第2354話

「うわあああああああああああああああああああああっ!」


 レイ達が見張りをしてから数時間……そろそろ夕方になるかという頃、不意に採掘作業をしている方から叫び声が上がった。

 最初にそれを聞いた時は、もしかしたら敵が……ドラゴニアスが現れたのではないかと、そんな風に思ったのだが、その声に含まれているのが恐怖や怒りといった感情ではなく、嬉しさと驚きといった感情であるのに気が付いたレイは、すぐにその叫びの原因が何なのかを理解する。


「見つけたか」


 今の叫び……あるいは雄叫びは、採掘していた場所の地下にあった存在……土の精霊の力が異様に濃い原因にして、ドラゴニアスが欲している存在を掘り当てたのだろうと。


「ちょっと様子を見てくる! 土の精霊に関係する何かが掘り出された関係上、それに惹かれてドラゴニアスがやって来るかもしれないから、その辺は気をつけろ!」


 少し離れた場所にいたケンタウロスにそう叫ぶと、レイは採掘現場に向かう。

 すると、当然のようにヴィヘラ、アナスタシア、ファナといった面々も、それぞれ自分の見張っていた場所から採掘場所に向かっているところだった。


「やっぱり来たか」

「当然でしょう。土の精霊に関する何かが掘り出されたのよ? それを私が見ないでどうするのよ」


 アナスタシアは自信満々といった様子でそう告げてくる。

 本人が言ってるように、現在ここにいる中で精霊魔法の使い手……つまり精霊の専門家は、アナスタシアしかいないのは、間違いのない事実だ。

 それだけに、発見した何かをアナスタシアがはっきりと確認する必要があるというのは、レイにも理解出来る。

 だが、好奇心旺盛な……いや、旺盛すぎるアナスタシアが、これ以上ないくらい興味深い何かを見つけて、大人しく調べるかと言われれば、素直に頷くことは出来ない。


(まぁ、それでも結局アナスタシアに任せるしかないんだけどな)


 アナスタシアが妙な真似をして見つかった何かが異常を起こすといったようなことになる可能性はあったが、だからといって精霊に対しての知識が、マリーナから少し精霊魔法について話を聞いた程度しかないレイでは、見つかった何かをどうこうすることは出来ない。

 最悪、その何かが生きていない存在なら、ミスティリングの中に収納して問題を棚上げするという方法もあるのだが……

 結局のところ棚上げでしかなく、ましてや棚上げした場合に一体どのようなことになるのか分からない以上、やはりここはアナスタシアに任せるしかなかった。

 そうして採掘作業を行っていた場所に到着すると、ケンタウロス達はレイ達が来たのを見るや、場所を開ける。

 ケンタウロス達にとっても、自分達が発掘した何かを出来るだけ早くレイ達に見せたかったのだろう。

 そうして前に向かったレイ達が見たのは……


「これは……何だ? 黒い宝石?」


 そう、それは黒い宝石と呼ぶのが相応しいような代物だった。

 レイは宝石の類に詳しい訳ではないので、黒い宝石というのにどのような種類があるのかは分からない。

 だが、レイが見た感じでは、丸い……それこそ真球といったような……そう、黒い真珠とでも言い表せる存在だった。

 とはいえ、真珠の大きさが指先程度くらいだとすれば、レイの視線の先にある巨大な黒い球体は直径一mを超えている。

 宝石に詳しくないレイにとっても、そのような大きさの真珠が存在しないということくらいは、理解出来た。


「これは……凄いわね」


 レイの隣でアナスタシアがそう告げる。

 ただし、その口調には震えが籠もっていた。

 高い好奇心を持ち、それこそ好奇心の塊という表現が相応しいアナスタシアが、その好奇心を思う存分発揮出来る素材を見て、そのような反応をするというのは……レイにとっても、完全に予想外だった。

 とはいえ、今の状況を思えば、それも仕方がないのかもしれないが。

 レイは改めて視線の先に存在する巨大な黒い宝石を見る。


(宝石……本当に宝石なのか? いやまぁ、宝石のように見えるのは間違いないけど)


 黒い真球の存在は、それこそ光そのものを吸収するかのような、そんな存在だ。

 見ている方にしてみれば、宝石にしか見えないのは間違いない。間違いないが……好奇心で出来ていると言ってもいいアナスタシアがこの様子なのを見れば、それがただの宝石ではないのは間違いなかった。


