第2314話

「戻ってきた連中がいるぞ!」


 ダムラン達がレイ達に合流した翌日、朝食を食べ終えてそれぞれが自分のやるべきことをやり始めてから少しして、不意に見張りをしていた者の一人が叫ぶ声がレイに聞こえてきた。

 そんな声を聞き、レイは自分に向かって伸びてきた槍を黄昏の槍で弾き飛ばし、デスサイズの刃を相手に突きつけたところで、動きを止める。


「どうやら偵察に行っていた連中の一部隊が戻ってきたらしい。一旦模擬戦は中止するぞ」


 レイのそんな言葉に、模擬戦を行っていたケンタウロス達の表情に安堵が浮かぶ。

 レイや……そしてヴィヘラとの模擬戦では、どうやっても相手に勝つといったことが出来ない。

 それこそ、一人で何人もを相手にしているレイとヴィヘラには、どうしても勝つといったイメージが湧かない。


「ヴィヘラ、俺は話を聞きに行ってくるけど、お前はどうする?」

「私は……もう少しここで模擬戦を続けてるわ」


 嘘だろ!? ヴィヘラと模擬戦をしていた者達の表情は、直接声に出すようなことはしなかったが、そう叫びたいのが誰の目からも見て取れた。

 そして……レイから少し休憩をすると言われたケンタウロス達に、羨ましそうな視線を送る。

 いや、その視線にあるのは羨ましそうという言葉だけでは言い表せない。

 もっと深く、強い、そんな一種の情念や執念と言っても間違いではない表情だ。

 当然のように、そんな表情を向けられた側は得意げだったり、居心地が悪そうだったりと、様々な表情を浮かべる。

 ケンタウロス達にとって、この訓練というのは非常に重要だ。

 それこそ、ドラゴニアスと戦って生き残る確率を少しでも上げる為には、自分が強くなるしかないのだから。

 また、強さを重要視するというケンタウロスの習性を考えても、自分が強くなるということに異論はない。

 だが……それでも、レイやヴィヘラという絶対的強者を相手にしての模擬戦は、ケンタウロス達の心をへし折りそうになっていた。

 例えるのならば、レイとヴィヘラは壁だ。

 ケンタウロス達はその壁を壊し、もしくは乗り越え、跳び越えなければならないのだが、レイとヴィヘラという二つの壁は、とてもではないが簡単にどうにか出来る壁ではない。

 幾ら自分達が強くなっても、その壁はまったくびくともしないとなれば、強くなっているという認識は存在せず、戦闘訓練に意味はないのではないかとすら思ってしまう。

 ……実際には、レイやヴィヘラと模擬戦を繰り返しているケンタウロス達の技量は、間違いなく上がっていた。

 それこそ、以前に集落にいた頃に比べれば間違いなく強くなっていた。

 集落の長達は本当の意味での精鋭は偵察隊に派遣しなかったが、戦闘訓練を受けている者達はそのような相手にすら勝てるようになっていてもおかしくはないくらいには強くなっていたのだ。

 勿論、一人で複数のドラゴニアスを相手に出来るような真似までは出来ないのだが。

 ともあれ、比較対象がいないからこそ訓練を受けているケンタウロス達は自分がそこまで強くなっているという自覚はない。


(その辺はもう少しどうにかした方がいいのかもしれないな。とはいえ、初めて会う相手と戦って勝っても、それで強くなってるかどうかってのは分かりにくい。その辺をしっかりと確認出来るとすれば……それこそ、自分達の集落にいて、今までは勝てなかった相手に勝つことか)


 帰ってきた偵察隊の方に向かいながら、レイはそんなことを考え……だが、すぐにそれを否定する。

 そもそも、強さを確認する為に各自の集落まで戻るといったような真似をした場合、それは大きな時間のロスとなる。

 そんな真似をするなら、ドラゴニアスの本拠地を見つける為に動いた方がいいのは、間違いなかった。


「それよりも、戻ってきた連中は何か手掛かりでも……いや、駄目か」


 遠目に見ても、そこには落ち込んでいる様子のケンタウロス達が見える。

 もしドラゴニアスの本拠地なり拠点なりを見つけたとなれば、あのような態度を取ることはないだろう。

 つまり、これは何も手掛かりの類を得られなかった。

 そう思ってもいい筈だった。


(その割には、戻ってくるのが早かったけどな)


