第2355話

 アナスタシアが精霊魔法を使ってケンタウロス達と共に精霊の卵を運び出している頃……


「グルルルルルゥ!」


 集落の中にいたセトが、素早く警戒の鳴き声を上げる。

 ドラゴニアスがこの集落に固執したのは、精霊の卵が原因だというのは、レイにも理解出来ていたのだが、それでもまさかここでいきなりドラゴニアスが襲ってくるのは完全に予想外だった。

 そもそもの話、本拠地や拠点にいるドラゴニアス達が集落で広がった精霊の卵が持つ力……それも精霊魔法使いのアナスタシアでさえ、濃いと言わしめる程の力の異変……具体的には、採掘したということを、どうやって知ったのか。

 この集落のすぐ側に拠点があるのならともかく、この周辺にそのような拠点が一切ないのは、レイも知っていた。


(つまり、セトが警戒しているのは精霊の卵を掘り返す前には、この集落に向かっていた連中か。……厄介だな。けどまぁ、ある意味予想していたことではあるが)


 偶然この集落に向かっていたドラゴニアスの集団が、精霊の卵が発掘されたことを何らかの手段――恐らく精霊の力――によって知り、今まで以上に本気でこの集落を襲ってきたということなのだろう。

 それはつまり……本当に今更の話ではあるが、ドラゴニアスは精霊に対してかなり敏感に反応しているということを意味してた。


(もしかしたら、ドラゴニアスって精霊の一種族だったり、もしくは精霊によって何らかの影響を受けた種族だったり……そんな感じなのか? いや、けどそれはそれで微妙なところだな)


 少しだけそんな疑問を抱いたレイだったが、今の状況ではそれをどうにかするよりも前に、やるべきことがあった。


「ヴィヘラ、俺達は迎撃に向かうぞ。セトはいつも通り、集落に入ってきたドラゴニアスを倒してくれ。お前が最終防衛線だ」

「分かったわ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、ヴィヘラとセトはそれぞれに反応する。

 と、そんな中で精霊の卵に集中していたアナスタシアが口を開く。


「レイ、鹿達は……」


 アナスタシアにとって精霊の卵もかなり興味深い代物ではあったが、この世界において自分達と一緒に旅をしてくれた鹿達も決して捨ててはおけない存在なのだろう。

 一応何かあった時の為にケンタウロスを世話役兼護衛として置いてきたレイだったが……正直なところ、今の状況ではどうしようもないというのが、正直なところだ。

 巨大な角を持っている二頭の鹿だけに、当然のように林の中にあるこの集落までやって来るのは、難しいだろう。

 かといって、ケンタウロス一人だけで無数のドラゴニアスを相手に出来るかと言われれば、その答えは当然のように否だ。


「……難しいだろうな」


 結局レイに言えるのは、それだけだ。

 とはいえ、二頭の鹿が生き残る可能性もない訳ではない。

 結局のところ、ドラゴニアスが欲しているのはあくまでもこの集落……そして集落から採掘された、精霊の卵なのだ。

 そうである以上、もし鹿が逃げても指揮官に従っているドラゴニアスは追うといったことをするとは思えなかったし、もし追ってもアナスタシアやファナという荷物を背中に乗せていない鹿であれば、ドラゴニアスから逃げるのも難しくはない筈だった。

 とはいえ、レイが見たところでは鹿もアナスタシア達に対してかなり懐いていたようだった以上、ドラゴニアスという敵が来たからといって、アナスタシア達を置いて逃げ出すかと言われれば……正直、それは微妙なところでもあったのだが。


(あのケンタウロスが、上手く鹿を連れて逃がした……そう考えるしかないな)


