度の攻撃での話だ。

 女王の身体から伸びている無数の触手を考えると、今の攻撃を連続で食らっても平気かどうかというのは、レイにも分からない。

 だが、取りあえず1発だけなら問題なく受けることが出来たというのは、レイにとっても悪くはない話で、無数の触手を相手にしても、それに対処出来る自信がレイには出来たのだった。

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