第2379話

「ギギギギギギギィッ!」


 そんな鳴き声を上げながら、七色の鱗のドラゴニアスは唯一残った左腕でレイに向かってその鉤爪を振るう。

 レイが魔法を使い終わったのを待っていたかのように……いや、実際に待っていたのだろう。

 普通のドラゴニアスなら攻撃出来る時にはすぐに攻撃をするだろうが、七色の鱗のドラゴニアスを始めとする指揮官級……特殊な鱗を持つドラゴニアス達には、明確な知性がある。

 だからこそ、レイが魔法を使って気が抜けた一瞬の隙を見逃すような真似はしなかったのだろう。

 もっとも、その一撃を予想して転移してきたのを感じた瞬間に身体を斜めにして最初の一撃を回避したセトも、さすがと言うべきだが。

 ともあれ、そんな七色の鱗のドラゴニアスの一撃に対し、レイはデスサイズを振るう。


「ギィッ!」


 七色の鱗のドラゴニアスも、レイの持つデスサイズの威力は危険視していたのか、攻撃を放とうとした動きのまま、下半身のトカゲの足を使って空中を蹴る。

 目の前の壁を蹴るかのような動きで、それこそ半ば三角跳びに近い動きをして、レイから距離を取ろうとしたが……それでも、遅い。

 空中を蹴ったトカゲの部分の前足が、切断こそされなかったものの斬り裂かれたのだ。


「ギギギィッ!」


 レイの振るうデスサイズの速度は予想外だったのか、七色の鱗のドラゴニアスは前足を斬り裂かれた痛みに悲鳴を上げながらも、レイから距離を取る。

 斬り裂かれた足は切断される程ではなかったが、それでもかなりの深手なのは間違いない。

 その傷口から流れてる血が、地面に向かって落ちていく。

 そんな様子を見ながらも、レイは油断せずにデスサイズを構えるが……そんなレイに、セトの足に掴まっているヴィヘラが声を掛ける。


「レイ! まずはここから離れることを考えて! セトが私を連れている分だけ、動きに支障が出ているわ!」


 普通の相手なら、それこそヴィヘラどころかもっと重い相手を抱えていても、セトの戦いの邪魔にはならない。

 いや、正確には戦いの邪魔にはなるかもしれないが、セトの能力と敵の能力を考えると、問題ない程度、と言うべきか。

 だが……それはあくまでも普通の相手だ。

 七色の鱗のドラゴニアスが転移能力を持つ以上、それこそいつどこから攻撃をしてくるのか分からない。

 だとすれば、ヴィヘラ一人であっても運んでいる今の状況は、どう考えても不利にこそなるが、有利にはならない状況だった。


「……セト!」

「グルルルゥ!」


 一瞬の沈黙の後でレイが叫び、セトがそれに応えるように鳴き声を上げる。

 レイがすぐに返事をしなかったのは、ここから距離を取るにしても、他の七色の鱗のドラゴニアスがいつ攻撃してくるか分からないからだった。

 何故か今はレイと戦っている一匹しか攻撃をしてこないし、高い跳躍力と光学迷彩を持っている透明の鱗のドラゴニアスも近付いてくる様子はない。

 いや、前者はともかく後者は単純に女王から距離をとったから、というのが大きな理由かもしれないが。

 ともあれ、今ならまだ七色の鱗のドラゴニアスは一匹だけで攻撃してきているのだから、その状況を変えた場合、今よりも有利な状況になるとは限らなかった。

 とはいえ、ヴィヘラ程の戦力を無意味に遊ばせておくような真似をしても、それでは意味がないのも事実だ。

 だからこそ、一度ドラゴニアス達から離れて態勢を整えることにしたのだ。


(それに、七色の鱗のドラゴニアスは今のところ、自分を怪我させたからか俺とセトだけに集中して攻撃している。だが、今のままの戦いを続けた場合、ヴィヘラが攻撃の対象になる可能性もあるしな)


 空を自由に飛べるセトと、そのセトの背に乗っており、上半身は自由に動かすことの出来るレイ。

 そんな一人と一匹に比べると、セトの前足に掴まっているヴィヘラはどうしても行動が制限されてしまう。

 そのような行動制限されているヴィヘラが七色の鱗のドラゴニアスに狙われたら、どうなるか。

 勿論、レイの知っているヴィヘラであれば、七色の鱗のドラゴニアスの攻撃は回避するようなことも出来るだろうし、場合によっては迎撃するような真似も可能だろう。

 だが……転移と空を走るという能力を持ち、純粋な身体能力という点でも恐らくはドラゴニアスの中でも最高峰の力を持つのだろう七色の鱗のドラゴニアスを相手に、そこまで制限の掛かっている状況でどう対処するか。

 それは、考えるまでもなく非常に難しいことだろう。


(ヴィヘラの性格を考えれば、だからこそ面白いとか言うかもしれないけど)


 実際に尋ねれば、ヴィヘラならその通りと言うかもしれない。

 だが同時に、その状況では自分が思う存分戦えないので、やはり嫌だというような思いもある。

 そんな風にレイが考えている間にもセトは飛び続け……ふと、レイは疑問に思う。


(何でこの状況で、七色の鱗のドラゴニアスは転移して襲ってこない?)


