第2382話
レイとヴィヘラ、セト。……二人と一匹と戦うのは、万に届くかという数のドラゴニアス達。
普通に考えれば、レイ達に勝ち目はない。
……だが、それはあくまでも普通ならの話だ。
ゼパイル一門の技術によって生み出されたレイの身体は、それこそこのような戦いをいつまで続けても、体力的には問題がない。
セトはグリフォンという高ランクモンスターであり、魔獣術によって産み出された存在である以上、こちらもまた戦闘が始まって数時間経っても全く疲れるといったようなことはなかった。……それどころか、自分を喰い殺そうとしたドラゴニアスを逆に喰い殺すといったような真似すら行っている。
そんなレイとセトとは違うヴィヘラだったが、こちらもまた普通の人間ではない。
いや、元々は普通の人間――皇族の血を引くのを普通と言ってもいいのかは微妙だが――だったが、アンブリスと融合……いや、吸収したことにより、ある意味で人間以上の存在となっている。
そのような能力を持ち、その上で本人が戦闘を楽しむという性質の持ち主だけに、それこそレイやセト以上にいつまでも戦い続けることが可能だった。
「もっとも……何だかんだと、敵の数も見て分かるくらいに減ってきたから、雑魚はもう終わりと考えてもいいだろうけどな」
ドラゴニアスの残骸や燃えつきた炭、もしくは灰が散らばっている周囲の状況を眺めつつ、レイは呟く。
実際、この短時間で一万近くいたドラゴニアスの大部分を殺すことが出来たのだから、その言葉は決して間違ってはいないだろう。
……とはいえ、雑魚がいなくなったということは、次に残っているのは強力な個体……知性を持つ指揮官達を相手にすることになる。
それ以外でも、レイが雑魚扱いした普通のドラゴニアス達も、その数をかなり減らしたとはいえ、全てが消えた訳ではない。
何より、女王は次々とドラゴニアスを産み出すという能力を持っているのだ。
ここで時間を掛ければ、またドラゴニアスが次々と補充されるのは、ほぼ間違いない。
もっとも、ここでドラゴニアスが更に追加されたとしても、レイ達であれば追加された分を倒すのに問題はないだろうが。
(厄介なのは、ドラゴニアスはドラゴニアスでも、知性を持つ指揮官達が増やされることだろうな。……特に七色の鱗のドラゴニアスに関しては、それこそ増やされるとかなり困るし)
一匹を倒すだけでも厄介なのに、それが残りもう四匹もいる。
その上、更に七色の鱗のドラゴニアスが増えるということになるのは、レイとしては絶対に遠慮したかった。
だからこそ、通常のドラゴニアスの大部分を片付けた今が、勝負を掛けるのに絶好の機会となる。
そう考えた瞬間、レイは半ば反射的に身体を半回転させながら右手に持っていたデスサイズを振るう。
「ギィイッ!」
悲鳴と共に新たな血の臭いが周囲に飛び散るが、その悲鳴を転移してきた七色の鱗のドラゴニアスに上げさせたレイは、斬った時の手応えから今の一撃が決して致命傷ではなかったことを悟る。
「逃がしたか」
恐らく転移してきてレイに奇襲を仕掛けようとしたところで、レイがその転移に反応してデスサイズを振るったので、再度転移して自分の攻撃を回避したのだろう。
そう判断し、七色の鱗のドラゴニアスの勘のよさにうんざりとしながら、どこに転移したのかを探す。
七色の鱗のドラゴニアスの転移は、それこそ特に呪文や何らかの準備といったようなものを全く必要とせず、レイが見たところによると使おうと思えば瞬時に発動出来るという、極めて強力な能力だ。
その代償という訳ではないのだろうが、転移出来る距離がかなり短いという欠点はあるが。
だが、それだって転移を連続で使えるとなれば、欠点を補うことは出来る。
今回レイの背後に転移してきたのも、そのようにしてレイから離れた場所から何度も連続して転移するという方法を使ったのだろう。
「ん?」
だが、周囲を見回したレイの視界に、七色の鱗のドラゴニアスの姿はどこにも存在しない。
それこそ、周囲に存在するのは、まだ残っている普通のドラゴニアスを倒しているセトの姿と、銀の鱗のドラゴニアス三匹を一度に相手にしているヴィヘラの姿のみ。
どこを見ても、七色の鱗のドラゴニアスの姿はなく……
「上か!」
