第2393話

 イメージするのは、レイが日本にいた時にTVで見た映像。

 宇宙に向かうロケットが打ち上げられる映像。

 もしくは、アニメや漫画で見たような、そんな光景。


「深炎」


 本来なら、深炎を使う際にはわざわざその名前を口にする必要はない。

 だが、今回レイが放つ深炎は、イメージ的にかなり難しかった。

 だからこそ、少しでもそのイメージを補強し、スムーズに伝えることが出来るように深炎という名前を口にしたのだ。

 深紅の魔力から放たれた深炎は、真っ直ぐ空中に立っている七色の鱗のドラゴニアスに向かって飛んでいき……やがて命中するよりも前に空中で爆発する。


(まだ、逃げるなよ)


 深炎の爆発した場所に幾つもの炎が燃えているのを見ながら、レイはそう願う。

 そんなレイの願い通り、七色の鱗のドラゴニアスは現在のところ動く様子はない。

 本来なら攻撃されたと判断した時点で、すぐに転移して逃げてもおかしくはないのだが……危険を察知した瞬間には深炎が爆発し、空中を燃やし続けるといったような様子になっている為か、今ならまだ自分が安心だと判断したのか、動く様子はなかった。

 空中で燃えている炎は、地面に落ちてくるといったような事もなく空中で燃え続け……レイと七色の鱗のドラゴニアス、それ以外の面々の間にも不思議な沈黙の時間が生み出される。

 そんな状況であっても、炎は空中で燃え続け……やがて、その時がくる。

 轟っ! という音と共に、炎の中から一本の槍が飛び出す。

 勿論深炎によって生み出された炎である以上、それは物質的な槍ではなく、槍の形をした炎なのだが。

 その槍は槍というには若干太い。……正確には、それを槍と認識したのはレイ以外の面々であって、レイはそれを槍ではなく細長いロケットとして認識していた。

 炎で出来たロケットは轟音と共に……いや、その轟音すら置き去りにして進み、次の瞬間には七色の鱗のドラゴニアスに命中する。

 そして……鋭利に尖っている先端は、呆気なく七色の鱗のドラゴニアスの胴体を貫く。


「ちっ、貫くだけか。イメージが足りなかったな」


 そんな光景を見て、レイが忌々しげに呟いた。

 レイとしては、炎のロケットは七色の鱗のドラゴニアスを貫くのではなく、胴体を爆散させる……といったような未来を予想していたのだ。

 だが、残念な事にイメージが足りなかったのか、それとももっと他の理由か。

 ともあれ、七色の鱗のドラゴニアスの胴体を貫くだけに終わってしまう。

 普通であれば、胴体を貫かれるなどといった真似をされれば、間違いなく致命傷となる。

 だが、相手は七色の鱗のドラゴニアスだ。

 黒の鱗のドラゴニアス程ではないにしろ、ドラゴニアスの頂点にあるだけに、幾らか再生能力を持っていてもおかしくはないし、実際レイの視線の先にいる七色の鱗のドラゴニアスは、胴体を貫かれて文字通りの意味で血の雨を地面に向かって降らせてはいるが、死ぬ様子はない。

 であれば、今の一撃で殺せたとは思えず……


「セト、攻撃しろ!」


 レイの叫びに、セトは数歩の助走で空に向かって翼を羽ばたかせながら駆け上がっていく。

 既にセトの背から下りていたレイは、そんなセトを一瞥すると、デスサイズを地面に放り投げ、黄昏の槍を右手に持ち替え……炎帝の紅鎧が発動した状態のまま、投擲する。

 炎帝の紅鎧を発動していない状態であっても、レイの投擲する槍の速度は速い。

 それが、身体能力を強化する炎帝の紅鎧を使った状態で投擲するとなれば、当然のように普通に投擲するよりも速度は上がる。

 とはいえ、七色の鱗のドラゴニアスはレイの投擲の威力を知っている以上、投擲の準備をすれば即座に転移して逃げていただろう。

 幾ら投擲の速度が素早くても、それはあくまで実際に投擲しなければ意味はない。

 投擲の体勢になったところで転移を使って逃げられたりすれば、意味はないのだ。

 もっとも、今はレイの深炎によって胴体を貫かれた七色の鱗のドラゴニアスはろくに動くことも出来ないような状態になっていたので、その辺りの心配はいらなかったのだが。

 投擲された黄昏の槍は、先程の炎のロケットに勝るとも劣らぬ速度で飛び……七色の鱗のドラゴニアスの胴体、それもロケットが貫通した腹部よりも上の胸の部分に命中し、粉砕する。


「グルゥ!?」


 そんなレイの攻撃に、慌てたように喉を鳴らしたのはセトだ。

 レイからの指示で七色の鱗のドラゴニアスに向かって攻撃しようとしていたのに、そんなセトからそこまで離れていない位置を、黄昏の槍が飛んでいったのだ。

 この世界は現実である以上、ゲームとは違って仲間からの攻撃であっても当然のように命中すればダメージを負う。

 そういう意味では、レイの放った黄昏の槍の一撃は極めて強力であるだけに、仲間に命中すれば仲間に致命的な被害を与えていただろう。

 セトは慌てたように翼を羽ばたかせて飛ぶ速度を緩め、上空から落ちてきた七色の鱗のドラゴニアスの死体を前足で掴むと、地上に視線を向ける。

 そんなセトに対し、レイは悪いと頭を下げて謝罪した。

 そんなレイの姿に、セトは仕方がないなといったように喉を鳴らしながら地上に向かって降下していく。


「グルルルゥ……」


 七色の鱗のドラゴニアスの死体は、重要な素材となる可能性がある。

 そうである以上、レイとしてはそれを見逃すといったような真似が出来る筈もない。

 それが例え、上半身がない状態であったとしても。


(とはいえ、頭部とかは重要な素材になったりしやすいんだけどな。……七色の鱗のドラゴニアスの持つ転移能力をマジックアイテムに付与することが出来れば、かなり便利なんだが)


 そう思うも、それをやる為にはまずドラゴニアスの死体をきちんと素材として使えるようにする必要がある。

 それが出来ない今、レイが出来るのはその死体をミスティリングに収納するだけだ。


(他のドラゴニアスも、色々と特殊な能力を持っていただけに、その能力をマジックアイテムに出来れば、もの凄いマジックアイテムが出来そうだけどな)


 特にレイが気になっていたのは、黒の鱗のドラゴニアスの持つ強力な再生能力と、透明の鱗のドラゴニアスの持つ光学迷彩だ。

 黒の鱗のドラゴニアスの持つ再生能力をそのままマジックアイテムに出来るとは思えないが、その半分……いや、それよりもっと少ない再生力でもマジックアイテムに付与出来れば、レイ、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネといった面々や、セトやイエロといった者達も強力な回復のマジックアイテムを持つことが出来る。

 実際には、マリーナの精霊魔法やポーションといった回復手段があるのだが、やはり自力で回復出来るようになった方がいいのは、間違いない。

 また、光学迷彩がどれだけの威力を発揮するのかというのは、それこそそのスキルを持っているセトが今まで光学迷彩でどれだけの活躍をしてきたのかを思えば、想像するのも難しくはない。


「もう少し、セトに気を遣った方がいいと思うけどね」

「……そうだな。このドラゴニアスの一件が終わったら、今度セトと一緒にどこかに遊びにいくよ」

「グルゥ!?」


 それ本当!? と、地面に降りてきたセトが、レイの言葉を聞き、嬉しさと驚きと共に鳴き声を上げる。

 レイと一緒に遊びに行けるというのは、セトにとって何よりも嬉しい出来事だった。


「ああ。何だかんだと、最近はずっと働きっぱなしだったしな。去年みたいに海に行く……いや、それとも川か湖の方がいいか?」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、セトは悩むように喉を鳴らす。

 今は既に夏も真っ盛りだ。

 この世界においては、ここが草原のおかげか、そこまで暑いといったようなことはなかったが、ギルムに戻れば夏真っ盛りなのは事実。

 とはいえ、この世界に通じているのはトレントの森だけにそれなりに涼しいが。


(あ、そう言えば湖ってだけなら、生誕の塔の近くに転移してきた湖があったな。あれを考えると、セトもどうせ行くのなら川か海ってところを希望するのか?)


 そんな風に思いつつ、レイはセトの持ってきた七色の鱗のドラゴニアスの最後の一匹の死体をミスティリングに収納する。


「ともあれ、これで七色の鱗のドラゴニアスの最後の一匹も倒した。残るは……」

「女王だけね」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、ヴィヘラとセトがそれぞれに返事をする。

 レイもまた、七色の鱗のドラゴニアスの全てを倒した気分を切り替えるように、今この位置からでも見ることが出来る女王を眺めた。


「見た感じだと、女王は戦いに向いているとは思えない様子だったけど……どうなんだろうな」

「七色の鱗のドラゴニアス達みたいに、面倒な能力を持ってる可能性はあるわね」

「面倒……面倒か。そうだな。七色の鱗のドラゴニアスには、その表現がピッタリと合う存在だったな」


 何気なく、レイはそう呟く。

 好きな時に瞬時に転移出来て、その上で空を自由に歩き回れるという能力を持つ七色の鱗のドラゴニアスは、非常に面倒な相手だった。

 強いのではなく、面倒という表現が相応しい相手は、そういないだろう。

 ……実際には、レイの実力が七色の鱗のドラゴニアスよりも圧倒的に強く、その上で炎帝の紅鎧を使っていたからこそ、そのように思ったのだろうが。

 少なくても、地上に残ったケンタウロス達が七色の鱗のドラゴニアスと戦った場合、ドラゴニアス達がレイ達に蹂躙されるように、ケンタウロス達が蹂躙されるのは間違いなかった。


「そう? 私は十分に楽しめたわよ? ……結局一匹しか倒せなかったという点では、不満だったけど」


 そう言い、少し拗ねた視線をレイに向けるヴィヘラ。

 ヴィヘラにしてみれば、全部で五匹しか存在しなかった七色の鱗のドラゴニアスの四匹をレイに倒されてしまったということが、不満なのだろう。

 とはいえ、だからといって倒せるべき敵を倒さないでわざわざ残しておくのはどうかとも思うのだが。


「運が悪かったんだろ。……それよりも、とにかく女王の件だ。いっそ離れた場所から攻撃をして倒せるかどうか、試してみるか?」


 炎帝の紅鎧を発動している今のレイなら、黄昏の槍の投擲でかなり離れた場所からでも攻撃が出来る。

 であれば、上手く行けば女王に対して一方的に攻撃が出来るのではないか。

 そうレイが思うのも、当然だろう。


「うーん……試すのは別にいいと思うけど、相手はドラゴニアスの女王よ? こっちと意思疎通出来るだけの知能もあったし、そのくらいの対策はしてると思うんだけど」


 レイの言葉にヴィヘラはそう返すが、そこまで深刻そうな様子はない。

 レイの場合は、遠距離から攻撃する手段としては黄昏の槍だろうと予想出来たからか。

 つまり、ヴィヘラはレイの投擲した黄昏の槍でも、女王にとっては致命的な一撃にならないだろうと、そう予想しているのだろう。

 ……同時に、黄昏の槍ならすぐにでもその能力で手元に戻すことが出来るので、レイの主力武器の一つである黄昏の槍を壊したりなくしたりといったようなことをしないと、そう思っている一面もあるのだろう。


「取りあえず、さすがにここからでは届かないから、もっと女王に近付いたら試してみるか」

「そうね。……あのくらいの巨大な相手に、私はどう戦えばいいのかしら」


 既にヴィヘラは、黄昏の槍の投擲が女王に対してダメージを与えられないという前提で、自分がどう戦うかのかを迷う。

 ヴィヘラにとって最強の攻撃手段は、やはり浸魔掌だろう。

 だが、魔力によって敵の体内に直接衝撃を与えるという浸魔掌ではあるが、この場合問題になってくるのは女王の大きさだ。

 まだ女王からかなりの距離があるにも関わらず、その姿は巨大であると認識出来るだけ大きさを持っていた。

 一度近くまで行っただけに、具体的にどれだけの大きさを持つのかは、レイもよく知っている。

 それだけに、ヴィヘラの放つ浸魔掌であっても、その一撃で致命傷を与えることが出来るかと言われれば……客観的に見て難しいとレイは告げるだろう。

 ヴィヘラもまたレイと同じことを思っているのか、難しい表情を女王に向けていた。


「取りあえず、ヴィヘラの攻撃だと……浸魔掌を含めて、致命傷にはならないかもしれないけど、ダメージを与えるのには向いてるんじゃないか? 問題なのは、土の精霊魔法と思しき手段を使う相手に接近出来るかどうかだけど」


 レイやセトと違い、ヴィヘラの攻撃方法は格闘である以上、敵に接近する必要がある。

 それもある程度の距離という訳ではなく、ゼロ距離と表現すべきくらいまで。

 ……実際には、本当に密着する必要はないのだが、それでも長剣や槍を使う面々に比べると、その間合いは近くなる。

 ヴィヘラは、レイの言葉に同意するように……そして面白いと言わんばかりに、獰猛な笑みを浮かべるのだった。

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