第2377話

 レイがミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を構えると、当然ながら女王の周囲にいたドラゴニアス達は黙って見ている訳ではない。

 だが、そのような状況になっても女王の命令はしっかりと発揮されているのか、ドラゴニアス達はすぐには動かない。

 ……それでいながら、黒、白、透明、七色の鱗を持つドラゴニアス達は、動こうとしいるのが見て取れ……


「ギイイイイイイイイィイィイィィィイィ!」


 そんなレイ達の行動を制するように、女王の鳴き声が周囲に響く。

 不幸中の幸いだったのは、その鳴き声はレイ達に向けたものではなかったために、先程までと違って爪で黒板を引っ掻いた音のような、不愉快な思いをしなくてもよかったことだろう。

 ……代わりに、今までは動きを止めていたドラゴニアス達がすぐに動き出したが。


「セト!」

「グルルルゥ!」


 短い呼び掛けだけで、レイが何をして欲しいのか理解したのだろう。

 セトは即座に周囲に……自分達の方に向かって来ようとした相手に向かい、クチバシを開いてファイアブレスを放つ。

 そこから放たれた炎は、レイ達に向かって殺到しようとしたドラゴニアスたちの足を止めるには十分だった。

 何しろ、ドラゴニアス達は最初にこの地下空間に向かってレイが魔法によって生み出した炎を流され、それによって莫大な被害を受けたのだ。

 ……それこそ、ドラゴニアスの女王が正面からレイ達と戦った場合、その被害は許容出来ないとして、無理に無理を重ねた上で、レイ達と戦わずにすむ方法を考えようとする程に。

 とはいえ、レイの魔法とセトのファイアブレスでは、どうしても威力に差が出る、

 少なくても、レイの魔法程の威力は発揮出来ない。

 女王の周囲にいたドラゴニアス達もすぐにそれに気が付き、次の行動に移るのだが……そのすぐ、具体的には数秒の時間があれば、レイ達が次の行動を起こすには十分だった。

 セトがファイアブレスを放っている間に、レイはセトの背に飛び乗る。

 そしてセトはファイアブレスを放ったまま数歩の助走をし、ファイアブレスの使用を止めた瞬間に翼を羽ばたかせて上空へと駆け上がっていき、そのタイミングを見逃さずにヴィヘラは跳躍してセトの前足を掴む。

 殆ど言葉を交わさず、視線やタイミングだけで起こした行動ではあったが……それは、十分な程にレイの予想通りの行動となった。

 地上にいるドラゴニアスにしてみれば、周辺を炎が覆ったと思った次の瞬間にはセトの姿が目の前から消えていた……といったような感じだったのだから。

 勿論、そのように感じたのは、あくまでもセトの側にいたドラゴニアス達だけで、離れた場所にいたドラゴニアス達からは、レイ達が一体どのようにして空中に退避したのかというのは見えていた。

