第2381話

 周囲に広がっているのは、赤い鱗を持ったドラゴニアスの残骸とでも呼ぶべき肉片と、炭と化して元が何の生き物だったのかも分からないくらいに燃やされてしまったゴミのような何か。

 それは、炎帝の紅鎧を使ってレイによって蹂躙された、多数のドラゴニアスの死体。

 そんな死体が、それこそ周辺一帯、あらゆる場所に転がっていた。

 それでいながら、レイが受けたダメージは皆無。

 正確には、ドラゴニアスの中にも何匹かはレイに向かって反撃をしようとした者もいた。

 特に後からやってきた銀の鱗のドラゴニアスに、その手の者は多かったのだが……普通のドラゴニアスと違って高い知性を持つ銀の鱗のドラゴニアスであっても、炎帝の紅鎧を発動しているレイにしてみれば雑魚でしかない。

 文字通りの意味で蹂躙されたドラゴニアス達の骸がそこら中に散らばっており……だが、それでもまだ、周囲には多数のドラゴニアスの姿があった。


(これだけ戦っていても、結局のところ出て来るのは銀の鱗のドラゴニアスまでか。金の鱗のドラゴニアスすらも出て来ないし、女王の側にいた他のドラゴニアスも、全く姿を現す様子がない。これは炎帝の紅鎧の時間切れを狙ってるのか?)


 レイと最初に戦った七色の鱗のドラゴニアスが姿を見せないのも、恐らくはそれと同じような理由なのだろうというのは、容易に想像出来る。

 それは分かっているが、ともあれ今はドラゴニアスの数を減らすのが大前提である以上、そんな知性のあるドラゴニアス達とレイの思惑は一致していた。

 ……当然、その方向性は真逆ではあるのだが。


「考えるのは後回しだな。余計な連中が出て来るよりも前に、数を減らしておいた方がいい……か!」


 その言葉と共にレイは炎帝の紅鎧の魔力を動かし、極大な鞭のような一撃を横薙ぎに放つ。

 深紅の魔力に触れたドラゴニアスは、鱗が焼け、肉が裂け、骨が砕かれるといったような状態になりながら、吹き飛んでいく。

 もしこの光景を、地上にいるケンタウロス達が見れば、それこそ開いた口が塞がらないといったような状態になるのだろう。

 自分達が戦う時、今でこそ一対一で戦えるようになった者もいるが、それでも多くの者にしてみれば、ドラゴニアスという存在は脅威以外のなにものでもない。

 だというのに、そんなドラゴニアスをレイは鎧袖一触といった言葉が相応しいくらい、圧倒しているのだ。

 レイの前にいるのは、間違いなくドラゴニアスだ。

 見ればそれは分かるが、だがそれが本当に自分達の知ってるドラゴニアスなのかと、そんな疑問を抱いてもおかしくはない光景だった。

 それだけ、現在レイによって行われている蹂躙は一方的なものだ。

 勿論、敵を蹂躙しているという意味では、レイだけではなくセトやヴィヘラも同様だ。

 セトは大きさ的にドラゴニアスとそう変わりはないのだが、その前足の一撃は自分と同じくらいの……個体によってはセトよりも大きなドラゴニアスを、楽に吹き飛ばしている。

 ヴィヘラも得意とする浸魔掌を使って触れるだけで相手を倒しているし、場合によっては合気道や柔道のように攻撃してきた相手の力を利用して、投げ飛ばすといった真似もしている。

 もしくは、そのようなスキルや技術を使わずに、純粋な腕力でドラゴニアスを殴り飛ばすといったような行為も行っていた。

 とてもではないが、ケンタウロス達に出来ることではない。

 ……それでいながら、まだ地下空間にいるドラゴニアスの数で見れば、決して致命的なまでに数が減っていないというのが、この場合はドラゴニアスの厄介さを現していたのだろう。


(いや、ドラゴニアスというか、女王の厄介さか)