七色の鱗のドラゴニアスの転移能力以外のもう一つの能力、空を歩けるという能力を思い出したレイは、上に視線を向ける。
するとそこには、予想通りレイの隙を窺っているかのような七色の鱗のドラゴニアスの姿があった。
そして、レイの視線が自分に向けられたと思うと、地上にいるレイに向かって降下しようした動きを止める。
もしレイが空中にいる七色の鱗のドラゴニアスの存在に気が付かなければ、それこそ空中を落下しながら奇襲を仕掛けるつもりだったのだろう。
「飛斬っ!」
そんな七色の鱗のドラゴニアスに向かって放たれる一撃、
デスサイズの持つスキルの中でも、レイが多用するスキルの一つだったが……七色の鱗のドラゴニアスは、自分に向かって斬撃が飛ばされたのを見ると、即座に転移能力を使ってその場から退避する。
「やっぱり厄介だな」
そんな七色の鱗のドラゴニアスを見て、レイは忌々しげに、そして面倒臭そうに呟く。
レイの攻撃がどれだけの威力を……それこそ、七色の鱗のドラゴニアスに命中すれば相手を殺すだけの威力があっても、その攻撃はあくまでも命中すればの話だ。
攻撃が命中しないのであれば、どのような攻撃を放ったとしても意味はない。
「ギギギギィ!」
そんなレイに向かい、七色の鱗のドラゴニアスは牽制の為か鳴き声を上げる。
ただし、レイの目から見ればそれは強がりのようにしか思えなかったが。
これまでの戦いで、レイの攻撃により片腕を失い、前足にも決して浅くはない傷をつけられ、先程の転移してレイに奇襲を仕掛けようとした時にも、胴体に傷を負わされている。
胴体の傷は他の傷に比べるとそこまで深くはないが、それでも傷は傷だ。
七色の鱗のドラゴニアスという強力な存在であっても、レイという存在を相手にして戦おうとした場合、それは非常に厄介なことになるのは間違いなかった。
「どうした? 牽制するだけで攻めてこないのか? なら……こっちから行くぞ!」
叫び、空中に立っている七色の鱗のドラゴニアスに向かってレイは跳躍する。
七色の鱗のドラゴニアスがいるのは、高度三十m程の場所。
普通なら、そのような場所にいる相手に対して、攻撃手段はない。
だが……レイの場合は、スレイプニルの靴がある。
空を自由に歩ける七色の鱗のドラゴニアスだが、スレイプニルの靴は限定的ではあっても、レイに空中を歩くといった能力を与える。
……もっとも、七色の鱗のドラゴニアスはかなりの傷を負っている現在、自分が近付けばそれだけで転移して逃げる可能性があると、レイは思っていたが。
(けど、お前の転移能力はそこまで長距離は出来ない。なら……その転移が可能だろう広範囲に向かって攻撃したら、どうなる?)
そう判断し、レイは地面を蹴って跳躍する。
炎帝の紅鎧により強化された身体能力は、高い跳躍力を持つ透明の鱗のドラゴニアス程ではないにしろ、二十m程の高さまで届くことに成功する。
そんなレイの様子を見て、一瞬驚きに目を見張る七色の鱗のドラゴニアス。
だが、そのレイの最大跳躍到達距離が自分のいる場所まで届かないと知ると、笑みを浮かべ……だが、次の瞬間にはレイがスレイプニルの靴を発動し、空中を蹴って更にもう一度跳躍したことに驚き、そしてレイの跳躍した高さが自分よりも高い位置にあり、落下しながらデスサイズを自分に振り下ろそうとしているのを見ると、瞬時に転移することに決める。
「甘い!」
だが、そんな七色の鱗のドラゴニアスの行動は、レイにとっては予想済みだ。
そして七色の鱗のドラゴニアスの転移が可能な距離が短い以上、そこまで遠くに……それこそ、女王のいるような場所にまで転移するといったことは出来ない。
そんな中でレイが放ったのは、自分を中心とした一帯に深炎を投網状にして放つ一撃。
……とはいえ、セトやヴィヘラにまで攻撃する訳にはいかないので、この周辺全てにといったようなことは出来なかったが。
ただし、それでもレイを中心とした場所の大半は攻撃範囲に入る。
(これで、俺よりも上に転移しなければ……)
深炎の投網の一撃を放ち終わり、地上に向かって降下していくレイ。
今の一撃を回避するのであれば、それこそ深炎の攻撃範囲外に転移するか、ヴィヘラやセトの近くに転移するか、レイよりも高い場所に転移するしかない。
特にレイよりも高い位置に転移するというのは、空を歩く能力を持つ七色の鱗のドラゴニアスにしてみれば、そう難しい話ではない。
だからこそ、レイの攻撃を回避するのならそれが一番簡単で確実なのだが……
「ギイイイィイィイィ!」
レイから少し離れた場所に転移した七色の鱗のドラゴニアスの口から、そんな悲鳴が上がる。
レイが危惧したように高い場所に転移したのではなく、地上に転移し……その結果として、深炎の攻撃をまともに受けてしまったのだろう。
ある意味で、今のレイの一撃は相手の行動次第という、半ば運に任せたものだったが、見事にレイはその運を引き当てることに成功した。
そして深炎によって身体を燃やされた……いや、現在も燃やされ続けている七色の鱗のドラゴニアスは、混乱から転移することも出来ないのか、地面を転げ回っている。
「これで、仕留める!」
今までは、七色の鱗のドラゴニアスの一匹を相手になかなか倒すことは出来なかった。
だが、幸いにして今の状態であれば、もう転移で逃げるといったような真似も出来そうにない。
であれば、今のこの絶好のチャンスをレイが逃す筈がない。
空中から下りてきたレイは、再度スレイプニルの靴を使って落下速度を殺し、地面に着地した瞬間に暴れ回っている七色の鱗のドラゴニアスに向かう。
当然の話だが、周辺には先程レイが深炎で放った投網状の炎が未だに燃え続けているのだが……炎帝の紅鎧を展開しているレイにしてみれば、そんなのは関係ない。
いや、そもそもの話、深炎はあくまでもレイの魔力が濃縮されたものが変化した存在なのだ。
そうである以上、レイに何らかの効果がある筈もない。
だが、それはあくまでもレイだからであって、それ以外の面々……特に倒れてはいるがまだ生きていたドラゴニアスや、レイの攻撃によって切断され、砕かれたりしたドラゴニアスの身体の一部といった部位は、当然のように深炎によって燃やされる。
地面に残っていた血や体液が集まっていた場所も、深炎によって一瞬にして蒸発し……それこそ、臭いすら燃やされていた。
それはつまり、地面に大量にあったドラゴニアスの死体も含め、全てが炭と化したことを意味している。
……レイとしては七色の鱗のドラゴニアスを倒す為に行った攻撃だったのだが、それが地面を自由に歩けるようになったというのは、いい意味で予想外の結果だった。
「ともあれ……」
そんな周囲の状況を確認しつつ、レイが最後に視線を向けたのは……少し離れた場所で、身体中を未だに深炎の炎によって包み込まれながら、それを何とか消そうと……もしくは純粋に痛みからか、地面を転げ回っている七色の鱗のドラゴニアス。
「まだ死なない辺り、やっぱり強力な個体なのは間違いないよな。……もうそれも長くなさそうだけど」
未だに元気に地面を転げ回っている七色の鱗のドラゴニアスだったが、その程度のことで深炎の炎が消えるといったことはない。
深炎の炎は、レイの持つイメージがそのまま炎となるような特性を持つ。
そして投網状にして深炎を使った時のレイのイメージは、容易に消えず、触れた相手が死ぬまで燃える炎だった。
勿論、幾ら炎帝の紅鎧の副産物たる深炎であっても、限度がある。
レイのイメージがそのまま炎の性質になるとはいえ、それこそ何があってもその通りの効果になるとは限らないのだから。
ただし、レイにとっては幸運なことに、七色の鱗のドラゴニアスの力ではそんな深炎の限界を超えるといったような真似は出来なかった。
今の状況でレイが出来るのは、ただじっと地面を転げ回っている七色の鱗のドラゴニアスの動きを確認し……もし生きたまま深炎に燃やし続けられている今の状況でもどうにか対処出来るのなら、それに対処することだけだ。
(自分の身体だけを転移させて、炎は転移させない……なんて真似が出来るのかと思ったんだけど、そんなことをやる様子はないな。単純に出来ないのか、それとも転移能力を使うには集中する必要があって、その集中が出来ないのか……まだ後四匹残っている以上、じっくりと観察させて貰うぞ)
そんな風に思いながら、レイは七色の鱗のドラゴニアスが力つきるまで観察し続けるのだった。
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