第2309話

『わああああああああああああああああああああっ!』


 地面に崩れ落ちた銀の鱗のドラゴニアスを見て、ケンタウロス達が揃って歓声を上げる。

 ドラゴニアスとの戦いは、ずっと見ていた。

 デスサイズと黄昏の槍を使って戦うレイ、前足の一振りでドラゴニアスの身体を砕いて肉片にするセト。

 それらを見て驚いたのは間違いなかったが……それでもやはり、銀の鱗のドラゴニアスと戦うヴィヘラの姿は、その戦いを見ている者に対して強い衝撃を与えた。

 ケンタウロス達にしてみれば、ドラゴニアスというのは……それこそ個体差が大きいのだが、その殆どのドラゴニアスと戦っても一人で勝つのは難しい。

 ザイのようにケンタウロスの中でも突出した実力を持っている者であれば、話は別かもしれないが。

 ともあれ、ケンタウロスにとってドラゴニアスというのはそんな突出した強さを持っている相手なのだ。

 だというのに、そんな相手の中でも特に強い……いや、はっきりと段違いの強さを持っていると理解出来る銀の鱗のドラゴニアスを、ヴィヘラが圧倒したのだ。

 実際には圧倒と言う程に実力差が開いていた訳ではなく、相性的な問題も大きかったのだが。

 ともあれ、それだけの実力を持つ銀の鱗のドラゴニアスを倒すという光景を直接見たのだから、ケンタウロス達が歓声を上げるのも無理はない。


「ふぅ」


 銀の鱗のドラゴニアスを前に、満足したといった様子を見せるヴィヘラ。

 今回の戦いは、それだけ満足出来るものだったのだろう。

 今のヴィヘラは、それこそ女の艶という意味でもマリーナに負けていない。

 これは、ここにいるのはケンタウロス……それこそ、ヴィヘラを異性として見ていない者達だったということが、幸福だったのだろう。

 そうレイが思ってしまう程に、今のヴィヘラは男を惹き付ける魅力に満ちていた。


「ほら、取りあえずこれでも飲め」


 冷たい果実水の入ったコップをミスティリングから取り出し、ヴィヘラに渡す。

 レイからのプレゼントに、ヴィヘラは満面の笑みを浮かべてそのコップを受け取り、口に運ぶ。

 白い喉が動いて果実水を飲むという光景は、レイも思わず目を奪われる程に艶めかしい。

 ……本人には、別にレイを誘っているつもりは全くないのだろう。

 だがそれでも、こうして見ている今の状況では、そのように勘違いしてもおかしくはないくらいだ。

 そんなヴィヘラに目を奪われていたレイだったが、ヴィヘラが果実水を飲み終わったのを見て、我に返る。


「どうする? もう一杯いるか?」

「いえ、今はいいわ。それより……この銀の鱗のドラゴニアスを収納して貰える?」

「それは構わない。ただ、素材として使うのは難しいと思うぞ? 何らかの研究材料にするにしても……」

「ええ、レイの言いたいことは分かってるわ。けど、これだけの強かった相手だもの。後々何かの役に立たないとも限らないでしょう?」


 そう言われれば、レイも納得出来た。

 実際、レイのミスティリングの中には、レイが倒した金の鱗を持つドラゴニアスの死体がある。

 いずれ何かの役に立つかもしれないからと、そう思っての行動だった。


(見た感じでは、銀の鱗のドラゴニアスは金の鱗のドラゴニアスよりも数段弱かった。それでも十分ヴィヘラが楽しめるだけの強さはもっていたけど。これはつまり……やっぱり銀は金よりも下ってことなのか?)


