第2313話
「へぇ……アナスタシア達が。らしいと言えばらしいわね」
レイの話を聞き、ヴィヘラはそれだけ呟く。
食事をしながらの話ではないと思ったレイだったが、アナスタシア達の情報を入手した以上、それは少しでも早くヴィヘラに話した方がいいと、そう判断したのだ。
……もっとも、五十日も前にこの世界に来ていたという話を聞いた時は、さすがに驚いた様子をみせたのだが。
「そうだな。それは否定出来ない」
ヴィヘラも、アナスタシアについては知っている。
好奇心の塊で、それを満足させる為なら半ば暴走とでも呼ぶような行動をしてもおかしくはない人物。
「それで、レイとしてはどうするつもりなの?」
ケンタウロスが作った具が大量に入ったスープ……この草原に生えている香草を使っている為か、ギルムでは食べたことがない味の、それでも決して不味くはないスープを食べながら、ヴィヘラはレイに尋ねる。
ヴィヘラにしてみれば、アナスタシア達を探す為にドラゴニアスの本拠地に行くというのは願ってもないことなのだろう。……もっとも、そもそもドラゴニアスの本拠地がどこにあるのかがまだ分かっていないし、それを探す為にこうしてここまで来ているのだが。
「やることは変わらない。まずはドラゴニアスの本拠地を殲滅して、少しでもアナスタシアとファナに降りかかるかもしれない危険を排除する」
「そう。ならいいわ」
レイの言葉に満足したのか、ヴィヘラは嬉しそうな笑みを浮かべながらそう言う。
ヴィヘラにしてみれば、銀の鱗のドラゴニアスとの戦いが楽しかった以上、ドラゴニアスの本拠地での戦いも十分に楽しめると、そう考えているのだろう。
実際、レイもドラゴニアスの本拠地には一体どれだけの敵がいるのかというのは、分からない。
場合によっては、それこそ金の鱗や銀の鱗を持つドラゴニアスが大量にいるという可能性もあるので、そういう意味でヴィヘラが期待しているのはレイにも理解出来たが。
「結局のところ、やることは変わらないんだよな。アナスタシアとファナがどこに向かったのかもはっきりとは分からないし」
レイがダムランから聞いた話によると、それこそドラゴニアスの本拠地に向かった可能性もあれば、草原を出て他の場所に行ってみようと思っていたというように、そちらに行った可能性もある。
結果として、レイが出来るのは結局のところドラゴニアスという、ケンタウロスにとっては災難……いや、天災とも言うべき存在をどうにかするということだけだ。
ザイを含めたケンタウロス達には、色々と協力して貰って恩義も感じている。
それだけに、ドラゴニアスの脅威をどうにか出来るのなら、そうしてやりたいという思いがあるのは間違いない。
「そうね。私もそれでいいと思うわ。……というより、大歓迎ね」
満足そうに言うヴィヘラに、レイはだろうなと納得する。
それでこそヴィヘラなのだと。
「ただ、そうなると問題なのは一体どうやってドラゴニアスの本拠地を見つけるか、なんだよな。拠点くらいなら、この調子だとそれなりに、見つかりそうだけど」
「それはそれで、ちょっと疑問よね。ここまで拠点があるのに、ケンタウロス達はどうして偵察をあまりしなかったのかしら」
「戦力的な問題が大きいだろうな。実際、ザイの集落もあの辺りでは一番大きな集落だった筈だが、そんな集落から偵察に出た者も、一人しか生きて戻ってこられなかったし」
ドラゴニアスの脅威に襲われているケンタウロス達にとって、集落から戦える者を偵察に派遣するというのは、大きな決断となる。
ましてや、成功して拠点を見つけても自分達よりも個として強く、数でも負けているケンタウロスにしてみれば敵の拠点を見つけてもどうすることも出来ない。
それこそ、拠点から遠ざかるように集落を移動させるだけだろう。
そういう意味では、まず自分達が生き残ることを第一に考えるという考えはレイにも理解出来ない訳ではなかった。
「ふーん。……勿体ないわね」
「いや、ヴィヘラと一緒にするなよ」
もしヴィヘラがケンタウロスと一緒に行動していた場合、それこそ自分だけでドラゴニアスの本拠地や拠点を探しに行ってもおかしくはない。
