第2385話

「ギギギギギギギギィ!」


 女王を目指して走っていたレイとセトだったが、レイは不意に聞こえてきたその声に、警戒を露わにする。

 レイが知ってる限り、普通のドラゴニアスの大半は聞き苦しい鳴き声を上げている。

 だが、上位種とでも言うべき者達の場合は、明確な……少なくても聞き苦しくはない程度の鳴き声を上げるのだ。

 だからこそ、その声が聞こえた瞬間、レイは周囲の状況を確認し……嫌そうな表情を浮かべる。

 何故なら、聞こえてきた鳴き声が黒の鱗のドラゴニアスだったからだ。

 白、透明、七色の鱗のドラゴニアスと違って、黒の鱗のドラゴニアスと接触した機会は非常に少ない。

 白、透明、七色の鱗のドラゴニアスは、それぞれ空を飛んでいるレイ――正確には空を飛ぶセトの背中にレイが乗ってるのだが――に攻撃する手段を持っていた。

 それに比べて、黒の鱗のドラゴニアスはレイの攻撃を受けてもすぐに回復する、強力な再生能力を持っているが、レイが知っている黒の鱗のドラゴニアスの能力はそれだけだ。

 最初に女王の側で戦いになった時、空を飛んでいるレイやセトに攻撃をしてこなかったことを思えば、遠距離攻撃の手段はないと思ってもいいのだろうが。


「なら……とにかく、あの厄介な再生能力を使われる前に、焼き殺す!」


 叫び、地面を蹴って自分の進行方向に立ち塞がった黒の鱗のドラゴニアス達に向かって突っ込んでいく。

 ただ突っ込むのではなく、牽制の意味も含めて拳大程の深炎を無数に投擲しながら。

 その炎に込めたレイのイメージは、触れた瞬間に強烈な炎で相手を焼くというもの。

 あくまでも拳大の深炎は牽制の意味を込めてのものだったが、一度に数百の深炎が放たれ、そこに込められたレイのイメージを考えれば、その攻撃は牽制という枠には収まらず……それこそ、普通の敵が相手であれば、それだけで命を奪うには十分な威力を持っているのは間違いなかった。

 しかし……そのような攻撃を行っても、レイは黒の鱗のドラゴニアスを全滅させることが出来るとは思っていない。

 そして事実……


「ギイイイイイイイィィィ!」


 炎に触れた瞬間、黒の鱗のドラゴニアス達の口からは悲鳴が上がるが、燃やされた場所からは黒い泡が無数に浮き出て、その傷を回復させようとする。

 それは、ある意味でレイの予想通りだったが……その中の何匹か、特に深炎を集中的に食らった黒の鱗のドラゴニアスの行動は、レイにとっても完全に予想外の代物だった。

 複数の深炎の攻撃を集中して浴びた黒の鱗のドラゴニアスは、その炎の勢いから身体の半ばから燃やされ、身体が二つに分断されるような傷を負ったのだ。

 深炎の効果は、あくまでも燃やすというものだったが、炎によって被害を受けているところに、更に複数の深炎が命中し……結果として、身体が二つに切断……いや、砕かれてしまう。

 それだけであれば、レイもそこまで驚くようなことはなかった。

 だが……二つに砕かれた場所からそれぞれ黒い泡が吹き出し、その上で泡が身体の失った部分を補うような形になっていったのを見れば、驚くなという方が無理だろう。


「……は?」


 まさか、一匹だった黒の鱗のドラゴニアスが二匹になるとは思っていなかったレイは、その口から間の抜けた声を吐き出す。

 レイの側を走っているセトも、その光景は目にしていたのだろう。驚いているのが、レイにもその気配で理解出来た。


(そう言えば、単細胞生物の中には身体を二つに分断されると、それぞれが別の個体となるってのを習ったことがあったが……)


 頭の中でそう考えるも、それだって身体が二つにされた以上、その二つの存在は元々の半分くらいの大きさになる筈だ。

 だが、レイの視線の先で二匹に増えた黒の鱗のドラゴニアスは、双方共に元々の大きさと変わらない。

 そんなことを考えている間にも、黒の鱗のドラゴニアスの集団との距離は縮んでいく。


(とにかく、今は戦いに集中しろ)


