第2310話
「野営地が見えてきたな」
そんなレイの言葉に、周囲にいた他のケンタウロス達が視線を進行方向に向け、確かにそこに野営地があることを確認すると、歓喜の声を上げる。
『うわあああああああああああ!』
ドラゴニアスの拠点を殲滅してからは、休むことなく走り続けたのだ。
それを思えば、野営地に……休める場所に到着するというのは、嬉しいことなのだろう。
特に嬉しそうに歓声を上げているのは、昨日塹壕で待機している時に仮眠をしなかった者達だ。
勿論、ケンタウロスの中でも偵察隊に選ばれる精鋭である以上、徹夜くらいはそこまで負担にはならないのだろう。
だが、負担にならないからといって、それを好んでやるかと言われれば、当然のように答えは否だ。
出来れば徹夜などという真似はしたくないというのが正直なところだろう。
それが分かっていても、休憩を出来なかったのは痛いといったところか。
だからこそ、野営地が見えてきたことが嬉しかったのだろう。
(ドラゴニアスに襲われてないといいんだけどな)
レイとしては、何気にそちらの方が心配だったのは事実なのだが。
何しろ野営地に残っていた戦力の結構な人数を連れてきたのだ。
それを思えば、野営地の防衛戦力を心配するのは当然だろう。
もっとも、レイが見たところでは野営地には特に何か問題があるようには思えない。
レイ達がいなかった間にドラゴニアスが襲撃してくるようなことはなかったのだろう。
「これでようやくゆっくりと眠れそうだな」
「あら、セトに乗って移動していたのに、やっぱり疲れたの?」
背後から聞こえてくるそんな声に、レイは当然といった様子で頷く。
「何だかんだと、魔力を結構消耗したしな」
ドラゴニアスの死体を浄化し、アンデッドにしないようにする魔法。
それは本来、炎の属性しかないレイにとっては発動出来ない魔法。
だが、それでもレイは魔力を大量に使う事によって、半ば無理矢理その魔法を発動させた。
結果として、レイの魔力は普通に魔法を使うよりも遙かに多く消費されたのだ。
もっとも、最近は『焔の天輪』という、『弔いの炎』よりも多くの魔力を消費する魔法を使うことが多かった関係もあり、魔力は消耗したものの耐えられないといった程ではなかったのだが。
だが、それでも疲れたかどうかと言われれば、疲れていると答えるのは当然の事だろう。
「ふーん。私は元気なんだけどね」
「……だろうな」
元気一杯といった様子のヴィヘラを見て、レイはそう言葉を返す。
銀の鱗のドラゴニアスとの戦いは、ヴィヘラを満足させるには十分だったのだろう。
その肌は艶めいてすらいた。
それこそ、今からもう一度銀の鱗のドラゴニアスと戦っても十分満足出来るかのような、そんな様子に、レイは何と言うべきか迷い……結局、それ以上は何も言わない。
取りあえず元気なのは間違いないのだから、それで問題はないだろうと。
そうして話している間に、やがて野営地に到着する。
改めて間近で野営地の様子を見て、そこに何の異変もない……つまり、ドラゴニアスが襲撃してきた様子がないと確認しながら、野営地の中に入っていく。
当然のことだが、野営地の方でも近付いてくるレイ達に気がついていたのか、ザイを始めとして残っていた者達が笑みを浮かべていた。
レイ達を送り出したのはいいが、もし野営地にドラゴニアスが襲ってきていたらどうなっていたか。
それは考えるまでもなく明らかだ。
勿論ザイを始めとして、野営地に残っていた戦力も相応の強さを持つ者達だが、それでも被害が出るという可能性は高かった。
