第2364話

 レイの魔法によって燃えているドラゴニアスの死体を見ながら、その隣までやって来たヴィヘラは若干不満そうな様子で口を開く。


「それで、結局金の鱗のドラゴニアスを逃がした訳ね」

「そうなる。……一応聞くけど、そっちでは遭遇しなかったんだよな?」


 レイの問いに、ヴィヘラは頷きを返す。

 あるいは、レイがドラゴニアスを倒している間に、金の鱗のドラゴニアスがヴィヘラ達の方に向かったのでは? という思いがレイの中にもあったのだが、こうしてヴィヘラ達がやって来た様子から見れば、そんな様子は全くなかった。

 ……もしヴィヘラが金の鱗のドラゴニアスと戦っていれば、それこそ嬉々としてその時のことを口にするだろう。

 また、ヴィヘラの表情も嬉しそうにしていたのは間違いない。

 それがないということは、やはり金の鱗のドラゴニアスとの遭遇がなかったのだろうというのは、レイにも容易に予想出来た。


「そうなると、あの金の鱗のドラゴニアスはどこに行ったんだと思う?」

「普通に考えれば、俺達の情報を持って本拠地か拠点に撤退したんだろうな」


 普通のドラゴニアスは飢えに支配されている関係上、そのような冷静な判断は出来ない。

 だが、金の鱗のドラゴニアスを始めとして、他のドラゴニアスを指揮出来るだけの実力を持った存在であれば、明確な知性があるというのは、これまでの戦いの中で知っていた。

 ……とはいえ、今までのところ、幾ら知性を持っているとはいえ、自分達の情報を得た上で撤退してその情報を持ち帰る……などといったことをしたのは、銅の鱗のドラゴニアスだけだった。

 戦闘力に自信のない銅の鱗のドラゴニアスだけに、そのような行動をしても納得出来たのだが……レイが知ってる限り、最強のドラゴニアスたる金の鱗のドラゴニアスがそのような真似をするとは、完全に予想外だった。


「そうなると、これからどうなると思う? レイとセトの情報を持って帰ってたということは、ドラゴニアスはそれに対抗する何らかの手段を取る可能性があるけど」

「そう言われてもな。……考えられる可能性としては、赤い鱗のドラゴニアスの比率を増やすくらいか?」


 ドラゴニアスの中で、唯一レイの魔法に耐えるだけの実力を持つのが、赤い鱗のドラゴニアスだ。

 それだけに、レイに対処する一番簡単な方法は何かと言われれば、やはりそれは赤い鱗のドラゴニアスの数を増やすことだろう。

 それ以外の色の鱗を持つドラゴニアスがやって来ても、それこそレイであれば魔法で一蹴出来ると、そう金の鱗のドラゴニアスも理解しているのだろうから。

 とはいえ、赤い鱗のドラゴニアスで対処出来るのは、あくまでもレイの魔法に対してだけであり、デスサイズや黄昏の槍を使った戦闘には対処出来ない。

 ……実際、レイによって燃やされたドラゴニアスの死体のほぼ全ては、赤い鱗のドラゴニアスのものだったのだから。

 それ以外の色の鱗のドラゴニアスは、最初にレイの使った魔法によって消し炭にされていたので、その死体は残っていない。


「いっそ、金の鱗のドラゴニアスが集団でやって来るというのは、どう?」

「それは……実際にそうなったら、かなり厳しいことになると思う。けど、実際にそんな真似をするのは難しいだろ?」


 今まで、レイは幾つものドラゴニアスの拠点や、移動している集団を殲滅してきた。

 そんな中で遭遇した金の鱗のドラゴニアスは、最初の拠点と今回の二度だけだ。

 つまり、大量に存在するドラゴニアスの中でも、金の鱗のドラゴニアスというのは非常に希少な存在なのは間違いないと思わる。


(希少って意味だと、斑模様のドラゴニアスもまだ一度しか遭遇してないけどな)


 血のレーザーとでも呼ぶべき遠距離攻撃をしてくる斑模様のドラゴニアスは、レイにとっても厄介な存在なのは間違いない。

 基本的に近距離での戦いしか出来ないドラゴニアスが、遠距離からも攻撃を出来るのだから。

 ドラゴニアスとの戦いに慣れている者であればある程に、意表を突かれるだろう。


「とにかく、金の鱗のドラゴニアスが消えた以上、自分達の拠点か本拠地に戻ったのは間違いない。多分……俺達が一体どれだけの力があるのか、それを確認する為に自分は戦わないで、俺達の戦闘を観察してたんだろうな」