 最悪の想像としては、ドラゴニアスに奇襲されてケンタウロスと二頭の双方がドラゴニアスに喰い殺されているという事だった。

 とはいえ、ドラゴニアス程に隠密行動が向いていない種族というのは、そういない。

 飢えという本能によって行動している以上、敵を……自分の飢えを満たす肉を見つければ、その肉を喰い千切ろうとするのは、当然のことだった。

 それも、仲間に負けないよう必死になって自分が獲物の肉を喰い千切る必要がある。

 そのような状況である以上、隠密行動などといった真似が出来る訳がない。

 結局のところ、他の仲間より少しでも早く食らいつく必要があった。


「とにかく、今は鹿のことは忘れておいた方がいい。この集落に向かってくるドラゴニアスをどうにかする必要がある。……アナスタシア、お前はここで卵の方を頼む」

「任せて」


 レイと言葉を交わしながらも、アナスタシアは細心に細心を重ねて卵に干渉している。

 この精霊の卵に妙な干渉をした場合、一体どうなるのかが全く分からないからだ。

 ……精霊に詳しくないレイとしては、それこそ精霊の卵に関しては完全にアナスタシアに任せるしか出来ない。


「よし。じゃあ、やることは今までと同じだ。俺とヴィヘラが林の中でドラゴニアスを迎え撃つ。それ以外の面々は、集落の中で待機して、集落にいる他の面々を守るんだ。……ただし、守るのは非戦闘員もだが、それ以上にアナスタシアをだ」


 そんなレイの指示に、話を聞いていたケンタウロス達の視線がアナスタシアに向けられる。

 とはいえ、その視線に不満の色はない。

 レイとのやり取りから、この精霊の卵はかなりの危険物であるというのは分かっていたし、それをどうにか出来るのはアナスタシアしかいないというのも、間違いなかったからだ。


「分かっている。任せてくれ。林での戦いはレイに頼るしかないが……」


 レイに向かってそう言ったのは、ザイ。

 今の状況を考えれば、ザイは自分が林に向かって行動するといったことは出来ないと理解していた。

 何だかんだと、集落にいる偵察隊の面々を指揮するのはザイなのだ。

 最大戦力はレイ達なのだが、主力はケンタウロスで、その主力は自分が指揮をする。

 そんな思いから、ザイは自分に言い聞かせるようにそう告げた。

 レイはそんなザイに頷き、ヴィヘラに視線を向ける。

 何も言わなくても、ヴィヘラはレイが何を言いたいのか理解し、そのまま無言で林に向かう。

 レイは最後にケンタウロス達を見て……そしてセトを見て、視線で頼むと意志を告げると、そのままヴィヘラを追う。


「グルゥ!」


 レイの背中に、セトの頑張ってという声が聞こえ、レイはそれに軽く手を振って答える。


(精霊の卵なんて存在を見つけて、それによってこのドラゴニアスの件もそろそろクライマックスといったところだ。そうである以上、ここで精霊の卵をドラゴニアスに渡す訳にはいかない)


 今まで以上に、しっかりとドラゴニアスを倒していこうと、そう判断しながら林に中に入っていく。


「レイ、別行動でいいわよね?」

「そうだな。ただ、今までの経験からなら、ドラゴニアスは間違いなくヴィヘラを襲う筈だ。だが……それはあくまでも今までならといったところだ。正直なところ、今回のドラゴニアスが今までと同じように行動するかどうかは分からないから、気をつけてくれ」


 今までなら、ドラゴニアスはヴィヘラの姿を見つければ、それこそ真っ先にその肉を喰らおうと襲い掛かっていた。

 だが、それはあくまでも今までのことであって、精霊の卵が発見され、そして恐らくそれを察知したドラゴニアスが襲ってきたとなると、今まで通りのようには話が進まない可能性が高かった。


(けど、精霊の卵を欲していたってことは……もしかして、ドラゴニアスってのは精霊と何か関係があるのか?)


 そう思うも、飢えに支配されているドラゴニアスが精霊と関係があるようには、レイには思えなかった。

 少なくても、レイが知っている精霊というのはドラゴニアスのような存在ではないのだから。

 ……もっとも、レイも精霊魔法の効果を見たことはあっても、純粋に精霊を見たことはないのだが。

 また、エルジィンの世界とこの世界は異なる世界だ。

 そうである以上、精霊という括りではおなじであっても、精霊そのものがエルジィンと違うという可能性は十分にあった。


「分かってるわよ。けど、私としてはそういう相手でもいいんだけどね。ドラゴニアスと戦うのは、その諦めない心で最後まで向かってくるけど、どうしても攻めが単純になってしまうし。それが変わってくれるのなら……」


