第2391話
「……随分と早かったんだな」
レイは急速に近付いてきた相手に向かってそう告げる。
その言葉にあるのは、敵対した相手に対する闘志の類ではなく、気安い相手に対する感情だ。
話し掛けられた方は、若干呆れた様子で口を開く。
「セトが本来の速度で走っていたり……ましてや、空を飛んでいれば追いつけなかったわよ」
そうレイに答えたのは、ヴィヘラだ。
七色の鱗のドラゴニアスとの戦いを終えた後で、急いでレイを追ってきたのだろう。
……その理由としては、レイのことが心配だったというのもあるだろうが、それ以上にレイに残り一匹の七色の鱗のドラゴニアスを倒されたくなかったというのがあるのだろう。
元々五匹いた七色の鱗のドラゴニアスのうち、レイは既に三匹を倒している。
強者との戦いを楽しむヴィヘラにとって、七色の鱗のドラゴニアスとの戦いは十分に満足出来るものだった。
それこそ、出来れば他の七色の鱗のドラゴニアスとも戦いたいと、そう思う程に。
そして、もしかしたら……そう思って急いでレイを追ってきたのだが、レイの様子から見て間に合ったと判断する。
「残り一匹は、まだ倒してないんでしょう?」
「ああ。……他の七色の鱗のドラゴニアスと違って、かなりの長距離から転移出来る様子でな」
そう告げ、レイは最後の一匹について分かっていることと、予想出来る内容を説明していく。
あくまでも予想であって、実際に確認した訳ではないと前置きをしながら。
「ふーん、聞いてみる限りだと面白そうな相手ね」
「ヴィヘラならそう言うと思ったよ」
つい先程七色の鱗のドラゴニアスを一匹倒したばかりだというのに、全くその疲れを見せる様子もなく呟くヴィヘラに、レイは気軽に返す。
強敵との戦闘を好むヴィヘラは、レイにしてみれば若干危なっかしいが、戦力としては十分頼りになる存在だった。
だからこそ、まだ敵の能力もはっきりしていない状況で、こうして一緒にいるのが心強い。
……もっとも、だからといってレイとしても敵と戦うというつもりではあったのだが。
「それで、相手を挑発する為にゆっくりと歩いていたの?」
「そんな感じだ。幾らあの七色の鱗のドラゴニアスが味方の内臓を使って転移距離を伸ばすなんて真似が出来ても、結局のところドラゴニアスであることに変わりはない。つまり……」
「女王に向かえば、それを阻止する為に出て来る」
レイの言葉を続けるように、ヴィヘラが告げる。
レイはその言葉に頷く。
「ついでに言えば、俺達が女王に近づければ向こうが長距離の転移を持っていても、それを使う機会はなくなる。……もしかしたら、本能に逆らって女王を見捨てるといったような真似をする可能性もあるが」
仲間の内臓ですら、自分の為に使うのだ。
そうである以上、女王を見捨てるといったような真似をしても、レイとしてはそこまで驚くようなことではない。
「それは……そこまでする? 蟻や蜂と同じ習性を持っているのなら、仲間は見捨てるといったようなことをしても、女王を見捨てるなんて真似は出来ないんじゃない?」
「俺もそう思わないこともないが、それでも可能性としてはあると思う。……正直なところ、女王さえいなければ、ドラゴニアスはそこまで脅威ではないけどな」
ドラゴニアスという存在の中で、何が恐ろしいのかといえば、やはりその数だろう。
それもただの数ではなく、戦士をしているケンタウロスよりも強い、一定の質を持った数だ。
いつからドラゴニアスという存在が活動し始めたのかは、レイにも分からない。
だが、レイがこれまで倒してきたドラゴニアスの全てを女王が産み出したとなれば、その繁殖力は脅威以外のなにものでもない。
そんな女王に比べると、最後に残った七色の鱗のドラゴニアスの一匹は、個としての能力は間違いなくドラゴニアスの中でも最高峰なのだろうが、言ってみればそれだけだ。
ケンタウロス達にしてみれば厄介極まりないのだろうが、結局のところ一匹だけではケンタウロスの数には勝てない。
(個としての力も……ドラゴニアスの中では強いけど、結局それだけだしな)
これでレイやセト、ヴィヘラといったくらいの実力があれば、個であってもケンタウロスを相手にどうにか出来るだろう。