 あるいは、ドラゴニアス達で倒せるのなら、それでどうにかすると思っていた可能性もあるが。

 そこは直接口には出さず、心の中だけで思う。

 実際、レイは自分のその考えがそんなに間違っているようには思えない。

 普通なら、多数のドラゴニアスに襲われれば、どうしようもなく貪られ、喰い殺されてもおかしくはないのだから。


「そうね。……残念だけど、今は進むしかないかしら。ただ、そうなると今日の野営には今まで以上に注意が必要になると思うわ」


 金の鱗のドラゴニアスが、夜襲を仕掛けてこないとも限らない。

 暗にそう告げるヴィヘラの言葉に、レイもまた頷く。

 金の鱗のドラゴニアスが持つ高い知性のことを考えると、その可能性は否定出来ない事実だった。

 今の状況で敵が具体的にどのような行動に出るのかは、レイも分からない。

 だが、ドラゴニアスにしてみれば自分達が探していた精霊の卵があるのだから、それを奪わないという選択肢はないだろう。

 もっとも、ドラゴニアスが精霊の卵を精霊の卵と認識しているのか、それとも単純に強力な精霊の力を発する何かであれば何でもいいのか、その辺りのことはレイにも分からなかったが。

 そもそもの話、精霊の卵という名称もレイ達がその外見と印象からつけたものだ。

 実際にはもっと別の名前があるのかもしれないが。


(その辺は俺が考えても仕方がないか。とにかく、現在の俺に出来るのは……少しでも早くドラゴニアスの本拠地を見つけて、殲滅することか)


 結局のところ、それがどうにかならなければ、いつまでもレイ達はドラゴニアス達に襲撃を受け続けることになる可能性が高い。

 だからこそ、今は少しでも急いで本来の目的を果たす必要があった。


「よし、行くぞ! いつまでもここにいたら、いつまたドラゴニアスが襲ってこないとも限らないからな!」


 そんなレイの言葉に、一行は再び移動を開始する。

 いつまでもここにいては、またドラゴニアスに襲われるとも限らないとなれば、少しでも早くここから移動した方がいいというのは、当然の結論だった。

 そうして、偵察隊は移動を開始する。

 ドラゴニアスとの戦いの痕跡が色濃く残っている、この場所。

 そこを通る際に、何人かのケンタウロスはその戦いの激しさを理解し、色々と感じるものがあったらしい。


「なぁ、おい。改めて見ると……レイやセトの戦いって、出鱈目だよな」

「それは今更の話だろ? レイとセト……それにヴィヘラの存在を考えれば……」


 レイやセトではなく、ヴィヘラの名前を出した時に一番恐怖を感じたのは、やはり何度となくヴィヘラと模擬戦を行っているからだろう。

 直接自分達を叩きのめした……それこそ、少しの実力差という訳ではなく、圧倒的なまでの実力差で叩きのめされているだけに、レイやセトよりもヴィヘラの方を恐れるのは当然だった。

 勿論、レイやセトがヴィヘラよりも弱いと思っている訳ではない。

 実際にレイやセトがドラゴニアスと戦っている光景は、何度となくその目で見ているのだから。

 だが……それでも、やはり直接自分でその実力を味わったヴィヘラと比べると、恐怖や畏怖の対象としてはヴィヘラが上がってしまう。


「けど、ヴィヘラの話によると、レイとの模擬戦で勝ったことはないらしいぞ?」

「嘘だろ、それ……」


 少し離れた場所で話を聞いていたケンタウロスの一人が、信じられないといった様子で呟く。

 その話を聞いていた者達は、直接声に出すようなことはなかったが、皆が同じように感じていた。

 とはいえ、中にはそれを聞いたことがあった者もいたのか、若干得意げに口を開く。


「それ、本当らしいぞ。ヴィヘラ本人が隠している訳じゃないから、聞けば普通に教えてくれる。……ただ、その話を聞いたらうんざりする気分になるけど」


 元々、ケンタウロスというのは強さを重んじる種族だ。

 そんなケンタウロスの中でも、この偵察隊に参加している者達は、それぞれの集落の中でも腕利きとして知られていた者が多い。……本当の意味で集落の最強クラスは、いざという時のことを考えてか、この偵察隊には参加していないが。

