第2378話

「何だ!?」


 一瞬前までセトのいた場所を、何かが通りすぎた。

 それは間違いのない事実だったが、問題なのはそれが何なのかが判断出来なかったことだ。


「グルルルルルゥ!」


 レイの言葉に答えるように、セトは鳴き声を上げながらその場から移動しつつ、七色の鱗のドラゴニアスとの距離を取りながら下を見る。

 そんなセトの視線を追ったレイは……地上を見て、そこに透明の鱗のドラゴニアスが身を屈めているのを目にし……先程の攻撃の正体が想像出来た。


「あいつの仕業か!?」


 その叫びに反応するかのように、透明の鱗のドラゴニアスは地面を蹴って飛ぶ。

 現在、セトの飛んでいる高度は五十m程。

 だが、透明の鱗のドラゴニアスは、地面を蹴って数秒と掛からずに、レイのすぐ側までやって来ていたのだ。

 いや、それだけであれば、レイもそこまで驚くようなことはなかったし、先程もセトのいた場所を通りすぎた時に、その姿をしっかりと確認出来ただろう。

 だが、今回はそのような真似が出来なかった。

 それは何故か。

 その理由は透明の鱗のドラゴニアスの姿が、消えていたからだ。

 最初に見た時は、透明の鱗のドラゴニアスはその表現通りに鱗が透明で、体内を走る血管や肉がしっかりと見えるような、そんな不気味なドラゴニアスだった。

 だが、跳躍した瞬間にその姿が消えたのだ。

 それは跳躍の速度が速くて目で追えないといったようなものではなく、文字通りの意味で消えた。

 セトの光学迷彩のように。

 つまり……それこそが、透明の鱗のドラゴニアスの能力なのだと理解すると、レイは魔力を通したデスサイズを振るう。


「ギンジャ!」


 そんな悲鳴と共に、胴体が上下に切断された透明の鱗のドラゴニアスの死体が空中に現れ……やがて、そのまま地上に向かって落下していく。


「なるほど。そういう攻撃が来ると分かっていれば、対処……っと!」


 再び七色の鱗のドラゴニアスが空中を走ってセトとの間合いを詰めようとした為か、セトは翼を羽ばたかせながらその場から移動する。


「ヴィヘラ!」

「無茶を言わないでよ……ねっ!」


 レイの言葉に、セトの前足に掴まっていたヴィヘラは、不満を口にしつつも自分を狙ってきた七色の鱗のドラゴニアスの一匹に向かって蹴りを放つ。

 キィンッという、甲高い金属音が周囲に響いたのは、ヴィヘラの装備している足甲と七色の鱗のドラゴニアスの持つ鱗が正面からぶつかった音なのだろうことは、レイにも容易に想像出来る。

 レイの投擲した黄昏の槍は全く万全の状態ではなかったのだが、それでも七色の鱗のドラゴニアスの鱗を貫いた辺り、どれだけの威力だったのかは想像するのも難しくはないだろう。

 それでもヴィヘラの一撃は、七色の鱗のドラゴニアスを吹き飛ばすことには成功する。

 セトに掴まって放った一撃と、空中を走っていた七色の鱗のドラゴニアスの一撃では、威力が違って当然だろう。


「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「グルゥ!」


 不意に響いたその声に、再びセトは翼を羽ばたかせて移動し……その瞬間、白いレーザーのようなものが、セトのいた場所を貫いていく。


「次は何だ!?」


 苛立ちながらも、レイは一体今の攻撃はどのような相手が行ったのかが、容易に想像出来た。

 黒の鱗のドラゴニアスは再生能力、透明の鱗のドラゴニアスは強靱な跳躍力と光学迷彩、七色の鱗のドラゴニアスは空を走る力。

 勿論、これが敵の実力の全てではないことは、レイにも分かる。

 何しろ、たった五匹しか存在しない七色の鱗のドラゴニアスの能力が、ただ空中を走るだけとは思えないからだ。

 ともあれ、ある程度能力が確認出来ているドラゴニアス達とは裏腹に、全く能力を知られていないのが、白の鱗のドラゴニアスだ。

 だとすれば、今の攻撃が白の鱗のドラゴニアスの攻撃だと判断するのは、そう間違っておらず……実際、そんなレイの予想は的中していた。

 セトの背中から下を見たレイが見たのは、口を開けてセトの方を見ている白い鱗のドラゴニアスの姿。

 それを見れば、先程の攻撃が何だったのかは、容易に想像出来る。


(ブレス、か。……まぁ、ドラゴニアスだけにブレスを使ってもおかしくはないんだが)


