第2351話
「聞け! この集落の秘密が分かった!」
レイの言葉に、周囲にいるケンタウロス達がざわめく。
当然だろう。今までは、どうやってもここに何があるのかが全く分からなかったのだから。
それこそ、表現は悪いが適当にその辺を掘っているだけ……といったところだ。
だというのに、この場所の秘密が明らかになったと言われれば、それを喜ぶなという方が無理だった。
特に、この集落の生き残り達は揃ってレイに視線を向けている。
自分達がこの集落に住んでいたにも関わらず、長やその周辺といった……いわゆる幹部の類ではない為に、この集落がどのような場所なのか分からなかったのだ。
自分達の集落であるのに、それが分からないというのは……立場が立場だけに、誰も責めるようなことはしなかったのだが、それでもかなり恥ずかしい思いをしたのは事実だ。
そうである以上、出来ればこの集落の秘密を知りたいと思うのは当然だろう。
この集落出身以外の者にしても、自分達が必死になって採掘作業をしていたその秘密が何だったのか……それを気にするなという方が、無理だった。
……唯一、ダムラン達は未だにアナスタシアとの再会を喜んでおり、レイの声が聞こえているのかどうか微妙なところだったが。
「あそこにいるのは、アナスタシアとファナ。知ってる者もいるだろうが、俺が探していた人物だ」
当然のように、レイ達が集落に戻ってきたのは多くの者に見られているし、何よりもダムラン達がアナスタシアとファナに向かって突撃していったのだから、それを見ればアナスタシアとファナを見つけるのは当然だろう。
「アナスタシア……仮面を被っていない方は、精霊魔法という魔法を使う。その精霊魔法使いとして、アナスタシアがこの集落には強力な……強力すぎる土の精霊の力が漂っていると教えてくれた」
その言葉に、皆が周囲の様子を若干不安そうに見る。
当然だろう。自分のいる場所に強力すぎる精霊の力が……それこそ、アナスタシアが濃いと表現する程の力が存在しているというのだから。
もしかしたら何かが起きるかもしれない。
そのように思うのは、決して間違いではない。
「安心しろ。この集落でずっと暮らしていた連中も特に何もなかったんだ。……だよな?」
レイのその視線を向けられた集落の生き残り達は、その言葉に素直に頷く。
実際、ここに住んでいて何か異常があったといったことはなかったのだから、それも当然だろう。
「アナスタシア! そろそろこっちに来てくれ!」
レイの言葉に、ダムラン達との話を一旦切り上げ、ファナと共にレイ達の方にやって来る。
「説明はしたの?」
「あくまでも大雑把なものだけどな」
「そう。……それで、私は何をすればいいのかしら?」
「具体的には、この集落のどこかに何か……その土の精霊の力が濃い理由の何かが埋まってると思うんだが、それがどこにあるか分からないか?」
レイの言葉に、アナスタシアは少し考え……やがて、一ヶ所を指さす。
そこは、ケンタウロス達が必死になって採掘していた場所から少し離れた場所。
「あそこか?」
「ええ。ただ……結構深い場所にあるわね」
「具体的には?」
「そこまでは分からないわ。これはあくまでも感覚的なものだし」
そう告げるアナスタシアの言葉に、レイは改めて周囲の様子を見る。
……少し離れた場所では、レイ達が集落に戻ってくるよりも早く空を飛んでやって来ていたセトが、寝転がりながら周囲の様子を警戒していた。
「そうか。……そういう訳で、掘る場所を変えるぞ。今まで散々掘ってきたのに、悪いと思うが……今度はそこにあると分かってるんだから、頑張ってくれ」
レイの言葉に、皆が頷いて採掘作業の準備を始める。
中には、あまり気が進まないような者もいたが。
やはり、数日間も掘っていた場所が何の意味もない場所だったというのには、思うところがあったのだろう。
出来れば、自分達が掘っていた場所に何かがあってくれればと、そう思ってしまうのは当然だろう。
……それでも、今度こそは本当にそこに存在するというのを知ることが出来たので、気分的に楽になった者は多かったが。
「じゃあ、悪いが……俺とヴィへラは、アナスタシアとファナの二人と話がある。少しいなくなるが、何かあったら俺のテントまで来てくれ」
