第2386話

 遠く離れた場所で、セトが白の鱗のドラゴニアスの群れの中に突っ込んだのを見ながら、レイもまた黒の鱗のドラゴニアスを相手に戦っていた。

 切断されて二匹に増える黒の鱗のドラゴニアスだったが、切断されて再生した個体を更にデスサイズで切断しても、半分になる。

 このまま、どこまで切断しても生き続けるのかというのは興味があったが、今は自分の好奇心を満たすよりも前に、やるべきことがあった。

 ……何より、黒の鱗のドラゴニアスもレイに向かって攻撃しているので、それに対処する必要もある。

 それ以上に厄介だったのは、セトに向かわなかった透明の鱗のドラゴニアスが、レイに向かって攻撃してきたことだろう。


「ちぃっ! また来たか!」


 最初はレイも光学迷彩を使っている透明の鱗のドラゴニアスの姿を確認出来なかった。

 だが……それでも、何度も同じような攻撃をされれば、それを察知するのは難しくない。

 何よりも大きいのは、やはり炎帝の紅鎧だろう。

 身体能力や五感が強化されている今のレイにとっては、敵の姿を見ることは出来なくても、それを感じることは可能なのだ。

 幾ら光学迷彩によって姿が見えなくても、そこに透明の鱗のドラゴニアスが存在しているのは間違いないし、三m近い巨体を持つ存在が猛スピードで飛んでくるようなことがあれば、当然のように空気を大きく動かすことになる。

 炎帝の紅鎧をつかっている今のレイにとっては、そのような存在を感知するということは、簡単……という訳ではないが、それでも慣れれば可能なことだった。

 また、空中を飛んで……いや、跳んでくる最中にあまり動けないというのは、セトのカウンター染みた攻撃によって次々と叩き落とされた光景を見れば、明らかだ。

 ドラゴニアスとしても突出して強靱な跳躍力を持っている透明の鱗のドラゴニアスだったが、その強靱さはあくまでも脚力のみで、それ以外の場所は普通――ドラゴニアスとしてはだが――でしかない。

 だからこそ、セトの前足の一撃によって地面に叩きおとされた透明の鱗のドラゴニアスの大半は、地面に叩きつけられている。

 運のいい個体であっても、手足や身体の骨を折るといったような重傷を負い、頭部から落ちてしまった個体にいたっては、当然のように死んでいた。

 それは、レイにとっても透明の鱗のドラゴニアスを倒す上で非常に効果的な戦術だった。


「そっちが突っ込んでくるのなら、それこそ俺にとってはいい的でしかないんだよ!」


 叫びつつ、鋭い牙で肉を喰い千切ろうとしてきた黒の鱗のドラゴニアスの胴体をデスサイズで切断しながら、深紅の魔力を鞭状にして振るい、自分に向かって突っ込んできた透明の鱗のドラゴニアスを地面に叩きつけ、そのまま押さえつけ、掴む。


「ギイイイイイイイイイ!」


 深紅の魔力に身体を握り潰されながら、焼かれるという……半ば拷問に近い攻撃に、透明の鱗のドラゴニアスの口から悲鳴が上がる。

 光学迷彩を使って透明になっていたのだが、それすら今のレイにとっては全く問題にならなかった。

 そして一旦倒す方法が分かれば、例え光学迷彩を使って透明になっていても対処するのは難しい話ではない。

 ……もっとも、襲い掛かってくる黒の鱗のドラゴニアスを攻撃し、取りあえず身体を半分にしたり、頭部や上半身、下半身を砕いたりといったような真似をして動けないようにしてから再生をしている間に深炎を使って燃やしつくしながら、光学迷彩で姿を消して跳躍してくる透明の鱗のドラゴニアスを深紅の魔力で叩き落とし、そのまま掴んで潰しながら焼くといった真似をするのだ。

 正直なところ、一度に幾つものことを行うというのはレイにとっても非常に難しい。

 それが出来るのは、やはりゼパイルによって生み出された身体であり、その上で炎帝の紅鎧によって思考能力までもが強化されているからだろう。


「次、次、次! どんどん来い!」


 戦っているうちにやがて興奮してきたのか、レイはそれこそ踊るかのようにデスサイズと黄昏の槍を使って次々と黒の鱗のドラゴニアスを殺し、自分に向かって突っ込んでくる透明の鱗のドラゴニアスをも殺していく。

