第2375話
レイを睨んでいた金の鱗のドラゴニアスは、結局レイがその前を通ったところでも特に何か行動に出るようなことはなかった。
とはいえ、金の鱗のドラゴニアスも含めて女王から動かないようにと命令されている以上、例え動こうと思ってもそう簡単に動くような真似は不可能だったのだろうが。
そうして金の鱗のドラゴニアスの集団の前を通りすぎ……そこで、ふとレイは疑問を抱く。
(あれ? 俺が知ってる限りだと、金の鱗のドラゴニアスは指揮官の中でも最上位だった筈だ。なのに、何故こんな中途半端な場所にいる?)
普通に考えて、指揮官の中でも最上に位置する存在がいた場合、それは女王のすぐ側にいるべきだろう。
今はこうして半ば停戦状態のような形になっているが、実際には今まで散々殺し合いをしてきた関係なのだから。
それを考えれば、レイ達と会うのに頼りになる戦力を自分の側に控えさせないという考えはない。
(だとすると……女王から俺達が逃げる時に、逃がさないようにする為か? いや、けどそれはそれで疑問だよな。そもそもの話、俺達が女王と会ったからって、逃げるとも限らないんだし。それこそ、女王に近付いたのをこれ幸いと攻撃を仕掛ける可能性は……向こうも分かっている筈だ)
レイにしてみれば、自分でも思いつくことなのだから、当然のように向こうもそれくらいは分かっているだろうと、そう思う。
勿論、ドラゴニアスの思考が自分達と同じとは限らないので、その答えが完全に合っている……といった訳ではないのだが。
「それにしても、まさか金の鱗のドラゴニアスがこんなに手前にいるとは思わなかったわね」
ヴィヘラもまた、レイと同じ疑問を抱いていたのか、そんな言葉を口にする。
そしてレイとヴィヘラだけではなく、セトもまたそんなドラゴニアスの様子に疑問を感じている様子を見せていた。
「グルルルルゥ」
周囲の様子に何か異常はないか。
そんな思いで周囲の様子を眺めるセトだったが、異変と言えばそれこそドラゴニアスが道を空けている今の状態こそが異常と言えるだろう。
「普通に考えれば、女王の側にいる護衛のドラゴニアスは金の鱗のドラゴニアスよりも更に格上の存在なんだろうな。……それはそれで納得出来るけど」
まだ二回しか外で会ったことがないとはいえ、逆に言えば二回も外で会ったということでもあるのだ。
それもこの草原は広大で、レイ達は会うことが出来なかったが、他にも金の鱗のドラゴニアスがいてもおかしくはない。
もし金の鱗のドラゴニアスが女王にとっての切り札であるのなら、そんな切り札を多数外に出すのか? という疑問が思い浮かぶのは当然だろう。
「なるほど。もし本当にそうなら、私としてはこれ以上ないくらい嬉しいわね」
そう返すヴィヘラの表情には、好戦的な笑みが浮かんでいる。
ヴィヘラにしてみれば、金の鱗のドラゴニアスとの戦いが楽しめないのは残念だったが、それよりも強敵がいるのであれば、それこそ是非戦ってみたいと思うのは当然だろう。
(女王はいいのか?)
ヴィヘラの様子を見てそんな疑問を抱くレイだったが、本人がそれで納得しているのなら、それはそれで問題ないだろうと、そう考える。
実際には、金の鱗のドラゴニアスよりも上位の存在と戦った後で、女王と戦おうと考えている可能性もあったが。
「ん? ……へぇ。ヴィヘラ。大分近付いてきたみたいだぞ」
話ながらも歩き続け、一体どれくらいの時間が経ったのか。
視線の先に存在するドラゴニアスの女王の姿が、かなり近付いていた。
それこそ、見上げてもその全体を視界に入れるのがそろそろ難しくなってくるくらいには。
「っそうね。……出来ればもっとしっかりと確認したいところだけど、今の状況だとそんな真似も出来ないかしら。それより、私が気になってるのは……やっぱりね」
女王を見ていたレイとは違い、ヴィヘラの視線は女王の周囲にいるドラゴニアス達に向けられる。
そこには、黒い鱗、白い鱗、そして透明な……それこそ体内が透けて見えるような鱗を持つドラゴニアスがおりそんなドラゴニアス達の中心には、七色の鱗を持つドラゴニアスの姿があった。
黒、白、透明。
これらの鱗を持つ者も、数十匹単位でしかないが……周囲の光源によって七色に輝くその鱗の持ち主は、五匹しか存在しない。
(どうやら、予想は当たったようだな)
そんな四種類のドラゴニアスに視線を向けながら、レイは納得する。
先程、金の鱗のドラゴニアスを見た時に、実はもっと上位のドラゴニアスがいるのではないか。
そう思っていたのだが、そんなレイの予想は見事に当たった形だ。
……とはいえ、レイも金の鱗のドラゴニアスの上位の存在は一種類か……多くても二種類くらいだと思っていたのだが、そういう意味では完全に予想を外されていた。
何しろ、現在視線の先にいる新種のドラゴニアスは四種類もいるのだから。
場合によっては、まだ他に表に出てきていないドラゴニアスがいないとも限らない。
その辺の事情を考えると、ここまで大人しくやって来たのが失敗だったか? と思うと同時に、ドラゴニアスに対する詳しい情報を入手出来たことを非常に嬉しくも思う。
(そうなると、問題なのは……この新種達が、一体どんな力を持っているかだな)
レイが知ってる限りでは、銅の鱗のドラゴニアスは小柄で速度に優れており、最大の特徴として高い知能を持っている。
銀の鱗のドラゴニアスは、基本的に戦闘能力に特化している個体が多い。……それが個としての戦闘なのか、部隊を指揮する戦闘なのかの違いはあるが。
そして金の鱗のドラゴニアスは、その双方の力を持っており、その上で上位互換と呼ぶべき力を持つ。
そんな中で、より上位の四種類のドラゴニアスが一体どれだけの力を持っているのか。
それは、レイに理解は出来なかった。
(普通に考えれば、黒は闇の力、白は光の力……透明は何だ? 光学迷彩とかの能力か? 七色は……見た感じ、一番数の少ないドラゴニアスだったし、その能力は多分他のドラゴニアスよりも強いんだろうな)
あくまでもレイの予想ではあるが、そんなに間違っているとは思っていなかった
問題なのは、それが具体的にどれだけの力となるのかということだろう。
現在はドラゴニアスの女王と会う為に移動しているので、それらのドラゴニアスと戦う必要はない。
しかし、それはあくまでも今の状態であればの話だ。
レイも、自分達……正確にはケンタウロスとドラゴニアスが、相容れない存在だというのは理解している。
今こうしてドラゴニアスに囲まれた状態であっても攻撃をされないのは、あくまでも特例中の特例でしかないのだ。
そうである以上、女王と会った後に一体どうなるか……それを考えると、少し厄介なことになったと、そう思ってしまう。
(俺とヴィヘラとセトだけなんだから、最悪セトが空を飛べば、殆どのドラゴニアスは相手にしなくてもいいか。……問題なのは、新しい四種類の中に、遠距離攻撃出来たり、場合によっては空を飛べるような能力がないことを祈るだけか。斑模様のドラゴニアスは、そこまで数がいなかったしな)
血のレーザーを放つ斑模様のドラゴニアスは、金の鱗のドラゴニアスよりも数が少ないようにレイには思えた。
勿論、ドラゴニアスは無数にいるので、そんな中に紛れ込んでおり、それに対して金の鱗のドラゴニアスはある程度集団となって纏まっていただけ……という可能性も十分にあるのだが。
とはいえ、現状でレイが警戒すべきなのは、新種のドラゴニアス四種と、遠距離攻撃が可能な斑模様のドラゴニアスだけだ。……女王も勿論、警戒すべき相手ではあるのだが。
「レイ」
「ああ」
ヴィヘラの短い問い。
だが、その言葉に込められている内容がどのようなものなのかは、それこそレイにも十分に理解出来た。
移動しているレイ達は、やがてドラゴニアスの女王のすぐ前までやって来たのだ。
それは、一言で表現するのであれば不気味な存在というものだろう。
ドラゴニアスというのは個体差こそ大きいが、それでもある程度の共通性を持つ。
上半身がリザードマンに似たような形をしており、下半身はトカゲのような爬虫類的な存在であると。
だが……現在レイの目の前にいる存在は、そんなドラゴニアスの共通性は全く存在しない。
まず第一に、下半身が巨大な肉の塊になっているのだ。
トカゲのような爬虫類ではなく、肉塊。
その肉塊には無数の管のようなものがあり、その管の先には粘膜に覆われた繭のようなものが存在している。
それが一体何なのかは、それこそレイも容易に想像することが出来た。
つまり、ドラゴニアスというのはドラゴニアス同士で子供を作るのではなく、女王から全てのドラゴニアスが生まれているのだろうと。
そういう意味では、やはり蟻や蜂に近い習性を持つという、レイの予想は当たっていたのだろう。
(だからこそ、厄介なんだけどな)
目の前に存在する女王……それこそ巨大すぎて、一体どこを見ればいいのか分からない、そんな相手に、レイはどうするべきか迷い……自分をここまで連れて来た、銅の鱗のドラゴニアスに視線を向ける。
自分達を案内するように命令されてきた以上、銅の鱗のドラゴニアスは自分達と多少なりとも意思の疎通が出来るのだろうと、そう思ったからだ。
また、移動中にサンドイッチを食べさせたことで、こちらに対して少しでも友好的に接してくれるのではないかと、そのような思いもあったからだ。
(取りあえず、いきなりこっちに攻撃をしてくる……なんてことは、ないと思いたい)
そう考えたレイだったが、銅の鱗のドラゴニアスはレイのそんな視線に気が付く様子もなく、女王から少し離れた場所で待機していた。
この様子を見る限り、銅の鱗のドラゴニアスに何を言っても意味はないだろう。
残念ながら、レイもそう判断するしかなく……つまり、今の状況では自分で目の前の女王、それこそ肉の壁と呼ぶべき存在と意思疎通をする必要があった。
「ギイイイイイイイイ」
目の前に存在する肉塊を見ていたレイの耳に、そんな声が聞こえてくる。
それは、単純な鳴き声……という訳ではなく、不思議な程に頭の中に響きつつ、それでいて背筋が泡立つような、そんな鳴き声。
……とはいえ、背筋が泡立つというのは、目の前の存在に対して脅威を抱いているから、という訳ではない。
黒板を爪で引っ掻くような、そんな音の為に自然とそんな感覚を覚えるのだ。
もっとも、その比喩を理解出来るのはレイだけだろうが。
ただし、そのような比喩を理解出来ずとも、背筋が泡立つというのは理解出来ただろうが。
「何、これ。……どうしろっていうの?」
女王の言葉に眉を顰めながら、ヴィヘラが呟く。
実際、それはレイにとっても同意するしか出来ないことだ。
女王の鳴き声が一体どのような意味を持っているのか、ドラゴニアスの言葉が理解出来ないレイには、当然分からない。
「セトは……無理か」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの言葉に、セトは何を聞きたいのか理解出来たのだろうが、すぐにそれを否定するように喉を鳴らす。
人間以外のモンスターという括りである以上、もしかしたら言葉が通じるのではないかとレイも期待したのだが、残念ながらその期待は外れている。
女王が何を言っても、その言葉をセトは理解出来ないのだ。
そのことが分かったと同時に、もう一つだけレイには気が付いたことがある。
先程の女王の鳴き声は、レイに背筋を泡立てるような嫌な思いをさせたのは間違いない。
それは間違いないのだが、セトはレイとヴィヘラ程には女王の鳴き声に嫌悪感を覚えていない。
全く何の意味もないのかと言われれば、その答えは否だ。
だが、それでもレイ達と比べると、そこまで嫌な思いをしていないのは、間違いなのない事実だった。
(同じモンスターだからか? ……って考えれば、セトに怒られそうだけどな)
あんな女王と一緒にして欲しくないという、そんなセトの態度が容易に想像出来たレイは、すぐに考えを切り替え、改めて女王に視線を向ける。
「さて……悪いが、俺達にお前が何を言っているのか、全く理解出来ない。もう少し分かりやすく反応してくれると、こっちとしても助かるんだけどな」
「ギイイイイイイィィィィイイイイィィ!」
レイの言葉が理解出来たのかどうか、再び鳴き声を上げる女王。
その鳴き声は周囲一帯に響き渡り、当然のようにレイやヴィヘラにも、先程と同様背筋を泡立たせ……
『理解……我が身……基準……』
と、不意に頭の中にそんな途切れ途切れの単語が直接流し込まれるように聞こえてくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます