第2394話

 結局のところ、女王への攻撃はある程度近付いてからやるという結論になり……レイ達は、女王に向かって近付いていく。

 最初に女王と接触した時に比べると、現在との違いは歴然としている。

 何よりも大きな違いは、やはり周囲にドラゴニアスが一匹もいないことだろう。

 レイが地下空間に入る前に使った魔法により、その時点で多数の……それこそ、数え切れない程のドラゴニアスが死んでいたが、それでもまだかなりの数のドラゴニアスが生き残っていた。

 その大半が、レイの魔法で生み出された炎に包まれても生き残ることが出来る赤い鱗のドラゴニアスであったが、今となってはその赤い鱗のドラゴニアスの姿もここには一匹もいない。

 それ以外にも少数いた、運よくレイの炎から生き延びることが出来た他の色のドラゴニアスの姿も、高い知性を持つ指揮官級のドラゴニアス達の姿もない。

 あれだけ大勢いたドラゴニアスも、その全てがレイとヴィヘラ、セトによって殺されてしまった。

 あるいは数匹程度ならまだ生き残っているドラゴニアスがいるかもしれないが、レイ達にしてみれば、そのような相手は気にするべき存在ではない。


「ドラゴニアス達がいなくなっただけで、こんなに移動しやすくなるとは思わなかったな」

「あの時は、ドラゴニアス達が避けて道を作っていたから、その道を進むしかなかったけど……今は、そんな道は気にしなくてもいいものね」


 しみじみと呟くヴィヘラだったが、その表情にあるのは言葉程に穏やかな色ではない。

 これから待っているのは、ドラゴニアスの親玉……女王との戦いなのだ。

 そうである以上、当然のようにヴィヘラは強敵との戦いを求めて、身体の内側に宿る戦闘欲に身を任せそうになる。

 それでもこうしてレイと会話をすることが出来ているのは、それだけヴィヘラが自分の中にある戦闘欲を上手い具合にコントロールすることが出来ているからだろう。

 物心ついた時から……いや、もしかしたらこの世に生を受けた時から付き合っていただろう戦闘欲だけに、ヴィヘラの強靱な精神力はそれをコントロールする術に長けていた。


「自由に歩けるのはいいよな。……まずは、黄昏の槍が届く場所まで向かうか」


 炎帝の紅鎧を発動している今のレイなら、もしかしたらここから投擲して女王に届く可能性はある。

 だが、攻撃というのは届けばいい訳ではなく、届いて相手に命中させた時にダメージを与える必要がある。

 そういう意味では、炎帝の紅鎧を発動している今のレイがここから黄昏の槍を投擲しても、女王に命中させることは難しい。

 何よりも距離がありすぎて、それこそ土の精霊魔法を使って攻撃を防ぐ盾か……もしくは、もっと予想外の防御方法をとる可能性があった。


(それに、女王がどこまでの知性を持ってるのかは分からないが、俺が黄昏の槍を投擲する光景は散々見ている筈だ。そうである以上、すぐにでも対処するような真似をしても……おかしくはない)


 七色の鱗のドラゴニアスの最後の生き残りに対しても、結局倒したのは黄昏の槍の投擲だった。

 だからこそ、女王がその攻撃方法を警戒していてもおかしくはない。

 そんな風に考えつつ、それでも敵が巨大であるということは、レイ達にとって不利な状況というだけではない。

 敵が巨大だということは、それだけ攻撃が命中しやすいということでもある。

 それはレイ達にとって有利な点なのは間違いない。


「グルゥ!」

「ヴィヘラ!」

「分かってるわ!」


 不意にセトが素早く鳴き声を上げ、セトを下りてヴィヘラと一緒に歩いていたレイは、鋭くヴィヘラの名前を呼ぶ。

 当然のように、ヴィヘラは即座にレイの声に反応し、すぐに何が起きても構わないように準備を整える。

 そして……不意に、二人と一匹はその場からそれぞれ跳躍した。

 一瞬前までレイ達のいた場所を、地面から生えた土の槍が貫く。


「この距離は既に女王の間合いか!」


 レイの言葉通り、この状況で土の槍で攻撃をしてくるなどという真似が出来るのは、女王しかいない。……そもそも、生き残りはほぼ間違いなく女王くらいしか存在しないのだが。

