第2392話

「ギ……ギギギギィ!」


 空中に立っている七色の鱗のドラゴニアスは、憎々しげに、そして痛みに耐えるように苦しげに鳴き声を漏らす。

 レイの放った深炎による莫大な炎は、七色の鱗のドラゴニアスがかなり無理をして転移させた大量の……それこそ、数百匹以上のドラゴニアスの死体の全てを燃やしつくした。

 それだけであれば、七色の鱗のドラゴニアスもそこまで被害を受けることはなかっただろう。

 だが、七色の鱗のドラゴニアスは死体を転移させて上空から落とした後に、自分もまたそんな死体を追って地上に向かって降下していた。

 七色の鱗のドラゴニアスの狙いは、地上に向かって降り注ぐ仲間の死体を目眩ましにして、相手に気が付かれないように接近し、一撃で致命傷を与えることだった。

 それも、狙ったのはレイではなく、セト。

 本来なら、当然のようにレイを倒したかった。

 七色の鱗のドラゴニアスが見たところ、この一行を率いてるのはレイだと、そう理解していたのだから。

 だが……それが不可能だというのは、それこそこれまでの戦いを見れば明らかだった。

 最初にやって来た炎によって多くのドラゴニアスが焼き殺されたのが、始まり。

 それによって数が少なくなったドラゴニアス達だったが、それでも大抵の相手なら容易に殺すことが出来るだけの戦力はあった。

 しかし、それはあくまでも大抵の者達だけであって、レイ、ヴィヘラ、セトは、とてもではないが大抵という括りには入らない。

 そして炎を生き残った仲間達が蹂躙される光景。

 特にレイには、七色の鱗のドラゴニアスであっても容易に倒すだけの力があるし、何より炎帝の紅鎧――当然七色の鱗のドラゴニアスはその名前を知らないが――を発動してからは、深紅の魔力によって、攻撃を命中させることすら不可能になっている。

 そうである以上、自分がどのような手段を使ってもレイを倒すことは出来ない。

 であれば、それ以外の二人のどちらかをということになり……最後に生き残った七色の鱗のドラゴニアスが狙いを定めたのは、セトだった。

 理由は幾つもある。

 まず、常にレイと一緒に行動していたことから、それだけレイにとって大事な存在であるということ。また、もう一人の女と比べると、明らかにセトの方が大きく、戦力的にも上に思えたからだ。

 そうして行動に移したのだが……まさか、落下していた死体の全てが燃やされるとは思わなかった。

 それでも、深炎と死体がぶつかって莫大な炎となった瞬間には危険を察知し、転移して落下していた大量の死体から距離をとったのだが、それでも炎を完全に回避することは出来ず、小さくない怪我を負っていた。


「ギィ……ギギギギィ」


 痛みを感じながらも、何とか現状を打破する方法を考える七色の鱗のドラゴニアス。

 レイにとって幸いだったのは、最悪の予想の一つとして存在していた、七色の鱗のドラゴニアスが女王を見捨てて逃げるといった真似をしていなかったことか。

 だが、今の攻撃すらレイにはあっさりと迎撃されてしまったとなると、今の七色の鱗のドラゴニアスが出来る手段というのは、そんなに多くはない。

 そうして、七色の鱗のドラゴニアスはこれからどう対処すべきかを悩むのだった。






「まぁ、こんなもんだろ」

「あら、素敵」

「……そういうのは、もう少し感情を込めて言うんじゃないか?」

「感情を込めて言ってもいいの?」


 そう言われれば、レイとしてはヴィヘラの言葉に首を横に振ることしか出来ない。

 ヴィヘラが感情を込めてそのようなことを言うとなると、それはレイと戦いたいという戦闘欲が増している状況であるということなのだから。

 勿論、ヴィヘラは自分の中にある戦闘欲と上手く付き合う方法を知っている。

 それこそ、物心ついた時から常に自分の中にあった欲望なのだから。

 だからといって、その欲望を気軽に刺激してもいいのかと言えば、その答えは否だ。

 レイもそれが分かっているからこそ、ヴィヘラの言葉に対して素直に首を横に振ったのだろう。 ヴィヘラもそんなレイの思いは理解しているので、そのことにこれ以上突っ込むようなことはなく、視線を空中に向ける。


「それで、空中にいるみたいだけど……どうするの?」


 当然の話だが、死体の向こう側にいた七色の鱗のドラゴニアスについては、転移した後もしっかりとヴィヘラの……そしてレイやセトの視界に捉えられていた。


「どうすると言われてもな。折角出て来てくれたんだから、ここで逃す訳にもいかないだろ? ……と言いたいところだけど……」


 視線の先……かなり上空にいる七色の鱗のドラゴニアスに向けて、レイは忌々しげな、そして面倒臭そうな視線を向ける。

 これが七色の鱗のドラゴニアス以外の相手であれば、レイも容易に攻撃をすることが可能だっただろう。

 だが、相手は呪文を唱えたり、何らかの予備動作の類を必要とせずに転移することが出来る能力を持っている。

 そうである以上、レイが何をやろうとしても、それこそ危険を感じれば即座に転移して逃げ出すだろう。


(これで、転移出来る距離が短ければどうにでも対処出来るんだけどな)


 レイの視線は、七色の鱗のドラゴニアスの片手が内臓を持ってることをしっかりと目にしている。

 つまり、レイの予想が正しければ短距離ではなく長距離の転移が可能なのだ。

 せめて、相手が地上にいるか……もしくは空中にいても、高度の低い場所であれば、相手が転移する前に攻撃をするといったことが可能となるかもしれなかったが、これだけの間合いがあると、そんな真似も早々出来ない。

 何しろ、相手はその気になれば即座に転移が可能なのだ。

 そうである以上、向こうが転移するよりも前に攻撃を命中させるといったような攻撃をする必要があった。


(黄昏の槍は……無理か。もう何度も見られてるしな)


 黄昏の槍の投擲であれば、それこそ一瞬で相手を殺せるという自信がレイにはあった。

 だが、この地下空間で行われた戦いにおいて、黄昏の槍の投擲は既に何度か使っている。

 そうである以上、レイが黄昏の槍を投擲するような様子を見せれば、空中にいる七色の鱗のドラゴニアスは即座に転移するだろうことくらいは予想出来る。

 あるいは、もしかしたら……本当にもしかしたら、黄昏の槍をそこまで警戒していない可能性もあったが、どちらの可能性が高いかと言われれば、やはり警戒している方だろう。

 もし黄昏の槍を投擲しようとしてそれを察知して逃げられた場合、次はいつ出て来るか分からない。

 ましてや、今度こそ女王を見限る……といったような真似をしても、おかしくはないのだ。


(そうなると、一体どうすればいいんだろうな。……セトの飛ぶ速度は速いけど、それでも七色の鱗のドラゴニアスとの間にある距離を考えると、近付けば転移して逃げられるだろうし)


 セトの飛ぶ速度はかなり速いが、それでも現在七色の鱗のドラゴニアスのいる場所までの距離ともなれば、相応に時間が掛かる。

 そしてセトが近付いてくれば、相手は当然のように逃げ出すだろう。

 七色の鱗のドラゴニアスが転移を使えないのなら……もしくは転移を使っても、その距離が短いのなら、空を飛ぶことが出来るセトならどうとでも出来る筈だった。

 だが、仲間の内臓を使って長距離を即座に転移出来る能力を持つ相手となると、それも難しい。


「となると……攻撃出来る手段としては、相手の意表を突く何かが必要な訳だが……」

「何かそんな手段があるの? 槍の投擲?」

「それは今まで何度も使ってるから、難しいな。俺が槍を構えた瞬間に転移して逃げそうだ。……今も、こっちをかなり警戒しているし」


 視線を空中に立っている七色の鱗のドラゴニアスに向けると、そこでは身体の何ヶ所にも火傷を負いながらも、何故かその場から逃げ出すような様子を見せない七色の鱗のドラゴニアスがいる。

 正直なところ、今の相手の状況であれば、すぐに逃げ出してもおかしくはない。

 相手は怪我をしており、普通にレイ達と戦っても勝ち目があるとは思えないのだから。

 にも関わらず、自分達を警戒はしているものの、今のところ転移で逃げ出す様子もない。

 それは、レイにとっても純粋な疑問だった。


(何か、すぐに長距離転移出来ない理由でもあるのか?)


