第2356話
「疲れたな。……にしても、今回は随分と数が多かった」
呟きながら、レイはデスサイズの刃と黄昏の槍の穂先に付着したドラゴニアスの血液を弾き飛ばす。
そんなレイの周囲に存在しているのは、三十匹近いドラゴニアスの死体、死体、死体。
林の中でレイが戦ったドラゴニアスの死体によって、地面が見えなくなっている……というのは少し大袈裟だったが、その表現もあながち大袈裟ではないだろう光景。
ドラゴニアスが金、銀、銅といった指揮官によって統制されていれば、恐らくもっと倒すのに時間が掛かっただろう。
それは、統制されているから戦いにくい……といった訳ではなく、単純に林に生えている木々を破壊しないように注意する必要があったからこそ、レイもまたデスサイズを使えず、黄昏の槍で戦うしかなかったから時間が掛かったというのが正しいのだが。
「にしても、この死体も明日には風化するのか? しないと、こっちで集めて燃やす必要があるんだが」
精霊の卵が地中に埋まっている状態であれば、レイも死体についてはそこまで気にするようなことはなかっただろう。
恐らくという注釈付きではあるが、林にあるドラゴニアス――だけに限らないのかもしれないが――の死体は、精霊の卵の力によって急速に風化させられていたのだから。
だが、今は地中に埋まっていた精霊の卵を掘り出してしまった。
そうである以上、今までと同じように翌日には死体が風化しているということになるかどうかは……微妙なところだったと言ってもいいだろう。
もし明日になっても風化していなければ、林の中に広がっているドラゴニアスの死体を可能な限り拾い集め、それが腐るよりも前に燃やす必要がある。
そう考えたレイだったが、ヴィヘラが倒した死体は集めるのが大変そうだな、と思わないでもない。
レイが戦ったドラゴニアスは、それこそ林の木々を折りながら前に進んでいたところを襲撃したので、死体がある程度集まっている。
だが、レイが知っているヴィヘラの戦い方となると、それこそ林の中を縦横無尽に動き回りながら戦いをする……といったようなことをしても、何ら不思議はないのだ。
そうである以上、ヴィヘラが倒したドラゴニアスの死体は、それこそ林の中のそこら中に転がっていてもおかしくはない。
それを一匹ずつ集めるのは、正直なところかなり手間だろう。
これが草原であれば、ドラゴニアスの死体を集めるのも、そこまで手間ではない。
だが……この林の中は、多数の木々が生えているのだ。
そうである以上、木々が邪魔になって人数が一番多いケンタウロスでもドラゴニアスの死体を集めるのは苦労するだろう。
(アナスタシアの精霊魔法でどうにか出来ればいいんだけど……難しいだろうな)
精霊の卵の採掘作業をしていた時、レイはアナスタシアに精霊魔法を使って採掘作業を手伝ってはどうかと、そう尋ねた。
だが、その時に返ってきた言葉は、精霊の力が濃いので、ここで迂闊に精霊魔法を使うのは難しく、もしここで無理に精霊魔法を使おうものなら、何が起きるか分からない……といったものだった。
精霊の卵の採掘作業は終わったが、それでもこの林の中で精霊魔法を使ってもいいのか……そう考えると、レイとしても気軽に頼むような真似は出来ない。
(いや、聞くだけ聞いてみてもいいか? ……けど、今は精霊の卵にかかりきりだしな。それを考えると、迂闊に向こうの注意を惹くような真似は、とてもではないが出来ない。うん、やっぱり死体に関しては明日風化してなかったらケンタウロス達に頑張って貰うとするか)
あっさりとそう決め……それこそ、明日のケンタウロスの大変さを全く気にした様子もなく、レイはヴィヘラの姿を探して移動する。
ヴィヘラの実力なら、ドラゴニアスを相手に後手に回ることはないと信じている為か、探す様子に心配そうな色はない。
……もっとも、それはあくまでも普通のドラゴニアスであればの話で、指揮官級のドラゴニアスがいれば、苦戦している可能性もあったが。
何しろ、斑模様のドラゴニアスは血のレーザーを飛ばすという特殊な攻撃をしてくる。
それこそ、今のこの状況でそのような攻撃をされれば、戦う方としては厄介だろう。
ヴィヘラは基本的に近接攻撃だけで、遠距離攻撃の手段を持たないだけに尚更だ。