 ともあれ、土の槍の一撃を回避したレイ達だったが、女王の使う土の精霊魔法が届く射程範囲の広さには驚くしかない。

 レイ達がいる場所から女王までの距離は、数kmはある。

 そんな距離であっても土の精霊魔法で攻撃出来るというのは、女王がどれだけ厄介な相手なのかを如実に示していた。


「どうするの? 一度射程範囲の外に出る?」

「それはヴィヘラらしくない選択だな。そもそも、俺達が射程範囲に入ってから即座に攻撃してきたと思うか?」

「それは……」


 女王の知能の高さを思えば、それこそレイ達が自分の間合いの中に入ったからといってすぐに……拙速に攻撃をするとは限らない。

 そうである以上、レイ達のいる場所は既に女王の間合いの内側であっても、かなりその内側に入ってしまった……と、そういうことになるだろう。

 だからこそ、ここでレイが取る手段は後方に下がるのではなく、前に進むこと。


「行くぞ。遅れたら、ヴィヘラが戦うよりも前に俺が倒してるかもしれないからな。……いや、セト、ヴィヘラを乗せてきてくれるか?」

「グルゥ? ……グルゥ!」


 レイの言葉に少しだけ戸惑いつつも、了承の返事をするセト。

 セトとしては、本来ならレイを背中に乗せて走りたかったのだろう。

 あるいは、空を飛びたかったのか。

 土の精霊魔法を使ってくる女王だが、当然その攻撃は地面から放たれるものだ。

 空を飛んでいれば、無効化……は出来ないだろうが、それでもかなり攻撃方法が制限されるのは間違いない。

 だからこそ、今の状況では空を飛ぶのがいいのでは? とセトは思ったのだが、レイとしては女王に対する攻撃の手段は多ければ多い程にいい。

 大きさの違いから、浸魔掌を使っても女王に致命傷を与えるといったような真似は出来ないだろうが、それでもダメージを与えることが出来るのは間違いない。

 であれば、レイとしてはヴィヘラも可能な限り早く女王のいる場所に連れていきたかった。

 そして何より、レイは炎帝の紅鎧を発動している以上、セトに乗って移動するよりも、自分の足で走って移動した方が速い。

 ……もっとも、地面を走るということは当然のように女王の放つ土の精霊魔法によって常に狙われる可能性も高くなるのだが……そういう意味では、空を飛ぶセトとヴィヘラを多少なりとも庇うことが出来るという考えもあった。


(問題なのは、炎帝の紅鎧で土の精霊魔法の攻撃を防げるかどうかだよな。……一発くらい、普通に食らってみるのも、悪い話じゃないのかもしれないな)


 ドラゴニアス達の攻撃は、それこそ七色の鱗のドラゴニアスの攻撃ですら、炎帝の紅鎧を破ることは出来なかった。

 そうである以上、女王の使う精霊魔法でも炎帝の紅鎧を貫けるかどうかというのは、微妙なところだろう。

 女王の側まで近付いたところで攻撃をされてダメージを受けるかどうかを確認するよりも、ある程度離れた場所でそれを確認しておいた方が、いざという時に対処しやすい。

 そう判断し……レイは動き回っているセトとヴィヘラに声を掛ける。


「女王の攻撃を防げるかどうか、少し確認してみる。次に女王が攻撃をしてきたら、それを正面から受けるが……気にするな」

「ちょっと、大丈夫なの!?」

「グルゥ!?」


 レイの言葉は、ヴィヘラやセトにとっても予想外だったのだろう。

 驚きの表情を浮かべつるヴィヘラとセトに、レイは問題ないと頷く。


「女王に近付いたところで、いざという時に駄目だったら、それこそ洒落にならないだろ。なら、いつ何が起きてもいいように、準備をしておく必要がある。それに……女王の攻撃が俺に通じないとなれば、これから戦う上でこっちがかなり有利になる」


 現在判明している女王の攻撃方法は、あくまでも土の精霊魔法だけだ。

 文字通りの意味で、相手は見上げるような巨体であり、ろくに身動きも出来ない状況である以上、少なくても他のドラゴニアスのように、爪や牙で攻撃をしてくる……といった真似は、まず不可能な筈だった。

 であれば、女王の攻撃手段は自然と限られてくる。

 ……ある意味、黒板を爪で引っ掻くような音を相手の頭の中に直接響かせるというのも、攻撃の一種かもしれないが、今のところ女王がそれを攻撃の手段として認識している様子はない。