 そんな疑問を。

 転移能力があるのなら、それこそいつでも自分達を襲ってこれるのではないか。

 だが、セトが全速力で飛んでいる時は、七色の鱗のドラゴニアスが転移して襲ってくるようなことはない。

 レイが魔法を使い、絨毯爆撃をしている時には転移して襲ってきたが、その時はセトも魔法の効果を最大限発揮出来るように、飛行速度を落としていた。

 それを考えれば、レイもまた七色の鱗のドラゴニアスの転移についての弱点……というには少し厳しいが、条件について予想することは出来る。


(つまり、七色の鱗のドラゴニアスが使う転移が可能な距離は限定的……ある程度の短距離しか転移が出来ないのか?)


 そう考えてしまえば、納得出来るようなところは多かった。

 もし自由に転移が出来るのなら、それこそいつでも攻撃をされてもおかしくはない。

 なのに、今の状況では全く敵に攻撃をされるようなことがなかったのだから。


「よし、セト。取りあえず急いでここを離れるぞ。あの転移は恐らく短距離でしか使えない。セトが全速力で飛んでいれば、転移して直接攻撃といった真似は出来ない筈だ!」

「グルルルゥ!」


 レイの予想にセトが鳴き、翼を羽ばたかせてその場から移動する。

 次の瞬間、セトが先程までいた場所に、片腕を失い、前足に大きな傷を付けられた七色の鱗のドラゴニアスが姿を現して残っていた片腕を振るう。

 だが、既にそこにはセトの姿はなく、空気そのものを斬り裂いただけだ。


「ギィッ!」


 またもや攻撃が通用しなかったことに、苛立たしげに鳴き声を上げる七色の鱗のドラゴニアス。

 だが、すぐに鳴き声を上げるのを止め、移動しているセトを追う。

 当然の話だが、七色の鱗のドラゴニアスに、レイ達を見逃すという選択肢は存在しない。

 特にこの七色の鱗のドラゴニアスは、他の仲間と違ってレイによって大きなダメージを受けている。

 そのような状況でレイ達を見逃すという選択肢は、絶対に取ることが出来ない。


「ギギギギギイイイイイイイイィ!」


 周囲に響き渡る雄叫び。

 その雄叫びを聞いた地上のドラゴニアスは、空を飛んで移動するセトを追い始める。

 七色の鱗のドラゴニアスにとって、通常の……思考能力を持たず、飢えに支配されているドラゴニアスというのは、それこそ自分の同胞という意識はない。

 ただでさえ七色の鱗のドラゴニアスは、ドラゴニアスという種族全体の中でも女王を別にすれば頂点に近い存在だ。

 それだけに、自分と同じドラゴニアスという種族でありながら、知性も何もなく、飢えに支配されている存在は、とてもではないが同胞と認めることは出来ない。

 それだけに、今回の戦いでレイ達の攻撃によってどのような被害を受けようとも、それは全く気にするべきことではなく……自分の中にある不満をどうにか出来るのであれば、それで全く問題はないという考えだった。

 だからこそ、レイ達を倒す為の捨て駒に使うのに躊躇なく、それでいて自分が攻撃をした時に普通のドラゴニアスが攻撃に巻き込まれても、全く問題はないと、そのように思っての行動。

 七色の鱗のドラゴニアスがそのようなことを考えているというのは、レイにも理解出来ないではない。

 ただ、それでも地上で動かずにいたドラゴニアスがセトを追い始めたというのは、セトの背に乗っているレイにも理解出来た。


「厄介な真似をしてくれるな」

「どうするのよ。この様子だと、どこまでも追ってくるわよ? それこそ、この地下空間から出ても」


 赤い絨毯のような敵の動きに、下を見ながらヴィヘラが告げる。

 生き残りのドラゴニアスは、別に赤い鱗のドラゴニアスだけではない。

 だが、それでもやはり一番数が多いのは赤い鱗のドラゴニアスである以上、空を飛ぶセトの背の上から下を見れば、そこに広がっているのは赤い鱗のドラゴニアスの群れだった。


「そう言ってもな。取りあえず、女王の側にいた強敵からは距離を開けることが出来たんだから、そんなに悪い流れじゃないだろ? ……問題なのは、あの赤い鱗のドラゴニアスの群れをどうするかってことだけど。地道に倒すには、敵の数がちょっと多くて面倒だしな」