 レイが最初に女王のいる場所まで行った時、その肉体からは多数のドラゴニアスが産み出されようとしていた。

 つまり、今こうして戦っている間も新たなドラゴニアスは生み出され続けているのだ。

 それがどのような種類のドラゴニアスなのかは、レイにも分からない。

 ただ、これまで戦ってきた経験から考えると、知性を持ち他のドラゴニアスを指揮出来る個体は非常に数が少ない。

 そんな中でも、戦闘に特化した銀の鱗のドラゴニアスは相応の数がいるようだったが……それでも、普通のドラゴニアスと比べれば、圧倒的に少ないのは、体感で理解出来た。

 ……もっとも、炎帝の紅鎧を使ったレイにしてみれば、普通のドラゴニアスも銀の鱗のドラゴニアスも大きな違いのない敵といった印象になってしまっていたが。


「取りあえず……次々行くぞ!」


 そう叫び、レイは深紅の魔力を宿したまま、ドラゴニアスの群れに向かって突っ込んでいき……


「ん?」


 何かが魔力に命中し、だが結局それで終わってレイには何もダメージを与えなかったことを疑問に思う。

 それででもドラゴニアスの密集地帯を蹂躙しながら移動しつつ、一体何があったのかと周囲の様子を確認し……斑模様のドラゴニアスが数匹、少し離れた場所にいるのを確認し、何をされたのかを理解した。

 斑模様のドラゴニアスが得意としている、目から放つ血のレーザー。

 それが偶然か、レイの動きを先読みかして命中したのだろうが、深紅の魔力によってレイにまで届かなかったのだろうと。

 レイには効果がなかった。

 だが、それはレイが炎帝の紅鎧を発動しているからであって、ヴィヘラやセトであれば、血のレーザーが命中した時に、一体どれくらいの被害を受けるのか。

 そう判断し……レイは、炎帝の紅鎧を解除した後の事も考えれば、斑模様のドラゴニアスのように遠距離からの攻撃手段を持っているドラゴニアスは、可能な限り倒しておいた方がいいと、そう判断する。


「そんな訳で、お前達には消えて貰うぞ!」


 叫び、近くにいた青い鱗のドラゴニアスを蹴り砕きつつ、強引に進行方向を変える。

 赤い鱗のドラゴニアスが大半の中で、数少ない青い鱗のドラゴニアスだったが、今となってはレイによって蹴り砕かれ、周囲に血や肉片、骨片、内臓や体液といったものを撒き散らかしながら、その生命を終える。

 レイはそんな相手のことなど全く気にした様子もなく、斑模様のドラゴニアスが固まっている場所に向かい……不意に視線を少し離れた場所に向ける。

 そちらに視線を向けた理由は、レイの纏っている深紅のオーラに、再び何かが当たるといった感覚があった為だ。

 そんなレイの視線が向けられた先にいたのは、こちらもまた斑模様のドラゴニアスが数匹。


(なるほど。囮か)


 最初にレイを攻撃し、その注意を自分の方に向けさせることにより、隙を突く。

 そこまで複雑ではない……いや、寧ろ単純な戦術ではあったが、それでもドラゴニアスがそのような攻撃をしてきたことにレイは少しだけ驚く。

 とはいえ、飢えに支配されている普通のドラゴニアスはともかく、知性を持つドラゴニアスであれば、このくらいの戦術を使ってきてもおかしくはない。

 そう思い直し……だが、レイの向かう方向は変わらない。

 これが斑模様のドラゴニアスの戦術であろうとなかろうと、今は斑模様のドラゴニアスの数を減らすことを最優先にする必要があるのだ。

 囮や餌という意味で斑模様のドラゴニアスをレイの前に出してきたのだろうが、それが罠であっても……いや、罠だからこそ、その罠そのものを喰い千切ってやると、そう判断しての行動。

 レイに狙われた斑模様のドラゴニアスは、自分達に向かってくるレイを見ても動揺する様子は見せず、再度血のレーザーを放つ。

 レイに向かってその攻撃が意味をなさないというのは、それこそ今までの状況を見れば明らかだったのだが、それでも攻撃してくるのは……少しでも仲間に被害が及ばないようにと考えてのことなのか、それとも単純に攻撃を止めるという選択肢が存在しないのか。

 ともあれ、効果がないにも関わらず……それでいて、レイの動きを止めることすら出来ない中でも斑模様のドラゴニアスは血のレーザーを打ち続け……


「死ね」


 その単純な一言により、レイの振るうデスサイズがあっさりと数匹の斑模様のドラゴニアスの胴体を切断する。

 囮として配置されていた斑模様のドラゴニアスだけに、その数は少ない、

 レイの振るうデスサイズの一撃で一匹以外の全ての斑模様のドラゴニアスが死に、残り一匹となったところで……その生き残りが選んだのは、その場から逃げ出すという方法ではなく、レイに向かって攻撃を行うというものだった。