(あ、でも空を歩けるから、それを使われればケンタウロス達にもどうしようもないな)
弓を得意とするケンタウロスは多いし、ドルフィナのように魔法を使えるケンタウロスも多い。
だが、弓であっても届く範囲は当然のように決まっているだろうし、魔法も魔力の消費を考えればレイのような例外を除いて連射は出来ない。
そういう意味では、七色の鱗のドラゴニアスは自分だけになっても、生き残るというだけなら難しくはない。
「レイ? どうしたの?」
「いや、あの七色の鱗のドラゴニアスが女王を裏切るような真似をしても、恐らく生き残るだけなら何とでもなると思ってな」
「そうね。空を自由に歩けるという能力は、そのくらい強いもの」
ヴィヘラもレイやエレーナがスレイプニルの靴で限定的ではあるが、空を歩くということが出来るのを知っているし、それによって戦いの幅が大きく変わるのも知っている。
「出来れば私も欲しいところだけど……この足甲に慣れているしね」
レイを乗せているセトの隣を歩きながら、ヴィヘラが呟く。
ヴィヘラにしてみれば、魔力によって踵に刃を生み出せる足甲は、攻撃手段として非常に重宝していた。
スレイプニルの靴のように、空を歩けるというも便利そうだが……今の足甲にも強い執着があるのは、間違いなかった。
「……そうだな」
レイはヴィヘラの足甲……正確には、白く柔らかそうな肉感的な太股から視線を逸らし、頷く。
ヴィヘラが着ているのは、踊り子や娼婦が着ているような、向こう側が透けて見えるくらいの薄衣だ。
そのような物を着ていて足を見せるといったような真似をすれば、当然のようにヴィヘラの魅力的な足の多くが見える。
……普通にしている時に目に入るのなら、レイもそれ程気にすることはない。
だが、改めて至近距離でじっと見てしまうと、どうしてもそこには照れ臭さを抱いてしまうのだ。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
レイの様子がおかしいことには気が付いたのだろうが、その理由が理解出来ないヴィヘラは、若干戸惑いながら尋ねるも、レイはそう言って誤魔化す。
「ふーん。……で、炎帝の紅鎧だったわよね。それはまだ解除しないの?」
「ああ。女王を倒すまではこのままのつもりだ」
「いいわよね、それ。かなり便利なスキルで」
「それは否定しない」
実際、炎帝の紅鎧はレイにとって非常に頼りになるスキルだ。
五感も含め、身体能力が上昇し、深紅の魔力はそれだけで圧倒的な防御力を宿す。そして深紅の魔力を自分のイメージ通りの炎として飛ばすことが出来る深炎。
近距離から中距離までの戦闘に対抗出来る、まさに万能のスキルと言ってもいい。
……遠距離攻撃には対応していないのだが、その辺はそれこそ炎帝の紅鎧を使ったレイなら瞬く間に間合いを詰めることが出来る。
総じて見れば、これ以上便利なスキルはそうないだろうと思えるくらいに、強力なスキルなのは間違いなかった。
とはいえ、これはあくまでも莫大な魔力を持ち、炎の魔法に特化しているレイだからこそ使えたスキルであり、普通の魔法使いにはまず発動すら出来ないだろうスキルなのだが。
「スキルの便利さえでいうのなら、それこそヴィヘラの浸魔掌だってよっぽど強力だと思うけど?」
そんなレイの言葉に、ヴィヘラは自信に満ちた様子で笑みを浮かべる。
実際、浸魔掌というスキルは極めて強力なスキルだ。
相手がどれだけ高性能な鎧を着ていても、攻撃を防ぐ鱗を持っていても、衝撃を殺す毛が生えていても……そのような防御を全く無視して、敵の体内に直接衝撃を与えるスキルなのだから。
もっとも、これもレイの炎帝の紅鎧程ではないが、そう簡単に使いこなせるようなスキルではない。
そもそもの話、このスキルは相手の身体に直接自分の手で触れる必要がある。
当然のように、敵も近付いてくる相手をそのままにするという訳ではなく……だからこそ、ヴィヘラのように並外れた格闘の腕前を持つ者でなければ、使いこなすことは出来ない。
「グルルルゥ」
そんなレイとヴィヘラの会話を、セトは少しだけ羨ましそうに聞く。
レイとヴィヘラの持つ自分だけの特別なスキルを、セトは持っていない。
実際には、魔獣術という魔石によって新たなスキルを次々と覚えていくという特殊な存在がセトなのだが。