(というか、宝石ってのは普通原石とかで発掘されて、それを削ったりして手を加えて宝石にするんだよな。こんな巨大な真球の存在が、そのまま地中に埋まっていたというのは……普通に考えて、有り得ないし)


 レイが日本で住んでいた場所の近くには、川があった。

 夏になれば鮎やヤマメ、イワナといった川魚が獲れる場所だったが……そこにある石の中には、それこそ上流から流れてくる途中で摩耗したり、他の石にぶつかったりといったことにより、角が取れて丸くなった石もあった。

 とはいえ、それはあくまでも平べったい石の形のままなのは間違いないので、現在レイの視線の先にあるような真球になるといったことはなかったのだが。

 そんな漆黒の真球を眺めること数分、やがてそろそろいいかと思い、レイはアナスタシアに声を掛ける。


「それで、アナスタシア。これが何か分かるのか?」

「……え? そう、ね。絶対にそうだとは言えないけど……恐らく、精霊の卵か何かだと思うわ」

「精霊の卵? 精霊って、卵で生まれてくるのか?」


 それは、レイにとっても初めて聞く話だった。

 精霊魔法使いとしては非常に腕利きたるマリーナから色々な話を聞かせて貰ったことはあるレイだったが、それでも今回の一件は完全に予想外だったのだ。

 そして、精霊が卵から生まれるというアナスタシアの言葉は、レイだけではなく近くで話を聞いていたヴィヘラの表情をも驚きに染めていた。


「いえ、正確には精霊は卵から生まれてくる訳じゃないわ。精霊の卵というのは……そう、言ってみれば便宜上の表現ね」

「便宜上? だとすれば、この卵は本当の意味で精霊の卵じゃないのか?」

「そうなるわ。正確には、何らかの理由で極度に力を消耗した精霊……それもただの精霊ではなく、かなり上位の精霊が、その力を回復させる為に眠っているといったところかしら。この精霊の卵は土の精霊だから地中にいたけど、他の精霊は自分の属性にあった場所で眠る……らしいわ」


 アナスタシアも、精霊魔法使いとしてはそれなりに腕が立つ。

 だが、だからといって精霊についての詳しい情報を持っているのかと言われれば、その答えは否だ。

 それでもこの卵の件についてはそれなりに情報を持っていたので、ある程度の事情は分かったのだが。

 例えば火の精霊なら活火山のマグマの中だったり、水の精霊なら海や湖の底だったり、風の精霊なら強い風の吹く場所だったり……といったように。


「で、この辺りの土の精霊の力がそこまで濃いってことは……この卵が孵るといったようになるのか?」

「今すぐという訳じゃないけど、この様子を考えれば、そう遠くないうちに孵ることになるでしょうね。とはいえ、集落があったら色々と問題はあったけど……今のこの集落は、もう使い物にならないんでしょう? なら、そこは心配しなくてもいいと思うわ」


 その言葉に、安堵すればいいのか、それとも近い将来この集落に何らかの影響が出るのか、レイはどう反応すればいいのか迷う。


「一応聞くけど、この精霊の卵をどこかに動かしたりとか、そういう真似は出来たりしないの?」

「無理ね」


 二人の会話を聞いていたヴィヘラの言葉だったが、アナスタシアの言葉は単純明快で即座にそれを否定した。

 アナスタシアの態度を見る限りでは、とてもではないがそのような真似は出来ないと、そう示していた。


「迂闊にそんな真似をしたら、それこそ何が起きるのか分からないわ」

「……待て、じゃあ、これを掘り出したところで、意味もないのか?」

「意味はあるわよ。この卵のおかげで、ここがどんな状況になってるのか分かったし……動かすのが難しいのは、あくまでも精霊魔法使い以外の者にとってはの話よ。……もっとも、私がそれをやるとなると、かなり厳しくなるけど」