 見えていたが、その行動があまりに予想外で素早かった為に、阻止することは出来なかった。

 また、レイ達の行動はそれでは終わらない。

 空中という、ドラゴニアスにとってはどうしようなもない場所に移動しつつ、レイは再びセトに呼び掛ける。


「セト、バブルブレスだ!」

「グルルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトはすぐにバブルブレスを放つ。

 バブルブレスは、セトが持つスキルの中でも補助的……といったような効果を持つスキルだ。

 一cmから三cm程の無数の泡を放ち、その泡が何かに接触して破裂すると、粘着力のある液体となる。

 まだレベル一で、とても強力なスキルではないのだが、それでも触れた場所に粘着するというのは、この場合は効果的だった。

 ドラゴニアスの力を考えれば、レベル一のバブルブレスが生み出す粘着力など、殆ど意味がないだろう。

 だが、それでも一瞬……もしくは一瞬に満たない間であっても、動きを鈍らせることが出来るのは、間違いのない事実なのだ。

 そしてバブルブレスには、粘着力によって相手の動きを止めるといった効果の他に、もう一つの効果がある。

 それは、泡が弾けて液体となったものが身体に付着することの、不快感。

 実際にそれがどこまで大きな効果を持つのかは、それこそ実際に試してみないと分からないだろう。

 だが、その効果があるのは間違いなく……


「動きを止めることが出来れば、こっちでも十分に攻撃出来るんだよ!」


 その叫びと共に、レイは持っていた黄昏の槍を投擲する。

 セトの背に乗った状態である以上、地面に足を付けた万全の状態で放たれる一撃という訳ではない。

 足場が不確かな状況の中で、上半身の捻りと腕の力だけで放った一撃。

 だが、それでも放たれた一撃は真っ直ぐに空中を貫きながら、黒の鱗のドラゴニアスの一匹の身体を貫くには十分な威力を持っていた。

 ここで黒の鱗のドラゴニアスを狙ったのは、正直なところ特に意味があった訳ではない。

 いや、本来ならドラゴニアスの中でも一番数が少なく……それでいて強力な存在である、七色の鱗のドラゴニアスを狙えばよかったと、レイもそう理解している。

 だが、七色の鱗のドラゴニアスを見た瞬間、恐らくこの状況で攻撃をしても効果は発揮しないと、半ば反射的にそう思い、だからこそ別のドラゴニアスに向かって投擲したのだ。

 そして放たれた黄昏の槍は、それこそ狙撃銃の弾丸のような威力を発揮し、黒の鱗のドラゴニアスの身体を一撃で貫くことに成功する。

 並んでいる場所の関係上から、金の鱗のドラゴニアスよりも強者だろうと、そう思っての行動ではあったのだが、レイにとってその結果は少し……いや、かなり予想外のものだった。


(黒の鱗のドラゴニアス……もしかして、そう強くないのか? いや、けど……)


 そんな疑問を抱きつつも、取りあえず手元に武器を戻す必要があるだろうということで、黄昏の槍の能力を使って手元に戻し……


「嘘でしょ!?」


 セトの前足に掴まっていたヴィヘラの口から、何故か急にそんな声が漏れる。


「どうした?」

「レイが今攻撃した黒の鱗のドラゴニアスを見て」


 一瞬前の驚きが既に消えたのか、落ち着いた様子で告げるヴィヘラ。

 一体どうした?

 そんな思いで、手元に戻ってきた黄昏の槍が貫いていた黒の鱗のドラゴニアスを見てみると……


「うわぁ……」


 そんな声がレイの口から漏れる。

 何故なら、黄昏の槍で貫かれた黒の鱗のドラゴニアスの傷口が、黒い何かで埋められていったからだ。

 それを見ながら、一応念の為と黄昏の槍に視線を向けるが、幸いにして特に何か妙な液体は付着していない。


(となると、あの黒の鱗のドラゴニアスの傷口を塞いだのは、体液とかそんな感じじゃないのか? それとも、ダメージを受けた時に体内で生成される液体とか? ……まるでゴムみたいな感じだけど)


 あくまでも遠くから見た印象だったので、実際にそんなレイの言葉が合っているのかどうかは、本人にも分からない。

 だが、それでもあくまでそのような印象を受けたのは、間違いのない事実だ。


「どうするの、レイ。あの類の敵は厄介よ」


 似たような能力を持つ敵と戦った経験があるのか、ヴィヘラの口からそのような言葉が出る。


「そうだな。俺の印象で言えば、基本的には再生能力以上のダメージを一気に与えれば倒すことが出来るだろうし、もしくは再生出来なくなるくらい延々と攻撃し続けるという手段もあるんだが……どっちにしろ、そう簡単なことじゃないか」


 レイのその認識は、あくまでも日本にいた時のゲームやアニメといったものから来たものだったが、その手の知識がこの世界でも結構通じるのは、これまでの経験から信じられた。

 ただし、中には全くその手の知識が通用しないこもあるので、絶対という訳ではないのだが。

 何よりも、この場合厄介なのは、黒の鱗のドラゴニアスは他にも何匹もいて、一匹に集中出来ないということだろう。

 ましてや、それ以外にも多数のドラゴニアスがいる以上、一匹に集中するような真似は出来ない。


「そうなると、やっぱり敵を纏めて殺せる広範囲殲滅魔法が必要か? ……ただし、それが効くかどうか、微妙なところだけど」


 女王を中心に集まっているドラゴニアスの中には、赤い鱗のドラゴニアスの数が多い。

 つまり、炎の魔法を使っても大半が効果がないのだ。

 そうなると、それ以外の魔法を使う必要があるのだが……それが一体どのような魔法を選べばいいのかというのは、レイにとっても難しいところだ。


(やっぱり火災旋風か? あれなら炎と熱によるダメージ以外にも、ドラゴニアス同士でぶつかってダメージを与えることが出来るし、金属片とかを使えば、それによって大きなダメージを与えることが出来る。……もっとも、それをやる為にはある程度の時間が必要となるが)


 レイの得意とする火災旋風は、レイだけの魔法で起こせる訳ではない。

 あくまでも、レイの魔法とセトのスキルという、二つの力が合わさり、それでようやくどうにか出来るのだ。

 だが、それを行うには地上に降りる必要がある。

 今の空を飛んでいる状況では、火災旋風を使うような真似は出来ないのだ。


「幸いなのは、女王には攻撃能力がないことくらい、か」


 レイが見たところ、女王は高い知能を持ち、様々な種類のドラゴニアスを産み出すといったような真似が出来るが、女王本体には攻撃能力の類があるようには思えない。

 もし女王に何らかの攻撃能力があるのなら、それこそこうして空を飛んでいる今の状況で、攻撃されてもおかしくはないのだから。


「レイ!」

「グルルルルゥ!」


 そんなことを考えていたレイだったが、不意にセトに掴まっていたヴィヘラが鋭くレイの名前を呼ぶ。

 そしてレイが反応するよりも前に、セトが先に行動する。

 翼を羽ばたかせ、その場から素早く移動するセト。

 一体何が?

 そう思ったレイだったが……周囲の様子を確認したレイが見たのは、空中を蹴って飛んでいる、七色の鱗のドラゴニアスの姿だった。


「は?」


 一瞬、レイは目の前で何が起きているのか、理解出来なかった。

 だが……七色の鱗のドラゴニアス、それも五匹は、地面を走るように空中を蹴りながら、セトの方に近付いてきていた。

 それは、レイの持つマジックアイテム、スレイプニルの靴が空中を蹴るという能力を持っているのを自分の足で行っているという、そんな光景。


「ギギギギギギ!」


 七色の鱗のドラゴニアスの一匹は、レイの意表を突かれたような顔がそれだけ面白かったのだろう。

 笑い声を上げながら……それでも、動きが鈍るといったようなことはなく、レイに……より正確にはセトの間合いを詰めて、鋭い爪を振るってくる。


「グルルルゥ!」


 だが、七色の鱗のドラゴニアス達の攻撃が始まるよりも、セトの行動の方が早い。

 素早く翼を羽ばたかせ、地上に向かって降下していったのだ。

 当然のように下で待ち構えていた他のドラゴニアス達は、そんなセトが近付いてくるのを待ち構えていたが……


「グルゥ!」


 地上にいるドラゴニアスとの距離が縮まった瞬間、再びセトは大きく翼を羽ばたかせて上に向かって飛ぶ。

 そんなセトの動きに、空中を走り回っていた七色の鱗のドラゴニアスは出遅れる。

 下に行ったと思ったセトが、急速に上に方向転換をした為に、五匹揃ってその動きについていけなかったのだ。

 翼で自由に空を飛び回れるセトと、あくまでも空中を走っている七色の鱗のドラゴニアスとの差が明確に出たといった形だろう。

 セトがそのような行動に出れば、レイもまたそんなセトの行動に反応するように黄昏の槍を投擲する。

 セトの背に乗っている状態なので、使えるのは上半身の力だけ。その上で左手を使っての投擲となれば、威力そのものは期待出来なくてもおかしくはない。

 だが……それでも、セトの行動を無駄にしたくないという思いがその一撃には宿り、その上で七色の鱗のドラゴニアス達もセトの変幻自在と呼ぶに相応しい動きに翻弄され……


「ギギャ!?」


 黄昏の槍に腕を貫かれた七色の鱗のドラゴニアスの一匹が、悲鳴を上げる。


(悲鳴? 貫いた? ……一体、何でだ? 金の鱗のドラゴニアスですら、鱗を犠牲にしつつも、受け流すといったようなことが出来たのに)


 それは、純粋なる疑問ではある。

 だが、生憎と今はそのような疑問を解決するような余裕はない。

 今の一撃で七色の鱗のドラゴニアスを一匹であっても殺すことが出来ていれば、多少は余裕を持てたのだろうが……生憎と、今の攻撃でダメージを負わせることが出来たのは、腕だ。

 右手で狙いを付ければ、七色の鱗のドラゴニアスを倒すことが出来た可能性もあったのだが……今更、それを考えても意味はない。


「とにかく、この七色の鱗のドラゴニアスが厄介な存在なのは変わらない。幸い、空を飛んでいる今なら、この連中だけを……」

「グルルルゥ!」


 と、レイの言葉を遮るようにしてセトが鳴き、素早くその場から移動する。

 次の瞬間……目には見えないが、何かがそこを通ったのを、間違いなくレイは感じていたのだった。

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