第2384話

「さて、残りは……何気にまだそれなりにいるな」


 レイは、金の鱗のドラゴニアスの胴体を粉砕した黄昏の槍を手元に呼び戻し、周囲の状況を見ながら呟く。

 金の鱗のドラゴニアスは強力なドラゴニアスなのは間違いないが、それでも炎帝の紅鎧を展開した今のレイにとってみれば、少しは厄介だが楽に倒せる相手だ。

 それだけに、結構な数が視線の先に存在していても、倒そうと思えば容易に倒せる。

 だが……それでも、目の前にいる多数のドラゴニアスを全て倒すのにはそれなりに時間が掛かるのは間違いない。

 そうしてドラゴニアスと戦っている間に、それこそ今も視線の先に見える巨大な肉塊……女王を倒すのに時間が掛かり、結果として新しいドラゴニアスが産まれるというのは勘弁して欲しかった。


「あら、随分と困ってるわね」

「グルルゥ」


 そんなレイに掛けられた声。

 一体誰が……などとは、思わない。

 その声を誰が発したのかは、それこそ当然のようにすぐに理解出来た。


「ヴィヘラ、セト。もう倒したのか?」

「ええ、それなりに楽しめたけど……こっちの方が面白そうだから、最後は少し急いだわ」

「グルルルゥ!」


 ヴィヘラは少しだけ残念そうに……そしてそれ以上に楽しそうに告げ、セトはそんなヴィヘラの言葉に同調するように喉を鳴らす。

 レイを囲んでいた……正確には、炎帝の紅鎧によって攻撃を出来なくなっていたドラゴニアス達は、ヴィヘラとセトの登場に戸惑った様子を見せる。

 普通に考えれば、ヴィヘラとセトという援軍が来たのだから、今の状況は決して喜ぶべきことではない。

 それは分かっているのだが、それを承知の上であっても……やはり、状況が多少なりとも変化するというのは、ドラゴニアス達にとって歓迎出来た。

 とはいえ、その状況が動くというのが決して自分達にとって有利になるような状況でないという可能性もあるのだが。


「さ、レイ。ここは私に任せて先に行ってちょうだい」

「……え? いいのか?」


 ヴィヘラの口から出た言葉は、レイにとっても完全に予想外の代物だった。

 何故なら、ヴィヘラの性格を考えれば、この先にいる白、黒、透明……そしてドラゴニアスの頂点に立つ、七色の鱗のドラゴニアスといった敵と戦いたいと言っても、おかしくはないからだ。

 ヴィヘラと一緒にここまでやって来たセトですら、まさかヴィヘラの口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかったのか、戸惑ったようにレイとヴィヘラを見比べていた。

 そんな一人と一匹の様子に、ヴィヘラは心外だといった表情を浮かべる。


「レイとセトが私をどう思っているのかは、はっきりと分かったわ。……まぁ、その考えは間違っていないだろうけど」

「なら、何でだ? ここは俺に任せて先に行けなんて……」


 まるでフラグじゃないか。

 そう言おうと思ったレイだったが、フラグと言ってもヴィヘラには通じないだろうと、思い直す。

 だが、ヴィヘラはレイが何か言おうとしたのを途中で止めたというのは理解出来たのか……そして、その内容がどんなものなのか興味深く、先を促すようにレイに視線を向ける。

 レイもそんなヴィヘラの視線には気が付いていたが、今はそのようなことをしているような状況ではないと判断し、それ以上何かを言うつもりはない。

 レイの様子を少しだけ残念に思ったヴィヘラだったが、今はともかく、このままずっとここで会話をしていれば、周囲にいるドラゴニアス達が何らかの行動に出るだろうと判断し、話題を変える。


「私がここに残ると言った理由は簡単よ。それこそ、そこまで難しい話じゃないわ。単純に、ここに残れば金の鱗のドラゴニアスと戦えるから。それだけよ」


 非常に単純な理由ではあったが、同時にその理由はレイにとっても納得出来る理由だった。

 元々強者と戦うのを好むヴィヘラとしては、この地下空間に入り、女王の近くに行くまでは、ドラゴニアスの最高峰は金の鱗のドラゴニアスだと思っていたのだ。

 実際には、女王の側には白、黒、透明、七色の鱗のドラゴニアス……といったように、初めて見るドラゴニアスの姿が多数あったが。

 そんなヴィヘラだからこそ、今はまず金の鱗のドラゴニアスと戦ってみたいと、そう思ったのだ。

 ……初志貫徹という言葉とは若干違うかもしれないが、まずはこの地下空間に入る前から戦ってみたかった金の鱗のドラゴニアスと戦うのを最優先とする。

 そう自分の意思を示すヴィヘラを見て……そんなヴィヘラから少し離れた場所で、どうするの? と円らな瞳を向けてくるセトを見て、そこでレイは渋々といった様子だったが、口を開く。