「具体的には?」

「この卵に集中する必要があるから、取りあえず私はドラゴニアスとの戦闘には参加出来ないわね」

「それは……まぁ、困ることは困るけど、そこまで致命的といったことではないな」


 レイの言葉に、ヴィヘラも同意するように頷く。

 精霊魔法使いであるアナスタシアの力は、ドラゴニアスと戦う時には有効だ。

 飢えに支配されている関係上、指揮官のような特殊な例外を除き、多くのドラゴニアスは単純な行動しか出来ない。

 そうなると、アナスタシアの精霊魔法は非常に大きな力を発揮する。

 実際、レイがアナスタシアを見つけた時にも、アナスタシアは自分を追ってくるドラゴニアスを魔法で足止めし、雪崩打つように転ばせていた。

 そのおかげで、レイの攻撃によってドラゴニアスを一網打尽に出来たのだが。

 もしケンタウロスだけでドラゴニアスと戦う場合は、アナスタシアの精霊魔法は大きな力となるだろう。

 だが、ここには一人で複数のドラゴニアスと戦い、圧倒するだけの実力の持ち主がいる。

 それもレイだけではなく、ヴィヘラとセトの合計で二人と一匹が。

 そんな強さを持つ者がいるのだから、アナスタシアの精霊魔法が使えなくても、問題はない。

 ……アナスタシアがいれば、ドラゴニアスが襲ってきた時も楽に片付けられるのは、間違いのない事実ではあったのだが。


「じゃあ、私はこの精霊の卵に専念するわね」


 そう言いながらも、アナスタシアは口元に笑みを浮かべている。

 未だに精霊の卵から濃厚な精霊の力が漂ってくる為に緊張しているのだが、同時にその瞳には緊張しているのと同じくらいに強い好奇心の光が宿っている。

 アナスタシアにしてみれば、それこそ精霊の卵について調べるにはこれ以上ない程に好奇心を刺激されるのだろう。

 レイもそれは分かってはいたが、それでも今の状況を考えると精霊の卵を任せられる人物がアナスタシアしかいないのは、間違いのない事実だ。


(マリーナがいればな)


 そう思うも、マリーナはエルジィンにいる以上、どうしようもない。

 このような状況になると分かっていれば、それこそきちんと連れて来たのだが……それは今更の話だろう。

 であれば、今ある戦力で何とかするしかないのだ。


「それにしても……精霊の卵を掘り出した時に、私がいてよかったわね。もし私がいなかったら、これが何なのか分からなかったんでしょう? だとすれば、最悪破壊していた可能性もあったのよね」

「……それは否定出来ないな」


 実際、もしアナスタシアがいない状況で集落の地面を掘って、そこから精霊の卵が出て来たら、レイはどうしたかと、自分の取るべき行動を考える。

 最優先で却下されるのは、やはり放置しておくといったことだろう。

 精霊の卵からは、レイでも分かる……それが精霊の力とは理解出来ないが、それでも何らかの力を持っているというのは、理解出来た。

 何も知らないでそのような存在を見つけた場合、自分がどうしたか。

 考えられる可能性としては……それが卵とは知らなければ、ミスティリングに収納するといったことか。

 だが、結果としてそのような真似が出来ない――精霊を生命と認識するかどうかは微妙だが――場合、このままでは危険だと判断し、破壊しようとした可能性は十分にあった。

 だからこそ、アナスタシアの言葉をレイは否定出来なかったのだ。


「そうだな。すぐに壊そうとは思わなかったと思うけど、どうしようもなくなったら、破壊した可能性も否定出来ないと思う」

「でしょう? もしそんなことをしていたら、一体どうなっていたか分からないわよ。最悪、この辺り一帯が消滅してしまっていた可能性もあるわ。そういう意味では、私がここに来たのはレイにとっても幸運だったと思わない?」


 アナスタシアがいたからこそ、大きな問題にならなかったのは事実だ。

 レイもそれを知っていたので、素直に頷く。


「そうだな」

「そんな訳で……とにかく、まずは私の指示に従って精霊の卵を地上まで移動させるわよ。……いい? 私が精霊の力を使って卵を落ち着かせるから、くれぐれも私の指示に従うのよ」


 アナスタシアの言葉に、ケンタウロス達はレイを見る。

 レイにとってアナスタシアは信頼出来る――時折好奇心が暴走するが――仲間だが、それはあくまでもレイがアナスタシアのことをよく知っている為だ。

 ダムランの集落以外のケンタウロスにとって、アナスタシアは今日初めて会ったばかりの相手である以上、素直に信用しろというのが無理な話だろう。

 だが……ケンタウロス達が信じているレイが頷いたのを見て、取りあえずこの場はアナスタシアに従おうと、行動を始めるのだった。

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