 予想外の光景に驚きつつも、レイは自分に言い聞かせるように心の中で呟き……


「セト、驚くよりも、今はとにかく敵を倒すことを考えるぞ!」

「グ……グルルルゥ!」


 レイの隣で、これもまた予想外の光景に動きを止めていたセトに、そう声を掛ける。

 そして……レイとセトは、同時に黒の鱗のドラゴニアスの集団とぶつかる。


「はぁっ!」


 デスサイズで胴体を切断し、頭部を黄昏の槍で砕き、深紅の魔力を鞭のように動かし、敵を纏めて吹き飛ばす。

 そうして戦っていて思ったことは、黒の鱗のドラゴニアスそのものは、そこまで強い訳ではないということだ。

 正確には、普通のドラゴニアスよりは明らかに強いし、戦闘に特化している銀の鱗のドラゴニアスよりも、その実力は上だろう。

 だが、金の鱗のドラゴニアスと比べると、明らかに下だ。

 つまり、銀の鱗のドラゴニアス以上、金の鱗のドラゴニアス以下といったところか。

 ただし、それはあくまでも純粋な戦闘能力での話であっても、そこに強力な再生能力……それこそ、身体が切断されても二匹になって復活するとなると、話は違ってくる。

 とはいえ、分断されて増殖した黒の鱗のドラゴニアスは、その動きは一匹だった頃に比べるとかなり劣る。

 あるいは、もう少し時間が経てば以前のように動きに戻るのかもしれないが、レイにとって重要なのは今だ。

 つまり、今のこの状況で動きが鈍いのなら、全く何の問題もないのだ。

 だからこそ、レイにとって黒の鱗のドラゴニアスの分裂と再生という攻撃方法は、厄介であることには変わりないが、それでもある程度許容出来る能力ではあった。


(つまり……この連中と戦う時は、切断じゃなくて砕く、もしくは再生も出来ない程、完全に焼き滅ぼすといったことをする必要がある訳だ。いや、本当に炎で殺せるのか? 試してみる必要があるな)


 炎で完全に焼けば、再生しないかのかどうか。

 深炎の威力を理解しているレイは、恐らくそれで十分に効果がある……再生せずに焼き殺せるだろうという確信に近い思いがあった。

 だが、実際にそれを試してみなければ、それが本当に効果があるのかどうか分からない。

 そうである以上、試さないという選択肢はレイにはなかった。

 そうして深炎を飛ばそうとした瞬間……


「ちぃっ! セト!」


 走りながら素早く叫び、地面を蹴って強引に走る方向を変える。

 次の瞬間、レイのいた場所を黒の鱗のドラゴニアスの後方から放たれた複数の白いブレスが貫く。

 今の白いブレスを、一体誰が放ったのか。

 それは、考えるまでもなく明らかだ。

 現在のこの地下空間で、そのような真似が出来る者達は決まっているのだから。


「まぁ、普通に考えれば、黒の鱗のドラゴニアスだけに戦わせるって真似をする筈はないか。ただでさえ黒の鱗のドラゴニアスは盾役として相応しいんだから、その背後に遠距離攻撃が可能な奴がいるのは当然か!」


 強化されたレイの視力には、黒の鱗のドラゴニアスの後方に集まっている白の鱗のドラゴニアスの姿をしっかりと確認出来た。

 壁役の黒の鱗のドラゴニアスと、遠距離攻撃を持つ白の鱗のドラゴニアス。

 この二種類の組み合わせは、非常に有効なのは考えるまでもなく明らかであり……


「そっちからも、当然来るよな!」

「グルルルルルゥ!」


 レイが叫びながら深紅の魔力を鞭のようにして空中を大きく薙ぎ払い、セトもまた前足の一撃を放つ。

 瞬間、何もない場所にそれぞれの攻撃が命中し、吹き飛ぶ何か。

 それが何なのかは、それこそレイにとっては考えるまでもなく明らかだ。

 光学迷彩を使え、非常に高い跳躍力を持つ、透明の鱗のドラゴニアス。

 七色の鱗のドラゴニアスを抜かしたそれら三種類の鱗を持つドラゴニアスは、それぞれの役割が見事に連携が取れる状況になっていた。


(これで、七色の鱗のドラゴニアスが入ってきたら、どうしようもないな。残り四匹……出来れば、あっちをもっと早く片付けておきたいんだが……難しい、か)


 炎帝の紅鎧によって鋭くなったレイの五感でも、元々がレイよりも鋭い五感を持つセトであっても、七色の鱗のドラゴニアスが現在どこにいるのかは分からない。

 これは、七色の鱗のドラゴニアスが本当に近くにいないのか、それとも何らかの手段でレイとセトに見つかるのを避けているのか。

 そのどちらなのかはレイも分からなかったが、炎帝の紅鎧を使った今の感覚の鋭さを考えると、何となくそもそも見つからない場所にいる……といったような気がした。

 勿論、自分とセトの感覚の鋭さが絶対であり、何者にも勝っているとは限らない。

 限らないが、それでも七色の鱗のドラゴニアスが相手であれば、その辺りを理解出来なければおかしいと、そう思えたのだ。


「いや、今はまずこっちだな。この連中と七色の鱗のドラゴニアスが別々に襲ってくるのなら、それはこっちにとっても悪い話じゃない」


 転移や空を歩く能力を持つ七色の鱗のドラゴニアスが強敵であるのは間違いない。

 であれば、その七色の鱗のドラゴニアスが今はいないのだから、残りの四匹が戦場に乱入してくるよりも前に、他のドラゴニアスを可能な限り減らしておくというのは、間違いなく最善の方法だった。