結局そのようなことがないままに、レイ達が戻ってきたのだから、それに喜ぶなという方が無理だろう。
「レイ、よく無事で戻ってきてくれた。戻ってきたということは、成功したんだな?」
ザイがそう話し掛けるが、何がとは言わない。
それが何を意味してるのかは、レイも当然のように理解していたからだ。
だからこそ、ザイの言葉に短く頷くだけで答える。
そしてレイが頷いたのを見たザイは、安堵した様子を見せる。
「そうか。……取りあえず、休んでくれ。疲れただろ?」
「そうだな。拠点を殲滅してからは、軽い休憩だけで戻ってきたからな。徹夜だけに、少し身体を休めさせて貰う」
自分と一緒に行動していた者達にも、休めとそう言おうとしたレイだったが……改めて周囲を見ると、レイと一緒に行動していた者達は、野営地に残った者達に自分がどのような光景を見たのかを興奮した様子で話している。
一際熱心に話しているのは、レイの魔法……ではなく、ヴィヘラと銀の鱗のドラゴニアスとの戦いだったが。
やはりケンタウロス的には、レイの魔法もそうだが、ヴィヘラの戦いの方が大きな意味を持っていたのだろう。
「あー……あの連中にも、一段落したら休むように言っておいてくれ」
野営地に戻るまでの間は疲れている様子を見せていたのに、何故戻ってきた途端に元気になるのやら。
そんな風に思いつつ、レイはセトとヴィヘラと共にマジックテントを置く場所に向かう。
当然の話だが、レイにとってマジックテントというのは非常に貴重な品だ。
エルジィンにおいても、そう簡単に入手出来るという代物ではない。
レイはこれをダスカーから報酬として貰ったが、かなりの幸運に恵まれていたと言ってもいい。
だからこそ、レイがここにいない間にドラゴニアスが来る可能性を考えれば……そして、ないとは思うがケンタウロスの中にレイに悪意を持っている者がいたら、破壊される可能性もある。
それが予想出来る身としては、マジックテントをミスティリングに収納していくのは当然だろう。
……もっとも、塹壕では自分だけが使う訳にもいかず、塹壕そのものもドラゴニアスに見つからないことを最優先にして作った為に、使うようなことはなかったが。
「あ……」
立ち去るレイ達を見て、何人かが話を聞きたいと、特にヴィヘラから銀の鱗のドラゴニアスとの戦いについて話を聞きたいといった様子を見せた者がいたが、ヴィヘラも元気一杯ではあるが、それでも疲れていない訳ではない。
他の面々と同様に、徹夜をしたというのは間違いのない事実なのだから。
それを思えば、やはりここでケンタウロス達と話すよりも、レイと一緒に――レイはソファでだが――眠った方がいいのは間違いない。
「じゃあ、取りあえず……半日くらいしたら起きてくると思うから」
「分かった。ただその間に何かあったら、レイを起こすと思うけど。構わないか?」
「それは問題ない。ドラゴニアスが襲ってきたりとかした場合まで、眠らせて欲しい何てことは言わないよ」
背後から聞こえてきたザイの声にそう返し、レイ達は取りあえず現在の眠気を解消するのだった。
「ん……あー……そうか」
ソファの上で目を覚ましたレイは、周囲の様子を見て事情を理解する。
これが宿ならもう暫く寝惚けていたりもするのが、今の状況でならすぐにでも目を覚ますことが出来る。
「どうやら、ドラゴニアスの襲撃とかはなかったみたいだな」
もしドラゴニアスの襲撃があれば、ザイが起こしにきていただろう。
それがなかったということは、レイが寝ている間も特に何の問題もなかったと、そう理解する。
(ヴィヘラはどうした?)
