第2376話
「今のは……」
頭の中に直接言葉が生まれたような、奇妙な感覚。
一瞬……本当に一瞬だけだったが、今の声はもしかしたら気のせいだったのではないかと、そうレイは考える。
しかし、レイの隣のヴィヘラも不愉快そうに眉を顰めているのを見れば、決して今の言葉……もしくはテレパシーのようなものなのかもしれないが、それが気のせいでないことだけは確実だった。
「レイも聞こえたの? いえ、聞こえたというか、頭の中に直接言葉が生み出されたというか……」
「ああ、どうやらそっちも俺と同じ感覚だったらしいな」
お互いに視線の合わせて、相手にあったことを理解するが、そんな二人とは裏腹に、セトの方はそこまで嫌そうな様子を見せてはいない。
先程もそうだったが、女王の鳴き声で不快感が強いのは、あくまでもレイとヴィヘラだけだ。
セトの方も多少の不快感はあるらしかったが、それでも実際にはそこまででもないのは明らかだった。
(何でだ? やっぱり人かどうかってのが問題なのか? いやまぁ、俺もヴィヘラも正確には人じゃないけど)
レイは、ゼパイル一門の技術の粋を集めて作り出された身体だ。
ヴィヘラも、以前は普通の人間だったが、今はとある事件でアンブリスという凶悪なモンスターを吸収したことにより、人間と呼ぶのは難しい存在になっている。
そういう意味で、正確には二人とも人間と呼ぶのは難しいのだが……それでも、レイは心は人間のつもりだった。
「ギイイイイイイイイィイイイイィィイィィィ!」
再び女王の鳴き声が地下空間の中に響き、同時にこちらもまた同様にレイやヴィヘラの頭の中に言葉が生み出される。
『探求……我欲……力……同一……汝』
言葉が生み出されるのは先程と同様ではあったが、問題なのは生み出される言葉はあくまでも単語でしかなく、女王が正確には何を言いたいのかが分からないのだ。
「痛っ! ……そもそも、言葉をこんな手段でこっちに伝えてくるということは、こっちの言葉を理解していると考えてもいいのか? とてもじゃないけど、そうは見えないが」
頭の中に生まれた言葉の痛みに眉を顰めながら、レイは女王を見る。
そこに存在するのは、とてもではないが女王という名前に相応しい存在ではないが、この場合の女王というのは国の頂点に立つ意味での女王ではなく、女王蟻や女王蜂的な意味での女王……女王ドラゴニアスだ。
そうである以上、女王蟻が蟻を、女王蜂が蜂の卵を産むように、女王ドラゴニアスがドラゴニアスを産み出す能力に特化しているのは、ある意味で当然のことなのだろう。
「どうなのかしらね。あんな手段であっても、自分の意思を知らせるということは、やっぱりこっちの言葉は分かってると思ってもいいと思うんだけど」
頭の中に言葉が生まれる時の痛みは、それ程長くはない。
ヴィヘラもその言葉によって痛みが消えたところで、そうレイに告げる。
「だと、いいんだけどな。……それで、ヴィヘラはあの単語から何か分かったか?」
「難しいところね。頭に中に生まれるのはあくまでも単語だけだから、その単語を他の単語とどう繋げるのかは……」
「ギイイイイィイイイィイィイイ!」
「ちっ、またか!?」
ヴィヘラと会話をしていたレイは、再び女王の口から上がった声に、思わずといった様子で不満を口にする。
そして、次の瞬間には再びレイの頭の中には言葉が生まれた。
『希望……力……塊……繁殖……増殖……我』
相変わらず単語が思い浮かぶ。
だが、レイとヴィヘラの会話を聞いていたのか、それとも単純に偶然なのか。
ともあれ、レイの頭の中に生まれたその言葉で、何となくドラゴニアスが希望していることが予想出来た。
「力、塊……これって、他のドラゴニアスが狙ってきたことを思えば、やっぱり精霊の卵のことだよな?」
「じゃあ、繁殖、増殖、我っていうのは……精霊の卵があれば、ドラゴニアスの増える速度が今よりも上がるということか?」
そう告げた瞬間、もし自分達の予想通りであれば、決してそれは頷けることではないと、そう理解する。
もしレイとヴィヘラの予想が正しいのであれば、女王が欲している精霊の卵を手に入れた場合、その繁殖力……いや、レイが見たところ女王は雄を必要とせず、自分だけでドラゴニアスを産み出すことが出来るようなので、繁殖と呼んでもいいのかどうかは疑問だったが、とにかくドラゴニアスを産み出す速度が増すのは間違いない。
今の状況でも、ケンタウロスはドラゴニアスによって壊滅的な被害を受けているのに、ここで更にドラゴニアスの数が増えたら、どうなるか。
この草原で数が減っているとはいえ、何とか草原には残っているケンタウロス達。
もしドラゴニアスの数がこれ以上増えたらどうなるかは、それこそ考えるまでもないだろう。
であれば、そのケンタウロスの味方をしているレイとしては、これ以上ドラゴニアスを産み出す為に、精霊の卵を寄越せという女王の言葉に従う訳にはいかなかった。
(そもそも、俺はあくまでもドラゴニアスの本拠地であるここにいる連中を殲滅する為にやって来たんだ。なら、わざわざここで相手の言葉に従うといったようなことをするつもりはない)
そう判断し、いつでも攻撃出来るようにデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから出せるように準備をしつつ、口を開く。
「悪いが、精霊の卵はこっちで使う用事があるから、そっちには渡せない」
……実際には、精霊の卵を使う用事などは存在しない。
そもそも、精霊の卵というのはあくまでも外見から仮にそう名付けているだけであって、実際に精霊の卵がどのような代物なのかというのは、レイにも分からないのだから。
(とはいえ、あの精霊の卵をどうするのかも、考えないといけないんだよな)
ケンタウロス達も、精霊の卵から感じられる圧倒的な精霊の力は感じている。
だが、元々ケンタウロスの中には魔法使いの適性を得ている者はかなり少ない。
そんな中でも、精霊魔法使いともなれば更に数は少ないだろう。
そんなケンタウロス達だけに、今回の一件をどうにかして精霊の卵を残していっても、いらない騒動になるだけだというのは、レイにも容易に想像出来た。
……かといって、レイが精霊の卵を持って帰るというのは、また気が進まなかったが。
いっそグリムに預ければいいのでは? という思いも、ない訳ではない。
アナスタシアとはまた違った意味で好奇心の強いグリムだけに、精霊の卵という存在は非常に興味深い筈だった。
「ギイイイイイィィイイィイイィイ!」
と、レイが精霊の卵について考えていると、再び女王の鳴き声が周囲に響く。
そして、再びレイの頭の中に女王の言葉が生まれる。
『命……生誕……飢餓……我欲……血球』
最初の言葉は何となく意味が分かった。
正確な意味ではなく、あくまでもそういう方向性なのだろうというようなニュアンスではあったが。
だが、問題なのは最後の血球という単語。
それが一体どのような意味を持っているのか、レイには理解出来ない。
(普通、血球となると白血球とかそういうのが思い浮かぶけど、この世界で……それこそ本能で動いているドラゴニアスが、白血球という言葉を知っているとは思えない。だとすれば……今の血球という単語は何を意味している? 普通に考えれば、血球……血の球ってところだろうけど)
一体どこから血球という言葉が来たのか分からず、レイは改めて女王に視線を向ける。
だが、女王はそれを全く気にしていない。
「俺の言葉が理解出来るか?」
一応、そう尋ねてみるレイだったが、女王が何か反応する様子はない。
それこそ、全く無反応といった様子で目の前に巨大な肉塊として存在している。
(これって、こっちの言葉を理解出来ないのか? いやまぁ、こうして見た感じではそんな風に思っても、そうおかしくはないだろうけど……対処するのが難しいな。いっそ、最終的には戦うことになるんだろうから、先制攻撃でも仕掛けた方がいいのか?)