 基本的には二日進んで二日で戻ってくる。

 そんな取り決めで偵察に向かったのだから、何も手掛かりが見つからなかったとしても、戻ってくるのは早い。

 そう思い、戻ってきた偵察隊とザイが話しているところに向かう。


「戻ってくるのが早かったみたいだけど、どうしたんだ?」

「あ、レイ。……どうやらドラゴニアスに遭遇したらしい」

「いや、それは当然だろ? ドラゴニアスの本拠地を探してるんだから。……寧ろドラゴニアスに遭遇したということは、その付近に拠点なり本拠地なりがあってもおかしくないと思うんだが」


 そう言いつつも、レイはドラゴニアスがかなり離れた場所まで移動してきているのを知っている。

 だとすれば、ドラゴニアスと遭遇したからといって、そのすぐ側に本拠地や拠点があるとは限らないのだ。

 ……ないとも、言い切れないのだが。


「ただのドラゴニアスなら、そうしたさ。けど……あのドラゴニアスは違う。普通じゃねえ」

「……普通じゃない?」

「そうだ。銀色の鱗を持つドラゴニアスなんて、初めて見た。レイが倒したという、金の鱗を持つドラゴニアスと関係があるんじゃないか?」


 そう告げるケンタウロスの言葉に、レイはケンタウロス達が戻ってきたことに納得する。

 銀の鱗を持つドラゴニアスは、ヴィヘラが満足出来る強さを持つ敵だ。

 勿論、全ての銀の鱗のドラゴニアスがヴィヘラと戦った個体と同じ強さを持っているとは限らない。

 いや、寧ろ個体によって強さが違うというのは、普通に有り得ることだろう。


(銀の鱗のドラゴニアス……だとすれば、指揮官のドラゴニアスが本拠地、もしくは大きくなった拠点から蟻や蜂のように巣分かれをするのか? そうなると、普通のドラゴニアスは働き蟻的な? まぁ、似ていると言えば……似てる、か?)


 ドラゴニアスと蟻や蜂が似てるのは、レイにとっても納得出来る事ではある。

 とはいえ、レイの知っている蟻や蜂とドラゴニアスがどこまでも似ているのかと言われると、それは素直に頷くことは出来ない。


「なるほど。話は分かった。だとすれば、その銀の鱗のドラゴニアスが拠点を作るか、もしくは別の何かをしようとしているのかは分からないが、それを素直にさせる訳にはいかない」

「俺もそう思ったから、戻ってきたんだ」

「……なら、何でそこまで残念そうな、そして悔しそうな顔をしてるんだ?」

「どうせなら、俺達だけで銀の鱗のドラゴニアスを倒したいと、そう思っていたんだよ。けど、無理だった。それが分かってしまったから、戻ってくるしかなかったんだ」


 なるほど、と。

 レイはケンタウロスの言葉に納得する。

 強さを重視するケンタウロスだけに、自分達では絶対に敵わない相手がいるというのは、レイの前にいるケンタウロス達にしてみれば悔しかったのだろう。


(そう言えば、このケンタウロス達の集落はまだドラゴニアスと接触してなかったんだったな。だからこそ、ドラゴニアスを相手に、自分達が負けるとは思っていなかった。……そんなところか)


 だが、その無謀な自信も自分達が見た銀の鱗のドラゴニアスによって、粉砕された。

 ヴィヘラを満足させるだけの力を持つドラゴニアスだけに、その判断は決して間違ってはいない。


(けど、銀の鱗のドラゴニアスか。……なら、俺が戦った金の鱗のドラゴニアスは一体なんだったんだ? 銀……金……もしかして、拠点が大きくなれば銀から金になるのか? いや、まさかな)


 銀の鱗のドラゴニアスが拠点を作り、その拠点が巨大になれば鱗の色が銀から金に変わる。

 そんな予想をしたレイだったが、そんな分かりやすいのか? と疑問に思って自分の中にあった考えを否定する。


「取りあえず、その銀の鱗のドラゴニアスは倒した方がいいだろうな。ただでさえ今はドラゴニアスの拠点を潰してるんだから、その拠点を増やすような真似はさせない方がいいだろうし」


 レイのその言葉には、誰も異論を口にはしない。

 実際、この場にいる者は皆がドラゴニアスの殲滅を望んでいるのだから。

 ただ、問題は一体誰が銀の鱗のドラゴニアスを倒しにいくかということだろう。

 普通のドラゴニアスであっても、倒すのに複数のケンタウロスが必要となる。

 そして銀の鱗のドラゴニアスの強さは、それこそ考えるまでもなく普通のドラゴニアスよりも強い。

 今の状況で倒せる者がいるとすれば、それこそレイ、ヴィヘラ、セトの二人と一匹だけだ。


「レイ……頼めるか?」


 話を聞いていたザイも、結局はレイと同じ結論にいたったのだろう。

 そう言ってくる。

 レイがこの野営地に戻ってきてからそれ程時間も経っていない。

 だが、それでもレイ達しか倒せないのであれば、実際にレイ達が行く必要があるだろう。

 ……ヴィヘラだけを派遣するという手段もあったが、当然ながらレイはそんな手段を考えたりはしていない。

 ヴィヘラなら全く問題なく戦えると思ってはいるのだが、それでも万が一のことを考えるとそのような真似は出来なかった。

 本人はレイが提案すれば、嬉々として倒しにいくだろうが。


「そうだな。けど、敵が移動中となると見つけるのは難しい。それをどうするかだな」


 巣分かれをして集団で移動している以上、当然ながらそれを見つけて戻ってきたケンタウロス達が見たという場所に行っても、もういないだろう。



「一応聞くけど、銀の鱗のドラゴニアス達の後をつけてたりはしてないよな?」

「ああ。ドラゴニアスの数が少なければそんな真似も出来たかもしれないが、後をつけるにしても敵の数が多すぎた。そんな真似をすれば、見つかった時に間違いなく喰い殺されてしまう。そんな命令は出せなかった。……悪い」


 謝るケンタウロスも、本来なら銀の鱗のドラゴニアス率いる集団を追った方がいいと理解はしていたのだろう。

 だが、ドラゴニアスに見つかった時の危険を考えれば、仲間に命じることは出来なかった。


(連携とかを考えて、集落単位で行動するようにしたらしいけど、これはその失敗例だろうな。仲間思いだからこそ、しっかりと偵察としての役割を果たせなかった)


 銀の鱗のドラゴニアスがドラゴニアスの集団を引き連れて移動しているのを発見したのは、大きな手柄だ。

 だが、実際にそれがどこに向かうのかが分からないとなると……もしレイが点数をつけるとすれば、六十点……どんなに頑張っても七十点には届かないといったところだろう。

 とはいえ、全く違う集落同士の者達をそれぞれに組み合わせた場合、それぞれの集落では決まっている暗黙の了解だったりして、お互いにぶつかる可能性もある。

 時間がある時ならそれでもいいのかもしれないが、今の状況でそのような真似が出来る筈もなかった。


「そうすると、大体の場所を教えて貰った後は俺とセト、ヴィヘラだけで向かった方がいいか」


 呟くレイの声が聞こえたのか、ザイも仕方がないと頷く。


「出来れば前回の拠点の襲撃を見学出来なかった者達を連れていって欲しいところだが、それは難しいか?」

「難しいな。今回は敵も移動しているから、のんびり地面を走るという真似は出来ないし」


 そんなレイの言葉に何人かのケンタウロスが不満そうな表情を浮かべる。

 かつては草原の覇者と呼ばれ、ドラゴニアスに追い詰められている今となっても、走る速度では上回っているのだ。

 なのに、ゆっくりという表現を使われたことは、当然のようにケンタウロス達にとって面白くはない。

 ……とはいえ、レイにしてみれば幾ら地面を走るのが速いとしても、空を飛ぶセトに比べると一段も二段も劣ってしまう。

 それでもケンタウロス達にとっては草原を走るという行為にはプライドがある。

 だからこそ、何かを言おうとし……それよりも前に、レイが口を開く。


「ドラゴニアスに向かうのは、空を飛んで向かう。……もし俺達と一緒に来るのなら、セト籠を使うことになる。空を飛んでもいいと思ってる奴がいたら、一緒に来てもいいが……どうする?」

『……』


 レイのその言葉に、ケンタウロス達は全員が黙り込む。

 当然のように、その黙り込んだ中にはザイの姿もある。


(やっぱりケンタウロスにとって、空を飛ぶというのは絶対に許容出来ないって事なのか。……ドルフィナ辺りがいれば、また話は別だったかもしれないけど)


 ケンタウロスの中でも魔法に長けた集落の出だけあって、ドルフィナはかなり好奇心旺盛な様子だった。

 それこそ、空を飛ぶと言えば自分も飛んでみたいくらいは言ってもおかしくはない。


「どうやら一緒に行く奴はいないみたいだな。そんな訳で、行くのは俺達だけだ」


 レイのその言葉に、誰も反対の言葉を口にすることは出来なかった。

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