ましてや、ヴィヘラなら本拠地や拠点を見つければ、嬉々として自分だけで殲滅してしまうだろう。
……一人で殲滅しているという点では、セトがいるとはいえレイもそう変わりなかったりするのだが。
ただ、レイの場合は大規模な殲滅魔法を得意としている関係上、多数を相手にするのは難しい話ではない。
そんなレイに比べると、ヴィヘラの戦闘スタイルはどうしても多数を相手にするのは向いていなかった。
(それでもヴィヘラなら、結局時間を掛けても自分だけでどうにかしそうな気がするけど)
食事を続けながら、レイはヴィヘラを眺めつつそんな風に思う。
そんなレイの視線に気が付いたのか、ヴィヘラはどうしたの? といった視線をレイに向ける。
それに何でもないと首を横に振ってから、レイは食事に戻る。
食事をしながら、レイは周囲の様子を確認する。
集落によって、料理の味は違うからだろう。
何人かのケンタウロスは、渡された料理に微妙な表情を浮かべている者が多い。
特にダムランと一緒に合流したばかりのケンタウロス達は、別の集落のケンタウロスが作った料理に目を白黒させている。
(集落同士の繋がりがあまりないってのは、料理とかでも食べたことがないとか、そういうことになるんだろうな。もっとも、それでも同じような料理なんだろうから、そこまで違和感はないんだろうけど)
そんな風に考えていると、不意に視線の先で数人のケンタウロスが険悪な雰囲気を発する。
明らかにお互いに敵意を剥き出しにしているのを見れば、ふざけてやっている訳でないのは明らかだ。
「ザイ!」
レイがザイの名前を呼ぶと、その声が聞こえたザイも険悪になっているケンタウロスの存在に気が付いたのだろう。
食べていた料理を地面に置き、そちらに向かう。
「少し訓練が足りなかったのかしら?」
「そういう問題じゃないと思うぞ。元々、この偵察隊には色々な集落から多くの者が集まっている。その中には、どうしても性格的に合わない奴とかもいるんだろ。特に偵察隊にやってきた連中は、集落の中でもそれぞれ腕利きと言われていた者達だし」
そこまで言ったレイだったが、それ以外にも中には自分が半ば捨て駒扱いされていると感じているのだろうということには、口に出さない。
誰が自分達の話を聞いているのか、分からないからだ。
「ふーん。……そうなると、やっぱりしっかりと鍛えた方がいいわね。下らない言い争いとかは、体力が有り余ってるから、そんなことをするのよ。そんなことが出来ないくらい、体力を消耗させればいいと思わない?」
「思わない。というか、そんなことをしたらいざこの野営地にドラゴニアスがやって来たりしたら、色々と問題になるだろ」
ヴィヘラの場合は、ただ単純に戦闘訓練をしたいと、そう思っているだけなのだろう。
そう判断しての言葉だったが、そんなレイの言葉がヴィヘラにとっては不満だったのだろう。
不満そうな様子で食事に戻る。
そんなヴィヘラの様子を見ながら、そう言えば今まではこの手の問題がなかったなと、疑問に思うレイ。
今までは移動していたり、一緒に行動するにしても少数……それこそ集落ごとだったからか、そこまで別の集落同士で問題になるようなことはなかった。
だが、今回の一件を考えると、それはあくまでも偶然の産物だったのだろう。
もしくは、慣れない行動で多くの者が緊張しており、その結果として問題になるようなことがなかったのか。
ともあれ、周囲にいる多くの者が今にも殴り合いそうになりそうなケンタウロス達を見ている。
それでもこの偵察隊を率いるザイがいるとなると、その言葉を無視する訳にもいかないのか、やがて二人のケンタウロスは矛を収める。
ただし、お互いに相手を睨み付けるといった行為を止めていないことから、本心では相手をどう思っているのかは明らかだ。
「面倒臭いことになりそうだな」
「そうね。だから、やっぱり訓練で体力を限界まで消耗させない?」
「……却下だ」
懲りずに激しい戦闘訓練をするように求めてくるヴィヘラに、レイは先程までと同様に却下の言葉を口にし……ふと思いつく。
(体力を限界まで消耗させる訓練は論外だが、喧嘩騒ぎを起こしたらそういう訓練をやるって前もって言っておくのはどうだ? 抑止力的な感じで)