そう思わないでもなかったが、今のこの状況でそのような真似をした場合、間違いなく大きな戦いとなる。
このような場所でそのような状況になれば、間違いなく厄介なことになる。
あるいは、レイ達の周囲にいるドラゴニアスが普通のドラゴニアスであれば、レイも戦いを行うということを考えられるだろう。
だが、現在ここにいるのは通常のドラゴニアスではなく、特殊なドラゴニアスだ。
白、黒、そして最も数が少ない……つまり、ドラゴニアスの中でも女王のような例外を別にして、もっとも高い能力を持つだろう七色の鱗のドラゴニアスがいる。
実際にはまだ戦っていないので、それらのドラゴニアスがどれだけの強さを持っているのかは分からない。分からないが、それでも今回の一件を考えると強いというのは間違いなかった。
金の鱗のドラゴニアスですら、レイが空を飛んでいるセトの背の上という、決して全力ではなかったが、それでも投擲された黄昏の槍は金の鱗のドラゴニアスに受け流された。
勿論、それを行った金の鱗のドラゴニアスも、無事ではない。
非常に高い防御力を持つ金の鱗の中でも、黄昏の槍に触れた部分は……いや、触れていない部分ですら、剥がされ、砕かれ、貫かれと、非常に大きなダメージを受けたのだ。
(金の鱗のドラゴニアスよりも強いだろうこの連中なら、もっと被害を少なくして、黄昏の槍をどうにかするんだろうけど)
そんな思いで黒、白、七色のドラゴニアスに視線を向けるレイだったが、その視線を向けられた方は、女王に何か命令されているのか、レイの視線に反応するようなことはない。
「ギイイイイィィイィイィィィィ!」
『汝……運命……決意……死……生……』
「痛っ! ……これ、もう少しすれば慣れると思うか?」
再びの女王の鳴き声と、頭の中に生まれた単語に嫌そうな様子を見せるレイ。
来ると、そう合図してから鳴き声を発するのならともかく、その鳴き声はいきなりだ。
そうである以上、今はどうしようもないというのが事実だった。
「どうかしらね。この痛みというか、嫌悪感というか、これはもう本能的なもののように思うわよ。少なくても私は聞き続けても慣れるといったことにはならないと思うし、好んで慣れたいとも思わないけどね」
ヴィヘラのその言葉は、レイにも納得出来るものだった。
黒板を爪で引っ掻くような音……それに慣れろという方が無理なのだ。
レイも、ヴィヘラと同様に女王の言葉に慣れるかと言われれば慣れるとは答えられなかったし、慣れるまで延々と女王に付き合いたいとも思わなかった。
「そうだな、その意見には俺も同意だ。……ただ、問題なのは言葉が通じないということは、こっちの返事をどうやって伝えればいいのか、ということなんだよな」
言葉が通じない以上、今の状況で何を言っても、それこそ女王にはレイ達がどのような意思を示したいのかというのは、伝わらない。
銅の鱗のドラゴニアスを道案内としてここまで寄越したのだから、それを思えば何らかの手段を用意していてもおかしくはなかったが。
「返事をするにも、その返事はどうするの? もう決まってると思ってもいいのかしら?」
「それは、ヴィヘラにもよく分かってると思うが?」
自分をからかうように訪ねてきたヴィヘラに、レイもまた同じようにからかいを込めて尋ねる。
そんなレイの様子に、ヴィヘラは嬉しそうな笑みを浮かべた。
それは、戦いを……それもあっさりと倒せるような相手ではなく、強敵との戦いを楽しみにしているヴィヘラ特有の笑み。
そんなヴィヘラの笑みに何かを感じたのか、今まではレイ達が何を話していても殆ど反応を見せなかった周囲のドラゴニアス達が、揃って身体を微かにではあっても動かしたのだ。
戦いを前に、自然と浮き上がった闘気のようなものを感じ取ったのだろう。
白、黒、透明、七色……そんなドラゴニアス達の反応を見ながら、レイは口を開く。
「答えは否だ。ここまでケンタウロスとの関係が最悪の状況になった以上、それ以外の選択肢はないだろ」
そう、結局のところ女王がどのような条件を出そうとも、レイとしての答えは決まっていた。
これが、あるいはケンタウロスが本当にもうどうしようもない状況で、生き残りが十数人といった程度まで弱っていれば、ある意味で降伏勧告とも呼ぶべきことが出来る女王の提案に乗るという選択肢もあっただろう。
だが、幸いにして現在のケンタウロスは文字通りの意味でドラゴニアスに喰い荒らされてはいるが、それでも相当の数が生き残っている。
全てのケンタウロスを確認した訳ではないので正確なところは言えないが、草原におけるケンタウロスとドラゴニアスの戦力比は四対六……だが、それにレイ達が加われば、五対五……場合に寄れば、六対四まで逆転出来るというのが、レイの予想だった。
「つまり……返事は、こうだ!」
その言葉と共に、レイはデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出し、臨戦態勢を整えるのだった。
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