(それに、金の鱗のドラゴニアスもまだ殆ど姿を現していない)


 レイにとっては、正直なところ黒、白、透明の鱗のドラゴニアスよりも、金の鱗のドラゴニアスの方が警戒すべき相手として認識されている。

 炎帝の紅鎧を使っている今の状態であれば、それこそ戦ってもどうとでも対処出来る……とそう思ってはいるが、それでも金の鱗のドラゴニアスは何か自分の思いもよらぬ手を使ってくるのではないか。

 そんな思いが消えないのだ。


(いや、今はまず先にやるべき事をやる必要がある)


 そう判断し、レイは近くで黒の鱗のドラゴニアスに向かって前足を振るって上半身を爆散させていたセトに向かって叫ぶ。


「セト、黒の鱗のドラゴニアスは俺が引き受ける。お前は白の鱗のドラゴニアスを頼む!」

「グルゥ? ……グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは黒の鱗のドラゴニアスをこのままにしてもいいのかと、少し不安そうにしつつ……それでも、レイの能力を考えればここを任せても問題ないだろうと判断し、襲い掛かって来た黒の鱗のドラゴニアスの顔面を踏みつけ、首の骨を折りながら翼を羽ばたかせながら空を飛ぶ。

 目指すのは、レイが指示した白の鱗のドラゴニアスのいる場所だ。

 セトも、いつものように人に遊んで貰っている様子からは想像も出来ないくらい、高い知性を持つ。

 それは、人の言葉を明確に理解しているのを見れば、明らかだろう。

 だからこそ、セトも白の鱗のドラゴニアスが使う遠距離からのブレス攻撃が厄介だというのは、十分に理解出来た。

 本来なら、そんな白の鱗のドラゴニアスを守る為に黒の鱗のドラゴニアスがいるのだろうが、空を飛ぶセトにしてみれば、地上しか移動出来ない黒の鱗のドラゴニアスは何の障害にもならない。

 とはいえ、白の鱗のドラゴニアスも当然のようにセトが自分達を狙っているのには気が付いている以上、それを逃すといったような真似はしない。

 白の鱗のドラゴニアスの半数が、黒の鱗のドラゴニアスと戦っているレイに、そしてもう半数は、空を飛んでいるセトに狙いを定めてブレスを放つ。

 ……空を飛んでいるセトはともかく、レイと戦っている黒の鱗のドラゴニアスを平然と巻き込みながらブレスを放つのは、やはり高い再生能力を持っているからだろう。

 当然だが、そんなレイとセトに対する攻撃には、透明の鱗のドラゴニアスも参加する。

 特に後方からの援護射撃を行える白の鱗のドラゴニアスは、ドラゴニアス全体で見ても非常に貴重な存在だ。

 そうである以上、レイよりもセトの方を厄介な相手だと認識し、そちらに攻撃を集中するというのも当然のことだろう。

 そのような判断から、透明の鱗のドラゴニアスは光学迷彩を使って姿を消し、空を飛ぶセトに向かって跳躍して突っ込んでいく。


「グルゥ!」


 本来なら、光学迷彩で姿が見えない筈の透明の鱗のドラゴニアスの攻撃を、セトは翼を器用に動かして軌道を変更することにより回避する。

 それどころか、ただ回避するのではなくすれ違い様に前足の一撃を振るって叩き落とす。


「ギィッ!」


 攻撃を仕掛けた透明の鱗のドラゴニアスにしてみれば、まさか光学迷彩を使っている自分の攻撃を回避し、それどころか反撃をしてくるとは思いもよらなかったのだろう。

 痛みと驚きで悲鳴を上げながら、光学迷彩の効果を切らしながら地上に向かって落下していく。

 他にも、同様に何匹もの透明の鱗のドラゴニアスがセトに攻撃を仕掛けるが……その全ての攻撃を、翼を動かし、身体を動かし、空中で攻撃を回避しながら反撃を行い……そして、最終的には白の鱗のドラゴニアスの集団のど真ん中に着地するのだった。

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