 だからこそ、今の状況では土の精霊魔法をレイが無効化出来るかどうかというのは、非常に大きな意味を持つ。

 その辺りの事情を説明すると、ヴィヘラとセトはそれぞれ複雑な表情を浮かべつつ……それでも、何とかレイの言葉に納得する。

 炎帝の紅鎧がどれだけ強力なスキルなのか、それを自分達の目で見て知っているからというのも、レイの提案に対して素直に頷いた理由の一つではあるのだろうが。


「それにしても……攻撃をしてくる様子がないわね」


 動き回っていた足を止め、ヴィヘラが不意にそんな疑問を口にする。

 実際、その言葉は正しい。

 最初に放たれた土の槍の一撃を放った後、連続で攻撃が来るのかと思いきや……そのような攻撃は一切なく、それどころか女王の反応は全くない。


「多分、連続してこっちを攻撃すれば、その攻撃に俺達が慣れるから……これは意図的なものだろうな。もしくは、精霊魔法を連続して使えない理由があるのか」


 レイとしては、出来れば後者であって欲しい。

 だが、このような広大な地下空間を精霊魔法でつくったとなると、そんな期待をするのは難しいだろう。

 つまり、結果として答えは前者となるべきだ。


(あるいは、土の精霊魔法の威力は凄くても、連続して使えないとか? ……そんなのを期待する方が無理か。こういう時は、常に最悪の出来事を考えた方がいいんだろうし)


 希望的観測で女王に挑むのと、悲観的観測で女王に挑むのと、どちらがいいか。

 それを考えれば、レイとしては後者を選ぶ。

 勿論、どちらの方がいいのかと言えば、気分がいいのは前者だろう。

 だが……戦いの中に身を置く者として考えれば、どちらの方がいざという時に対処しやすいかと考えると、やはりそれは後者だ。


「取りあえず、女王が俺を危険視してるのは、ほぼ間違いないと思う。……そういう意味では、その辺をあまり心配する必要がないというのは、大きいな」

「気をつけてよ」


 それだけを言い、ヴィヘラは取りあえずレイの行動を許容することにする。

 ……レイの様子から、今の状況で自分が何を言っても止められる筈はないと、そう判断したのも大きいのだろう。

 レイはそんなヴィヘラの言葉に頷くと、敢えてヴィヘラやセトから距離をとってから、女王の方に向かって歩き出す。

 ヴィヘラやセトから距離をとったのは、女王が攻撃してきた時、自分の側にいたら被害を及ぼしてしまいかねないと、そう判断した為だ。

 だからこそ、今はまずヴィヘラ達から間合いを取って、炎帝の紅鎧で女王の使う土の精霊魔法を無力化出来るかどうかを確認する必要があった。


「さて、どう出る? このまま俺が真っ直ぐお前まで近付けば、お前は攻撃する手段をなくすぞ?」


 自分の言葉が女王に聞こえているかどうかは分からなかったが、そう呟く。

 もっとも、レイの言葉が聞こえていれば、攻撃をしてこない可能性も否定は出来なかったが。

 女王にしてみれば、レイが自分の攻撃を意図的に受けてどうなるのかを試してみるといっているのだから、馬鹿正直にそれに付き合う必要はない。

 あるいは、攻撃をするにしても意図的に弱い攻撃を行ったりといったようなフェイントを混ぜる可能性は十分にあった。

 レイもそこまで考えているのか、それともそうなったらそうなったでどうとでも対処出来ると考えているのか。

 ともあれ、今は敵の反応を待ちながら歩みを進める。

 レイから離れた場所を進むセトとヴィヘラ。

 ただし、ヴィヘラはもうセトの背に乗っており、移動はセトに任せている。

 もし女王が何らかの行動を起こしたら、ヴィヘラとセトはすぐにでも行動出来るようにと、そう考えての準備だろう。

 レイはそんなヴィヘラ達に感謝の視線を向け……女王に進む足を止める様子はない。

 先程地面を尖らせて下から串刺しにしようとしたのだから、攻撃が出来ない……ということはまずない筈だった。

 だが、幸か不幸か、今のところ女王が攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 恐らくは女王の攻撃を受けても大丈夫だろうと、そうレイは思いつつ、だからこそその辺を早くはっきりして欲しいと、そう考えながら……歩みを止めることなく、ただ進み続けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る