「そんなっ!」
レイの言葉にそう言ったのは、ダムラン。
ダムランとしては、出来ればもう少しアナスタシアやファナとの会話をしたかったのだろう。
それなのに、ようやく全体についての話が終わったらレイとヴィヘラがアナスタシアと話すというのだから、不満を抱くなという方が無理だった。
レイもそんなダムランの様子は分かっていたので、ダムランがそれ以上の不満を口に出すよりも前に、口を開く。
「悪いが、俺とヴィヘラは元々アナスタシアとファナを探してここに来たんだ。そうである以上、今までこの草原でどんな経験をしてきたのか、その辺りをしっかりと話しておきたい。お前達がアナスタシアに恩を感じているというのは分かるが、その辺は後にしてくれ」
そう言われると、ダムランとしても無理に自分達を優先させろなどということは言えなかった。
そもそも、自分達にとってアナスタシアは恩人で、困らせるようなことをしようとは思えない。
あるいは、これでアナスタシアがレイと話すことを嫌がっているのならまだしも、見た感じではそんな様子はない。
それどころか、レイとの話をかなり楽しみにしているようにすら思えた。
そうである以上、ここで自分が話の邪魔をするという選択肢は存在しない。
「貴方達とは後で話す時間をつくるから、今はレイ達と話させてちょうだい」
ましてや、恩人のアナスタシアにこのようなことを言われてしまえば、それに否と言って我を通すような真似は、とてもではないが出来なかった。
「分かりました」
ダムランはそう言い、残念そうではあったが頭を下げて、他の面々を引き連れ、採掘作業の方に向かう。
「随分と慕われてるな」
「……色々とあったのよ」
そう言いながら、アナスタシアにしては珍しく困ったように笑う。
その様子から見ても、ただダムランの集落にあった何らかの危機を救ったというだけではなく、もっと深い何かがあったのだろうというのはレイも予想出来たが……今は、それよりも前に色々と話しておくべきことがあるのも事実だった。
「こっちだ。マジックテントの中なら、他の連中に話を聞かれなくてすむし、ゆっくりとすることが出来る」
そう言い、レイは昨夜もマジックテントを建てた場所にミスティリングからマジックテントを取り出して、そこに展開する。
マジックテント自体は、アナスタシアとファナもエルジィンでレイが野営をしていた湖の近くで何度も見ているし、入ったこともあったので、驚きはしない。
だが、それでもエルジィンで見たマジックテントが、この世界でも普通に存在しているのを見ると……嬉しく思ったのか、その顔には笑みが浮かぶ。
レイもそんな様子には気が付いたが、そこは特に指摘することもなく、中に入るように促す。
「さ、入ってくれ。紅茶の類なら出せるから、それでも飲みながら話すとしよう」
マジックテントならではの機能ではあるが、レイにしてみればそこまで珍しいという訳でもない。
お湯を沸かすだけなら、それこそ焚き火と鍋と水があれば、どうとでも出来るのだから。
とはいえ……それを面倒だと思う者にしてみれば、レイのマジックテントはかなり便利な代物だと思えるだろう。
実際、アナスタシアとファナはマジックテントの中で手早く湯を沸かし、紅茶を淹れるのを見ると、羨ましそうにしていたのだから。
……もっとも、レイの場合紅茶を淹れる技量はそこまで高くはない。
取りあえず飲めるといった程度でしかなく、舌の肥えた者にしてみれば、未熟だと言い切るだろうが。
実際。マリーナの家でアーラの淹れた紅茶を飲む機会の多いヴィヘラは、レイの入れた紅茶に微妙な表情を浮かべていた。
しかし、そんなヴィヘラとアナスタシアは違う。
アナスタシアとファナの二人は、レイ達よりもかなり早くこの世界にやって来た関係上、紅茶もそれだけ長い間飲んでいない。
それこそ、レイの淹れた紅茶であっても、十分美味いと感じていた。
「取りあえず、これも食べろ。こっちの世界で色々と大変だったのは間違いないだろ」
自分の淹れた紅茶を美味そうに飲むアナスタシアとファナを見て、レイはミスティリングから干した果実を取り出す。
