第2312話

 レイが見た限りでは、新たに合流したケンタウロス達の怪我はそこまで酷いとは思えなかった。

 ザイの言う通り、喰い千切られている者もいたが、幸いにして喰い千切られた場所はそこまで大きくはなく、レイがポーションを出さず、ケンタウロス達が普通に使っている回復薬で十分どうにかなる程度。

 レイもポーションを使うのはどんな副作用があるのか分からない以上、このことには助かった。

 ……この世界はエルジィンとの共通点がかなり多いので、恐らくポーションを使っても大丈夫だとは思いはしたのだが。


「すまない。レイのお陰で助かった。ありがとう」


 合流してきた者達を率いてるのだろう、三十代程の外見をした男が、レイに向かって深々と頭を下げて感謝の言葉を口にする。

 そんなケンタウロスに、レイは驚く。

 何故なら、今までは多かれ少なかれ、二本足であるということを気にしている者が大半だったからだ。

 今となっては、レイもまたケンタウロスがそのような性格……足の数が重要と理解している為に、特に気にしなくなっていた。

 それは、最初こそ二本足だからということで侮るような真似をしても、力を示せばそこまで気にしない者が多数だった……というのも大きいだろう。

 だからこそ、最初は若干不愉快な思いはするが、それも幾つもの集落を回って多くのケンタウロスと接触すれば、嫌でも慣れてくる。

 今回もまた同じようになるのかと思っていたのだが、目の前にいるケンタウロス達は違った。

 レイが二本足でも、全く気にした様子もなく感謝の言葉を口にしたのだ。

 これは正直、レイにとっては驚きだった。


(回復薬を使ったからか? けど……回復薬そのものはそこまで特別な物じゃないんだけどな)


 そんな疑問を抱きつつ、口を開く。


「いや、気にしないでくれ。お前達がドラゴニアスと戦ったのなら、こっちにも関係のあることだしな。……それより……」


 男と話していたレイは、他の面々……回復薬を使って治療を終えたケンタウロスの何人かが、興味深そうな視線を自分に向けているのに気が付く。

 二本足だから興味深いのか? そんな思いを抱いたが、それにしてはケンタウロス達が自分に向ける視線の中には友好的なものが多い。


「なぁ、お前達は俺の足が二本だからってことで、気にしたりしないのか? 今まで幾つもの集落を回ってきたけど、大抵は俺の足が二本足だと知ると、それに対して思うところがあったみたいなんだが」

「うん? ああ、そのことか。……仲間が不躾な視線を向けていたようだな。すまない」


 リーダー格の男がレイの視線を追い、その視線の先にいるのが自分の仲間だと知ると、そう謝罪の言葉を口にしてくる。

 少し恥ずかしそうにしているのは、仲間の行動が恥ずかしかったからだろう。


「いや、友好的な視線を向けられているんだから、別に気分を害したとか、そんな訳じゃないんだけどな。ただ、二本足の俺にここまで友好的な視線を向けてくるのは珍しいと思っただけで」

「うちの集落も、以前は二本足の相手に対してここまで友好的って訳じゃなかったよ。ただ、前にやって来た二人の二本足の女に、集落で困っていたことを助けて貰ったんだ。その為、二本足でも……」

「ちょっと待った」


 話を続けようとしたリーダー格の男だったが、レイはその言葉を止める。

 男の方は何故自分の言葉を途中で止めるのだ? と疑問に思っている様子だったが、レイにとって今の説明の中には決して聞き流せない部分があったのだ。


「今、二本足の女って言ったよな? それって、いつのことだ?」

「いつと言われても……そうだな。五十日くらい前か」

「……五十日?」


 その言葉は、完全にレイの意表を突いた。

 これは一体、どのように判断したらいいのかと。

 この草原において、二本足の女というのは非常に珍しい。

 それは、ケンタウロス達がレイやヴィヘラにどう対応するのかを見れば明らかだろう。

 だからこそ、目の前のケンタウロス達の集落で困っていたところを助けて貰ったいうのは、てっきりアナスタシアとファナの二人だと思ったのだが……


(いや、それなら普通に名前を聞けばいいだけか)


 そう判断し、レイは真剣な表情で尋ねる。


「ちなみにその女はアナスタシアという名前じゃなかったか? また、他もファナという仮面を被った女が一緒にいなかったか?」

「っ!?」


 レイの言葉を聞いたケンタウロスは、驚愕の表情を浮かべる。

 その反応を見れば、それだけで自分の予想が間違っていなかったというのは明らかだ。だが……


(五十日? 何だそれは?)


 その一点だけが、レイの疑問だ。

 そしてレイがそんな疑問を抱いていると、新しく合流してきたケンタウロスのうちの何人かが、警戒の視線をレイに向ける。

 自分達の恩人を知っている人物。

 それもこの草原に住むケンタウロスではなく、アナスタシア達と同じ二本足の男。

 それで、警戒するなという方が無理だった。

 だが……そんなケンタウロス達に対して、レイが何かを言うよりも前に、リーダー格の男が口を開く。


「止めろ」


 その一言は、そこまで大きな声ではなかったが、それでも他の者達の動きを止めるには十分な力が宿っていた。


「ダムラン様、何故止めるのです! あのお二人は、我らが集落の恩人! であれば……」

「落ち着け」


 ダムランと呼ばれたリーダー格の男が再び呟くと、その言葉により反論しようとしていた男もまた言葉を止める。


「俺達の為に薬を用意してくれた相手だ。それに……この男は強い。俺達全員が一斉に掛かっても勝ち目はない。勿論、アナスタシア殿達に危害を加えるのなら、死を恐れるものではないが……少なくても、俺の目にはそのような人物には見えない」


 違うか?

 そう視線を向けられたレイは、その言葉に素直に同意する。


「そうだ。俺達はアナスタシアとファナを迎えに来たんだ。……正直、色々と予想外だったが……」


 一番予想外だったのは、やはりアナスタシアとファナがこの世界にやって来てから五十日近くが経っているということだろう。

 正確には多少の差異はあるかもしれないが、それでも五十日……約二ヶ月近く前ともなれば、一体何がどうなってそうなったのかといった疑問を感じるのは当然だった。


(考えられる可能性としては、トレントの森の地下空間に穴が出来て、アナスタシアとファナがこの世界にやって来てからグリムが穴を固定するまでの時間か?)


 具体的に、その間にどれくらいの時間差があったのかはレイにも分からない。

 だが、世界と世界を繋ぐ穴となると、常識では考えられない何かがあってもおかしくはない。

 だからこそ、今回の一件においてはそれによって時差が生じ、その結果としてグリムが穴を固定した時には既に時差が起きて五十日近く経っていた。

 そう考えれば、かなり強引ではあるが納得出来ない訳でもない。


「連れ戻しに? それにしては、随分と時間が経っているが?」

「色々とあったんだよな。具体的には魔法的な意味でな。アナスタシアを知ってるのなら、精霊魔法の使い手だというのは知ってるな? その精霊魔法の実験で失敗して……それでここに来たんだ。で、俺達もここに来るのが遅れたんだ」


 かなり出鱈目な話だったが、レイとしてはまさか正直に異世界から来ましたなどと言う訳にはいかない。

 そうである以上、何か適当な話を作っておくのが必須だった。

 ……また、アナスタシアが精霊魔法使いで、好奇心旺盛であるというのも間違ってはいない。

 だからこそ、異世界に繋がる穴に入ってこの世界にやって来たのだから。

 レイが口にした言葉は、決して出鱈目ばかりではなかった。


「……なるほど」


 ダムランも、アナスタシアと接したことがある為か、レイの言葉には納得出来るところがあった。

 そんな様子を見て、恐らくダムランの集落でもアナスタシアは持ち前の好奇心を発揮させてファナを困らせていたのだろうと、そうレイは思う。


「ともあれ、アナスタシアとファナは現在もダムランの集落にいるのか?」

「いや、数日滞在した後で集落から出ていった」


 その言葉は決して嘘ではないというのは、ダムランの目を見ればレイにも理解出来た。


「そうか。……どこに行くとか、そういうのは聞いてないか?」

「どうだったろうな。草原の外にも多数の国があるというのに興味を持っていたから、そっちに行った可能性もある。……ただ、ドラゴニアスにも興味を持っていたからな。どっちに行ったのかというのは何とも言えない」


 ダムランの言葉に、レイは悩む。

 レイにしてみれば、ドラゴニアスを倒すのはアナスタシアとファナに被害が及ぶ可能性が少しでも少なくなるようにという思いがあるのは事実だ。

 そのアナスタシアとファナが、ドラゴニアスに興味を持っていたというのは……ある意味で予想していただけに、それが当たったのがあまり面白くはない。


「アナスタシアとファナがどう動くにしても、出来るだけ早くドラゴニアスの本拠地を見つけて殲滅する必要があるな。……正直なところ、本拠地を見つけて殲滅が難しいようなら一旦戻ることも考えていたんだが」


 そもそも、一応……本当に一応だが、この部隊の名目は偵察隊なのだ。

 普通、偵察隊というのは、敵の拠点を見つけてもそれを殲滅したりといったような真似はしない。

 中には強行偵察という、敵を見つけたら積極的に倒すといったような偵察もあるが、そのような偵察であっても敵の拠点を殲滅したりといったような真似は、まずしない。

 そういう意味で、ザイ率いる偵察隊は、偵察隊と名乗っていても、実質的には殲滅隊とでも呼ぶべき存在だった。

 だが、それでも一応偵察隊だという名目である以上、ドラゴニアスの本拠地を見つけて、その殲滅が難しいようなら、一旦戻ってもっと戦力を整えるつもりだったのだ。

 今回の偵察隊に参加しているケンタウロス達は、それぞれの集落では精鋭と呼ぶべき存在だが、それでも本当に腕の立つ者達は参加していない者も多い。

 いつドラゴニアスの襲撃があるか分からない以上、それは当然かもしれないが。

 だが……アナスタシアとファナの件を考えると、レイとしてもこのまま放っておく訳にはいかない。

 そんな風に判断しつつ、レイは今回の行動でドラゴニアスの本拠地を潰すことを決意する。


(本拠地を潰すにしても、まずはその本拠地を見つけないと意味はないんだけどな)


 そう考え……ふと、レイはダムランに視線を向ける。


「お前も偵察に来てたんだから、多分知らないとは思うけど一応聞いておく。ドラゴニアスの本拠地がどこにあるのか、知ってるか?」


 これはまず知ってはいないだろうという思いで口にした質問だ。

 そもそも、もしドラゴニアスの本拠地を知っていれば、わざわざ偵察に来るような真似はしないだろうという思いがレイにはあった。

 もっとも、ドラゴニアスの本拠地が集落の近くに存在し、そこから避難する場所を探して偵察に出てきた……という可能性もないではなかったが、それは限りなく低いと思える。

 もし本拠地が集落の側にあるのなら、それこそすぐにでもそこから逃げ出す必要がある。

 ドラゴニアスの飢えを考えれば、集落にいる全ての生き物が喰い殺されてもおかしくはないのだから。

 そして……レイの予想通り、ダムランはドラゴニアスの本拠地を知っているかという問いに首を横に振る。


「いや、悪いが知らない。……知っていれば、集落をもっと安全な場所に移動させることが出来るんだが。……悪いな」


 元々が多分知らないだろうと思って聞いただけに、ダムランがドラゴニアスの本拠地を知らなくても、レイも責めるような真似はしない。


「気にするな。俺も知ってれば楽が出来ていいと思って聞いただけだし。……ちなみに、本拠地じゃなくて拠点は知らないか?」

「そっちも知らない。というか、ドラゴニアスが拠点を作るなんてのは、さっき聞いて初めて知ったくらいだ」

「そうか。……そうなると、本拠地を探すのは他に偵察に出てる連中に任せるしかないか。出来れば今回の偵察で見つけてきてくれれば、助かるんだが」


 そう言うレイだったが、不意に風に乗って漂ってくる食欲を刺激する匂いに気が付く。


「夕食が出来ましたよー」


 食事を作っていたケンタウロスの叫ぶ声が聞こえてくる。

 その声を聞き、多くのケンタウロスが野営地の中央、食事を作っていた場所に向かう。


「ほら、お前達も来いよ。怪我を治すには、しっかり食わないといけないしな」

「え? 俺達もその……いいのか?」


 戸惑ったように告げるダムランの言葉に、レイはザイに視線を向け……ザイはその視線に、当然と頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る