 そう思うレイだったが、今までのことを考えると、楽観も出来ない。


「で? 何か思いついた手段があるんでしょ? レイの様子を見ると、そんな感じだし」

「グルルゥ?」


 ヴィヘラの言葉に、セトがそうなの? と視線を向ける。

 そんな一人と一匹の視線を受けて、レイは座っていたセトの背中から下りた。

 今からやるのは、レイとしても初めての試みだ。

 そうである以上、いつなにがあってもいいように対応出来るようにしておく必要があった。


「深炎は、俺のイメージ通りの炎を生み出すことが可能だ。つまり、そのイメージによっては七色の鱗のドラゴニアスが転移するよりも前に、向こうを燃やすことが出来る……可能性もある」


 はっきり出来ると断言しなかったのは、イメージ的にそこまで絶対的な自信がなかったからだろう。

 レイのイメージによって、様々な炎に変化させることが出来る深炎。

 だがそれは、あくまでもレイがイメージすることが出来るというのが前提となっているのだ。

 つまり、上手くイメージすることが出来ない場合、深炎はろくに効果を発揮しない。

 そういう意味では、深炎は日本にいた時に様々な漫画やアニメ、ゲーム、小説といった娯楽を楽しみ、その手のイメージを容易に生み出すことが出来るレイに相応しい能力と言えるだろう。

 問題なのは、今のこの状況。

 巨大な炎を生み出すといったようなものではなく、粘着質な炎を生み出すでもなく……空に、それもかなり離れた場所に立っている七色の鱗のドラゴニアスに向かって、転移する前に深炎で生み出した炎で燃やす……といったようなイメージを作らなければならないことか。

 広範囲に攻撃を可能とするイメージは、問題なく出来る。

 だが、炎を高速で放つといったようなイメージは難しい。


(ロケットとかそういうの……いや、多分無理だな)


 ロケットの打ち上げといった光景を考えようとしたレイだったが、レイの中でのイメージでは、炎が噴射してから少し時間が経ってからロケットが発射するというイメージだ。

 もし今この状況でそのような真似をしたら、恐らく深炎は目標まで素早く到着はするだろうが、実際にはその前に数秒から数十秒……あるいはもっと多くの時間が必要となるだろう。

 その間、七色の鱗のドラゴニアスがじっとしていれば、攻撃を命中させることは出来るだろうが、もし七色の鱗のドラゴニアスが危険を察知した場合、即座に転移して逃げるのは間違いない。


(けど、他にイメージ出来るのがないんだよな)


 あるいは、もっと時間があれば素早い炎といった難しいこともイメージ出来る可能性がある。

 だが、この場合問題なのは、今すぐにそれをイメージ出来るかといったようなことなのだ。

 そして今の状況では、そのようなイメージが出来ない以上……もしやるとなれば、現在持っているイメージでやるしかなかった。


「あの七色の鱗のドラゴニアスを攻撃出来る方法はある。ただし、実際には深炎を放ってその攻撃が命中するかどうかまでは時間が掛かると思う。それを察知すると、逃げられる可能性もあるけど……どうする?」


 そう言われれば、ヴィヘラとしては頷くしかない。

 セトもまた、そんなレイの言葉に同意するように喉を鳴らす。

 セトの場合は、ウィンドアロー、アイスアロー、アースアローといった魔法の矢を飛ばすスキルを持っているし、それこそ衝撃の魔眼といった、発動速度では圧倒的な素早さのスキルを持っている。

 だが、アロー系の魔法の矢は、速度そのものはそこまで素早くない。

 少なくても、七色の鱗のドラゴニアスがその存在を察知してから転移で逃げるといったような真似は容易に出来る。

 衝撃の魔眼は、それこそ見るだけで即座に効果が発揮するのは非常に頼もしいのだが……問題は、その威力が極端に低いということだろう。

 元々がそこまで威力が高い訳ではなく、そしてレベルも二と低い。

 あるいは、レベルが五になればスキルは飛躍的に強化されるので、そうなれば衝撃の魔眼も強力な一撃を与えられるのかもしれないが……生憎と、今の状況ではそのようなことはどうしようもないのが事実だ。

 七色の鱗のドラゴニアスも、その鱗は強靱で衝撃の魔眼の威力でそれを破ることが不可能だというのは、考えるまでもなく明らかだった。

 そんな訳で、最終的にはレイの深炎に期待が込められ、攻撃を任されるのだった。

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