他にも焼き菓子の類はあるのだが、今はこちらの方がいいだろうと判断した為だ。
そして事実、アナスタシアとファナはレイの出した干した果実を美味そうに食べ、その甘みを味わいながら紅茶を飲む。
そうして十分程が経過し、やがて落ち着いたところで再びレイが口を開く。
「それで、林の中では時間がなくて色々と話せなかったことを話して欲しいんだが?」
「そうね。……でも、正直なところ色々とあったから、何から話せばいいのかしら」
アナスタシア達がこの世界ですごした時間は、レイ達と比べてもかなり長い。
それだけに、どうしても何から話せばいいのかといったことを迷ってしまうのだ。
それを察したレイは、取りあえず気になっていたことを口にする。
「この世界にやって来た場所のすぐ近くにはケンタウロスの拠点が……それもドラゴニアスの件で散り散りになった周辺の集落の者達を吸収して、かなり大きい集落があったんだけど、そっちには寄らなかったのか? 俺は真っ先にそっちの集落に寄ったんだが」
正確には、その集落からやって来たザイ達と遭遇したという方が正しい。
アナスタシア達もザイの集落に最初に接触していれば、それこそレイはもっと早くその情報を入手出来ていただろう。
だが、その痕跡がなかった以上、アナスタシア達はザイの集落に接触することなく、別の場所に向かった筈だった。
「そう言っても、この世界に出た周辺には何もなかったでしょ?」
「まぁ、それは否定しない。俺もザイ達が来ないとどうすればいいか迷ってただろうし」
「……それなら、私がその集落のケンタウロスに接触出来なかったとしても、おかしくはないと思うけど? それで結局ファナと一緒に移動して……幾つかのケンタウロスの集落には接触したけど」
アナスタシアの言葉に、ファナが頷く。
そんな二人の様子を見たレイだったが、例えザイの集落に遭遇せず別の集落に遭遇したとしても、それでも結局のところザイの集落に情報が集まるのではないかと、そう思ってしまう。
例えば、アスデナの集落はザイの集落から近くにある集落だったが、アスデナの話を聞く限りでは、そこにも寄ってはいない。
「もしかして……時差と同じように、俺とアナスタシア達だと、出た場所も違ったりするのか?」
「あ……」
レイのその言葉は、アナスタシアにとっても予想外だったのだろう。
その口からは驚きの声が漏れる。
「考えてみれば、俺とアナスタシアがこの世界にやって来た時の時間が大きくずれてるんだ。そうである以上、出た場所が大きくずれていても、不思議じゃない。……そもそも、あのウィスプが半ば暴走みたいな感じになったんだから、それこそ普通なら有り得ないことになるのは当然だ」
「そう言われてみれば……そうかもね」
「アナスタシア、あのウィスプについて何か分かってることはないのか? あのウィスプの調査をしてたんだから、手掛かりくらいはあってもいいんじゃないか?」
「残念だけど、分かってることは少ないわ。あのウィスプは、普通ならとてもじゃないけど考えられないような、特殊な存在であるというのは、分かってるけどね」
その言葉は、レイを納得させるには十分な説得力を持っている。
だが同時に、それで何が解決するのかといったことは、分かりようがないのも事実だ。
「結局のところ、何も分かってないようなものか」
「あのね……普通のウィスプなら、幾らでも研究していいわ。けど、あのウィスプは文字通りの意味で特別なのよ? もし下手な真似をして殺してしまったら、どうなるか……レイも、分からない訳じゃないでしょ?」
「それは……まぁ」
レイもまた、あのウィスプがどれだけ特別な存在なのかというのは、理解している。
何しろ、異世界から様々な存在を……それこそ、生き物から物質まで召喚するだけの力を持っているのだ。
であれば、扱いを間違えないで上手くコントロール出来た場合、それがどれだけの利益を生むのかは、考えるまでもないだろう。
それを考えれば、ウィスプの研究をする際に慎重に慎重を期し、その上で更に慎重にならなければならない……というのはレイも納得するしかなかった。
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