 そうして気が付けば、目の前にいた黒の鱗のドラゴニアスは全てが死んでおり、透明の鱗のドラゴニアスも今は自分に向かってくる者はいなくなっていた。


「はぁ、はぁ……ふぅ……」


 これだけ激しく身体を動かしても、少し息が切れただけだというのは、それだけレイの身体が特別で、何よりも炎帝の紅鎧が強力な効果を持っているということの証だろう。


「……しまったな」


 そうして周囲を見て、残っているのが全て炭となったドラゴニアスだけであるというのを見て、そう呟く。

 戦っている最中はそちらに夢中で全く気が付かなかったが、戦いを楽しむヴィヘラだけに、自分も黒の鱗のドラゴニアスと戦ってみたいと、そう言ってもおかしくはない。

 高い再生能力を持っているだけに、ヴィヘラにしてみれば黒の鱗のドラゴニアスは思う存分攻撃してもそう簡単に殺すといったような真似をしなくてもいい相手だ。

 そうである以上、もし戦えるのなら是非とも戦いたいと、そう思うのは当然だった。

 だが……今、そのドラゴニアスはレイの前で全滅している。

 女王に会いに行った時、黒の鱗のドラゴニアスはそれなりの数がいたので、もしかしたらまだ他にも何匹か残っている可能性はあるが……それでも、今の状況では見つけることが出来ないだろう。


「透明の鱗のドラゴニアスなら、まだ生き残っていてもおかしくはないんだが……」


 白の鱗のドラゴニアスの壁役だった黒の鱗のドラゴニアスとは違い、透明の鱗のドラゴニアスは相手に向かって突っ込むという攻撃をしていた。

 そうである以上、まだ全てがレイとセトに向かって突っ込んだ訳ではない……と、レイはそう思いたい。

 ヴィヘラの戦う相手がまだいるという意味で。


「あ、そういう意味だと、白の鱗のドラゴニアスも全滅させるのは危ないのか? ……いや、でも、白の鱗のドラゴニアスは残しておくのは危険だしな」


 これが黒の鱗のドラゴニアスであれば、持っている能力は再生能力で、そこまで危険ではない。

 ……もっとも、それはあくまでもレイにしてみればの話で、ザイ達ケンタウロスが戦うとなれば非常に厄介な能力ではあるのだが。

 だが、これがブレスによる遠距離攻撃の手段を持っている白の鱗のドラゴニアスとなると、話は変わってくる。

 レイやヴィヘラ、セトにとっても、遠距離からのブレス攻撃というのは非常に厄介なのだ。

 だからこそ、セトが蹂躙している白の鱗のドラゴニアスを見ても、レイはそれを止めるつもりは一切ない。

 ヴィヘラもその辺は分かってくれるだろうと思って。

 視線をかなり離れた場所……多数のドラゴニアスがヴィヘラを包囲して戦っている方に向ける。

 そこで行われている戦いは、遠くから見ても激しい戦いが行われているというのがすぐに分かった。

 ……何しろ、体長三mはあろうドラゴニアスが殴られたり、場合によっては投げ飛ばされて空を飛ぶという光景が繰り返し行われているのだから。

 勿論ヴィヘラの攻撃はそれだけではなく、浸魔掌という……強靱な鱗を持っていてもそれが全く意味をなさないという攻撃方法もある。

 本能に任せた戦い方だけでは、今のヴィヘラを相手にしても勝てる可能性は極めて低い。

 ドラゴニアス達はそれが分かっているのか、それとも単純に数で押せばどうにかなると思っているのか。

 ……いや、実際にそれは間違いではない。

 そこれそ、数で押し続ければいずれはヴィヘラも体力や精神力が切れて、戦い続けることは出来なくなるだろう。

 だが、それはあくまでもヴィヘラの体力や精神力が切れるまでドラゴニアスが戦い続け、数が切れなければの話だ。

 ましてや、ヴィヘラが戦いの中で自分の限界を悟り、この場から一旦離脱するといったような真似すらもしなければ、の話だが。


「そこまでヴィヘラを追い詰めることが出来たら、それはそれで凄いけどな」


 今のように嬉々として戦っているヴィヘラを戦闘不能なまでに消耗させるというのは……それこそ、最初にレイの魔法でこの地下空間にいたドラゴニアスの数が大きく減らされる前であれば可能だったかもしれないが、今の状況でそのような真似をするのは、不可能だろうというのがレイの予想だった。


「っと、やっぱりまだ残ってたのか」


 自分に向かって真っ直ぐに突っ込んでくる相手の存在を感じ、レイはタイミングを合わせてデスサイズを振るう。

 次の瞬間、その一撃は光学迷彩を使って真っ直ぐ飛んできた透明の鱗のドラゴニアスを真っ二つに切断する。

 放たれた一撃は極めて強力で、そして鋭いということの証でもあった。


「黒の鱗のドラゴニアスと戦ってる最中に攻めて来てもどうにもできなかったのに、今の状況でどうにか出来ると思ったのか? それとも、戦いが一段落して、俺が油断してるとでも思ったのか」


 そう告げるレイだったが、話し掛けた相手……透明の鱗のドラゴニアスは、既に息をしていない。

 周囲には内臓や血、体液が焼かれた悪臭が漂うも、その悪臭すら炎帝の紅鎧は焼いてしまい、レイの鼻に届きはしない。


「とにかく、今こうしてこのままの状態だと、また透明の鱗のドラゴニアスに狙われるか。なら……出来れば、今のうちに七色の鱗のドラゴニアスを片付けてしまいたいんだけどな。金の鱗のドラゴニアスも厄介だけど、どっちが厄介って言ったらやっぱり七色の鱗のドラゴニアスだし」


 残り四匹の七色の鱗のドラゴニアスは、現在どこにいるのかはレイにも分からない。








 それでも……そのうちの一匹と戦ったレイだからこそ、七色の鱗のドラゴニアスは恐らく組織だって動くのではなく、それぞれが強烈な自我を持ち、個人で動き回っているのだろうということくらいは、容易に予想出来た。

 もっとも、それはあくまでも七色の鱗のドラゴニアスの一匹と戦ったレイの予想であり、もしかしたらそんな独自で動くのはレイが戦った一匹だけで、他はきちんと組織だって動く……という可能性も、決して否定は出来なかったが。


「セト、そっちは任せるぞ!」


 白の鱗のドラゴニアスを蹂躙しているセトは、かなり離れた場所にいる。

 だが、それでもレイの言葉はしっかりと聞こえたのか、周囲に響き渡る程の鳴き声で返事をする。

 そんなセトの様子を頼もしく思いながら、レイは奥の方……女王がいる場所に向かって歩き出す。

 当然の話だが、現在のレイからでも遠くには巨大な肉塊……肉の壁とでも呼ぶべき存在を見ることは出来る。

 七色の鱗のドラゴニアスがどこにいるのかは分からなかったが、それでも女王の意思に従っている以上、こうして自分が女王に向かって進めば、現在はどこにいようといずれ姿を現すのでは? と、そう思ったのだ。

 七色の鱗のドラゴニアスを誘き出す為には、やはり向こうが一番嫌がることをするのが最善なのだ。


(いっそ、ここから女王に攻撃するか? あの女王には高い知性があるのは間違いない。俺達の脳裏に、自分の意思を伝えるといったような真似をしてきたんだからな。そんな奴なら、自分が狙われるくらいのことは考えていてもいい筈だ)


 女王は、それこそかなり遠くからでもその姿を確認出来るくらいに巨大で、肉の塊や肉の壁といった表現が相応しい。

 そうである以上、敵に攻撃をされるということを想定していない筈がない。

 ……もっとも、レイが知ってる限りでは、それこそ地の精霊魔法――正確には違うのかもしれないが――の使い手としては突出した実力を持っている。

 それこそ、レイが知ってる最高の精霊魔法使いたるマリーナにも匹敵するのではないかと、そう思えるくらいに。

 そのような相手だけに、いざという時に精霊魔法を使って何らかの防御手段を持っていてもおかしくはない。

 レイがここから炎帝の紅鎧を使用している状態で黄昏の槍を投擲しても、土の壁か何かで防ぐ……もしくは、自分が現在いる土を動かして回避する……などといった真似をする可能性は、十分にあったのだ。

 これが、女王以外のドラゴニアス……それこそ、七色の鱗のドラゴニアスであっても、何か防御手段を持っていてもそれを貫通するという自信が、レイにはあったのだが。

 何よりも大きいのは、実際に七色の鱗のドラゴニアスをレイは倒しているということだろう。

 勿論、レイの戦った七色の鱗のドラゴニアスが他の個体と同じくらいの強さであるということが前提の話なのだが。


「とにかく……まずは、近付いてみることが最優先だな」


 そう呟きつつ、レイは女王に向かって歩き出すのだった。

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