そういう意味では、セトも十分強力なスキルを持っていると言ってもいい。
「とにかく……スキル云々の話はともかく、七色の鱗のドラゴニアスの最後の一匹は出来ればここで対処したいな」
「そうね。逃げられると厄介なのは間違いないし。……もしかして、もうここにいないという可能性もあるのかしら」
長距離の転移が可能であるのなら、それこそこの地下空間から出るのも可能である筈だった。
そして女王を切り捨てるという判断をした場合は、当然の話だがこの地下空間に残る必要はない。
「可能性としては十分にあるけど、だからってそんな真似が本当に出来るか? と言われれば……正直、素直に頷けないな」
レイもまた、七色の鱗のドラゴニアスが女王を切り捨てるといったことを考えていたのだが、女王を守るというのは、ドラゴニアスの本能のようなものだ。
そうである以上、そう簡単に見捨てるなどといった真似をするとは、レイには思えなかった。
(とはいえ、俺とセトだけでも向こうは手を出しかねていたのに、そこにヴィヘラも合流したとなれば、向こうにはどうしようもないのも事実だけど)
これで、まだ七色の鱗のドラゴニアスの手駒と呼ぶべき個体がいれば、レイ達を分断するような真似も出来た可能性も十分にある。
だが、今となっては、ドラゴニアスのほぼ全てがレイ達によって殺されており、手駒として使える戦力はほぼ皆無だ。
そうである以上、唯一の生き残りの七色の鱗のドラゴニアスが取れる手段はそう多くはない。
(女王がまた何匹が産んでるかもしれないけど……だからって、今の状況で数匹増えたところでどうしようもないだろうし)
普通のドラゴニアスが増えても、それこそレイ達を相手にした場合は少しだけ時間稼ぎをするといったような意味しかない。
あるいは、七色の鱗のドラゴニアスが増えれば、戦力的に頼もしいだろうが、そう簡単に七色の鱗のドラゴニアスが増えるのなら、レイが見た時に五匹ではなく、もっと数が増えていただろう。
であれば、やはり七色の鱗のドラゴニアスに戦力はない……そう思ったそのタイミングで、レイは上を見る。
「うわぁ」
嫌そうに……それこそ、心の底から嫌そうにそう呟いたのは、上空にドラゴニアスの死体が大量に浮かんでいた……正確には、自分達に向かって降り注いできていたからだ。
何があったのかは、容易に想像出来る。
つまり、最後に残った七色の鱗のドラゴニアスが、他のドラゴニアスの死体を纏めて転移させたのだろうと。
レイが知ってる限りでは、七色の鱗のドラゴニアスの転移というのは、あくまでも自分だけが転移可能だった筈だ。
それを一体どうやれば、ここまで大量のドラゴニアスの死体を転移出来るのかと、そんな疑問を抱くが……元々が、短距離しか転移出来ない筈なのに、かなりの長距離も転移出来るのだから、他のドラゴニアスの内臓を使うといったような裏技的な方法が、まだ何かあるのだろうと予想出来る。
それでも、まさか向こうがこのような手段を取ってくるとは、レイにとっても予想外だった。
「レイ、お願い出来る?」
レイの視線を追って事態を把握したヴィヘラが、そう告げる。
ヴィヘラにしてみれば、七色の鱗のドラゴニアスとの戦いは楽しみだったが、だからといって大量の死体や内臓が降ってくる……などということは、全くの予想外だった。
ましてや、基本的に対個人に特化しているヴィヘラだけに、現在自分達に向かって降ってきている死体を纏めてどうにかするような手段はない。
そういう意味では、セトも同じように一定の範囲内を纏めて攻撃する手段は幾つか持っているのだが……今の状況では、レイに任せた方がいいと、そうヴィヘラは判断したのだろう。
実際、炎帝の紅鎧を発動している今のレイなら、そのくらいのことは容易に出来る。
「分かったよ」
呟き、深紅の魔力に炎のイメージを与え……深炎として、上空に向かって打ち出す。
矢の如き速度で空中を走っていった深炎は、やがて落ちてきた死体とぶつかって莫大な炎を生み出すと、空中にある死体の全てを灰すら残さずに燃やしつくすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます