第2365話
「相変わらず、レイの地形操作は凄いな」
感心したようにザイが呟く。
レイは一瞬それがお世辞か何かかと思ったが、ザイの視線の中にはそのような色は存在しない。
……そして、野営地として選んだ場所を見回せば、ザイの言葉が決してお世辞の類ではないというのは、明らかだった。
レイは最近それなりに使うことが多かったので、地形操作のスキルをそこまで評価されるというのは少し意外だったが、実際に地形操作のスキルはドラゴニアス対策という点では非常に大きい。
野営地の周囲に張り巡らされた堀と壁により、ドラゴニアスはレイ達を容易に襲えないのだから、当然だろう。
もっとも、あくまでも壁は地面を隆起させて生み出したもので、そこまで強力な防壁という訳でない。
少なくても、金の鱗のドラゴニアスは勿論のこと、銀の鱗のドラゴニアスや……斑模様のドラゴニアスであっても、破壊することは不可能ではないだろう。
(そういう意味では、半ば気休めなんだよな。……これがもっと離れた場所なら、その気休めの効果もそれなりにあるんだろうけど)
普通のドラゴニアスであれば、飢えに支配されているので周辺を土壁に囲まれている中にレイ達がいると判断出来ない可能性もあったし、判断しても壁を破壊出来るかどうかは分からなかった。
だが……それはあくまでも普通のドラゴニアスだけの場合であって、指揮官のドラゴニアスがいれば、話は変わってくる。
そしてレイ達は、間違いなくドラゴニアス達の本拠地に近付いている以上、この一帯を見回っているドラゴニアス達は指揮官が混ざっていることが多い。
「レイ、そろそろ夕食にしたいんだけど……構わないか?」
「ああ、こっちはそれで問題ない」
先程まで出ていた夕陽も、既に地平線にその身体を半分以上隠している。
まだ明るいうちに食事をし、見張り以外は早く寝て、明日は出来るだけ早く移動したい。
そう主張するザイの言葉に、レイも特に異論はない。
現在いるのがドラゴニアスの本拠地の近くである以上、一ヶ所に留まるのは出来るだけ避けた方がいいのは、間違いない事実なのだから。
「じゃあ、準備させるからレイは食材を出してくれ。……本来なら、干し肉とかの保存食だけにした方がいいんだけどな」
肉や野菜を炒めたり煮たりといったような真似をすれば、当然のように周囲に匂いが漂う。
それもただの匂いではなく、食欲を刺激するような匂いだ。
そうである以上、飢えに支配されたドラゴニアスがその匂いを嗅ぎつければどうなるか……それは、考えるまでもないことだろう。
それでも、干し肉のような保存食だけで食事をした場合、どうしても士気に影響が出て来る。
……実際に戦うのは、レイとヴィヘラだけになる予定なので、そういう意味ではそこまで士気について気にする必要はないのだが。
「分かった。明日……もしくは明後日にはドラゴニアスの本拠地には到着するだろうから、今夜は美味い食事をしっかりと食べた方がいいだろうな。採掘作業で疲れている者も多いだろうし」
精霊の卵を採掘し、更にはドラゴニアスの襲撃まであった。
後者は、実際にケンタウロス達がドラゴニアスと戦った訳ではなかったが、それでも襲撃があったということだけで、精神的な疲労が強くなるのは当然だろう。
そのような疲れを癒やす為に、レイとしては夕食を豪華にするという選択をする。
「酒はどうする? そういう約束をしてただろ?」
「そうだな。けど、今のこの状況で酒を飲むなんて真似は、まず無理だろ。それこそ、いつドラゴニアスが襲ってきてもおかしくはないんだから。そういう意味では、酒はドラゴニアスの本拠地を叩いた後だな」
そんなレイの言葉に絶望的な表情を浮かべたのは、鹿の世話をしていたケンタウロスだ。
酒に釣られて鹿の世話をしたのに、まだ酒が飲めないとは……と。
ザイはすぐにそんなケンタウロスの姿に気が付き、口を開く。
「ドラゴニアスの本拠地を殲滅したら、レイもとっておきの酒を出してくれる。特にお前は、レイからの指示に直々に従ったんだから、それこそ極上の一杯が貰える筈だ。……だよな?」
ザイの視線の先にいるのは、当然のようにレイ。
レイはそんなザイの言葉に、少し考えてから頷く。
「そうだな。俺はどの酒がどれくらい美味いのかは分からないから、その辺は分からないが……取りあえず、高価な酒をやるのだけは約束しておく。……ただし、その酒が本当に美味いかどうか……いや、お前の口に合うのかどうかは、分からないけどな」
レイは自分が言ったように酒の味は分からない。
だが、それでも酒というのが人によっては好みが大きく違うというくらいは、知っている。
それこそ、例え非常に高価な酒であっても、ケンタウロスがそれを飲んで美味いと思えるかどうかは、また別の話なのだ。
もっとも、鹿の面倒を見る……つまり、ドラゴニアスが攻めて来たのを間近で見るといったような真似をさせてしまったのだから、満足出来るような酒を飲ませてやりたいとは、思っていたが。
「勿論、それで満足するに決まってるだろ!」
レイの言葉に、酒を……それも他の者達とは違って、とっておきの酒を貰えるということが決まった為か、そのケンタウロスは心の底から嬉しそうに叫ぶ。
「って、あまり叫ぶなよ。ドラゴニアスがそれを聞きつけてこないとも限らないんだからな」
ケンタウロスの様子に、少しだけ冗談っぽく告げるレイ。
実際には、もしドラゴニニアスが壁に囲まれたこの野営地の側までやってきたりすれば、すぐにセトがそれを察知して皆に知らせるだろう。
レイとケンタウロスの会話を聞いていた者達も、そんなレイの思いは分かるのか、その言葉に特に突っ込むような真似はしない。
「ともあれ、酒に関しては心配するな」
一応、といった様子でレイは改めてそう言っておく。
そうして、他の者達は食事の準備を進めていくのだった。
「アナスタシアは、今日はゆっくりと休んでくれ。明日もお前に頼る必要があるからな」
「ええ、そうさせて貰うわ。……本来なら、精霊の卵を調べたかったんだけど」
はぁ、と。
レイの言葉に、残念そうに……本当に心の底から残念そうに、そう告げる。
好奇心旺盛なアナスタシアだけに、出来れば精霊の卵をしっかりと……心の底から調べてみたかった。
だが、今のアナスタシアはかなり疲れており、とてもではないが精霊の卵を調べるような余裕は存在しない。
精霊魔法を使って精霊の卵を地面から掘り出し、そして運べるようにしたのだ。
そうである以上、当然のようにアナスタシアはかなり消耗している。
「それは、どうしようもないだろ。今の状況でお前が身動き出来なくなるのは、こっちにとっても致命的なんだ」
正確には、ドラゴニアスの本拠地がある場所に向かっている以上、今日移動してきた方向を、そのまま真っ直ぐ進めば目的地に到着出来る可能性は高い。
これがレイとセトだけであれば、移動している間に進行方向が逸れていく可能性は十分にあったが、今はレイ達と共にこの草原で生きてきたケンタウロス達がいる。
大半のケンタウロスがこの辺りの出身という訳ではないが、それでも同じ草原である以上、ある程度の方向感覚は信用出来る筈だった。
だが……それでも、やはり万が一ということを考えると、精霊魔法の力で正確に敵の本拠地の場所を知っているアナスタシアに案内して貰うのが、最善なのは当然だろう。
「別に、明日になれば精霊の卵がなくなる訳じゃないんだし。今日はゆっくりと休めばいいんじゃない?」
「……ヴィヘラは、強敵がいるのに今日は休んで明日戦えと言われたら、すぐに納得出来る?」
「それは……」
レイのフォローをするつもりだったヴィヘラだったが、そう言われてしまうと素直に頷くことも出来ない。
実際、金の鱗のドラゴニアスがここにいて、それで戦わずに逃げたということをレイから聞いた時、本当に惜しいと、そう思ったのだから。
そうである以上、アナスタシアの言葉に異論を唱えることは出来ない。
……いや、やろうと思えば異論を唱えることは出来ない訳でもないのだが。
何しろ、アナスタシアとヴィヘラでは、立場が違う。
現状でドラゴニアスの本拠地を見つけることが出来るのは、あくまでも精霊の卵の力をある程度利用出来るアナスタシアだけだ。
そんなアナスタシアに比べると、ヴィヘラは戦力としては非常に強力だが、レイやセトといったように代わりになる存在は普通にいるのだから。
「話はその辺で終わりにしろ。とにかく、アナスタシアは少しでも回復する必要があるんだから、さっさと寝ろ。ドラゴニアスが攻めて来ても、起きる必要はないぞ」
普通に考えれば、敵が攻めて来ているのに起きる必要がないというのは、それこそお前が死んでも構わないと暗に言ってるように思える。……それが、レイでなければ、の話だが。
レイがそのように言った場合は、それこそ本当にドラゴニアスが攻めて来ても、自分達だけで……もしくは、自分だけでどうにでも出来ると、そう思っているのだ。
そして、そのようなことを言ってもおかしくないだけの実力を、レイは持っている。
「分かったわ。じゃあ、レイのお勧め通り、私は明日までぐっすりと眠らせて貰うわね」
アナスタシアはそう言い、先程から一言も口を開いていなかったファナと共に、自分に宛がわれたテントに向かう。
……レイ達、正確にはセトから少し離れると、二頭の鹿がそんな二人の後を追う。
日中と比べると、少しだけセトとの距離が縮まったような気がしたレイだったが、それでもかなり距離を取っている以上、本当にセトと打ち解けるまで、どれくらい掛かるのかは不明だったが。
「随分と口が上手いのね」
「……は? 何がだ?」
ヴィヘラの口から出たのは、レイも理解出来ない言葉だ。
冗談でも何でもなく、本当に何故口が上手いなどと言われたのか、レイは分からなかった。
「ドラゴニアスが来ても眠ってていいんでしょ? それってつまり、ドラゴニアスが襲ってきても、レイが絶対に守ってみせると、そう言ってるようなものよ? それで口が上手くないと言える? ある意味、口説き文句と思われてもおかしくないでしょうね」
「それは……」
言葉に詰まるレイ。
実際、レイはそのようなつもりで言った訳ではなく、純粋に消耗しているアナスタシアが全快して欲しいと、そう思っての言葉だったのだ。
「別にそんなつもりじゃなかったんだが」
「あのね、レイがそんなつもりかどうかは、この際全く関係ないの」
自分の言葉なのに自分が関係ないと言われたレイとしては、不満を抱く。
とはいえ、ヴィヘラの表情はからかっている訳ではなく、真面目に自分の意見を口にしている様子だったのだから、それを考えるとレイも素直に話を聞かない訳にはいかない。
「この場合、大事なのは話を聞いた方が……今回は、アナスタシアがどう思ったのか、よ。幸い、アナスタシアはレイが自分を口説いているといったようには思わなかったみたいだけど」
そこまで言うと、ヴィヘラは小さく溜息を吐く。
「エレーナがこのことを知ったら、きっと面白いことになるわよ? あ、もっともその面白いというのは、私にとっては、だけど」
エレーナは、レイが複数の恋人や妻を作ることは否定していない。
だがそれでも、本当にレイを愛している者でなければ……それこそ、遊び半分ということであれば、到底認められる筈もなかった。
だからこそ、レイが何気なく口に出した言葉でそのようなことになった場合、ヴィヘラが口に出したように、色々と面白いことになるのは間違いない。
それとなく告げるヴィヘラに、レイも何となく理解出来たのだろう。真剣な表情で頷く。
「分かった、気をつける」
そう言うレイだったが、この手の言動は本人がそのつもりでやるのならともかく、あくまでも無意識に行われることも多い。
そのような場合、レイが幾ら気をつけても意味がないのは間違いなかった。
ヴィヘラも、それは分かっていた。
何しろ、先程自分の目の前でアナスタシアに口説き文句と思われても仕方のないことを口にしたのだから。
(それでも、レイが気をつけるということに意識を向ければ……多分、幾らかは改善されるでしょうね)
ヴィヘラはそう考えながら、周囲を見る。
……何故か、ケンタウロス達の何人かが見てはいけないものを見てしまったかのように視線を逸らしたが、ヴィヘラはそれが何故か分からなかった。
「とにかく……そろそろ、寝ましょうか。いつ何かがあるのか分からないし、体力は回復出来る時にしておいた方がいいでしょうから」
ケンタウロス達の視線に疑問を抱きながらも、そう告げるのだった。
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