第2380話

 炎帝の紅鎧。それは、レイが持つ攻撃手段の中でもとっておきの……文字通りの意味で奥の手と言ってもいい攻撃手段だ。

 そうである以上、今のこの状況で使うべきかどうかというのは少し迷っていたのだが、数百、数千……万単位で残っているドラゴニアスの群れを倒す最適な手段がそれなのも間違いなかった。

 いや、もっと手段を選ばないであれば、それこそこの地下空間を崩落させることによって、女王や知性のあるドラゴニアスはともかく、普通のドラゴニアスの大半を殺すことは可能だろう。

 だが……その場合は、それこそ女王がどう反応するか分からない。

 今のところは、女王はあくまでも指示を出すといった行為しかしていないが、本当にピンチになった時は、何かを行う可能性があるのだ。


(まぁ、それを言うなら、俺が炎帝の紅鎧を使った時点で自分の危機を感じて何か行動に出てもおかしくないんだけどな)


 そんな風に考えるレイだったが、地面に着地したレイの周囲にいた赤い鱗のドラゴニアスは、躊躇する様子もなくレイに向かって攻撃をしてきて……


「ハオンキャエンキア!」


 知性のあるドラゴニアスとは全く違う、聞き苦しい悲鳴を上げながら赤い鱗諸共に胴体が切断され、そのまま悲鳴と共に崩れ落ちる。


「さて、問題は……」


 だが、レイはそんな襲い掛かって来た赤い鱗のドラゴニアスは全く気にした様子もなく、炎帝の紅鎧の一部を鞭状にして、振るい……その鞭に触れた赤い鱗のドラゴニアスは燃え上がる。


「アアンカンマ!」


 赤い鱗のドラゴニアスの口から、そのような悲鳴が周囲に響く。

 本来なら、赤い鱗のドラゴニアスに炎系の攻撃は通じない筈だった。

 実際、炎の魔法に特化したレイの魔法であっても、ドラゴニアスに対して致命的……どころか、かすり傷の一つも与えることは出来なかった。

 にも関わらず、炎帝の紅鎧で産み出された深紅の魔力の鞭は、少し触れただけで赤い鱗のドラゴニアスを燃やしてしまった。

 飢えに支配された赤い鱗のドラゴニアス達も、目の前で起きた光景には驚いたのか……もしくは、飢えよりも死の危険の方を強く感じたのか、動きを止めてレイに向かって襲い掛かって来ない。


「効果はあったか」


 そんな赤い鱗のドラゴニアスの者達を眺めながら、レイが呟く。

 本来なら効果がない筈の攻撃が効果があったというのに、レイの言葉には特に驚きがない。

 炎帝の紅鎧であれば、それだけの威力を発揮するだろうというのは予想していたからだろう。

 自分の周囲に浮かんでいる深紅の魔力を眺め……何となく理解する。

 確かに、炎の魔法は赤い鱗のドラゴニアスに効果はなかった。

 だが……それは、魔法で生み出された存在であるとはいえ、それでも炎であることに違いはない。

 そのように魔法で生み出された魔法の炎と違い、炎帝の紅鎧によってレイの周囲に浮かんでいるのはあくまでも魔力なのだ。

 勿論、その魔力は圧倒的なまでの熱を持ってはいるが、それでも魔法で生み出された炎と魔力そのものでは、似て非なるものと言ってもいい。

 ……それでも普通なら赤い鱗のドラゴニアスにそちら方面の攻撃は効かないのだろうが……炎帝の紅鎧の場合、そこに使われている魔力が圧倒的に多い。

 レイが本来の属性ではない魔法を使う場合は、とんでもない量……それこそ、一般的な魔法使いでは命を犠牲にしたり、寿命を削ってまで得られるような魔力、それも数人分を使うことによって、ようやくその属性と同じ威力を発揮する。

 だが、炎帝の紅鎧の場合は、レイの炎に特化している魔力を凝縮し、濃縮し、特殊な目がなくても魔力そのものが見えるくらいにまで圧縮することによって完成する。

 だからこそ、その魔力はレイが魔法で生み出す炎とは違い……赤い鱗のドラゴニアスを相手にしても、十分に威力を発揮するのだ。


「さて、これで、効果があるとなると……悪いが、あまり時間を掛けてもいられないんでな。手っ取り早く終わらせて貰うぞ」


 炎帝の紅鎧は、非常に強力なスキルだ。

 だが……当然の話だが、そのように強力なスキルが何の代償もなく使える筈がない。

 レイの持つ莫大な魔力があってこそ使用が可能なスキルであり、こうして使っている今でさえ常に魔力を消耗し続けている。

 それだけに、あまり長時間使えるスキルではなく……だからこそ、レイとしては切り札としてあまり使いたいとは思わない。

 特に今回の戦いでは、雑魚――それでも普通のケンタウロスが多数でようやく勝てる相手だが――を大量に倒すというのに使うのではなく、知性を持つドラゴニアスと戦う時の為に取っておきたかった。