思いついた内容は、そう悪いものではない。
今はともかく、後でザイに言ってみようと思いつつ、食事を続ける。
だが、一度険悪な雰囲気を撒き散らかすような真似をされてしまった以上、どうしても自然に食事を楽しむといった訳にはいかない。
今日の夕食は拠点を潰したお祝いという一面もあって、かなり豪華な食材を使った料理が出ていたのだが……それが台無しになった形だった。
結局その後も微妙な雰囲気のままで食事は終わり、その後片付けが終わったところで見張りをしている者達以外は自由時間となる。
「レイ、ちょっといいか?」
焚き火を見ながら食後のお茶ならぬ食後の果実水を飲んでいたレイは、近付いてきたザイのその声に顔を向ける。
「どうした? ……まぁ、何となく何が言いたいのかは分かるけど」
「分かってるなら話は早い。……どうすればいいと思う?」
「一応聞いておくけど、ケンタウロス同士で喧嘩になったりした場合のことだよな?」
その言葉に、ザイは頷く。
深刻そうな表情を浮かべるザイに、レイは何でもないように口を開く。
「俺から提案出来るのは一つだけだな。喧嘩騒動を起こした奴は、体力の限界までヴィヘラと戦闘訓練をさせる。それこそ、翌日は筋肉痛で全く動けなくなるくらいに」
「あら」
レイの言葉に嬉しそうに声を上げたのは、当然のようにヴィヘラだ。
レイの隣で同じく果実水を飲んでいたのだが、それだけに反応が早い。
「いや、それは……」
だが、レイの提案を聞いたザイは、嬉しそうな様子を見せるヴィヘラを見て言葉を濁す。
もしレイの提案を採用した場合、ヴィヘラが嬉々としてケンタウロスとの訓練……具体的には模擬戦を行うというのが、理解出来たからだ。
ヴィヘラとの模擬戦を限界までやった場合、まず間違いなく心が折れてしまう。
そんな確信がザイにはあった。
偵察隊に参加しているケンタウロス達の中には、どうしてもレイとヴィヘラを二本足であるということで見下している者がいる。
勿論、二本足であってもその強さが自分達と比べて隔絶したものだというのは理解しているのだが。
それは、生まれた時からの思い込み……一種の呪いと評しても間違いではない。
二本足の相手は四本足の自分達よりも劣っていると。
レイやヴィヘラを見れば、それが有り得ないことだというのはすぐに分かるのだろうが、それでも呪いによって素直に納得することが出来ない。
そんな状況で、それこそ徹底的に模擬戦を重ねて負け続けたらどうなるか。
完全に心が折れてしまう。
あるいはここが自分達の集落なら、そのような真似をしても立ち直る時間はあるだろう。
だが、ここはドラゴニアスの勢力圏内なのだ。
そうである以上、戦力になる筈の者が心を折られて戦力にならないというのは、かなり困る。
だからこそ、ザイとしてはレイの提案に反対するしかなかった。
反対されたレイは少し不満そうだったが、体力の限界まで戦わせるというのはともかく、心をへし折られるのは困るというザイの言葉には納得せざるを得ないのも事実。
「けど、それならどうする? 今のままだと、また同じようなことが起きる可能性は十分にあるぞ」
「それは……迷うな。それこそ、レイがどうにか出来ないか?」
「お前は俺に何を期待してるんだ? この状況で俺が出来ることは……そうだな、それこそヴィヘラの提案にあったように、徹底的に模擬戦をやるとかしかないぞ?」
それは困るんだろう? そう暗に尋ねれば、ザイはその通りだと頷く。
実はレイにはそれ以外の方法も思い浮かんではいた。
ケンタウロスは強い相手を敬う。
だからこそ、偵察隊に参加している者達で模擬戦を行い、全員が順位付けすればいいと。
……だが、ドラゴニアスの勢力圏内でそのような悠長なことをやるのは難しいし、そもそも現在偵察隊の大半はそれぞれ偵察に出向いている。
(もしやるなら、それこそドラゴニアスの勢力圏内に来る前にやるべきだったよな)
そんな今更ながらのことを考えながら、レイはザイの話し相手……もしくは愚痴の聞き役を務めるのだった。
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