 ドラゴニアスの上半身は、リザードマンと非常に似ている。

 ……とはいえ、エルジィンにいるリザードマン達にそんなことを言えば、間違いなく不愉快になるだろうが。

 ともあれ、リザードマンというのは人型のトカゲ。……そして、人型のドラゴンとも呼ぶべき竜人やドラゴニュートといったような存在の下位互換という立場でもある。

 その辺りの知識は、あくまでもレイが日本にいた時に慣れ親しんだ、ゲームやアニメ、漫画からくるものなのだが。

 ともあれ、そのような存在である以上、ドラゴンの放つブレスと似たような攻撃をドラゴニアスが使えても、不思議ではないのだ。


(厄介。本当に厄介な相手だな。遠距離からの攻撃と、空を自由に駆け回って近接攻撃を行う相手と、地面から跳躍して一気にセトまで近付いて、その上光学迷彩染みた力を使ってくるような連中が揃ってるのか。今の状況で気にしなくてもいいのは、黒の鱗のドラゴニアスだけ……か?)


 レイが知ってる限り、黒の鱗のドラゴニアスは強い回復力……それこそ、再生力と言ってもいいような力を持っている。

 それは非常に厄介だし、実際にレイが投擲して身体を貫いた黄昏の槍の一撃ですらあっさりと回復したのだ。

 戦う上でそれは非常に厄介なのは間違いなかったが、同時に空を飛んでいる今の状況では気にしなくてもいいのは間違いなかった。

 ……可能性として、黒の鱗のドラゴニアスが実は他のドラゴニアスの怪我も回復させるような真似が出来るのなら、出来るだけ早く倒す必要があったが。


「とにかく、まずはお前達から……は?」


 現状で一番厄介なのは、やはり空を自由に駆け回ることが出来る、七色の鱗のドラゴニアスだろう。

 そんな七色の鱗のドラゴニアスが間合いを詰めて来た瞬間を見計らい、そして透明の鱗のドラゴニアスによる攻撃や白の鱗のドラゴニアスの攻撃もないタイミングを見計らい……レイはデスサイズを振るう。

 攻撃の速度、鋭さ、タイミング……その全てが組み合わさり、間違いなく七色の鱗のドラゴニアスの身体を切断出来るだけの威力を持っていた一撃。

 だが、その一撃が切断したのは、ドラゴニアスの身体……ではなく、空中。


「何!?」


 完全に、七色の鱗のドラゴニアスの身体を切断出来ると思っていただけに、レイはデスサイズの感触に疑問の声を口にする。

 今の一撃が何故外れたのかと。

 間違いなく、今の一撃は七色の鱗のドラゴニアスの身体を切断出来るだけの一撃であり、向こうにもそれを回避するなどといった真似は、まず不可能な筈だった。

 だが、現実にレイの振るったデスサイズが斬り裂いたのは、七色の鱗のドラゴニアスの身体ではなく、空中でしかない。

 それを考えれば、今の一撃が七色の鱗のドラゴニアスに命中しなかったことは明白だ。

 そうなると、一体何がどうなってそうなったのか……それが分からず、若干混乱するレイ。


「レイ! あの七色の鱗のドラゴニアス、転移能力があるわ! 今、何もない場所からいきなり姿を現した!」


 と、レイのそんな疑問を解決したのは、セトの前足に掴まっているヴィヘラの声。

 何もない場所から姿を現したとなると、それこそ転移能力ではなく光学迷彩を解除しただけでは? と思わないでもなかったが、五匹しかいない七色の鱗のドラゴニアスということを考えれば、その程度のことは出来てもおかしくはなかった。