(まぁ、この林の中なら、血のレーザーを使われても、それを防ぐ手段は幾らでもあるけど)
血のレーザーは、あくまでも一直線に放たれる攻撃だ。
空中で曲がったりといったようなことがない以上、木々が多数生えている林という戦場は、寧ろ斑模様のドラゴニアスにとって戦いにくい場所だろう。
……もっとも、斑模様のドラゴニアスが血のレーザーを使うというのは、あくまでもレイが戦った個体からの判断だ。
銀の鱗のドラゴニアスでも戦いに向いている個体と向いていない個体がいるように、斑模様のドラゴニアスも個体によって攻撃手段が違っていてもおかしくはない。
「あら、レイ」
林の中を進みつつ、木を避けて進んでいると、不意にそんな声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けたレイは、銀の鱗のドラゴニアスの死体を前に、満足そうな表情を浮かべているヴィヘラの姿を発見する。
「その銀の鱗のドラゴニアスが、この集団を率いていたドラゴニアスか?」
「他にこの手の個体がいないのなら、きっとそうなんでしょうね」
満足そうに……それでいて、他に同じような強さの敵がいない事を残念に思いながら、ヴィヘラは呟く。
「前までなら、他に指揮官がいればドラゴニアスが暴れたりとか、そういうので判断出来たんだけど……今回は最初から普通に木を折ったりしてたから、その辺を判断するのは難しいしな」
「そうね。……ただ、こうして見た限りでは、そんな相手はいそうにないけど」
レイの言葉を聞いて残念そうにしながら、ヴィヘラは周辺を見る。
レイが戦った場所と同じく、周辺の木々の多くは折れていた。
地面には折れている木の残骸以外にも、銀の鱗のドラゴニアスに率いられた普通のドラゴニアスの死体が多く転がっている。
レイが戦っていた場所と同じような光景だったが、違うのは……その多くが外傷がないということだろう。
ヴィヘラのスキルたる浸魔掌は、魔力によって敵の内部に直接衝撃を与えるスキルだ。
それだけに、外傷らしい外傷がない死体が多数ある。
死体の中には、爪で切り裂かれたり、関節を折られて、それどころか骨が肉や皮を破って突き出ていたり……といったような死体もあったが。
これがどういう死体なのかは、レイもすぐに理解出来た。
ヴィヘラの手甲から伸びた魔力の爪や、関節技を使っての攻撃だろう。
ドラゴニアスの鱗は極めて硬く、それこそケンタウロスが使っている武器であれば、槍や長剣であっても鱗を切断するような真似は出来ない。
だが、ヴィヘラの手甲から伸びた魔力の爪は、ドラゴニアスの鱗を容易に斬り裂くことが出来るのだ。
また鱗が頑丈であっても、当然のようにその鱗は関節部分を守ったりはしない。
……ある意味、関節技や投げ技も得意なヴィヘラにとって、ドラゴニアスというのは戦い方の相性が非常にいい相手なのだろう。
「てっきり、ヴィヘラのことだから移動しながら戦って、そこら中に死体が残ってるのかと思ったけど、そうでもなかったんだな」
「あのね……レイは私を一体何だと思ってるのかしら? その必要がないんだから、わざわざそんな真似はしないわよ」
それは、必要があればそのような真似をすると言っているようなものだったのだが、本人はそれを特に気にした様子はない。
実際、レイもそのようなことになったら、同じような行動を取るので、それに対して特に何かを言うようなつもりはなかったが。
「取りあえず、ヴィヘラを襲ってきたドラゴニアスは全部倒した……ってことでいいんだよな?」
「ええ。ドラゴニアスが逃げるというのは、普通ならないしね」
この場合の普通ならというのは、あくまでも指揮官ではない、飢えに支配されたドラゴニアスならば、ということだった。
知能の高いドラゴニアスならば、自分達が不利だと判断して逃げ出してもおかしくはない。
実際、銅の鱗のドラゴニアスと思しき相手は一度集落を襲撃していながら、逃げているのだから。
「なら、取りあえずこっちはもういいだろうし、集落に行くか。……銀の鱗のドラゴニアスがここにいたのを思えば、集落の方に向かったのがいても、普通のドラゴニアスだけだろうから、心配はいらないな」