 デスサイズと黄昏の槍を装備しているレイなら、それこそ赤い鱗のドラゴニアスの十匹や二十匹……いや、それが百匹や二百匹でも、容易に倒すことが出来る。

 だが……追ってくる赤い鱗のドラゴニアスの数は、それこそ数千……いや、万に達するだけの数がいる。

 そうである以上、レイとヴィヘラ、セトがそれらと戦っても、襲ってくる敵を全て倒すのには時間が掛かりすぎる。

 レイ達も、体力は普通よりも圧倒的に多い。

 それでも、ドラゴニアスとの戦いが続けばいずれは体力が限界となる可能性は高かった。


(そうなると、最終的には赤い鱗のドラゴニアスをどうにかする必要がある。となると……一網打尽に出来ない以上、圧倒的な攻撃力を使って、こっちに攻めてくる奴をどにかする必要がある訳だ。……いけるか?)


 一応、レイには現状を打破する方法に思い当たるところはある。

 だが、それを行ってもすぐにどうにか出来るかとなると、結局のところはっきりとはしない。


「取りあえず……あの七色の鱗のドラゴニアスは俺を狙ってるみたいだから、地上に降りたら俺は他のドラゴニアス達の相手をしながらも、そっちに集中する」

「……しょうがないわね」


 セトの前足に掴まっているという状況でありながら、ヴィヘラは残念そうに……本当に残念そうに、レイに告げる。

 強敵との戦いを楽しむヴィヘラだけに、本来なら七色の鱗のドラゴニアスとの戦いは自分が行いたいと思うのは当然だろう。

 だが、肝心の七色の鱗のドラゴニアスの狙いがレイである以上、例えヴィヘラがどれだけ戦いたがっても、それが叶うことはない。

 いや、レイとの戦いを邪魔すれば戦える可能性はあったが、それでも全力で……という可能性は低い。

 何より、既に七色の鱗のドラゴニアスはレイの攻撃によって片腕を失っており、前足にも致命傷ではないが、重傷と呼ぶに相応しい怪我をしている。

 どうせヴィヘラが戦うのであれば、手負いではなく万全の状態と戦いたいという思いがあった。


「ここはレイに任せるから、格好いいところを見せてね?」

「そうだな。……今の状況を考えると、やっぱり出し惜しみしているべき時じゃないよな。これだけ広い地下空間でも、下手をすると生き埋めになるだろうから、出来れば使いたくはなかったんだけど」

「切り札? ……ああ」


 レイの言う切り札が何か、当然ヴィヘラは知っていた。

 知っていたからこそ、それを使うというレイの言葉に、背筋がゾクリとする程の歓喜と快楽がその肢体に走る。

 それこそ、下手をしたら歓喜と快楽からセトの前足に掴まっている手を離してもおかしくないくらいに。


「本当に?」


 嘘じゃないわよね? と、顔を見なくても迫力のある……それでいて興奮から潤んだ目をしていると分かるような声で、ヴィヘラはレイに尋ねる。

 レイはそんなヴィヘラの様子を想像しながらも、取りあえずヴィヘラが抱いている興奮はドラゴニアスに向ければいいだろうと、そう判断した。


「ああ、正直なところ、赤い鱗のドラゴニアスに効果があるのかどうかは分からないが……取りあえず、やるだけやってみる。それに赤い鱗のドラゴニアスには効果がなくても、七色の鱗のドラゴニアスを始めとした知性のあるドラゴニアス達には効果があるだろうし。……じゃあ、早速だけど」


 そう呟き、レイはセトの背から下りて地上に落下していく。

 当然のように、下には赤い鱗のドラゴニアスが大量にいるのだが……それを関係ないと言わんばかりに無視し、自分の中に存在する莫大な魔力を圧縮し、濃縮し、密度を濃くしていく。

 魔力というのは、本来なら特殊な能力を持った者でなければ見ることは出来ない。

 だが……レイの持つ莫大な魔力を濃縮していくと、やがてその魔力は本来なら見えない筈が見える程に濃縮し、赤い魔力となってレイの身体に纏わり付いていく。


「炎帝の紅鎧」


 地面に着地する数秒前、レイはそのスキルを発動させるのだった。

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