「ちっ、空を走るだけじゃないとは思っていたが……本当に厄介な連中だ、な!」


 転移した先にいた七色の鱗のドラゴニアスに向かい、レイは左手で持っていた黄昏の槍を投擲する。

 半ば咄嗟のことだったので、投擲された黄昏の槍の威力は決して強力ではない。

 だが……それでも、普通のモンスターであれば黄昏の槍の一撃を防ぐといった真似は出来ない。

 様々な素材を使って産み出された黄昏の槍というのは、それだけ強力なマジックアイテムなのだ。

 そうである以上、七色の鱗のドラゴニアスであっても容易に防ぐことは出来ないと、そうレイは思ったのだが……


「そう来るよな!」


 転移能力があるのであれば、それこそ敵の攻撃をわざわざ回避したり防いだりといったような真似をする必要はない。

 転移してその場から移動すれば、敵からの攻撃は意味がないのだから。


「っと!」


 感じた殺気に、レイはデスサイズを振るう。


「ギギギギィ!」


 黄昏の槍の一撃を転移で回避した個体か、それとも別の個体なのかは分からなかったが、それでも七色の鱗のドラゴニアスの腕をデスサイズで切断したのだ。

 切断された腕は、回転しながら空中を飛んでいく。

 ……が、周囲全てが敵である以上、いつまでもその腕を見ているような余裕はない。


「グルルルゥ!」


 レイの一撃を最後まで見ず、セトは鳴き声を上げながら翼を羽ばたかせ、その場から移動する。

 次の瞬間、セトのいた場所を白の鱗のドラゴニアスから放たれたブレスが貫き、同時に光学迷彩で姿を消していた透明の鱗のドラゴニアスが跳躍してセトのいた場所の近くを通りすぎる。


「レイ、一度ここから離れた方がいいんじゃない? 女王を倒すにしても、まずは周囲にいる他のドラゴニアス達を倒した方がいいわよ」

「そうだな。あれだけ大きいと、狙えそうで狙えないのが残念だけどな。……セト!」

「グルルゥ!」


 レイの言葉を聞き、セトはすぐに翼を羽ばたかせながら移動を始める。

 女王の近くでは、白、黒、透明、七色の鱗のドラゴニアスと、四種類のドラゴニアスがいる。

 その中でも、黒以外のドラゴニアスは空中にいるセトに向かって攻撃を行うことが出来るので、その場から離れることが出来れば、取りあえず移動速度は普通のドラゴニアスとそう大差はないだろう白の鱗のドラゴニアスがいなくなるというのは、遠距離からのブレスによる攻撃がなくなるという点で、レイにとっては助かることだ。

 ……ヴィヘラが離れるように言ったのは、セトの前足に掴まっている今の状況では自分が戦えないと思ったからだと、予想は出来たのだが。

 とはいえ、レイにとってもヴィヘラという戦力が使えないのが非常に痛いのは事実だ。

 そうである以上、レイとしてはドラゴニアス達から一旦距離を取り……可能なら、追ってきた七色の鱗のドラゴニアスを……そして他にも光学迷彩と非常に高い跳躍力を持つ透明の鱗のドラゴニアスを倒してしまってから、他のドラゴニアス達を片付けたいというのが、正直なところだだった。

 何より、女王を中心にして集まっているドラゴニアスの中には、赤い鱗のドラゴニアス以外にも青や黄、緑……それ以外にも様々な色の鱗を持つドラゴニアスが、他にもそれなりに確認出来たのだから。

 レイが最初に使った魔法によって、赤の鱗のドラゴニアス以外の通常のドラゴニアスは、大きくその数を減らしていた。

 だが同時に、そのドラゴニアス達がいた場所によっては、無事に生き残ることも出来たのだ。


「赤い鱗のドラゴニアス以外のドラゴニアスも、出来るだけ倒してしまった方がいいか」


 現在、セトの下にいるドラゴニアス達を見ながら、レイはデスサイズを持ちながら呪文を唱え始める。


『炎よ、我が魔力を力の源泉として、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く、嵐の如く、絶えず途切れず降り注げ』


 その呪文と共に、デスサイズの……いや、レイの近くには無数の炎の矢が浮かび上がる。

 その数、約五百。

 そして、レイは呪文を発動し……その炎の矢は、敵に向けて牙を剥く。


『降り注ぐ炎矢!』


 放たれた五百本の炎の矢は、セトが移動する速度も組み合わさり……それこそ絨毯爆撃とでも呼ぶような効果をもたらす。

 もっとも、炎の矢の効果があるのは赤い鱗を持たないドラゴニアスだけだったが。

 だが、元々赤い鱗のドラゴニアス以外のドラゴニアスの数を減らすことが目的の行動である以上、それは全く何の問題もなかった。

 次々と放たれる一撃により、赤以外の鱗を持つドラゴニアスの数は加速度的に減っていく。


「よし……って、うおっ!」


 炎の矢の効果に満足していたレイだったが、いきなりセトが身体を斜めにしたことでバランスを崩す。

 一体何が!? そう思ったレイだったが、セトの身体のあった場所のすぐ上に七色の鱗のドラゴニアスが転移してきたのを見れば、何故セトがそのような行動を取ったのかを理解し……そして転移してきたのが片腕だと見れば、それが先程レイの攻撃を食らった敵だと判断し……魔法を使ったばかりのデスサイズの柄を握り締めるのだった。

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