 銀が金よりも下というのは、それこそ日本で生きてきた時にレイの中に根付いた価値観だったし、エルジィンにおいても金が銀よりも上の価値を持っていた。

 その辺りの事情を考えれば、恐らくこの世界においても金と銀の価値観については同じようなものなのだろう。

 ……もっとも、その辺りの価値観が同じでも、ドラゴニアスにおいても全く同じ価値観だったというのは、正直なところ素直に納得は出来なかったが。


「分かった。なら……」


 そう言い、綺麗な死体をミスティリングに収納する。

 それを見てヴィヘラは満足そうな表情を浮かべた。


「さて、取りあえず死体は……収納するのに時間が掛かりすぎるか」


 レイの持つミスティリングにドラゴニアスの死体を収納するには、当然の話だが死体に触れる必要がある。

 この拠点にいた大半のドラゴニアスは、レイの魔法によって焼かれ死体の残骸も残っていない。

 だが、赤い鱗を持つドラゴニアスだけは、炎に対して強い耐性を持っている影響もあり、レイやセトによって全滅させられている。

 その死体をそのままにしておけば、アンデッドになる可能性もあるし、かといって死体を一匹ずつミスティリングに収納していくのも面倒だ。

 何より、赤い鱗を持つドラゴニアスの死体は、もう結構な量がミスティリングに収納されていた。

 他の色の鱗を持つドラゴニアスならともかく、赤い鱗のドラゴニアスはもう必要ないというのが、レイの正直な思いだ。

 少なくても、わざわざそれを自分で集めてまで死体を集めるつもりはない。


「そうなると、いっそ残りの死体は全部燃やしてしまった方が手っ取り早いか」

「グルゥ?」


 いいの? と喉を鳴らすセト。

 セトが何を心配しているのかは、レイにも分かる。

 今は夜である以上、そこまで大規模に炎の魔法を使えば、当然のようにそれは遠くからでも目立つ。

 それを見て、他のドラゴニアスがここにやって来ないとも限らない。

 ……もっとも、レイにしてみればこの拠点を攻撃する時に大規模な魔法を使っている以上、もしこの拠点に異常を感じて他のドラゴニアスがやって来るとしたら、もう動いているだろうと思ったが。


「ああ、問題ない。それに、俺達はこの拠点を綺麗に焼き払ったら、すぐにここから離れるからな。もし他のドラゴニアスがここに来ても、その時はもう俺達はいないだろ」


 そう言いながら、レイはセトを撫でる。

 とはいえ、今から移動する……それも可能な限り拠点から距離を取るとなると、休むこともなく走り続ける必要がある。

 それこそ、徹夜になるのは間違いなかった。


(だからこそ、夜になるまで塹壕の中である程度仮眠をとっていた訳だが)


 ケンタウロス達も、塹壕の中である程度仮眠をしていたので、今日は徹夜で走る程度のことは十分に出来る筈だった。

 勿論、野営地に戻った後はぐっすりと眠る必要が出て来るだろうが。


「よし、じゃあ行くか」


 そう言い、レイはヴィヘラとセトを連れて一旦拠点から離れ、ケンタウロスのいる方に向かう。

 ケンタウロス達の方も当然のようにそんなレイ達の姿に気がついており、レイのいる側に走り寄ってくる。

 だが、走り寄ってはきたが、一連の動きをどう言えばいいのか迷ったように黙り込む。

 ケンタウロス達にとって、今回の戦い……いや、蹂躙と呼ぶべき行動は、見ている者にとって言葉に出ない程の驚きだった。

 同時に銀の鱗のドラゴニアスとヴィヘラの戦いは、遠くから見ていたケンタウロス達にしてみれば、目を奪われるものがある。

 ……ケンタウロスは、戦いに大きな誇りを持っている。

 それだけに、拠点を蹂躙したレイの魔法もそうだが、ヴィヘラが行った戦いはより意識を注目するには十分だった。


「その……何て言えばいいのか分からないけど、凄かった」


 ケンタウロスの一人が、しみじみとそう告げる。

 そんなケンタウロスの言葉に、他の者達も同意する。

 ……視線の大半がヴィヘラに向けられていたのは、レイにとっては微妙な気持ちだったが。


「とにかく、これからドラゴニアスの死体を焼いたら、すぐにこの場を離れる。燃えているのを他のドラゴニアスが見つけたら、興味を持ってやって来る可能性もあるしな」


 そう言いながらも、レイとしては本当にそうか? という疑問があるのも事実だ。

 大半……いや、ほぼ全てのドラゴニアスは飢えに支配されており、自分で考えるといった能力はない。

 だが……だからこそ、普段は見えない光景を目にした時、そこに何らかの餌があるかもしれない、多少なりとも飢えを癒やす何かがあるかもしれないと判断し、ここにやって来るという可能性は否定出来なかった。

 周囲にいたケンタウロス達も、そんなレイの言葉には納得するしか出来ない。

 実際にドラゴニアスの脅威を知っているだけに、レイの言葉を否定は出来なかったのだ。


「けどさ、その……俺達が現在いる野営地とここって、そんなに離れてないだろ? なら、もしかして野営地までやって来る可能性はあるんじゃないのか?」


 ケンタウロスの一人がそう疑問の声を口にするが、レイはその意見に頷く。


「その可能性は否定出来ないな。ただ、こっちに攻めてくるなら、それはそれで構わない。ここに来る奴よりは数は少ないだろうし、何より……」


 そこで一旦言葉を切ったレイは、視線を隣のヴィヘラに向ける。

 銀の鱗のドラゴニアスとの戦いで満足したヴィヘラだったが、その性格から戦いには貪欲だ。

 新たにドラゴニアスがやって来たと知れば、それこそ嬉々として戦いを挑むだろう。

 勿論、レイやセトもそんなヴィヘラと同様にドラゴニアスを倒すという行為を躊躇うつもりはない。

 アナスタシアとファナの危険を少しでも減らす為には、ドラゴニアスは一匹でも多く倒した方がいいのだから。


(あ、でもそう考えると、いっそここで待っていた方がいいのか? ……いや、けどそれだと他の連中が危険か)


 ここにいるケンタウロスの多くは、偵察隊に選ばれただけあって相応の実力を持つ。

 だが同時に、もし集落がドラゴニアスに襲われた時のことを考えれば、本当の意味で切り札となる精鋭を送る訳にいかないのも、集落としては当然の話だった。

 だからこそ、この状況でドラゴニアスの集団と戦った時にはケンタウロス達に被害が出る可能性もある。

 また、それだけではなく野営地に残っている者は少なく、当然のようにいざという時の戦力は少ない。

 その辺りの事情を考えると、やはりここは少しでも早く野営地に戻った方がいいと、そう思い直す。


「ほら、さっさと出発するぞ。俺があの拠点にある死体を燃やしたら、すぐに出るからそのつもりでいてくれ。今日は徹夜で進むからな」


 レイの言葉に、何人かのケンタウロスが嫌そうな表情を浮かべる。

 日中、仮眠をとらずにいた者や、仮眠をとろうとしても緊張で眠れなかった者達だ。

 何しろ塹壕から少し離れた場所にある丘の向こう側はドラゴニアスの拠点であり、そうである以上、いつ塹壕が見つかるか分からない。

 セトがいる以上、心配しなくてもいいと頭では分かっているのだが、これは考えるよりも感覚的なものだ。本能的と言ってもいい。

 そんな恐怖から結局眠ることが出来ない者が出てくるのも、当然だろう。

 そのような者達にしてみれば、レイを始めとした者達が何故ドラゴニアスのすぐ側で眠れるのかといった疑問を抱いてしまう。

 もっとも、レイの場合は全面的にセトを信頼しているし、自分の能力にも自信がある。

 冒険者として様々な依頼をこなしてきたのが、関係していた。

 冒険者は、眠れるときに眠らないといけない。また、何かあったらすぐに起きなくてはいけない。

 例えば、レイも普段はかなり寝起きが悪く、数分……場合によっては十数分もの間寝惚けるというのも珍しくはなかった。

 だが、依頼の最中となれば、何かあればすぐに起きて、寝惚けるなどといったことも基本的にはない。

 この辺りは、純粋に経験によるものだろう。


「さて、じゃあ……燃やすか」


 呟き、レイはデスサイズに意識を集中しながら呪文を唱え始める。


『炎よ、我が魔力を糧とし死する者を燃やし尽くせ。その無念、尽く我が炎により浄化せよ。恨み、辛み、妬み、憎しみ。その全ては我が魔力の前に意味は無し。炎は怨念すらも燃やし尽くす。故に我が魔力を持ちて天へと還れ』


 その呪文と共に生み出されたのは、青い炎。

 決して熱くはなく……寧ろ、その炎を見れば心が穏やかになるような、そんな炎。

 だが、そんな炎であると同時に、レイの魔力は大量に消費されていく。

 これは、レイが最近作った『焔の天輪』という魔法と同じく炎以外に聖属性を無理矢理に付与しているからこその反作用。

 それでも消費する魔力は『焔の天輪』に比べると少ない。

 これは、炎というレイの属性にプラスされるのが浄化と空を飛ぶということの差からだろう。

 レイのイメージ的には、浄化の方がまだ炎の属性に近いと、そう認識しているのだろう。

 だからこそ、魔力の消耗は多いが我慢出来ない程ではない。

 これは『焔の天輪』によって大量に魔力を消耗する感覚に慣れているからなのかもしれないが。

 そして……魔力を大量に消耗しつつ、魔法が発動する。


『弔いの炎』


 その言葉と共に青い炎が広がっていき、ドラゴニアスの死体の全てを浄化するのだった。

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