セトがいて、それ以外にも何人かは一人でドラゴニアスと戦えるだけの実力の持ち主もいる。
ましてや、この戦いは精霊の卵に集中しているアナスタシアを守る為の戦いでもある。
当然のように、アナスタシアとファナに強い感謝の気持ちを抱いているダムランやその仲間達は、それこそ獅子奮迅といった活躍をするだろうというのが、レイの予想だった。
だからこそ、ヴィヘラとこうして楽に話していることが出来たのだが。
「そうね。じゃあ、行きましょうか。……集落の方は、一体どうなってると思う?」
「被害そのものは、殆どないと思ってもいいんじゃないか? 実際、向こうに残してきた戦力は十分なんだし」
そのような会話を交わしながら、レイとヴィヘラは林の中を進む。
当然の話だったが、そこに敵の姿はない。
林の中にいたドラゴニアスは、全て倒したということなのだろう。
そうして歩いていると、やがて集落が見えてくる。
戦いの喧噪の類が聞こえてくる訳でもないので、見たところでは何の問題もなく戦闘が終わったか……もしくは、戦闘そのものが起こらなかったのだろうことは、すぐに分かった。
「どっちだと思う?」
「うーん、そうね。銀の鱗のドラゴニアスが私の方に来たのを考えると、戦闘は起こらなかったんじゃない?」
端的に聞いただけなのだが、ヴィヘラはレイの言葉の意味を理解し、すぐにそう答える。
それを聞いて、レイもまた納得した。
実際、今の状況を考えるとヴィヘラの意見は決して間違っているとは思えなかったからだ。
そして、実際に集落に到着すると……そこでは、精霊の卵の移動に集中しているアナスタシアと、それを守るべくダムランを始めとして多くのケンタウロスがおり……それ以外にも、戦闘能力のない者達もアナスタシアから少し離れた場所で待機している。
「どうやらヴィヘラの答えが正解だったか。……おーい、終わったぞ!」
戦闘の痕跡すら存在しない集落に向かい、レイはそう声を掛けながら手を振る。
すると、その言葉が聞こえたのだろう。緊張した様子で、それこそいつ戦いになっても対応出来るように準備をしていたケンタウロス達が肩の力を抜く。
「グルルルルルゥ!」
レイが戻ってきたのを見て、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、ドラゴニアスを相手にレイやヴィヘラが負けるとは思っていなかったので、その嬉しそうな声はレイの勝利を祝うのではなく、予想していたよりも早く戻ってきたことが理由の鳴き声だった。
嬉しそうにレイに向かって走っていくセト。
体長三mオーバーのセトだけに、その体重は普通ならレイが受け止められるような重量ではない。
だが、レイは幸いにも普通と呼ぶような存在ではない。
結果として、自分に向かって突っ込んできたセトを受け止めると、その頭を撫でる。
「グルルルゥ!」
嬉しそうに喉を鳴らすセトをあやしつつ、レイは改めて集落の中を見る。
勿論、今レイがいる場所から集落の全てを見通せる訳ではないが、それでも何かあれば誰かが何か教えてくれるだろうと、そう思えた。
そして視線の合ったザイが何の問題もないと頷いたのを見て、それでようやくレイも安堵する。
(後は、次のドラゴニアスが来る前に、精霊の卵を何とか出来ればな)
この集落ですごしたのは短い時間だったが、それでも何度もドラゴニアスに襲撃されている。
しかし、その襲撃も基本的には一度起きればすぐに次の襲撃が行われるといったようなことはなかった。
だからこそ、本来なら襲撃を退けた今はもう少しゆっくり出来る筈だったのだが……あくまでもそれは、精霊の卵が発掘されるまでの話だ。
精霊の卵が発掘された瞬間に、今までは決して林に生えている木々を傷つけないようにしていたドラゴニアスが、そんな遠慮など嘘だったかのように、平然と木々をへし折り始めたのだ。
それを思えば、今までと同じようにドラゴニアスが襲ってくるという予想は、甘い考えでしかないだろう。
とはいえ、ドラゴニアスがどう行動するのか分からない以上、レイ達が出来るのは精霊の卵をドラゴニアス達から守ることだけだった。
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