レイがそう思ったのを読んだかのように、ベッドの方からヴィヘラが姿を現す。
とはいえ、姿を現したヴィヘラは寝起きといった様子ではない。
すっかりと身支度を調えており、すぐにでもマジックテントの外に出ても問題はない様子だ。
「あら、おはよう。……というには、ちょっと遅いわね」
「そうだな。疲れは癒えたのか?」
「ええ。私の方は問題ないわ。レイの魔力は?」
レイが使った『弔いの炎』は、本来レイが持つ炎という属性とは違う浄化という属性が加わってる以上、魔力の消耗が大きいことを理解しての言葉だ。
少しだけ心配そうな様子のヴィヘラに、レイは何の問題もないと頷き、口を開く。
「俺の方は問題ない。それに『焔の天輪』を使っている時に比べると、魔力の消耗はそこまで多くはないしな」
「そう」
その言葉から、決してレイの強がりではないと判断したのだろう。
ヴィヘラは安堵した様子で嬉しそうに笑う。
銀の鱗のドラゴニアスと戦った時にも笑みを浮かべてはいたのだが、ヴィヘラの口に浮かんでいる今の笑みは、同じ笑みでもその種類は全く違っていた。
「それで……俺達が起きたという事は、他の連中もそろそろ起きるんじゃないか? だとすれば、そろそろ外に行くか?」
「そうね。今は特に何かやるようなことはないし。……それに、他の偵察に出た部隊も帰ってきてもおかしくはないし」
「そうか? 戻ってくるにはちょっと早いんじゃないか? ……もし戻ってくるとすれば……」
「拠点を見つけた場合でしょうね」
数秒前に浮かべていた笑みとは全く違う好戦的な笑みを浮かべたヴィヘラ。
レイもヴィヘラの言ってることは当然のように理解出来るので、その内容に対して言葉を返すことはない。
レイもまた軽く身支度を調えると、腹が空腹を主張する。
「腹が減ったな。……寝る前に何か食べた方がよかったか?」
「それよりは、今から食べた方がいいわよ。寝る前に食べるのは身体によくないしね」
ヴィヘラとしては、寝る前に食べるというのは止めておきたいところだ。
身体に悪いし、太る可能性も高い。
明確に理論立てて理解している訳ではないが、これまでの経験からその辺りは理解しているのだろう。
勿論、それは絶対的なものではない以上、場合によっては寝る前に何かを食べたりといったことはするのだが。
準備を整えたレイとヴィヘラは、マジックテントの外に出る。
すると、まだ午後……それこそ夕方にもまだ早い時間ということもあってか、ケンタウロス達がそれぞれに自分のやるべきことを行っていた。
もう少し時間が経てば、夕食の準備を始めたりもするのだろうが……だが、今はまだ皆が緩い時間をすごしている。
とはいえ、ここは既にドラゴニアスの勢力圏の中だ。
いつドラゴニアスが襲ってくるかも分からない以上、見張りの類を軽く見ることは出来ない。
特にこの野営地はあくまでも臨時で作ったものである以上、防壁の類はない。……元々、ケンタウロス達の集落にも防壁の類はなかったが。
「あ」
そこまで考え、レイは今更ながらに気が付く。
防壁を用意するのは難しいが、地形操作で塹壕を作れば、多少なりとも安全になるのではないか、と。
地形操作を使って作った塹壕なら、この野営地を捨てる時にも楽に元に戻せる。
(いや、ここがドラゴニアス勢力圏内なら、別に直す必要も……あ、駄目だな。ドラゴニアスがここを使うようになったりしたら困るし)
普通のドラゴニアスは、飢えに支配されているのでここを使うといったことは考えつかないだろう。
だが、レイが二匹だけ確認した……それこそ、拠点だけに存在する特別な個体は違う。
他のドラゴニアスに命令を下すことが出来、その上でその命令には絶対服従させることが出来るのだ。
更に他のドラゴニアスよりも圧倒的な強さを持つ。
「レイ? 起きてきたのか。どうしたんだ?」
「いや、俺のスキルを使えば、この野営地の周辺の地面を沈めたり隆起させたりして、ある程度……取りあえず今の状況よりはマシになるんじゃないかと思ってな」
「それは……」
レイの言葉を聞き、ザイは野営地を見回す。
特に何か仕切りのようなものがある訳ではない、その野営地を。
「そう、そうだな。そういうのがあれば助かると思う。だが、俺達の場合は何かあったらどこからでも移動出来るというのが有利な点でもある。その辺りを考えると、少し難しいと思う」
ケンタウロスが唯一ドラゴニアスに勝っている種族的な特徴は、機動力だ。
それを最大限に活かす為には、何ヶ所かの決まった場所からだけ移動するのではなく、この野営地のあらゆる場所から移動出来た方が都合がいい。
そう言われれば、レイとしても納得するしか出来なかった。
とはいえ、戦いを得意としていない者もいる以上、ある程度は防御を固めた方がいいという思いは変わらなかったが。
「なら、問題がなさそうな場所を指示してくれ。さすがに思いついてしまった以上、野営地をこのままにするって訳にはいかないだろうし」
そんなレイの言葉に、ザイは少し考える。
ケンタウロスの機動力を殺さず、それでいてドラゴニアスに襲撃されにくくなるような、そんな方法を。
「取りあえず、レイがどういうのが出来るのかを教えてくれないか? それから話を纏めよう」
結局地形操作がどのようなものなのか分からなければ意味はないと、そう告げるのだった。
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