 そっちの方がいい。

 そう言いたげなヴィヘラに、レイは若干の呆れを見せつつも納得したように頷く。


「そうか。なら、頑張れ。俺の方もそれなりに頑張るから」


 ヴィヘラは取りあえずこれ以上言っても無駄だろうし、何よりもヴィヘラの力を考えれば自分がここで出しゃばる必要もないだろうと判断し、それ以上注意することはなかった

 本当に危なくなったら、助けに行けばいいかと思っていたのも、事実だが。

 レイとヴィヘラはそうして別れ、それぞれ林に散っていく。

 これは、以前も同じように戦ったので、レイとしてもやりやすい戦い方だった。

 ドラゴニアスは、林に生えている木を折らない。

 その理由までは分からないが、生えている木を折らないで移動するとなると、当然のようにその場所に留まって動けなくなり……そして動きが止まったところで、その背後からレイが林の中でも使いやすい黄昏の槍を使って撃破していく。

 指揮官が率いているドラゴニアスである場合だけしか使えない方法だったが、手っ取り早く倒すには有効な戦闘方法だった。

 とはいえ、それはあくまでも今回のドラゴニアスの襲撃が今まで通りならばの話だ。

 精霊の卵を発掘してからすぐに襲い掛かって来たドラゴニアスであるということを考えれば、今回の襲撃が普通の……今までにも何度か起こったのと同じ襲撃だと考える方が無理だろう。

 そんなレイの予想を裏付けるように、林の中からは木々の折れる音が聞こえてくる。

 それも一本や二本ではなく、大量にだ。


(やっぱりな。……予想通りとはいえ、この状況はやっぱり面白くないな)


 あれだけ……それこそ、木の隙間に詰まって動けなくなり、一方的にレイに狩られても、指揮官のドラゴニアスがいる間は木を折るという真似をしなかったのが、今回はあっさりと……それこそ問答無用で折っているのを見れば、今回襲撃してきたドラゴニアスの行動パターンは今までと違うのは明らかだ。

 ……とはいえ、レイにしてみればドラゴニアスが木を折ってくれるのなら、それこそ戦う時に有利になるだけなのだが。


「ヴィヘラ、思う存分戦え!」


 もう離れているので、聞こえているのかどうかは分からなかったが、レイはヴィヘラに向かって叫び……そして自分も、武器を手にしないままで木々の間をすり抜けていく。

 デスサイズや黄昏の槍といった長物は、当然のようにこのような林の中では使いにくい。

 今までなら、木の間に詰まったドラゴニアスを殺す為に、黄昏の槍を手にしていたのだが、こうして木々を破壊してくれるのであれば、レイもそのような場所で戦った方がデスサイズを使えるので、楽に戦える。

 それは、レイにとっても寧ろ望むところだった。

 そうして移動すると……レイの移動速度により、それこそ数分と掛からずに目的地が見えてくる。

 そこでは、やはりと言うべきかレイの予想した通りの光景が広がっていた。

 周囲の木々を好き放題に破壊しているドラゴニアス達との間合いを詰めながら、レイはミスティリングの中からデスサイズと黄昏の槍を取り出す。


(やっぱり、こうして木々を破壊するようになったのは……精霊の卵を掘り出したからだろうな。見て分かるくらいに、精霊の力を感じたし)


 この影響がいいのか悪いのか、それはレイにも分からなかったが……ともあれ、デスサイズを振るうだけの戦場を用意出来たのは、いいことだと思い直し……


「ンマエンカンジャ!」


 近付いてきたレイの存在に気が付いたドラゴニアスの一匹が、飢えを満たす肉が来たと、喜びながら爪と牙を剥き出しにしてレイに襲い掛かる。


「そんな単純な攻撃が通じると思うな!」


 身を屈め、横薙ぎに振るわれた右手の一撃を回避しながらドラゴニアスの横を通り抜けつつ、デスサイズで胴体を切断し、左手に持った黄昏の槍で胴体を切断されたドラゴニアスのすぐ後ろから襲い掛かって来た別のドラゴニアスの頭部を砕く。

 そのまま走ってきた勢いを殺さず、レイはドラゴニアスの群れの中に突入していく。

 普通に考えれば、それは自殺行為以外のなにものでもない。

 だが、それでも今の状況を考えれば、レイにとってはこれが最適解だったのも事実。

 何しろ、周囲にいるのはドラゴニアスだけで、味方は一人もいない。

 つまり、当たるを幸いと全ての敵を攻撃出来るのだ。

 そして……レイは、その狙い通り、ドラゴニアスの群れの中で荒れ狂うのだった。

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