 だからこそ、ケンタウロス達にとって自分達よりも圧倒的な強さを持つヴィヘラ……そして、そのヴィヘラですら勝つことが出来ないという、レイの存在。

 それらを考えると、正直なところとてもではないが強さの壁というべきものを気にしてしまう。


「おい、そろそろ交代してくれ!」


 うんざりとしていた気分のケンタウロス達を我に返らせたのは、少し離れた場所から聞こえてきた声。

 声のした方に視線を向けると、そこには精霊の卵を載せた神輿を担いでいるケンタウロス達がいる。

 ……ちなみに、神輿のことはレイが神輿と呼んだことから、ケンタウロス達からも神輿と呼ばれている。

 神輿という言葉の本当の意味は分からなかったが、それでもこのような物は神輿と呼ぶのだと、そう思ったのだろう。

 精霊の卵そのものの重さは、そこまで重い訳ではない。

 それこそ、ケンタウロスなら一人でも持ち運びは出来る程度のものだ。

 だが……それでも神輿に載せて移動しているのは、精霊の卵に直接触れると一体どのようなことが起きるか、分からないからというのが大きい。

 それを避ける為に神輿で運んでいるのだが、その神輿その物がそれなりの重さを持ち、何よりも自分だけではなく四人で持っているということで、どうしても他の者にタイミングを合わせる必要があった。

 ケンタウロスにとっては、それが何気に厳しいのだろう。

 また、アナスタシアから安全だと言われてはいるが、それでも精霊の卵に対して色々と思うところがあり、それもまた精神的な疲労に直結する。

 そんな訳で、ケンタウロス達は移動しながら既に何度か担ぎ手を交代していた。


「おう、分かった。なら俺が交代するよ」


 話していたケンタウロスの一人がそう言いながら、担ぎ手の一人と交代する。

 他にも何人かのケンタウロスが交代し……偵察隊は、アナスタシアに導かれるように先を進む。

 幸いにして、その後は途中でドラゴニアスに遭遇するようなこともなく……そのような幸運とは裏腹に、太陽は傾き夕陽へと変わりつつあった。

 そもそも、レイがアナスタシアと合流したのは今日だ。

 それからの時間を考えると、今日一日でここまで進めたことが、寧ろ出来すぎだろう。


「そろそろ、野営地を決めないといけないな。……出来れば岩とか林とか、防壁になるような場所がいいんだが。見た感じではそんな場所はないな」


 周辺にあるのは、一面の草原。

 草原が夕陽に照らされて赤く染まっている光景は、幻想的と言ってもいい。

 熱くない炎に接しているかのような……そんな不思議な感じに、何故かレイの口元に笑みが浮かぶ。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 不思議そうに尋ねてくるヴィヘラにそう言葉を返し、動きを止めるようケンタウロス達に指示を出す。

 周辺に盾になるような場所がない以上、地形操作のスキルを使ってある程度防壁とするしかない。

 そして地形操作を使うのなら、それこそこの草原ならどこであっても変わらない。

 それなら、太陽が完全に沈むよりも前に出来るだけ早く野営地を作った方がいい。

 明るいうちに野営地を作れば、暗くなってもある程度の余裕をもって行動出来るのだから。


「よし、じゃあ、この辺にするか。ザイ、それで構わないか?」

「ああ。こっちは何も問題ない。レイが言ったように、林や岩があればまだ楽だったんだが……それがない以上は、レイの魔法で地面を弄って貰う方が手っ取り早い」


 ザイもレイの言葉に頷くと、それで決まりとなる。


「アナスタシア、精霊の卵は野営地の中央に置いた方がいいか?」

「ええ、そうしてちょうだい!」


 少し離れた場所から、アナスタシアが叫ぶ。

 アナスタシアにしてみれば、レイの側にいればわざわざ叫ばなくてもいいのだが……アナスタシアとファナが乗っている鹿は、未だにセトに慣れていない。

 その為、可能な限り離れた場所にいたいと考え、その通りに行動しているのだ。


(この辺も、何とかしたいところなんだけどな。……どうしたものやら)


 鹿のいる方を見て残念そうしているセトを見て、レイは声を掛ける。


「幸か不幸か、ドラゴニアスの本拠地まではそれなりに距離があるんだ。時間があれば、鹿もセトに慣れると思うから、気にするな」

「グルゥ?」


 その言葉に、本当? と喉を鳴らすセトを、レイはそっと撫でるのだった。

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