「分かった。なら、それでいい。ただし、敵は金の鱗のドラゴニアスだ。かなりの強敵だというのは、理解しているよな? ……まぁ、ヴィヘラにそんなことを言う方が無意味だろうけど」


 戦いになれば、ヴィヘラは真摯に相手に向かい合う。

 それによって、相手が受ける被害はかなりのものになるのだろうが……その辺りは、それこそヴィヘラと戦う上ではどうしようもないことだろう。


「ふふっ、そうね。相手が強ければ、それは私にとって喜び以外のなにものでもないわ」


 濡れた瞳は艶っぽく、これから始める激戦を前に、今のヴィヘラは非常に女らしい。

 ただし、その艶めいた感情の向かう先は、男女の仲に関係する何か……という訳ではなく、純粋に本能を全開にして行われる戦い……いや、殺し合いなのだが。


「分かった。セトはどうする? 俺と一緒に来るか、それともヴィヘラと一緒にいるか」


 レイの気持ちとしては、出来ればセトには自分と一緒に来て欲しいという気持ちと、ヴィヘラと一緒にいて、いざという時は援護に入って欲しいという気持ちが半々だ。

 これから自分が向かう場所は、それこそ空を自由に歩き回り、更には短距離ではあっても自由に転移することが出来る能力を持つ、七色の鱗のドラゴニアスがいるのだ。

 それだけではなく、白の鱗のドラゴニアスのブレス攻撃も空にいれば地上にいるよりも対処しやすいだろうし、光学迷彩を使う透明の鱗のドラゴニアスも、その反則的な跳躍力――レイに言われたくはないだろうが――により、地上よりも空中にいる方が対処しやすい。

 また、レイよりも感覚の鋭いセトだけに、それこそ色々な面で助けてくるのは間違いなかった。

 それだけに、自分とヴィヘラのどちらにセトがついていればいいのか。

 それを迷い……だが、そんなレイの迷いを断ち切るように、ヴィヘラが口を開く。


「今の状況で何を言ってるの? セトはレイの相棒なんだから、レイと一緒に行動した方がいいでしょ。それとも……何? 私が、セトの手助けが必要なくらい、苦戦するとでも?」

「……分かった」


 これから起こる戦いに対して、ある種劣情しているかのような様子を見せつつも、ヴィヘラはあっさりとそう告げる。

 そんなヴィヘラの言葉に、レイは半ば気圧されるように頷く。

 炎帝の紅鎧を発動しているにも関わらず気圧されたのだから、それが一体どれだけの迫力を持っていたのか、考えるまでもないだろう。


「けど、いいか? 死ぬなよ? 俺は次に会った時、ヴィヘラの死体だった……なんてごめんだからな?」

「ふふっ、愛する人にそう言って貰えるのは、女冥利につきるわね。……けど、今はとにかく、行動に出ましょう。私も早く金の鱗のドラゴニアスと戦いたくて我慢出来ないし。もっとも、他にも無粋な真似をする相手はいるようだけど」


 レイとヴィヘラが話し続けている為か、最初は距離を開けて様子を見ていたドラゴニアス達だったが、やがてそんなレイとヴィヘラに隙があるかもしれないと……特に、炎帝の紅鎧を発動しているレイはともかく、ヴィヘラの方は自分達でもどうにか出来るのではないかと、そう考えたらしい。

 何匹かのドラゴニアス……銀と銅が混ざっているドラゴニアスの集団が、レイとヴィヘラ、セトを包囲するように動いていた。


「少し話しすぎたな。向こうもどうやらこっちを待つのに飽きたらしい」

「あら、私としては問題ないけどね。……じゃあ、ここは私に任せて先に行ってちょうだい」


 フラグを立てるな。

 あまりに明確なフラグだけに、レイは思わずそう突っ込みたくなるが、それでも今の状況でそのようなことを言っても意味がないだろうと判断し、小さく頼んだとだけ言い、セトと共に自分達を包囲しようとしているドラゴニアス達に突っ込んでいく。

 包囲しようということは、当然のようにレイ達を中心にしてその周辺をドラゴニアス達が囲むといったようなことをする必要がある以上、自然と一ヶ所にいるドラゴニアスの数は少なくなる。

 ……勿論、それはあくまでもレイやセトだからこのように容易に突破出来るのであって、それこそケンタウロスであれば、例え偵察隊の中で最強のザイであっても、そのような真似は出来ないだろう。


「ジャエナエンカエ!」


 自分達に向かって突っ込んできたレイとセトに向かい、近くにいた赤い鱗のドラゴニアスが鳴き声を上げる。

 まさか、この状況でレイが近付いてくるとは思わなかったのだろうが……その鳴き声は、寧ろレイにとって狙いを定めるという意味ではちょうどよかった。


「雉も鳴かずば撃たれまい、ってな!」


 そう叫びつつ、炎帝の紅鎧を展開したまま赤い鱗のドラゴニアスに向かって微妙に進路を変え……そして、思い切り体当たりをする。

 赤い鱗のドラゴニアスは、そんなレイに驚き……だが、炎帝の紅鎧を発動しているレイの身体能力は非常に高くなっている。

 赤い鱗のドラゴニアスが何らかの反応を見せるよりも前に、深紅の魔力に身体を包んだレイがぶつかり、赤い鱗のドラゴニアスが吹き飛ぶ。

 身体の一部が粉砕されつつ、焼かれ……その命は一瞬にして消滅する。

 最初に声を出したドラゴニアスが真っ先に狙われて殺された。

 それは、一瞬……いや、数秒ではあるが、ドラゴニアス達の動きを止めた。

 そうした行動は、レイにとって付け入るのに十分だ。

 その動揺に付け入るように、レイ達を囲んでいたドラゴニアスを吹き飛ばしつつ突破し……そのまま、全く動きを止めることはなく、女王のいる方に向かって走る。

 途中で何度か斑模様のドラゴニアスから血のレーザーが放たれたが、深紅の魔力を突き破るといったような真似は出来ないので、回避するような真似すらしない。

 そんなレイのすぐ側には、セトも走っている。

 レイと一緒に戦えることが嬉しいのか、セトは非常に機嫌がいい。

 先程までも一緒の場所で戦ってはいたのだが、今度はレイと一緒に戦えるというのが大きいのだろう。


「うざったいんだよ! 邪魔をするな!」


 走りながら、レイは血のレーザーを放ってきた方に向け、深炎を飛ばす。

 今回イメージしたのは、今ままで多用した粘着性のある炎ではなく、爆発的に広がる炎。

 そして実際、レイの投擲した深炎は空中で大きく広がると爆発的な炎となって地面に落ちていく。

 明確に斑模様のドラゴニアスのいる場所を攻撃した訳ではなく、大体その辺りにいるだろうと判断しての攻撃。

 その一撃は、斑模様のドラゴニアスだけではなく、その周囲にいた銀の鱗のドラゴニアスや普通のドラゴニアス達をも含めて炎に包み、燃やしつくしていく。


(斑模様のドラゴニアスの数はそんなに多くなかった筈。ここまでの戦いで結構な数を減らしたし、残りはいてもそんなに多くないと思うんだが)


 とにかく、ドラゴニアス達と戦う上で一番厄介なのは遠距離からの攻撃だ。

 普通のドラゴニアスの攻撃手段は、爪や牙、もしくはもっと単純に殴る、蹴る、体当たりといったような、近接戦闘で使うものしかない。

 だが、斑模様のドラゴニアスの血のレーザーと、白の鱗のドラゴニアスのブレスは双方共に遠距離からの攻撃が可能となっている。

 そういう意味では非常に厄介で、可能な限り素早く敵を倒したいと、そう思うのは当然だろう。

 ……幸い、レイが女王に会いに行く時に見た限りでは、斑模様のドラゴニアスの数はそこまで多くはなく、白の鱗のドラゴニアスもまた同様に女王の側にはそこまでの数はいなかった。

 だからこそ、斑模様のドラゴニアスを見つけたら真っ先に倒していくのだ。


「グルルルルルゥ!」


 そして、レイの側を走っていたセトも、ただ走っているだけではなく、レイとセトの前に立ち塞がって行動を邪魔しようとする相手に攻撃を行う。

 とはいえ、炎帝の紅鎧を使っており、そのおかげで深炎によって敵ドラゴニアスにも容易にダメージを与えることが出来るレイと違い、セトの持つスキルはパワークラッシュのような例外を除いて、敵に致命的なダメージを与えることは出来ない。

 そんな戦いではあったが……それでも、近接攻撃では身体能力でも技術でも、ドラゴニアスを圧倒的に上回っていた。

 そうして、立ち塞がるドラゴニアスを倒しながら、レイとセトは女王のいる場所に向かうのだった。

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