(いや、七色の鱗のドラゴニアスを一匹でも殺せるんだと思っておくか)


 深紅の魔力を動かし、それを千切って赤い鱗のドラゴニアスのいる場所に向かって投擲する。

 魔力そのものを攻撃方法とし、レイのイメージ通りの性質を持つ炎に変える深炎。

 空中で投網状に広がった深炎は、その状態のまま近くにいた赤い鱗のドラゴニアスの群れの中に落下していき……そして次の瞬間、猛烈な炎となって触れた場所にいる全てを……それこそ、赤い鱗のドラゴニアスであっても、燃やす。

 周囲に響き渡る悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 かなり広範囲に広がった投網だっただけに、燃やされた赤い鱗のドラゴニアスの数もまた多い。

 数十……いや、百匹以上に及ぶか。

 本来なら、炎に対して絶対的な耐性を持つ赤い鱗のドラゴニアスではあったが、それでもレイの放った深炎には効果がない。

 いつもであれば、死の危険よりも飢えという本能の方が勝り、何があっても決して怯むことなく……それこそ、暴走と呼んでも決して間違いではない行動をするドラゴニアスであるにも関わらず、今はその動きを止めていた。

 飢えという本能だけで戦っているドラゴニアスにしてみれば、今までも殺されるということは承知の上で……いや、そんなことを考えるような余裕すらなく、飢えを満たす為に敵を肉の塊としか見ていなかった。

 だが、炎帝の紅鎧を使用したレイは、そんなドラゴニアス達であってすらも、死の恐怖を感じてしまうような、何かを持っているのだ。

 だが、当然のようにレイはそんな赤い鱗のドラゴニアス達の様子を気にするようなことはなく……次々と深炎を放ち、本来はどうやっても燃やすという手段で殺すことが出来ない筈の相手を燃やし殺していく。


「っと。随分と遅かったな」


 そんな中、不意にレイのすぐ側に七色の鱗のドラゴニアスが姿を現す。

 ……ただし、レイに向かって不意を打って攻撃してくるような様子は見せない。

 七色の鱗のドラゴニアスにしてみれば、いきなりレイの姿が変わった――正確には深紅の魔力を身に纏うようになっただけで、姿そのものは変わってないのだが――以上、警戒するのは当然だろう。

 だが、それでも攻撃をするのではなく、観察をする。……それも、レイのすぐ近くに姿を現すというのは、レイにとっても予想外の行動なのは間違いなかった。

 今の状況で攻撃をしてきても、それこそどうとでも対処出来るという自信がレイにはある。

 それだけに、七色の鱗のドラゴニアスが攻撃をするのではなく観察をするというのは、レイにとっても予想外の行動だったのだ。


「まぁ、それはそれ……だけどな」


 そう呟きつつ、レイは一瞬だけ視線を七色の鱗のドラゴニアスから逸らす。

 その視線が向けられた先にいたのは、こちらもまたセトの前足を放して地上に着地し、当たるを幸いと赤い鱗のドラゴニアスに攻撃をしているヴィヘラの姿。……正確には、そのようにして戦っているだろう場所、というのが正しい。

 元々平均的な身長よりも背の低いレイと、身長三m程もあるドラゴニアスだ。

 その上でドラゴニアスは無数に存在しており、その先にいるだろうヴィヘラの姿を見て分かるようなことが出来る筈もない。

 とはいえ、ドラゴニアスが吹き飛ぶ様子を見れば、それを行ったのがヴィヘラだろうというのは、容易に想像出来る。

 いや、吹き飛んでいるのが一ヶ所なら、それはヴィヘラではなくセトがやったものであると認識出来たかもしれない。

 だが……ドラゴニアスが吹き飛ぶなどという行為が二ヶ所以上で行われているとなれば、それを行ったのが誰なのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだろう。