 すぐ近くだからか、得意としている血のレーザーではなく、鉤爪による一撃を放つ。

 その一撃を回避しながら、レイは左手の黄昏の槍を放ち、頭部を砕く。

 一瞬にして勝負がついたが、当然ながらそれはあくまでもこの場所だけの話だ。


「っと!」


 そんなレイは、離れた場所から撃たれた血のレーザーを回避する。

 炎帝の紅鎧を展開している今の状況であれば、命中してもそれは深紅の魔力によって防ぐことが出来ると理解しつつも、敵の攻撃だという時点で回避をするように動いてしまうのは、戦いの中に身を置く者としては当然の行動なのだろう。

 そのまま地面を蹴って、離れた場所から血のレーザーを撃ってきた二十匹程の斑模様のドラゴニアスに向かって突っ込んでいく。

 だが、そんなレイの動きを邪魔しようと、銀の鱗のドラゴニアスが立ち塞がるが……レイは、そんな相手の行動などは知ったことではないと、一切動きを止めることなく突っ込んでいく。

 銀の鱗のドラゴニアスはそんなレイに向かって鉤爪の一撃を放ち、もしくは鋭い牙でレイの肉を喰い千切ろうとするが……深紅の魔力に触れた瞬間、身体が燃やされ、もしくは骨を折られながら吹き飛ばされる。

 普通のドラゴニアスではレイを止めることが出来ない。

 だからこそ、知恵を持ち……上位種族と言うべき銀の鱗のドラゴニアスが出て来たのだろうが、そんな銀の鱗のドラゴニアスであっても、炎帝の紅鎧を展開しているレイを前にしては、どうしようもない程に非力だった。


「お前達は後回しだ。まずは……お前達だよ!」


 吹き飛ばした銀の鱗のドラゴニアスには目もくれず、レイは斑模様のドラゴニアスの群れに向かって突っ込む。

 戦闘に特化した銀の鱗のドラゴニアスも厄介だが、それ以上にレイが厄介だと感じるのは、やはり遠距離から攻撃が可能な血のレーザーを持つ斑模様のドラゴニアスなのだ。

 ブレスを放つ白の鱗のドラゴニアス共々、可能な限り早く倒すべき相手だった。

 ……もっとも、そういう意味では他にも転移能力や空を走る能力を持つ七色の鱗のドラゴニアスは当然のこと、光学迷彩と百m近い高さまで跳躍出来るという、馬鹿げた能力を持つ透明の鱗のドラゴニアスもまた、倒すべき相手なのは間違いなかったが。

 ただ、それらのドラゴニアスは、レイによって傷を負った七色の鱗のドラゴニアス以外は、今のところ周辺にはいない。

 他に厄介なドラゴニスは、金の鱗のドラゴニアスだろう。

 銅と銀の鱗のドラゴニアス双方の特性を持ち、それでいながら双方共にそれぞれを越える力を持つ、完全な上位互換。

 当然そのような存在だけに、金の鱗のドラゴニアスの数は少ない。

 七色の鱗のドラゴニアス程ではないにしろ、透明、白、黒の鱗のドラゴニアスよりも少ないのではないかと、レイは予想している。

 ……その割には、銅の鱗のドラゴニアスに女王のいる場所まで案内された時、他の新種のドラゴニアスとは違い、女王の側にはいなかったが。

 ともあれ、厄介な相手は少しでも早く倒す。

 そう思いながら、レイは斑模様のドラゴニアスの間近でデスサイズと黄昏の槍を振るう。

 遠距離からの攻撃を得意とする斑模様のドラゴニアスだったが、正面から……それもレイを近づけた状態で戦えと言われれば、それに対処する方法はない。

 これがレイではなく、ケンタウロスといったような相手が敵であれば、それに対処することは可能だったのだろう。

 だが、斑模様のドラゴニアスの前に今いるのは、ケンタウロスではなくレイだ。

 本来なら、そんなレイを近づけない為に銀の鱗のドラゴニアスがいたのだろうが……炎帝の紅鎧を発動したレイにとっては、その程度の相手は戦うまでもない敵だった。

 そして……二十匹近く存在した斑模様のドラゴニアスは、五秒と掛からず全滅する。


「よし、次は……お前達だ!」


 叫び、先程のレイの突撃でまだ生き残っていた銀の鱗のドラゴニアスに向かい、魔力を飛ばす技……深炎を放つ。

 拳大の魔力として投擲された深炎は、銀の鱗のドラゴニアスに触れた瞬間に爆発的な炎に変化し、それに触れた銀の鱗のドラゴニアスを次々と燃やし続け……やがて、銀の鱗のドラゴニアスの全てが炭と化すのだった。

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