「さて、そうなると……俺もこれ以上はあまり時間を掛けてはいられないな」


 呟き、地面を蹴る。

 元々素の状態であっても、ゼパイル一門によって作られたレイの身体能力は非常に高い。

 だが……炎帝の紅鎧を使っている今の状況では、それこそ桁外れの速度を生み出す。

 事実、最初にレイにぶつかった赤い鱗のドラゴニアスは、一体何があったのかも分からないままに、身体を焼かれ、砕かれながら吹き飛んだのだから。

 レイの動きは、当然ながらそれでは終わらない。

 炎帝の紅鎧を展開した状態のまま、その魔力の温度を高め……炎や熱に対して強い抵抗力を持つ赤い鱗のドラゴニアスであっても、触れただけで悲鳴を上げるような痛みを与える状態にしながら、ドラゴニアスの群れの中に突っ込んだのだ。

 それこそ、今のレイは触れて吹き飛ばされただけでも、ドラゴニアスという強靱な身体を持つ存在が半ば肉片と化しながら吹き飛ぶような深紅の魔力を身に纏っている。

 それがどのような結果を持つのか……それは、考えるまでもなく明らかだった。

 密集していたドラゴニアス達だけに、まさにそれが災いした形となる。

 触れる端から、次々と燃やされ、砕かれていくドラゴニアス達。

 それこそ、今のレイはただ突進しているだけなのだが、その突進を阻むような存在はここにはいない。


(よし、いい感じだ。この調子なら、それこそそう時間を掛けずに雑魚のドラゴニアスを排除することは可能だろう。……問題なのは、やっぱり七色の鱗のドラゴニアスを始めとした、他のドラゴニアスだよな。特に七色の鱗のドラゴニアスは可能な限り早く倒したいし)


 レイにとって、短距離とはいえ転移能力を持っている七色の鱗のドラゴニアスは、非常に厄介な存在だ。

 勿論、高い治癒能力……いや、再生能力と言ってもいいくらいの力を持つ黒の鱗のドラゴニアスや、ブレスを使って遠距離攻撃が可能な白の鱗のドラゴニアス、光学迷彩を持ち、百m近い高度にいるセトにまで届くだけの跳躍力を持つ透明の鱗のドラゴニアスといった者達も、厄介な相手だ。

 それ以外にも、知能が高く小回りの利く銅の鱗のドラゴニアスや、戦闘能力に特化した銀の鱗のドラゴニアス、銅と銀の双方の力を持ち、より高い次元で融合している金の鱗のドラゴニアス。血のレーザーを放つ斑模様のドラゴニアスといったように、雑魚以外にも高い戦闘力を持つドラゴニアスというのは、まだ多い。

 だが……それら全てを考えても、やはり一番厄介だとレイが感じるのは、転移能力を持つ七色の鱗のドラゴニアスだ。

 また、他のドラゴニアス達にしても、レイが知っている能力が全てではない。

 それ以外にも、特殊な能力を持っている可能性は十分にある。

 だからこそ、今のうちに手負いの七色の鱗のドラゴニアスを一匹でいいので倒しておきたいというのが、レイの正直な気持ちだった。

 幸いにも、七色の鱗のドラゴニアスはレイが見た限りでは五匹しか存在していない。

 であれば、ここで一匹減らすだけでも大きな成果なのは間違いなかった。


(いつの間にかいなくなってるけどな)


 周囲の様子を確認するが、既にそこには七色の鱗のドラゴニアスの姿はない。

 炎帝の紅鎧を使ったレイが強敵と見て、まずはその戦力を測るのと同時に、消耗させるのが目的なのだろう。

 レイとしては、当然向こうの考えは理解出来たが……だからといって、今の状況でそれをどうにかするといったような手段はない。

 精々が、周辺にいる大量のドラゴニアスを倒していけば、やがてその姿を現すだろうと、そう思うくらいだ。

 ……そして今のレイにとって、周囲にいるドラゴニアスを倒すのは、そう難しい話ではない。

 ドラゴニアスの間に紛れているのか、それとも一度距離を取って自分から離れたのか。

 七色の鱗のドラゴニアスが現在どのような行動をしているのかは、レイにも分からない。

 分からないが、それでも今はとにかく周囲のドラゴニアスの殲滅が先決だと判断し……獰猛な笑みを浮かべつつ、一歩を踏み出す。

 瞬間、それに合わせて一歩後退るドラゴニアス達。

 だが、当然のように周囲にいるドラゴニアス達は密集しており、レイの近くにいるドラゴニアスが下がっても、仲間の身体でそれ以上下がることは出来ない。

 そうして動きを止めたドラゴニアスに向かい、レイはデスサイズと黄昏の槍を構えたまま、炎帝の紅鎧による深紅の魔力を身に纏いながら襲い掛かるのだった。

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